22F 葬送行進曲 4

「お主ら進めぇいィッ‼︎ 赤組潰すは今しかないですからなぁッ‼︎ 振り返るなかれッ‼︎ 拾うのは辞世の句のみぞぉッ‼︎ 今行かずしていつ行くのかッ‼︎ 引くような輩は絶対に許さないですぞッ、絶対にぃッ‼︎ 青組なら命賭けろやぁッ‼︎」

「無茶です軍曹⁉︎ 赤組の守り堅くッ、最早長江の赤壁せきへきであります‼︎」

「誰が軍曹じゃ⁉︎ なんなんですかなずっとお主はサバイバルゲーム部⁉︎ 御託はよろしッ‼︎ それがしがブッ込むから付いて来いやぁッ‼︎ ypaaaaaaaaaaaa──────ッッッ‼︎」

「「「「ypaaaaaaaaaaaa──────ッッッ‼︎」」」」

「誰か止めろぉッ⁉︎」

「いや無理でしょ、あれもう人間の動きじゃないでしょうよ……」


 身を屈め、下から肩でカチ上げるように突っ込む。衝突の衝撃に合わせて横に転がり、掴んで来ようと寄って来る赤組達の先へと足を突き出し、背で回りながら足を引っ掛け引き倒す。体勢を崩した赤組の一人の体操服の肩口を掴み引き倒しながら身を起こせば、目の前で揺れる白い綿毛頭。


 目の前を泳ぐリングピアスを漠然と眺め、伸ばされる腕を肘をカチ上げさばき、身を捻って放つ足払いが細かなステップを刻みするすると後退するグレー氏に避けられる。


「お前達はどこの愚連隊だ⁉︎ 悪いが時間稼ぎはさせて貰うぞ‼︎ ここから先は」

「却下ッ‼︎」

「却下ッ⁉︎」


 力任せに身をよじり前へ前へと足を伸ばす。騎馬戦と違い一対一。魔力の肉体強化覚える前に何度も突っ込んだ『鉄神騎士団トイ=オーダー』よりも膂力差を憂う必要などない。


 グレー氏がそれがしを避けるならそのまま棒へと突っ込めばいい、そうでないのなら──────ッ。



 ガチコンッッッ‼︎



 覚悟を決めたように両腕を広げ足を止めたグレー氏と真正面からぶつかり組み合う。二本の線をグラウンドに引き、それがしとグレー氏の動きが止まった刹那、鋭く息を吐き出し身を捻る。



 プシィ──────ッ‼︎



 お互いの肩を掴んだまま、一本芯を通すように横に回転。掴んでいるグレー氏の肩から手を放し、回転に合わせ折り曲げた肘の内側でグレー氏の首を刈るように巻き取る。遠心力のままグレー氏を大地に叩きつけるが、掴まれていた体操服を離してくれず、体操服の背中が避ける。


「ブッッッ⁉︎ 痛────ッチィッ⁉︎ そりゃぁッ」

「近接で蛇人族ラミア刈り取る為の技ですなぁ」

「俺は蛇かよ⁉︎ だが俺もまだまだまだまだッ‼︎」

「ッヅ⁉︎」


 掴む某の肩の体操服を軽く引き、繰り出される拳の四連打。一発目がフェイスマスクに包まれた頬を擦り、二発、三発目を肘で受ける。胸に飛び込んでくる四発目は腕で防ぐが、数歩足が下がり前進を阻まれた。両手を軽く振って握るグレー氏がステップを刻む。


「俺もようやく空いた両手を使えるな」

「ボクシングですかな⁉︎」

「いやいやっ、拳闘とは違うさ。これはアレだ……アレ、雷神の眷属の特典達と打撃系は相性良くてね。十冠目指すんだろう? 負けたくねえのさ俺もなぁ‼︎」


 突き出される拳を前に身を屈める。高速のシフトウェイトッ。眼下で踏み鳴らされるグレー氏の足捌きッ。足を追うなッ。底から上がれッ。頭を揺らし身をよじり、顔の横に落とされる右拳の肘を肘でカチ上げるッ。


「ふッ‼︎」

「プシィッ‼︎」


 左のフックが視界を掠める中、右肩を上に小さく伸びたグレー氏の胸板に叩き付ける。頭上をフックが薙いだ。身を崩し落とした体を二歩ベビースワイプスで立て直しながら、腰と足を捻り振り回した足でグレー氏の足を弾き地に転がす。着地と同時に駆け出すは前。


