R 修羅道

 白熱の体育祭が終わり一日。


 今日は用事があると家族には伝え、親父殿とのダルちゃんを泊める為の条件でもある侍道再開問題が体育祭も終わった事で本格化しそうになるのを、早朝から家を出る事で脱した。行き先は無論ギャル氏の家。ギャル氏が出る予定の交流会に代わりに出る為に。


 適当に家で作り出たサンドイッチを朝食代わりにむさぼりギャル氏達の出待ちをしていれば、朝九時を回ったところでそれがし達に気付いたギャル氏が玄関の戸を勢いよく開けた。大分待ったわ。


「ソレガシ! ダルちぃ! ボーン! おはおはー‼︎ 来てたんならインターホン鳴らせばいいのに」

「……はいっ、おはようございまぁす」

「どしたん? 二人ともテン低くね?」

『あたしは筋肉痛超絶ヤバくてね、それに寝不足』

「ソレガシは?」


 察せ。マジで。


 体育祭が終わると同時に体育祭の勝利の喜びに浸るのをそこそこに、体育祭半裸問題を先生達に流石に咎められ、野胡桃のぐるみ風夏ふうか生徒会長と二人揃って反省文書かされたんだよこっちは。


 体育祭の後だよ? せめて月曜日まで待て。会長殿は隣で何やら独り言口遊くちずさむは、疲労感半端じゃなくて眠いわで地獄だったわ。終わったら終わったで反省会長くて青組皆先に帰ってるし、待っててくれよっ。あの熱い友情は体育祭限定だったわけ? ダルちゃんから先生に帰るの促されたとは聞いるけどもっ。


 朝は朝でやる気限界突破して庭で素振りしてた親父殿から逃げて来たんだよ。バレずに逃げ出すの超気を遣ったわ。今日だけはね、侍道への寄り道はノーサンキュー。


 げっそりと肩を落とし佇むそれがしに肩をすくめ、ギャル氏はそれがしとダルちゃんわ今一度眺めるとより目をしかめる。


「てゆうか、んで二人とも制服なわけ? 休日に出掛けんのに私服もねえの? ダルちぃは仕方ないとして、ソレガシはありえんてぃっしょ流石に。私服ないわけ?」

それがしにまた和服を着ろとでも?」

「んでそうなんだし……それじゃあーしだけおしゃれしても浮くだけじゃん。ハァァァァァっ、テン下がんわぁ」

「そう言えばギャル氏今日は」

「着替えてくるわぁ」

「ほっほーっ、やりますなぁ」


 それがしの話を聞かずに速攻で身をひるがえす辺り調子は完全に戻ったようで何より。玄関に戻り戸を勢いよく閉め、激しい足音を響かせるギャル氏を見送り、欠伸しているダルちゃんと顔を見合わせる。


「馬子にも衣装と言うのを察せられましたかな?」

『ソレガシそれは蹴られても文句言えないよ超絶さ、折角サレンが超絶おめかししてたんだから』

「褒める前にお帰りになられたんですけど?」


 流石にそれがしにも世辞を言うくらいの常識はあるけども、蜻蛉トンボ返りするんだもんギャル氏。


 最近してなかった青いマニキュアもしてたし。ただ何系って言えばいいの? モード系? ギャル系? おしゃれもファッションも分からねえよそれがし。ショートパンツとタンクトップっぽい服の上に薄手の羽織はおりみたいなの羽織ってたけど、羽織はおりって言ったらぶっ飛ばされる感じですか? そうですか……。


 和服なら御袋おふくろ殿と妹のおかげでまだどうにかなるんだけどね……。洋服欲しいけど下手なの買うと御袋おふくろ殿に毟られる……。


「ダルちゃんもおしゃれに興味あるんですかな?」

『うーん? あたしはそんなにねぇ、だってめんどくさいし。まぁちょっとくらいならしてもいいかな』

「ほう、やっぱりナプダヴィの伝統衣装的な」

「来たようだね」

「おはようございまぁすッ‼︎ ギャル氏の母殿ッ‼︎ 鈴芽殿も!」


 戸が再び開き、改造セーラー服に着替えたギャル氏の横に立つ梅園うめぞの茶々ちゃちゃ殿の姿に噴き出し、慌てて大声で挨拶しながら宙に引かれていたダルちゃんの魔法文字を手で払う。急なんだよギャル氏の母殿来んのがいつもッ。


 微妙な表情を浮かべるギャル氏と、ギャル氏の母殿とそれに並ぶ梅園うめぞの鈴芽すずめ殿。てっきりギャル氏の親父殿も来るのかと思ったがその姿はない。いや……玄関の奥を覗き込めばなんか縛られ跳ねている男の影が……。


 ──────ピシャリッ。


 戸が閉められちゃった……。それがしは何も見なかった。いいね?


