21F 葬送行進曲 3

「まだ噛み切れんちや、骨があんと顎疲れんぞね」

「はーぁ、ソレガシウザみパないんだけど?」


 なにこれ怖い。目を細め光らせる武人が二人。本当に女子高生JKか? 世の女子高生に首を横に振られるぞ。怖いのでギャル氏と会長殿には目もくれず、騎馬として向かい合うは騎馬。歯を噛み締め左肩から薄っすら笑うグレー氏の胸板目掛けぶち当たる。


「ヅッ⁉︎」


 避ける事なく待ち構えていたグレー氏が僅かな呻き声があげるもの、後ろに下がる事もなく受け止められた。三人で組まれた騎馬との単純な膂力差。停止は一瞬、タッタッタッ、とグレー氏の足が細かくリズムを刻む。右へ左へ身をよじり前に足を踏み出すグレー氏の圧に押される。


「し────ィッ‼︎」

「ッ‼︎」


 そんな空気を切り裂く蹴りの影。身構えたところで顔を挟むゆかりん氏の脚が捻られ体勢がれる。着弾点がズレ体をギャル氏の蹴りが擦るその上では、会長殿に手を掴まれ腕を強引にゆかりん氏は引かれていた。


 崩されぬように足を踏ん張る中、向き合う二騎に押し込められ足がもたつく。後退。その動きの中握り直そうと腕を上げた会長殿の手に手を添えて、ゆかりん氏が釣り手を切った。会長殿の腕を下に押さえつけるように掴むゆかりん氏の影を見つめ、身を沈ませ体全体で会長殿を下に引く。


「一本釣りがッ! 今夜はカツオがタタキぞなッ!」

「痛たたたたたたッ⁉︎」

騒ぐなほたえんがッ!」

「鬼ですかなッ?」

「鬼ですわねッ」


 体勢は崩さんと、またがる騎馬の重心を捉えて踏ん張る会長殿を支える為に耐える騎馬のうめきを会長殿の咆哮が黙らせる。お互い引く事による拮抗。


「ブッフォッ⁉︎」


 それがそれがしの脇にギャル氏の蹴りが落とされる事で崩れる。前に僅かにつんのめる会長殿とゆかりん氏。地面に手は掴んとばかりにそれがしの頭にしがみ付き耐えるゆかりん氏の重みと熱を感じながら、地についた膝を支点に体を回しグレー氏の腹部に蹴りを放つ。


「ぶ────ッ⁉︎ 騎馬が蹴り放っていいのかよッ⁉︎ しかも俺両手塞がってんだけどッ⁉︎」

「おま言うッ、先に乗ってる騎手に言ってやれ定期ッ‼︎ ギャル氏はそれがしのこと蹴り過ぎじゃね⁉︎」

「……蹴りやすいし、ゆかりん蹴れねえっしょ」

「なんでやッ、それがしはギャル氏専用サンドバッグだった?」

「ズルイですわね、わたくし様には本気になってくれなくって?」

「あてが手ぇ握りながら浮気ぞな?」


 それがしとゆかりん氏の回転に合わせて捻られていた腕を捻り戻しながら会長殿が腕を引く。


 体勢が崩れる。


「ごめんあそばせッ」

「おッ?」

『おや、合気かな? いや、柔術に近いか?』


 会長殿の。


 何やら感心している解説の声を聞き流し、捻られた方向に身をよじりながらゆかりん氏が会長殿の腕を引く。揺れズレる会長殿。驚きを顔に描いた会長殿の頭が横に動く。


 ガチリ────ッ!


 それを追い響くギザギザした歯の噛み合う音。表情塗り変わって満面の笑み。体がズレ宙を泳いだ掴まれていない方の手を動きに乗せるかの如く漂わせ、腕掴むゆかりん氏の肘に手を添え横に弾いた。繋がりが絶たれ、ゆかりん氏の体が横に向く。その先に伸びる手が一つ。


「貰ったしッ」

わたくし様相手に拳は甘くってよレンレンさんッ!」


 目前の手を体が横に向く勢いのままゆかりん氏は手でハタき弾く。二撃目も同様に、往復したビンタで会長殿の方に流せば、逸れたギャル氏の腕を絡め取るようにクロスカウンター気味にギャル氏に伸びる会長殿の手。