「待ッ」

「ちませんぞッ‼︎」


 伸ばされるグレー氏の腕を躱し、そびえ立つ赤組の棒へ跳び蹴りを放つ。傾いた棒に赤壁せきへきの穴から雪崩れ込んだ青組の群れが寄り掛かり、ゆっくりと赤組の棒が沈む。


『棒倒し第一戦は青組の勝利ィッ‼︎ 騎馬戦での雪辱を払うかのような青い津波が赤い壁を飲み込んだァッ‼︎ 一人奇怪な動きをしてそこ退けそこ退けッ‼︎ 女子の悲鳴など知った事かと葡萄原ぶどうはら選手をボコす冷血漢ッ‼︎ 次に狙うは黄組の首だぁッ‼︎ いかがですか解説の梅園うめぞの茶々ちゃちゃさん?』

『赤組は気迫負けだね。ソレガシ少年に気取られ過ぎだ』


 いつまでギャル氏の母殿は解説席に座ってんの? しかも酢橘すだち殿の野郎これでもかとそれがしの評判を落とそうとしてんじゃねえッ。


「ソレガシ、次は負けないっ」

「えぇお互いに」


 目の前を通り過ぎ赤組と黄組の第二戦の準備に戻るグレー氏と僅かな言葉を交わし、待機場所で勝利に沸いている青組の輪の中心に佇む勘助氏に身を寄せる。第二戦開始の合図が響く中、それがしに気付いた勘助氏が拳を掲げ、その拳に拳を合わせた。


「ふっ、やったぜソレガシ! 流石は俺のライバルだぜ‼︎」

「グレー氏は?」

「あぁ流石は俺のライバルだッ、俺のライバルであるソレガシを一時的にでも止めるとはな……酢橘すだちも黄組でありながら熱い実況しやがるぜッ‼︎ 流石は俺が認めた男達‼︎」

「お主やべえですな」


 一度ライバルと認めたら大抵の事褒めてくれるな。褒め上手とかいうレベルじゃねえぞ。何人いるのライバル? その内全世界の男がライバルになるんじゃないの? サッカー部でキーパーだからって受け止めるモノ間違えてね?


 一度咳払いをすれば、分かっているとばかりにキラキラした微笑を携え勘助氏は小さく手を挙げる。


「ソレガシのおかげで赤組より上に位置できるのはこの競技をおいて他にないからな。先輩方や後輩達も頑張ってくれてるが、赤組との決着は男女混合リレーまでもつれ込むのは間違いないぜ。黄組はもう気にしなくていいだろう」

「騎馬戦でそれがし達が二位だったおかげで黄組との差は開く一方ですからな。これもほとんどが落馬でゆかりん氏が会長殿より鉢巻き取ってくれたおかげですぞ……それよりあの二人は?」

「いや、まだ救護所から戻ってないらしい」


 ため息と共にフェイスマスクを引き下げ、親指の爪をやんわりと噛む。騎馬戦で黄組の大群に飲み込まれ落馬した賀東ガトー殿と団子殿の容態が宜しくない。男女混合リレーのメンバーでもある二人の調子が非常に気に掛かるのだが……。


「お主ギャル氏に跳び蹴りされてましたよな? お主は……」

「ふっ、言っただろうソレガシ? 俺は受け止めるのは得意だって、な?」

「いやめっちゃ吹っ飛んでましたよな?」

「ふっ、サッカーの全国大会じゃアレより強烈なシュートを撃つ奴が」

「いんの⁉︎」


 それサッカーなの⁉︎ 別の競技じゃないの⁉︎ 勘助氏の耐久値おかしくね? キラキラした笑顔を未だ崩さないあたり、嘘とは思えないがそんな眷属魔法の撃ち合いみたいなサッカーなんて物騒すぎるッ。プロのサッカー選手やばくね?


