21F 葬送行進曲 3
「まだ噛み切れんちや、骨があんと顎疲れんぞね」
「はーぁ、ソレガシウザみパないんだけど?」
なにこれ怖い。目を細め光らせる武人が二人。本当に
「ヅッ⁉︎」
避ける事なく待ち構えていたグレー氏が僅かな呻き声があげるもの、後ろに下がる事もなく受け止められた。三人で組まれた騎馬との単純な膂力差。停止は一瞬、タッタッタッ、とグレー氏の足が細かくリズムを刻む。右へ左へ身を
「し────ィッ‼︎」
「ッ‼︎」
そんな空気を切り裂く蹴りの影。身構えたところで顔を挟むゆかりん氏の脚が捻られ体勢が
崩されぬように足を踏ん張る中、向き合う二騎に押し込められ足がもたつく。後退。その動きの中握り直そうと腕を上げた会長殿の手に手を添えて、ゆかりん氏が釣り手を切った。会長殿の腕を下に押さえつけるように掴むゆかりん氏の影を見つめ、身を沈ませ体全体で会長殿を下に引く。
「一本釣りがッ! 今夜はカツオがタタキぞなッ!」
「痛たたたたたたッ⁉︎」
「
「鬼ですかなッ?」
「鬼ですわねッ」
体勢は崩さんと、
「ブッフォッ⁉︎」
それが
「ぶ────ッ⁉︎ 騎馬が蹴り放っていいのかよッ⁉︎ しかも俺両手塞がってんだけどッ⁉︎」
「おま言うッ、先に乗ってる騎手に言ってやれ定期ッ‼︎ ギャル氏は
「……蹴りやすいし、ゆかりん蹴れねえっしょ」
「なんでやッ、
「ズルイですわね、
「あてが手ぇ握りながら浮気ぞな?」
体勢が崩れる。
「ごめんあそばせッ」
「おッ?」
『おや、合気かな? いや、柔術に近いか?』
会長殿の。
何やら感心している解説の声を聞き流し、捻られた方向に身を
ガチリ────ッ!
それを追い響くギザギザした歯の噛み合う音。表情塗り変わって満面の笑み。体がズレ宙を泳いだ掴まれていない方の手を動きに乗せるかの如く漂わせ、腕掴むゆかりん氏の肘に手を添え横に弾いた。繋がりが絶たれ、ゆかりん氏の体が横に向く。その先に伸びる手が一つ。
「貰ったしッ」
「
目前の手を体が横に向く勢いのままゆかりん氏は手で
「ッ……もぅッ、ちッ」
ギャル氏の舌打ちの音と共に下から削ぐように突き上げられた蹴りが会長殿の腕を弾いた。その隙にギャル氏に伸びるゆかりん氏の手。上げられていた足が引き戻されながら落とされゆかりん氏の腕を蹴り落とす。
『殴り合いだ殴り合いッ‼︎ 正三角形が崩れないッ‼︎ 騎手同士はおよそ対等ッ‼︎ 鬼同士の睨み合いッ‼︎ 攻撃こそが最大の防御だッ‼︎ 己こそ最強と言わんばかりの猛攻の中ッ、差があるとすれば騎馬の差かッ⁉︎ 向き合う影で見えづらいが舞い落ちる血の滴が戦舞台を染めてゆくッ‼︎ 流血ッ‼︎ 流血ですッ‼︎ それでも誰も止まらなぁいッ‼︎』
ポタポタ地面に落ちる朱い滴。喧しい実況のおかげで今気付いたとばかりに顔を
「今ですぞッ‼︎」
「分かりましたわッ‼︎」
「い、いやちょッ、ソレガシアンタね⁉︎」
突っ込めばギャル氏の足に払われ、ギャル氏と会長殿が若干ばかり身を引き距離を取る。生まれた空間に足を落とす先で、口端を
「
「気にせずとも……この程度の傷」
「いや鼻血っしょそれ」
鼻下に垂れる血を親指で拭う。
「……ギャル氏の蹴りが」
「顔には当ててねえんだけど?」
「……グレー氏と最初ぶつかった時に」
「言いたくないけどぶつかる前からだよなそれ?」
「……
「しししっじゃねえから⁉︎ 今もポタポタ垂れてんけど⁉︎ マジないッ‼︎ ありえんてぃパないしッ‼︎ んくっ、ふふっ、んでそんなドヤ顔できんわけ⁉︎ ゆかりんその騎馬変態だし変態っ‼︎ 早いとこ降りた方がよさげだから‼︎」
「今笑いましたよなお主?」
「オーッホッホッ! レンレンさんたら、そんな手には引っ掛からなくってよ?」
「いや見ろし‼︎ ゆかりんが身を
「はぁ、ギャル氏ったらなにを馬鹿な」
「んじゃ本音は?」
「ここが天国だった」
「ほらぁ‼︎ ゆかりん一番の敵は下にいんからね! 一緒に倒すの安定‼︎」
なんで
上から
「
「ひゃっほー! ゆかりん氏最高だぜッ‼︎ べんべんッ‼︎ 一生ついて行きますぞ大将‼︎」
「青組は最高戦力これでいいのかッ⁉︎」
『あーっとッ、
その実況いる? 不必要な実況して
降り注いで来る靴と靴下が一組。何故脱いだ? てか何故こっちに投げる? 飛び道具? 飛び道具攻撃なの?