「ッ……もぅッ、ちッ」


 ギャル氏の舌打ちの音と共に下から削ぐように突き上げられた蹴りが会長殿の腕を弾いた。その隙にギャル氏に伸びるゆかりん氏の手。上げられていた足が引き戻されながら落とされゆかりん氏の腕を蹴り落とす。


『殴り合いだ殴り合いッ‼︎ 正三角形が崩れないッ‼︎ 騎手同士はおよそ対等ッ‼︎ 鬼同士の睨み合いッ‼︎ 攻撃こそが最大の防御だッ‼︎ 己こそ最強と言わんばかりの猛攻の中ッ、差があるとすれば騎馬の差かッ⁉︎ 向き合う影で見えづらいが舞い落ちる血の滴が戦舞台を染めてゆくッ‼︎ 流血ッ‼︎ 流血ですッ‼︎ それでも誰も止まらなぁいッ‼︎』


 ポタポタ地面に落ちる朱い滴。喧しい実況のおかげで今気付いたとばかりに顔をしかめたギャル氏と会長殿の動きが若干鈍る。顎から滴る血と汗の混ざった滴を手の甲で拭い、それがしまたがるゆかりん氏へ叫ぶ。


「今ですぞッ‼︎」

「分かりましたわッ‼︎」

「い、いやちょッ、ソレガシアンタね⁉︎」


 突っ込めばギャル氏の足に払われ、ギャル氏と会長殿が若干ばかり身を引き距離を取る。生まれた空間に足を落とす先で、口端を痙攣ひきつらせたグレー氏の瞳がそれがしを射抜いた。ギャル氏と会長殿もそれは同様。


兄弟ブラザー、お前……」

「気にせずとも……この程度の傷」

「いや鼻血っしょそれ」


 鼻下に垂れる血を親指で拭う。


「……ギャル氏の蹴りが」

「顔には当ててねえんだけど?」

「……グレー氏と最初ぶつかった時に」

「言いたくないけどぶつかる前からだよなそれ?」

「…… それがしが鼻血を? 馬鹿いっちゃいけませんな、しししっ!」

「しししっじゃねえから⁉︎ 今もポタポタ垂れてんけど⁉︎ マジないッ‼︎ ありえんてぃパないしッ‼︎ んくっ、ふふっ、んでそんなドヤ顔できんわけ⁉︎ ゆかりんその騎馬変態だし変態っ‼︎ 早いとこ降りた方がよさげだから‼︎」

「今笑いましたよなお主?」

「オーッホッホッ! レンレンさんたら、そんな手には引っ掛からなくってよ?」

「いや見ろし‼︎ ゆかりんが身をよじってん度にソレガシの鼻から血が垂れてんから‼︎ ふくッ、ふふっ、二人共ドチャクソドヤ顔してんけど血は鼻から垂れてんから‼︎」

「はぁ、ギャル氏ったらなにを馬鹿な」

「んじゃ本音は?」

「ここが天国だった」

「ほらぁ‼︎ ゆかりん一番の敵は下にいんからね! 一緒に倒すの安定‼︎」


 なんでそれがしまたがってるゆかりん氏にそれがし倒す勧誘してんの? まさかまさか、ゆかりん氏お前もかなんて何処ぞの独裁官を刺殺せんばかりに裏切るはずはずが……ないよね?最早それがしもここまでか……。


 上からそれがしの頭に身を倒し覗き込んでくるゆかりん氏を見上げれば、ゆかりん氏はすぐに姿勢を戻し、ぐるぐる捻れている柔らかな金髪を手で払いホッと困ったように吐息を吐いた。


わたくし様も罪な女ですわね……。殿方はそのくらいの方が元気で宜しいのではなくて?」

「ひゃっほー! ゆかりん氏最高だぜッ‼︎ べんべんッ‼︎ 一生ついて行きますぞ大将‼︎」

「青組は最高戦力これでいいのかッ⁉︎」

『あーっとッ、葡萄原ぶどうはら選手の呼び掛けに青組一同顔を歪め顎に手を置いているッ‼︎ かつてオーギュスト=ロダンが製作した考える人の大量生産ッ‼︎ いやッ、二学年は既に諦めたように天を仰いでいるぞッ! 最初から織り込み済みだぁぁぁぁッ‼︎』


 その実況いる? 不必要な実況してそれがしとゆかりん氏に精神攻撃しようとしてない? 汚い流石黄組の実況汚いッ。ゆかりん氏の高笑い響く中澄ました顔で鼻血を拭えば、何が面白いやらギャル氏は含み笑いながら何かを投げる。


 降り注いで来る靴と靴下が一組。何故脱いだ? てか何故こっちに投げる? 飛び道具? 飛び道具攻撃なの?