「ソレガシこそ最初は浮いていたフェイスマスクが随分とまぁ……体操服に似合うようになっちまってるぜ? 暗黒街仕様?」

「背中がスースーしますぞ。あと肩も」

「ダメージジーンズならぬダメージ体操服か? 流行りの最先端だな!」

「じゃあ交換しよ?」


 微笑みながら首横に振ってんじゃねえぞッ‼︎ 流行りの最先端とか適当言いやがってッ‼︎ 肩も背中も裂けてて体操服着てんのか体操服っぽい布纏ってるのかももう分かんねえよッ‼︎


 勘助氏の服をぐいぐい引っ張るが、微笑みを浮かべながら結構力強く手を叩かれる。表情とは裏腹に内心の拒絶力高いなッ‼︎


「ははは! やめろよぉライバルゥ、俺じゃあ背が足りないし、なによりそんな服着たらモテなくなってしまうぜ!」

「本性現しよったな⁉︎ どこら辺が流行の最先端だと思ったのか詳しくkwskッ‼︎」

「なにを言うかと思えば、ふっ、口からデマカセ以外にあると思うか?」

「屋上行きましょうぞ?」


 久し振りにキレちまったよ……ッ、ブンブン横に顔を振ってキラキラを振り撒く勘助氏を睨んでいると、地を叩く重々しい音がグラウンドに響き渡る。


 沸き立つ歓声と土煙。目をまたたき勘助氏と顔を見合わせる耳に滑り込んで来るのは実況の声。


『棒倒し第二戦は黄組の勝利ィ‼︎ これが黄組の底力ッ‼︎ 下克上完了ッ‼︎ まだ終わったなんて言わせなぁぁぁぁいッ‼︎』

「「うそぉ」」


 思わず勘助氏とリアクションが被る。


 黄組? 勝ったの黄組? ってか早くね決着? 黄組の何らかの策でも上手く嵌ったのか、勘助氏とちょっと話している間に終わるとはこれ如何に。勘助氏が観戦していたはずの者達の名を呼ぶが、茫然としていて全く反応してくれない。魂でも抜かれたの?


 見つめる先は棒倒れている赤組の陣地。沸き立つ砂煙の向こう側には、人影が一つ棒を踏み付けに立っている。風に運ばれて来る笑い声と、風に揺れる長い髪。去って行く赤組達の中で一人高笑いを続けるのは我らが学校の生徒会長────。


野胡桃のぐるみ風夏ふうか会長殿⁉︎ ちょちょちょッ」

「おぉい⁉︎ 棒倒しに女子が混ざってるんだけど⁉︎ いいのかそれ実況ッ‼︎」

「それですぞそれッ‼︎」


 駄目だろそれはッ‼︎ 勘助氏の意見に禿同ッ‼︎ なんで出てんの⁉︎ ってか赤組は会長殿に捲られたの⁉︎ 棒倒しで赤組三位決定でも素直に喜べんぞ‼︎


 それがし達の抗議を前に、実況席に座る酢橘すだち文太ぶんたは掛けた四角い眼鏡を中指で押し上げながらレンズをきらりと光らせる。


『との意見ですが、えー確認は既に済ませております。そもそも棒倒しは『棒倒し』という競技名であって、『男子棒倒し』という競技名ではございません。規定数内での男女の数に制限がなく、男子ばかりが参加するので誤解されがちですが、決して女子の参加は禁止ではないのです。え? 差別ですか?』

「言い方ァッ‼︎ いやそもそも会長殿参加名簿に元々入ってたんですかな⁉︎」

『いいえ? ですが先刻の騎馬戦の際に多数の負傷者が黄組にも出ましたので、これ以上の続行は今日は不可能と先生に判断された生徒と急遽交代しての出場です。体育委員にも既に許可を取っているのですが、人数不足で我々に競技を続けろと? 不可抗力なのに? いじめですか? それは大した強者の余裕ですねぇ?』

「だから言い方よッ‼︎ しかもマイク使って返事するな定期ッ‼︎」


 許可先に全部取ってんなら何も言えねえッ‼︎ それに加えてそれがしを悪者にして会場味方に付けようとか大草原‼︎ ブーイング聞く限り成功してるよ良かったね‼︎


「ソレガシっ、あれはもうくつがえすの無理だ。一度第二戦にもう出ちゃってるわけだし、これ以上は難癖になっちまうぜ」

「えぇそれにこれ以上文句言ったところでなにが返ってくるかは分かりますな。『え? 女子に勝てないとお思いなんですか? 』みたいなこと絶対言いますぞ。だってそれがしなら言いますもん」

