20F 葬送行進曲 2
始まりの合図となるピストルの音が響く。騎馬の数は各々九騎。右斜め前方に控える赤組と左斜め前方に控える黄組。中央の空いてスペースに黄組と赤組が我先にと突っ走るが。
『あっとぉ? 青組は動かない⁉︎ 開始の合図がまたまた聞こえていないのかぁ⁉︎』
『ほぅ乱戦は嫌か。それが吉と出るか凶と出るか。誰の差し金かな?』
またまたとか実況は煽ってくんじゃねえッ‼︎ 午前中のいつまで引き摺るんだッ‼︎ お主の所為だからね最初のはッ‼︎ しかも会長殿よりずっとギャル氏の母殿は解説っぽい事言いやがるしッ。悔しいッ、でも感心しちゃうッ。
何にせよ作戦通り。ギャル氏の母殿の言う通り乱戦は望むところではない。怖いのは、揉みくちゃにされる中で此方の最高戦力が削られる事だ。ただでさえ相手にはそれぞれ一騎当千の修羅がいる。それを崩す事を考えれば一騎でも此方は戦力を無駄にしたくはない。
中央に突っ込む黄組と赤組を取り囲むように左右に三騎ずつ我ら青組は広がる。勘助氏とゆかりん氏、りなっち氏含めた六騎が右に進むのを視界の端に捉えながら、
黄組と赤組が激突し──────。
『おっとぉッ‼︎ ここで赤組から一騎飛び出したァ‼︎ 狙う先はッ‼︎』
「ばッ⁉︎」
距離を一気に詰めて来る騎馬の先頭に座す白い綿毛。その上に仁王立つのは風に揺れる青いサイドポニー。乱戦に足を止めずそのまま
「悪いな
「ソレガシしねッ‼︎」
「おい死ねって言いましたよな今⁉︎」
グレー氏の肩に手を置き、軽く跳び上がったギャル氏の右脚が持ち上げられる。何というデタラメッ⁉︎ 鉢巻き取る気ねぇッ⁉︎ ダルちゃんの息を飲む音を背に感じ、地面に張り付くように身を落とす。ダルちゃんの足裏を掴んだまま、後頭部に倒れ込み押し付けられた柔らかなモノに押されるように、転がらず肩で地面を叩きギャル氏達の横を走り抜ける。
『一蹴ゥッ‼︎ ソレガシ騎と騎馬を組んでいた後方二人が梅園騎手の蹴りを受け吹き飛んだッ⁉︎ ソレガシ選手は地面に倒れたように見えましたが⁉︎ ダルカス騎手は地面に着いたか?』
『セーフだな、上手いこと肩を使った。ふふっ、見ていて飽きないな。この二週間で更に鍛えたか? それだけでは説明の付かない練度のノビだが』
『セーフッ、セーフですッ! 審判である体育委員からも同様の判定! しかしッ、ソレガシ騎は後ろ足が死んだも同然ッ!ここから
どうもこうもねえよッ⁉︎ ビビったぁッ⁉︎ 初手蹴り放つ騎馬戦が何処にある⁉︎ 体操服の肩口まで裂けやがるしッ‼︎ 替えねえんだぞッ‼︎
『ブオンって鳴ったっ、頭の後ろでブオンってっ‼︎ サレンの蹴りなんてくらったら死んじゃうさね⁉︎ ソレガシ逃げよう‼︎』
「できたらいいですけどな‼︎ ってかダルちゃん頭にしがみ付くのはいいけど目はやめれ⁉︎ 前が見えねえ⁉︎」
ダルちゃんの両足裏を握ったまま背負い直す。頭にがっしりと組み付くダルちゃんの熱に包まれながら、ダルちゃんの手の隙間から外を覗いた先。
「はわぁッ⁉︎ はわわわッ⁉︎」
「急になに⁉︎ 中央にいなかったさっきまで⁉︎」
三騎、四騎……合計六騎⁉︎ どんだけ戦力流して来てんだ黄組⁉︎
「いやッ、狙いはギャル氏か⁉︎」
総合戦闘能力劣る黄組の戦力集中させて赤組の最高戦力刈り取る気かッ。雀蜂狩る蜜蜂かよッ。そんな攻め方されたんじゃ三騎で一騎狙うのは無理だッ。広範囲に戦力広がってるならいいが数の差で単純に潰されるッ。だいたいそれじゃあ中央は……ッ。
『掴み取りッ‼︎ 掴み取りッ‼︎
「いや早いですな⁉︎ その三騎は化物か⁉︎」
『あぁぁぁっと、黄色い大河に飲まれたはずの赤い鉢巻きが浮上するッ! 青組の二騎は落馬かッ⁉︎ 蝶のように舞い蜂のように刺すッ‼︎ 人馬一体ッ‼︎ 白馬が踊れば青い槍が突き出されるッ‼︎ その姿は正しく赤組の青き騎士ィィィィッ‼︎』
赤なのか青なのか紛らわしいなッ‼︎ どっちかにしろッ‼︎
タッタッタッ、と足を振り上げ黄組の騎馬との激突をグレー氏が小刻みなステップで躱し、生まれた隙にギャル氏が蹴りを差し込み騎馬を崩したと同時に体勢乱した騎手から鉢巻きを奪う。
戦国の英傑も
グレー氏の足音に合わせカチカチ打ち鳴るリングピアスの音色がゆるりと迫る。稲妻模様の傷跡がチクチクと痛む。思わず右脚を頭の横まで蹴り上げれば、伸ばされていた白い腕と擦り合い体が
視界を掠めるギザギザした歯。空に踊るグラデーション掛かった長い黒髪と黄色い鉢巻き。
「げにやる気んなったぞね‼︎ ちゃはは‼︎ 遅いがヤマッ‼︎ 待っちょったぜよあては‼︎ ようき
「あら
「ゆかりんさぁ、私は巻き込まないでくれる? 避けるのだけで一苦労なんだけど? このフロアは厳しいわね。地獄で盆踊りはごめんだわ」
「よく言いますわね。一言多く口にできる余裕がまだおありのようで?」
「
「あら?