「き、今日はお三方だけで?」

「貴方も行くと言ったら旦那が煩くてね。母と留守番して貰うことにしたよ」

「あっ、はい」

「それより彼女も一緒なのかな? 昨日の体育祭で見掛けたが」

「短期留学でそれがしの家に泊まっていまして、意思疎通できる者が家ではそれがしだけなので一人置いて行くのはちょっと、駄目ですかな?」

「いや、別に構わない」

「彼氏さん昨日はかっこよかったですね! お話聞かせてくださいよー!」


 鈴芽殿がいてある意味助かった。ギャル氏の母殿はどうにも苦手だ。おかげでギャル氏と鈴芽殿とのローテンション会話で静寂に精神を蝕まれずに済む。


 交流会の場所は東京の方の会館らしく、持って来いとギャル氏の母殿に言われた三味線入りのケースと共に電車に乗って数十分ばかりゆらゆら揺られ、体育祭を振り返っての話をしている間に電車は目的の駅に到着した。


 青組の話なら幾らでもできるが、赤組でのギャル氏やずみー氏やグレー氏、クララ様の話を聞きながらどでかい公園の中を通り過ぎ目的の会館を目指す矢先、鼓膜を震わせた聞き覚えある音に思わず出す足を緩める。


「どしたんソレガシ? 顔色悪くね?」

「いやぁ? まさかまさかっ、なんだかギターの音が聞こえた気が……」

「路上ライブかなんかじゃね?」


 それだ‼︎ 路上ライブだ間違いない‼︎ そうに決まっている‼︎ 焦ったわぁ、行き先告げてないのに居るわけないもんな‼︎


「オーッホッホッ!」

「あれ? 今ゆかりんぽい笑い声が」

「はい気の所為定期ッ‼︎ ふくろうじゃないですかな‼︎ それがしそう思うッ‼︎」

「東京ってふくろういるんですねー!」

フクロウッテナニサ?」

「いるんですぞ‼︎ それがしも知らなかったですなぁ‼︎」


 珍しいね都会の街中にね‼︎ 公園を出ずとも目的のデカイ会館は見えているッ‼︎ 先を急ごうそうしよう‼︎ 何人集まってんのか知らないけどすげえデカイ会館だな‼︎ だからそっち見よ? ギャル氏キョロキョロしてないで会館見よ? それがしと会館見よ会館。会館見ようよそれがしと‼︎


「ギャル氏会館見ましょうぞ! ほらおっきい会館が! 会館すごい! でっけぇ会館‼︎ 会館すげえな会館‼︎ いやぁ会館本当に会館乙って感じですなあの会館マジで会館‼︎ ねぇ会館‼︎」

「会館会館うっさいソレガシ‼︎ あーし何度も行ってんから‼︎」

「痛えッ⁉︎」


 叩かなくてもいいのに⁉︎ ギャル氏に叩かれ無理矢理顔の向きを変えられる。その先で。


「待っていたぞライバ、ゴッフッ⁉︎」

「今まっちーの声しなかった? てゆうか、んでソレガシ草むらに拳突き出してんし?」

「いやぁ季節外れの蚊が、ってか勘助氏まっちーって呼ばれてんの⁉︎ へー知らなかったですなぁッ‼︎」

「うっさいソレガシ‼︎」


 痛えッ⁉︎ 二度もぶった⁉︎ 勘助氏改めまっちー氏を草むらに殴り飛ばしたが隠蔽できたか? 何故いる⁉︎ 思わず殴っちまったよ⁉︎ ギャル氏は首を傾げているが、鈴芽殿が大きく口を開けてあわあわしているので、ぶんぶん左右に首を振り口を塞ぐ。


「さっきからソレガシなにやってんわけ? 安定の意味不なんだけど? キモみパないよ? なんかあんなら言えし、なんでも聞くから」

「いやいやいや? 別に何も? あれ? ギャル氏今日化粧変えましたかな? どうりで普段と少し違うなと! 美人さん美人さん!」

「そ、そう? なんかわざとらしいけど……ちょっち嬉しみ」

「ごっふぉッ⁉︎」

「んでそこで吹き出すわけ⁉︎」


 いやなんか罪悪感がよッ⁉︎ 素直に照れるんじゃない誤魔化す為に口を回しているそれがしの方が反応に困るだろ‼︎ もっとウッザとか言え定期ッ‼︎ 今だけはもう罵倒してくれ‼︎ 怒らないから‼︎ ただ叩きはするな‼︎ 痛いから‼︎ 叩くなっつうに‼︎


 罪悪感に蝕まれながらバシバシ叩いてくるギャル氏の手を払っていると、それがしを嘲笑うかのように高笑いとギターの独奏が何故か会館に近付く程に音の大きさを増す。おかしいねぇ? 会館の前にある小さな時計塔の下に佇む影が、一、二……五つ……。


 顔を向け足を止めるギャル氏の顔に手を添え、力尽くで会館の方へ顔を向けて背中を押す。


「いやちょッ、ソレガシ」

「ギャル氏‼︎ 遅刻しちまいますぞこのままじゃ‼︎ それはいくない‼︎ いくないですぞ‼︎ 集まってなにするのかそもそもそれがし知らないですけども‼︎」

「うん? 時間はまだあるが」

「ギャル氏の母殿は話に参加しなくていいですぞ別にぃッ⁉︎ こんなところでたらたらしてたら」

「ライバルぅ……俺は受け止めるのが得意なのを忘れたかぁ?」

「ゾンビかお主は⁉︎ イヤァッ⁉︎ バイオハザァァァァドぅッ⁉︎」


 ガシッと背後から足を掴んでくる這いずりゾンビ。叫んだ所為か高笑いを続けるお嬢様を筆頭にわらわらと今遭遇したくない者たちが寄って来る。


「オーッホッホッ‼︎ 聞きましてよソレガシさん‼︎ なにやら今日は勝負の日だそうですわね‼︎ 水臭いのではなくて?」

「ダーリン引き続き応援団長が応援に来たでぇ! なんでも試合するらしいやん? 応援はうちに任せとき‼︎」

「試合⁉︎ それがし初耳なんですけど⁉︎ 交流会って食事会ってか社交界の亜種みたいなもんじゃないんですかな⁉︎」

「そうですけど、いやだなー彼氏さん! 武術家が集まって試合しないわけないじゃないですか」


 鈴芽殿は常識みたいな顔して教えてくれるが、そもそもそれがし武術家ではないんだわ。試合するなら交流会ってか親善試合じゃねえか最早。え? それがしひょっとしてこれから百人組手みたいなのやらされたりしないよね? ギャル氏が関わってる以上組み手的なのはあるんじゃないかと予想はしていたが、ガチの試合すんの? 筋肉痛だよそれがし? 持って来た三味線どこで使うの?


 呆けていれば肩に置かれる手。振り向いた先にグレー氏がなんとも言えない顔をして立っている。


兄弟ブラザー梅園うめぞのさんとどんな賭けしてたのか知らなかったけど、言ってくれよどうせなら。昨日の敵は今日の友だろ?」

「ま、きみにはお世話になったしね。レンレンの為だって言うなら誘いなさいよ。私だって力ぐらい貸すわ」

「嬉しいけどあれぇ? それがしの知らないところでどんどん話が進んでますなぁ⁉︎ そもそもなんでお主らいるんですかな⁉︎」

「昨日の昼休み御飯タイムの時に聞いたんだぜ同志‼︎」

「えぇ……ギャル氏話したんですかな?」


 空手バレたくないを解放してそんなオープンに洗いざらい吐いたのかとギャル氏に目を向ければ、そんなに詳しくは話していないとばかりに左右に大きくギャル氏は首を振る。嘘ではないと困惑に顔を歪めるギャル氏をゆかりん氏の高笑いが笑い飛ばした。


「あらあら、僅かな情報さえ握れれば、我が桃源グループの力を使えば容易にレンレンさん達の出る交流会の情報くらい掴めましてよ‼︎ 頑張りましてよわたくし様‼︎」

「何故頑張っちゃったんですかなお主⁉︎」

「オーッホッホッ‼︎ レンレンさんのお母様には事前に連絡して応援の許可は貰っていますわ‼︎ ソレガシさんのご自宅にもご連絡したのですけれど」

「なにしてくれてんですかなマジで⁉︎」

「そもそもソレガシさんのご家族もこの交流会に参加するご予定だったそうですので」

「え? 待って?」


 手のひらを掲げゆかりん氏の話に待ったを掛ける。おやぁ? ん? おやぁ? 初耳どころの話じゃありませんねぇ? それがしの? 家族が? 元々参加予定? ちょっと意味が分かりませんね。ギャル氏の母殿に目を向ければ、知ってたとばかりに驚いてもいない。


「──────兄者ぁ!」


 やばいな幻聴まで聞こえてきた。会館の入り口に見慣れた顔まで並んだ幻覚が見えやがる。かんざしを刺した妹っぽい幻覚がトテトテ歩いて来やがるッ、鈴芽殿はいいんだよ幻覚だから寄らなくてッ、手も繋がなくていいッ⁉︎ 幻覚と手なんて繋いじゃいけませんよ‼︎


「愚息よ‼︎ 時が経ち、お前が本気で侍を目指すと心に決めた時こそ再び東日本古流武術連盟の交流会に連れて来ようと思っていたが自ら来るとは天晴れ也‼︎ 愚生は感動した‼︎ お前の侍道は今日これより始まるのだ‼︎ 梅園流空手現当主の娘さんと懇意ならば尚良し‼︎ さあ腰のレンチではなく刀を手に取るべし‼︎」


 なに言ってんのあの人マジで⁉︎ マジでなに言ってんの⁉︎ 待てよ? 夢かこれは? そうだ夢だ。親父殿も古流剣術の使い手らしいからいても不思議じゃないが、だって再びとか言ってるもん。それがし来た記憶ないもん。


丁髷ちょんまげだぁ! 同志のお父さん丁髷ちょんまげ⁉︎ やばいスケッチしてえ‼︎」

「わぁどないしよ⁉︎ とりま挨拶せなぁ⁉︎ うちはダーリンの」

「はい、お主アウトォッ‼︎ ちょっと黙ろうか⁉︎」


 冗談でも言う相手を考えろ常考‼︎ どこに他人の親の前で友人をダーリン呼びする奴がいるよ? りなっち氏の口を手で覆うが、背後からギャル氏に服を引っ張られ引き剥がされる。違うんすよギャル氏‼︎ 別に襲ってた訳じゃないんすよ‼︎


「え、ちょ、ヤバイヤバイヤバババッ⁉︎ えぇ、嘘ッ、あの格好ってマジで⁉︎ えッ、ソレガシのお母さんてッ」

「ああはいはい和服和服。外用なので今日は髪を結ってますけども、ギャル氏体育祭前に一度縁側までやって来て見てるでしょうが」

「違くてッ‼︎ 気付かなかった‼︎ んでよもうッ⁉︎ あーしドチャクソ勿体ねえじゃん⁉︎ ソレガシのお母さんて勝山かつやまさん⁉︎ やってんよね⁉︎ ブランドとコラボした服出したりしてんよね‼︎ あーし持ってるぅ〜っ、ヤバい好きみパない〜っ、ファンなんだけどぉッ‼︎ MARUKATUの着物好きぃ、だって洋服と合わせられんしってかソレガシ気付けしッ‼︎ 今日朝羽織ってた羽織はおりアンタのお母さんデザインしたやつッ‼︎」

「やっぱ羽織はおりじゃねえかクソがッ‼︎ てかそれブーメランですからな‼︎」


 ギャル氏の家でのダンス合宿初日にそれがし着てた着物見て気付かなかったよね?


「えっ、勝山かつやまさんて時たまモデルもやってるよね? うっそ、私も雑誌で見たことある……やっばッ、うわどうしよッ、私今顔赤くない?ソレガシきみさぁッ、言ってよそれはッ‼︎ 」

「え? それがしの所為なの⁉︎」


 それがしには当たり厳しいのにギャル氏とクララ様が揃って御袋おふくろ殿を前にもじもじしてやがる。なにこれ怖い。モデルやってるは知らねえわそれがし。それって御袋おふくろ殿の事だから持ってった着物に似合うモデルいないから仕方ない自分でとかだろどうせ。間違いない。