「なるほど、卑劣漢同士のシンパシーか」

「ぶつよ?」


 勘助氏の肩を一度叩き、第三戦のスタート地点へ向け足を動かす。向かい合う棒の手前に並ぶ黄色い軍勢。その中でも背を丸め立つ他より頭一つ分小さな少女が異様に目立つ。首を回して歯をカチ鳴らす黄組の剣鬼。騎馬戦よりも生き生きと軽く飛び跳ね、それがしの前へと立ち位置を動かす。


「……狙いはそれがしですかな?」

「おぅ、我慢は体に毒じゃき。御馳走が前に動かんは阿呆ちや。んー? ヤマァ、おまんはあての相手、げにまっことする気んなったぞな? こっから先はガチンコぜよ? よかぞね?」

「する気もなにも其方がその気ならそれしかないでしょうぞ」

「ちゃはっ、ちゃははッ‼︎ ちゃっはっはっはっはッ‼︎ げにッ‼︎ げにッ‼︎ げにッ‼︎ まっこと熱っつぅ──────ぞな?」

「ぶふぅぅぅぅッッッ!!!!????」


 ぞな? じゃあねえッ‼︎


 それがし同様に吹き出す青組の面々と、加えて吹き出す黄組の面々。実況席では酢橘殿までもが咳き込んでいる。


 ビリビリビリッ、と。


 己を抱き締めるように腕を回したかと思えば、会長殿は纏う体操服を掴み引き千切る。下着の代わりに体操服の下から出て来るサラシ巻いた半裸姿。体操服の破片が舞い散る中、宙に漂う長めの切れ端を引っ掴み、会長殿は長い黒髪を頭の後ろで縛りちょいとばかり背筋を伸ばす。


「ちゃっはっはっ‼︎ 土は己が足裏で踏んでこそ! 空気は己が肌で感じてこそぜよ‼︎ 薄皮一枚が邪魔じゃきッ‼︎ あてを感じさせてみせえヤマァッ‼︎ そん代わしあてを味わってくりゃれ? 喰らい合おう、ぞな?」

「いやなに言ってんのお主⁉︎ 高度な心理戦ですかな⁉︎ そうであれッ‼︎ 者共痴女じゃぁぁぁぁッ‼︎ 痴女が出ましたぞぉぉぉぉッ‼︎」


 中央線を挟み右に走れば引き裂けるほどの深い笑みを浮かべ顔を上気させている会長殿がついて来る。左に走れば左に。全然離れる気ねえなッ‼︎ それがしとギャル氏を追って男達の鋭い視線が泳ぐ。


「振り返って見ろですぞ会長殿‼︎ 何人か会長殿みたいに猫背になってますから⁉︎ 服装の違反で退場でしょうが退場‼︎ お主、逆の立場になって考えてみろや⁉︎」

「ハァ? 祭でサラシは正装ぞね? 襲えるもんなら襲ってみちょうや、組み倒せたなら相手しちゃるぜよ? がうがう」

「アウトォォォォッッッ‼︎ お主生徒会長じゃねえの⁉︎ 校長先生の顔見てやれよ‼︎」


 椅子の上でぐったりしてて空しか見上げてねえぞ校長先生ッ‼︎ 実況も目の前で手を組んでるだけで何も言わねえしッ‼︎



 ────────パァンッ‼︎



 あくっそッ、もうさっさと終わらせようとばかりに開始の合図しやがった審判の野郎ッ‼︎ 体育委員の顔まで死んでやがるッ‼︎


 会長殿の振る舞いに開始と同時に大衆は動かず、ただ組み倒せたらOKの甘い看板に誘われて数人の青組男子が隊列を乱し会長殿に突っ込んだ。笑みを深めたまま肉迫して来る青組の面々を目の前に、地に会長殿が沈み込んだ途端、青組特攻隊の体が上下逆さにひっくり返る。崩れる青組特攻隊の中心に会長殿だけが立っている。


「いッ⁉︎」


 恐ろしく速い手刀ッ⁉︎ 落とされる足裏を削ぐように左の手刀で払い、身を回しながら右の手刀でバランス崩した特攻隊の頭を叩き上下逆さに。見逃したかったそんな技ッ。


「ソレガシッ、これはッ‼︎」

「仕方なしッ、お主らは目指せ棒ッ‼︎ 会長殿の相手は」

「あての相手はおまんぜよヤマァッ‼︎」


 うわぁこっち来たッ⁉︎


 全速力で突っ込んで来る会長殿を前に、背後に下がりそうになる心を押さえ付け前へと身を倒す。十冠地味た威圧感を放つんじゃねえッ‼︎


 前へ一歩足を差し出した瞬間、より深く身を倒した会長殿が加速する。


「ヅッ⁉︎」


 下から迫る鋭く突き出された手刀を右肘を振り下ろしさばくと同時に目の前にしている視界がひっくり返った。捌かれた勢い殺さず身を反転させた会長殿のもう片方の手刀で足を払われたと気付くまで数瞬。背を叩く衝撃に漏れそうになる息を噛み締め身を回す。



 ぞくり──────っ、と。



「ばッ」



 べと──────ぉっ。



 大地に吸い付くように顔の側面をグラウンドに貼り付け屈む会長殿の影。頭の上に掲げた右の手刀と前に構えた左の手刀の隙間から、笑顔を消し、まばたきなく目を見開いたままの眼光が覗いている。腕を目前に交差させた刹那、会長殿の掌底に吹き飛ばされ大地を転がる。


「んー? よく見ちょうき、んー、んー? どこで覚えたそげな動きぃ? あては知らんぞなー? 知らんぞー? こじゃんと見てもげに知らん。んー? 梅園うめぞの桜蓮サレンぞな? んー? 満腹にならないはらがはらんなぁ……もちっと叩くこたかすぞね」


 転がり身を起こす先で会長殿が舌舐めずりし突っ込んで来る。突き出される手刀を肘で捌くも、流れに逆らわずすぐにもう片方の手刀が飛んでくる。捌き、薙がれ、捌き、薙がれ、会長殿の動きが止まらないッ。大きく体勢を崩せない。ギャル氏との組み手で幾度となく味わった練度の差。


「刀? 弓? 槍? んー? 薙刀? 棒術でもないぞなー? 杖術でも空手でもないぞなー? んー? やわらでももじりでも……腕でも足りんぞな? 中東地味た動きじゃき。どげんしたヤマァ? 逃げたは嘘ちや? おぉ! 逃げたは嘘ぞな! そかそか! ちゃっはっは! 隠れてやっちょったが? あてに内緒ぞな! もう隠さんでいいぞね‼︎ んふっふ‼︎ あてのまた来ちょってくれや‼︎ いいぞな? いいぞね!決まりじゃきッ‼︎」

「なんてぇッ⁉︎」


 めっちゃ喋りながらぶんぶん手刀振んじゃねえッ‼︎ めっちゃ一人で頷いてるし⁉︎ 『く』ってどこだ⁉︎ どこ区? どこに連れて行こうとしてんのこの人⁉︎ 怖いッ⁉︎ 分かったッ、無理だッ、会長殿捲って棒まで辿り着くのは無理だッ‼︎ 代わりにここから先には通さんッ‼︎


 突き出される手刀を身を屈め避け、肩口に擦る手刀を追わずに両手の指先を軽く地に付ける。低く低く、底に張り付く。しゃがみ地面にへばり付き笑う会長殿と見つめ合い鋭く一度息を吐き出す。



「プシィッ‼︎」



 膂力差がないなら肉迫し距離を潰して巻き込めッ‼︎ 相手のイメージを変えろッ‼︎ 腕二本では足りないッ、ジャギン先輩が相手だと仮定し頭を回す。前に出される左の手刀は腕四本と同等。掲げられた右の手刀こそ超近距離を想定した腕二本。そうであるならッ‼︎


 より腕を畳み肘を突き出す。捌け捌けッ‼︎ 左の手刀を肘で右に捌きながら、更に右肩を入れ込み弾く。空いた会長殿の左脇腹ッ。左肘を滑り込ませれば右の手刀で受けられる。だからこそ折り畳んでいた右手を伸ばし掴むッ。……掴むッ……掴む……ッ、



 何処を?



  サラシと短パンしか掴むところがねえぞッ⁉︎ せけえッ⁉︎ これ掴んで引き千切りでもしたらそれがしタイーホ案件?