 騎馬の上で素足になった足の指をにぎにぎ開いたり閉じたりしているギャル氏の横で、騎馬の上に胡座をかき頬杖ついて欠伸を零す会長殿。


 ギャル氏が不機嫌そうだと会長殿は楽しそうで、ギャル氏が楽しそうだと会長殿は退屈そうだなおいッ。


「ヤマァ、もう食事に戻っちゅうていいぞな?」

「あっ、はい」

「やまぁ? 誰だしそれ? ソレガシっしょそれは」

「ヤマぞな」

「ソレガシっしょ」

「ヤマぞな」

「ソレガシっしょ」

「ヤマぞな」

「ソレガシっしょ」

「行きますぞぉぉぉぉ────ッ‼︎」


 どっちもそれがしの名前ちゃんと呼んでねえじゃねえかッ‼︎ 呼ぶならちゃんと呼んでくれる⁉︎ 五十歩百歩で比べ合ってんじゃないぞッ‼︎ 会長殿の方がマシだけどソレガシって呼ばれ過ぎててもう違和感がほぼねえッ‼︎


 ギャル氏と会長殿に向けて再び突っ込みながら、肩車しているゆかりん氏の足裏を掴み、肩からゆかりん氏の両脚を外して手で支える。視線を落としてくるゆかりん氏と目配せするは一瞬。


 先程の激突で分かっている。それがし達の一番の弱点は、騎馬一人騎手一人のおかげでのゆかりん氏の下半身の可動域を悪さ。肩車なら尚更。ので、バランスの取りやすさを捨てて動きの幅を広げるべし。


 グレー氏と会長殿またがる騎馬の前でピタリと足を止める。衝突の衝撃はゆかりん氏の邪魔になる。一度強引に突撃したからこそ身構え足を止め待ち構えていたグレー氏が目を見開き、それに笑みを向けながら、上で動くゆかりん氏に合わせ両手を動かし踏み込みを支える。


 理解した。おそらく距離を潰しての掴み合いならゆかりん氏に分がある。距離を開け続ければギャル氏の蹴りの独壇場である事を思えばこそ、距離を潰す以外に活路はない。細く息を吐き両手を開くゆかりん氏の先で、ギャル氏が右足を持ち上げ会長殿が歯をカチ鳴らす。


「掴み喰うがはどうも性に合わんき、断つぞなそろそろ。骨ごとちや」


 緩く開いていた手を軽く振り、指先をピンと伸ばした両手を軽やかに会長殿は掲げる。こてりと傾げられた顔の瞳が細められ、稲妻模様の傷跡にピリリと痺れが駆け巡った。


 ヤバイ……ッ、殺られる────ッ⁉︎


「ツァッ⁉︎」


 止めていた身を捻り黄組の騎馬に肩をぶつける。身をよじった事でゆかりん氏がバランスを崩し、突き出される会長殿の手刀がゆかりん氏の胴を掠めた。地面に落とされるゆかりん氏の影が裂ける。手刀に裂かれた体操服の切れ端が宙を舞い、それを掻き分け突き出されるはギャル氏の足。


 変わらず狙いはそれがし。肩車を外した事で動かせるようになった顔を捻った目前を通り過ぎるギャル氏の足先。その足を追いグレー氏に突っ込もうと動かす足がつんのめる。


「痛ってててッ⁉︎」


 耳が痛えッ⁉︎


 引き戻される過程でギャル氏の足の指に握られ耳が引かれる。グキグキ鳴ってんだけど耳からッ⁉︎ 笑みを深め足を引くギャル氏を視界の端に収めながらも、近づいて来るのは大地。体勢が完全に崩れる。間違いなく地面に転がるッ。鋭く息を吐き出して、傾きながら何とかゆかりん氏を上に放る。