「だから我はいつも言うてるじゃろ兄者! 母上の着物は着るべきじゃと! もったいないのう!」

「ドチャクソ鬼もったいねえじゃんマジで‼︎ ソレガシ今度家遊び行っていい? お願いお願いお願い‼︎」

「そりゃ来てくれてもいいですけども、果てしなくに落ちねえ」


 御袋おふくろ殿の血半分引いてるはずなのにそれがしとのこの扱いの差はなんだ。御袋おふくろ殿は褒められて嬉しいのか口元扇子で覆って照れ隠ししてやがるし。


「行くぞ愚息よ‼︎」

「行こうぞ兄者‼︎」

「行くんかヤマァ?」

「あぁもうなんだかややこしく、ちょっと待って?」


 今一人なんか多くなかった? 背後からなんか聞こえたねぇ? 振り返る。顔を戻す。ヤバい走ろう。あっ、駄目だ捕まった。


「ヤマァ、んじゃおまんもようやくまた来たぞな? ちゃは! あてと喰らい合おうぞね? 体育祭だけじゃ欲求不満じゃき! ええぞな? のう?」

「げぇ⁉︎ 生徒会長⁉︎ アンタなにソレガシにくっ付いてんし‼︎ 離れろし‼︎」

「げに喧しいほたえる奴ぞな。幼馴染との久しい絡みじゃき。あっち行っとけ」

「幼馴染ッ⁉︎ ソレガシアンタ幼馴染とかいたの⁉︎」

「知らない子ですぞッ」


 いやマジでマジでマジでッ、どんどん会館に入る気失せてくんだけど⁉︎ そっかぁッ‼︎ 阿国おくにと会長殿ここで知り合いやがったな多分‼︎ 東日本古流武術連盟の交流会だか知らないがそれなら会長殿も来てるよなそりゃあよ‼︎ ふざけろッ‼︎


「んー? なんぞなヤマ? よそよそしいぞな? 昔頭叩きこたかしまくってやったちや? 忘れたぜよ?」

「だとしたらその所為でしょうよ‼︎ ちょッ、バカッ、制服の胸元から手を中に突っ込むなお主マジで⁉︎ この痴女がァッ⁉︎」

「おーい兄者! 先行っとるぞぉー! 早ようしなされ!」


 助けようという気はないのか⁉︎ 親父殿もギャル氏の母殿も来ただけ来て先行くんじゃねえ‼︎ 会長殿引き剥がすのギャル氏とずみー氏とりなっち氏しか手伝ってくれねえし‼︎ グレー氏と勘助氏こそ手伝えや‼︎


「もう行きましょうぞもう‼︎ 遅れたらギャル氏の母殿に怒られるどころか親父殿にまで殴られる詰み一歩手前になっちまいましたぞくそったれッ‼︎ ギャル氏、寧ろそれがし助けてっ」

「もぅ、はいはいはい、必要ならあーしも試合出てやんから。もう行くよ秒で、アンタはソレガシから離れてろし」

「ヤマぞな」

「ソレガシだって」

「ヤマぞな」

「ダーリンやんな?」

「お主らそれがしもキレるって知ってる?」


 呼び方いい加減統一しよ? 誰一人まともに名前呼んでねえよ。ゆかりん氏だけだよ唯一ちゃんと一回名前呼んでくれたの。阿国おくに御袋おふくろ殿の名前は呼ぶのに何故それがしの名前は呼ばないのか小一時間問い詰めたい。ゆかりん氏の手を握り握手すれば笑顔で首を傾げられる。


 荷物をそれぞれ背負い直し会館の中へと足を踏み入れ、まず交流会の顔合わせをするらしい会議室のある階へ行く為に丁度誰か降ろした後なのか、口を開け待っていた昇降機エレベーターに乗り込む。十人で重量ギリギリ。扉が閉まり動き出す昇降機エレベーターの慣性に逆らわず肩を落とした。


「あぁ胃が……全く、お主らもお人好しですな。だいたいなぜ全員制服なので?」

「なに言ってんだよ兄弟ブラザー。お前と梅園うめぞのさんが一緒なら格好は制服だろ? 見事予想は的中だったな」

「ふっ、俺がその情報を桃源とうげんさんと岩梨いわなしさんと共有したわけだ。会長さんは知らね」

「あ? 服なぞ寝巻きと胴着と制服しか持っとらんぞね」

「うわぁ、ソレガシの幼馴染っぽっ、ドチャクソ納得したわなんか」

「風評被害よ」


 会長殿が喋って何故それがしまで引かれなければならないのか。形だけっぽい幼馴染の称号を掲げるのはやめれ。仲間だと言わんばかりに肩を叩いてくる会長殿から距離を取りたいが、十人も乗ってる所為で狭えッ、逃げ場がないオワタ。


「にしてもなんだか長くない? 五階だよね押したの?」


 クララ様の呟きに、会長殿の手から逃れながら階数を示すランプの灯りを目に首を傾げ動きを止めしばらく。膝を崩しその場に座り込んで頭を掻く。どうにも息苦しくフェイスマスクを引き下げて。


「同志どうかしたの? 筋肉痛かよ? あちきも体バキバキバッキンガム‼︎」

「いやぁ、あのぉ……ほら? ……ダルちゃん異世界に返す実験で昇降機エレベーター乗せまくってて行けないからどこか油断してたのかな的な? それがしはほら、機械神の眷属だから蒸気の音に敏感と言いますかなぁ?」

「あー……めちゃんこマジで同志? 今?」

「ちょっと待ってちょっと待ってッ! え? 嘘でしょソレガシッ‼︎ 幻聴じゃないのそれ⁉︎ 待って私またなわけ⁉︎ えッ、ちょッ、えぇッ⁉︎」

「どうかしたんかしずぽよ? 幻聴? あーなんや空気抜けるような音聞こえるねぇ?」

「りなっちが言うなら間違いないじゃないのッ⁉︎ うっわマジじゃん……あぁあぁあっ」


 それがしと同じく床にへたり込むクララ様の姿に全てを察したのか、ずみー氏は意気揚々と鞄から持って来ていたらしいスケッチブックを取り出し、グレー氏は細く息を吐いて緩く拳を握る。ゆかりん氏、りなっち氏、勘助氏が眉をしかめる中、クララ様が己が頬を軽く叩いて立ち上がった。


「なんぞヤマ、戦か?」

「……かもしれませんな。ギャル氏」

「ん? どしたん?」

「いや、あまり嫌そうな顔してないなと」

 

 それがしの隣にしゃがみ、嬉しそうに笑みを深める会長殿から視線を外し、眉もしかめず、寧ろ微笑を携えて佇むギャル氏の隣に立ち上がる。「まね?」と気取らずに笑うギャル氏の笑みを見ていると、肩が少し軽くなる。


「だってソレガシが絶対帰してくれんでしょ? んじゃ悲観する必要ねえし、目標はなる早で帰えんこと!」

「了解ですとも」


 ギャル氏が指を鳴らすと同時、電子音と共に開く昇降機エレベーターの鉄扉。都市エトから帰った時は再度都市エトに降り立ち、城塞都市トプロプリスでは再度城塞都市に。砂漠都市ナプダヴィから元の世界に舞い戻り、再び降り立った異世界の匂いが開かれた昇降機エレベーターの口から滑り込む。


「おっ……と?」


 肌のひりつくような熱気、ではない。昇降機エレベーターの中に渦巻くのは少しばかり肌寒い空気。扉の開いた先では風に乗り舞う砂の姿はなく、空を震わせる音楽も漂っていない。


 重々しい石柱が等間隔に並んでおり、紋様刻まれた大理石が床に敷き詰められている。音楽の代わりに宙を漂うのは多くの神経質そうな靴音。「ベルサイユ宮殿?」と首を傾げるゆかりん氏の疑問に、「あっ」とダルちゃんは声を上げた。靴音が踏み均し張り詰めた空気の中一歩ダルちゃんが外へと足を出して振り返った。


 昇降機エレベーターを待っていたのか、同じローブを纏った多くの種族が立つホールの中でダルちゃんが告げる。



「ここ……世界都市の学院だわ」



 ダルちゃんが紡ぐ流暢りゅうちょうな日本語に、知らぬゆかりん氏達が目をまたたく中ギャル氏と顔を見合わせる。


「あー……今度はそれがし達が短期留学?」

「それな」


 ギャル氏と揃い大理石の床に足を落とす。響く靴音に薄っすら口端を持ち上げ、ホールで立ち尽くすダルちゃんの横に並び立つ。異世界に落ちてしまったなら、元の世界のことは一先ず傍に置きやるべき事は一つしかない。


 冒険の道の続きを歩もう。同じ道を歩いてくれる友達と共に。互いを信じる限りきっと絶対に通じているから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る