「んー? ヤマァ? おまん、こん傷なんぞな?」


 一瞬の迷いに首をこてりと傾けた会長殿に胸ぐらを掴まれ強引に引かれ、体操服の首元が小さく裂ける。


「ぶッ⁉︎ おまッ⁉︎」


 引き寄せられた会長殿の先に覗くそれがしの稲妻模様の傷跡に、ペトリと当てられる会長殿の舌先。傷跡に添い首筋まで舐め上げられ、背筋に冷たい刺激が走る中、恍惚とした会長殿の顔が下からそれがしの顔を覗き込む。


「タダじゃこん傷付かんぞな? 誰とやっちょう? こん傷がおまん変えちゅうき? ちゃは! 噛み付きたいが流石に我慢ぞな? もう辛抱堪らんぜよ! ちぃぃぃぃぃッ‼︎」

「ヅィッ⁉︎」


 突き上げられた左の手刀を首を捻り躱せば、掠められた手刀がフェイスマスクを解き飛ばす。目を見開いたそれがしの足を足払いで弾き、傾きながら伸ばす手が振り返らずに背後へ振られた二撃目の手刀に撃墜された。


「ちっく……しょッ‼︎」


 遠去かる会長殿の背を回る視界の中見つめながら、身を起こし会長殿を追う。棒の前には青組の壁が控えている。走れば追い付く。前に進み続ければ、なのにッ、それを嘲笑うかのように青組の壁を踏み台に会長殿が青組の棒に飛び乗り踏み倒す。


『棒倒し第三戦は黄組の勝利ィッ‼︎ これが黄組のッ‼︎ 我らが生徒会長の実力だァッ‼︎ 文武両道ッ‼︎ 強靭無敵ッ‼︎ 自由奔放食欲旺盛とは会長の為の言葉と知れいッ‼︎ 棒倒しの結果は上から黄組、青組、赤組ッ‼︎ まだ分からないッ‼︎ まだ分からないぞッ‼︎ 三組全てが優勝射程圏内ッ‼︎ 防衛線などありはしねえッ‼︎ 今こそ勝利を掴み取れえッ‼︎』

「ちゃは! ヤマ、あてが勝ったらあてに付き合え‼︎ 決まりぜよコレはッ‼︎ ちゃっはっはっはっはっ‼︎」


 投げキッスを残して会長殿が去って行く。茫然と倒れた青組の棒を眺める事しばらく、次の競技へと移るからさっさと退けと体育委員に小突かれる。


「お、おいソレガシ? 大丈夫か?」

「大丈夫?」


 大丈夫? 大丈夫だと? 微笑も浮かべずに肩に手を置いてくる勘助氏の手を払う事なく、ゆっくりと足を出し地面に落ちていたフェイスマスクを拾い上げ口元を覆うとするが、手が震えて上手く結べない。



 結べず……結べず……。



 フェイスマスクを握り締めた手でボロ布と化した体操服を握り引き千切るッ。



「おいッ⁉︎」

「ちくしょうがッ‼︎ あの腐れ痴女がよぉぉぉぉッ!!!! やってやんよもし次があったらサラシだろうが引き千切ってやんよそれがしはァッッッ‼︎ 勝ちゃあいいんだろ勝ちゃあ‼︎ 勝ってやんよッ、とりま今は男女混合リレーでぶち抜いてやるよぉッ‼︎ それで文句ねえな勘助ェッ‼︎ 潰すッ‼︎ ぶっ潰すッ‼︎ ブッ千切り勝つぞぉッ‼︎ 絶対にッッッ!!!!」

「お、おお、お、おう!」


 布一枚の重さが邪魔だッ‼︎ 勝ってやるよ絶対にッ‼︎ 稲妻模様の傷跡隠すのも今はやめだッ‼︎ ギャル氏も会長殿も纏めて潰すッ‼︎ 下手に気を掛けて、ふざけた煽りしやがってッ‼︎ 正々堂々真っ正面から勝ってやるッ‼︎ それがしの逃げ足舐めんなよッ‼︎


「あの」

「アァッ⁉︎」


 肩を叩かれ勘助氏かと思い目を向ければ、顔を痙攣ひきつらせている体育委員が一人。激しく目を泳がせながらそれがしの前で地面を指差す。


「あの、ええと、千切った体操服はお持ち帰りを」

「あっ、はい」




 

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