「ッ、跳べ────ッ‼︎」

「プシィ──────ッ!!!!」


 ゆかりん氏の影がそれがしを覆う中、ギャル氏に足で地に投げられた傾いた体を捻り肩から飛び込む。身を回し足を振り回す。騎馬同士騎馬の足を削ぐ。一足早く宙に跳んだグレー氏の下を足が泳ぐも、後ろの一人の足は弾けグレー氏騎の後ろ足が死ぬ。黄組の騎馬も同様に、崩れる騎馬を踏み台に会長殿が宙を舞う。


「馬が死んだみてか! ちゃは! 落とすッ!」

「そうは」

「いかんですなぁ‼︎」

「ソレガシ⁉︎」


 向かって来る会長殿を目に上へとギャル氏を押し上げるグレー氏の瞳がそれがしに落とされる。こうなっては誰が地面に落ちるのが早いかッ。一番に跳んだゆかりん氏が最も早く落ちて来るは必然。だからこそッ。


 回していた身を止め、脚を折り畳み両足の裏を上に向ける。ブレイキンBREAKIN'の停止技ならクララ様にゴミ屑と言われ続けリサイクルする為に最も練習し続けた。


 それがしは発射台だ‼︎


 足裏にゆかりん氏が着地すると同時。軋む体を無理矢理手に付いた手で起こしながら跳ね上げる。金色の髪が飛翔する。宙を泳ぐ三鬼。その姿にぞくりと身を起こした背筋が痺れる。



 ずるり──────ッ。


 

 空気がズレたかのように冷ややかな風が戦場の中央に花開いた。頭を下に振るい落とし、一人下へと身を投げながら戦場中央に渦巻く青い影。身を捻り振り回した足先の指が空を泳ぐ二色の鉢巻きを奪い取り、くるくると回りながらそれがしに落ちて来る。


 身を起こしていた胸板に手を置かれて地面に押し付けられたそれがしの顔を擽る青いサイドポニーの毛先と滴る汗。逆立ちのまま足の指で握り締めた青と黄色の鉢巻きを掲げ、梅園うめぞの桜蓮サレンの微笑がそれがしの視界を覆い尽くす。


『決まったァァァァッ!!!! 赤組だッ‼︎ 赤組の空手鬼が常識と言う名の瓦を見事に割り切り神業を披露ォッ‼︎ 順位は変わらずッ、赤組が一歩優勝へと足を踏み出したッ‼︎ 頭に巻くは相手の血の色かッ‼︎ 足蹴にすると言わんばかりに青組の馬を踏み台に足で掲げられた二色の鉢巻きッ‼︎ 午後第一番ッ‼︎ 輝いたのは赤い色ッ‼︎ 見よッ‼︎ 東方は赤く燃えているぅッッッ‼︎』

「ッ…………………ぐふぅッ」


 顔を手で覆う中、腹部にのしかかった重みに思わず呻き声と共に息を漏らす。指の隙間から覗いてみれば、それがしの腹部に座り込み脱いでいた靴下と靴を履き直しているギャル氏の姿。履き終えサイドポニーを手で払うギャル氏へ上半身を起こせば、再び胸板に手を置かれ地面に押し付けられる。


「もぅ寝てろし、十分っしょ……ね?」

「…………嫌ですな」

「…………んでよ」

「だって、嫌なんだもん」

「もんじゃねえし、きもいんだけど? ならまぁ、頑っ……んっ。ふんっ、あっそ」

「ぐぇっ⁉︎」


 一度それがしの腹に体重を掛けて立ち上がったギャル氏が歩き去って行く。その足音を聞き流しながら覆っている手で一度顔を撫で下ろしすぐに身を起こした。無力感に浸っている時間はない。


 身を起こせばすぐに横から伸ばされるゆかりん氏の手。それがしに顔は向けず、少しばかり上を向いたまま伸ばされているゆかりん氏の手は握らずに立ち上がる。


「……立てますとも一人で。負けましたな……」

「えぇ……でもまだ終わりではありませんわ。上を向いている限りは……なにも零れなくってよ? だから」

「「次は勝つ」」


 言葉を重ねて前に歩く。並び歩いても互いに顔は見合わせない。敗者の顔など見ても気が滅入るだけだ。赤組の陣営へと歩き戻るギャル氏と、グラウンドに突っ立ち静かに笑う会長殿の背を一瞥し歩き続ける。棒倒しと男女混合リレー。それがし達が戦える数はもう後二つ。


 勝った時こそ向き合おう。言葉にせずともそれは分かる。




 

 

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