身を捻り差し伸ばす会長殿の左手を、ピシャリと鞭を振るようにゆかりん氏の右手が叩き落とす。顔を歪めず、寧ろ深めて叩き落とされたまま伸ばした左手で会長殿がゆかりん氏の体操服の端を掴み、力任せに引っ張り体勢を崩した。
するりっ、と。その隙間に伸ばされるクララ様の右手。頭に伸ばされるクララ様の手を会長殿は頭突きで弾き、落ちたクララ様の右手に向け開いた口を差し向ける。
ガチリ────ッ‼︎
噛み合わされたギザギザした歯が虚空を噛む。空いた左手でクララ様がゆかりん氏を会長殿へと押し込んだ事で会長殿の狙いがズレたのだ。
クララ様に押された勢いに乗って伸ばしたゆかりん氏の手が会長殿の鉢巻きを握ろうと引き戻される中、振り上げられた会長殿の肘がそれを弾いた。
『上手いな。
『ソレガシッ‼︎』
頭の中で響いたダルちゃんの声に小さく肩を跳ねる。視界を過ぎる青い影。
肺から空気が漏れる。背後で
ギャル氏の狙いは
「いや跳び蹴りとかァァァァッ⁉︎」
ギャル氏の蹴りが突き刺さるは勘助氏。横に吹っ飛び転がって行く勘助氏の勢いに巻き込まれるようにゆかりん氏が宙を舞う。瞳孔が開く。呼吸が止まる。
青組最高戦力の落馬────『ソレガシ』────ッ⁉︎
「ダルちゃ────ッ⁉︎」
「プシィ──────ッ‼︎」
クララ様
噛み締める奥歯と体が軋む。
それでも崩れそうな体を持ち上げれば、アシストする様に目を見開いたゆかりん氏が体制崩れたクララ様の鉢巻きを掴んで下に引っ張り浮上した。
ほとんどダルちゃんが地に転がるのと同時。
『おぉ〜っとぉッ⁉︎ あっ? えぇぇ〜っとぉ? どうなった?』
『馬を乗り換えたか。背負う騎手が地面に着く前での騎馬の乗り換え。加えてついでとばかりに鉢巻きを取るとは抜け目がない。私としては面白いと思うが、審判である体育委員次第だろう────────ほぅ、許可が降りたようだ』
『ありだぁぁぁぁッ‼︎ あわや全滅かと思われた青組が首の皮一枚繋がったァッ‼︎ 一頭と化した騎馬に跨る騎手一人ッ‼︎ 向かい合うは黄組の剣鬼と赤組の空手鬼ッ‼︎ 頂上決戦だッ‼︎ 二学年が誇る三姫、いや三鬼が
「ソレガシさんッ‼︎」
「お礼はダルちゃんにッ‼︎」
いやマジでッ、マジでマジでッ、焦ったぁッ、急にダルちゃんに蹴られるしッ、脳内に直接考え打ち込まれなければ意図も汲み取れなかったわ多分ッ。ゆかりん氏を掬い上げられたのも運が良かったッ。
クッソッ‼︎ 鉢巻き取るより落馬の多い騎馬戦ってなんだッ⁉︎ 魔力での身体強化もなしに跳び蹴りして反動で騎馬に戻るギャル氏は絶対におかしいッ。
呼吸を整え口元のフェイスマスクを引き下げる。体勢立て直した騎馬の上で首に手を添え骨鳴らす会長殿と、腕を組み不機嫌な顔で仁王立つギャル氏。
戦国の世の武将かな? 滲む空気が女子高生の放っていい物ではない。プシィッ、と鋭く息を吐き出せば、肩車のままゆかりん氏が
「行きましてよソレガシさん! 第二幕の幕を上げましてよッ‼︎」
「荒く動きますので振り落とされぬよう頼みますぞッ‼︎」
「よくってよッ‼︎
「ししッ‼︎ なんと奇遇なッ‼︎」
身を屈めギャル氏と会長殿に向け突っ込むッ‼︎ ここで引いては男も女も青組魂も廃るッ‼︎ 迷いはないッ、迷いはないッ、がッ‼︎
あんまりゆかりん氏は
柔らかな感触に邪念ががががが──────ッ⁉︎
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