騎馬の上で素足になった足の指をにぎにぎ開いたり閉じたりしているギャル氏の横で、騎馬の上に胡座をかき頬杖ついて欠伸を零す会長殿。
ギャル氏が不機嫌そうだと会長殿は楽しそうで、ギャル氏が楽しそうだと会長殿は退屈そうだなおいッ。
「ヤマァ、もう食事に戻っちゅうていいぞな?」
「あっ、はい」
「やまぁ? 誰だしそれ? ソレガシっしょそれは」
「ヤマぞな」
「ソレガシっしょ」
「ヤマぞな」
「ソレガシっしょ」
「ヤマぞな」
「ソレガシっしょ」
「行きますぞぉぉぉぉ────ッ‼︎」
どっちも
ギャル氏と会長殿に向けて再び突っ込みながら、肩車しているゆかりん氏の足裏を掴み、肩からゆかりん氏の両脚を外して手で支える。視線を落としてくるゆかりん氏と目配せするは一瞬。
先程の激突で分かっている。
グレー氏と会長殿
理解した。おそらく距離を潰しての掴み合いならゆかりん氏に分がある。距離を開け続ければギャル氏の蹴りの独壇場である事を思えばこそ、距離を潰す以外に活路はない。細く息を吐き両手を開くゆかりん氏の先で、ギャル氏が右足を持ち上げ会長殿が歯をカチ鳴らす。
「掴み喰うがはどうも性に合わんき、断つぞなそろそろ。骨ごとちや」
緩く開いていた手を軽く振り、指先をピンと伸ばした両手を軽やかに会長殿は掲げる。こてりと傾げられた顔の瞳が細められ、稲妻模様の傷跡にピリリと痺れが駆け巡った。
ヤバイ……ッ、殺られる────ッ⁉︎
「ツァッ⁉︎」
止めていた身を捻り黄組の騎馬に肩をぶつける。身を
変わらず狙いは
「痛ってててッ⁉︎」
耳が痛えッ⁉︎
引き戻される過程でギャル氏の足の指に握られ耳が引かれる。グキグキ鳴ってんだけど耳からッ⁉︎ 笑みを深め足を引くギャル氏を視界の端に収めながらも、近づいて来るのは大地。体勢が完全に崩れる。間違いなく地面に転がるッ。鋭く息を吐き出して、傾きながら何とかゆかりん氏を上に放る。
「ッ、跳べ────ッ‼︎」
「プシィ──────ッ!!!!」
ゆかりん氏の影が
「馬が
「そうは」
「いかんですなぁ‼︎」
「ソレガシ⁉︎」
向かって来る会長殿を目に上へとギャル氏を押し上げるグレー氏の瞳が
回していた身を止め、脚を折り畳み両足の裏を上に向ける。
足裏にゆかりん氏が着地すると同時。軋む体を無理矢理手に付いた手で起こしながら跳ね上げる。金色の髪が飛翔する。宙を泳ぐ三鬼。その姿にぞくりと身を起こした背筋が痺れる。
ずるり──────ッ。
空気がズレたかのように冷ややかな風が戦場の中央に花開いた。頭を下に振るい落とし、一人下へと身を投げながら戦場中央に渦巻く青い影。身を捻り振り回した足先の指が空を泳ぐ二色の鉢巻きを奪い取り、くるくると回りながら
身を起こしていた胸板に手を置かれて地面に押し付けられた
『決まったァァァァッ!!!! 赤組だッ‼︎ 赤組の空手鬼が常識と言う名の瓦を見事に割り切り神業を披露ォッ‼︎ 順位は変わらずッ、赤組が一歩優勝へと足を踏み出したッ‼︎ 頭に巻くは相手の血の色かッ‼︎ 足蹴にすると言わんばかりに青組の馬を踏み台に足で掲げられた二色の鉢巻きッ‼︎ 午後第一番ッ‼︎ 輝いたのは赤い色ッ‼︎ 見よッ‼︎ 東方は赤く燃えているぅッッッ‼︎』
「ッ…………………ぐふぅッ」
顔を手で覆う中、腹部にのしかかった重みに思わず呻き声と共に息を漏らす。指の隙間から覗いてみれば、
「もぅ寝てろし、十分っしょ……ね?」
「…………嫌ですな」
「…………んでよ」
「だって、嫌なんだもん」
「もんじゃねえし、きもいんだけど? ならまぁ、頑っ……んっ。ふんっ、あっそ」
「ぐぇっ⁉︎」
一度
身を起こせばすぐに横から伸ばされるゆかりん氏の手。
「……立てますとも一人で。負けましたな……」
「えぇ……でもまだ終わりではありませんわ。上を向いている限りは……なにも零れなくってよ? だから」
「「次は勝つ」」
言葉を重ねて前に歩く。並び歩いても互いに顔は見合わせない。敗者の顔など見ても気が滅入るだけだ。赤組の陣営へと歩き戻るギャル氏と、グラウンドに突っ立ち静かに笑う会長殿の背を一瞥し歩き続ける。棒倒しと男女混合リレー。
勝った時こそ向き合おう。言葉にせずともそれは分かる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます