18F 最後の晩餐

「……粗品ではございますが、此方がそれがしの昼食にございますぞ」

「うむ。苦しゅうないぞね」


 椅子の上に胡座で腕を組みふんぞり返っている野胡桃のぐるみ風夏ふうか生徒会長にそれがしのなけなしの昼食を献上する。


 会長殿の土鍋割っちゃったからね。仕方ないね。


 食べ物の恨みに祟り殺される事を良しとせず、走り逃げびっくりする程ユートピアをかまし除霊しようとしたが失敗、お縄となった。


 流石に体育祭本番当日という事で朝五時から繰り広げられるゆかりん氏との無限増殖型ランニングがないのをいい事に早起きしてこさえた弁当が無に帰す。それがしの口に入らず他人の口に入るとはこれ如何に。解説席近くの共同休憩所のテントの中、会長殿の隣の椅子に腰を下ろせば、会長殿が向こうを見ろとばかりに顎をしゃくった。


「おまんの妹が呼んどるぜよ。行かんでいいぞね?」

「あぁ……妹は友人のご家族と一緒でしてな。此度の体育祭中は少々顔を合わせづらいもので。……よくそれがしの妹と分りましたな」

「あては天道流が流れを組む爻森こうもり小太刀二刀流が使い手ぜよ。おまんが親父殿共々よう知っちょうて」

「それは草」


 古流剣術の道場の娘とは聞いていたが親父殿の知り合いかよぉ……ッ。まぁ近くの町住んでる似た者同士なら知り合いにもなるか……果てしなく嫌なコミュニティだ……。どこで知り合ったのかは知らないがそれがしはお近付きになりたくはない。


 立ち上がり、一つ分席を開けて離れ腰を下ろす。横を見れば空いているはずの席に会長殿が座っている。もう一つ横へ。もう一つ横へ。もう一つ……あぁもう端だわ。


「あの寄って来ないで貰えますかな? だいたい胡座でどう移動した?」

「跳んでぞな」

「胡座の体勢でそれだけの跳躍を⁉︎」


 それがしのサンドイッチ弁当を手に胡座をかいたまま椅子の上で跳ねる会長殿超きめえ。何処の仙人だッ。


「おまんは梅園うめぞの桜蓮サレンと仲良いちゅうが、なんぞ、ケン抜く気なっちゅうぞね?」

「……みたいですな」

「みたい〜? だきぞなおまん。しょうまっこと頑固者いのつが考え変えちゅうや? 拗ねるどけるのはやめたぞね? こじゃんと食っても飢えかつは満たんちや。んー? 腹と心は別物ぜよ」

「なんて?」


 もしゃもしゃと遠慮なしにそれがしの弁当を貪る会長殿が何を言っているのかさっぱりである。朝から煎餅バリバリ食ってたのによく入るものだ。ってか全部食う気?一つぐらいいいだろうと思い手を伸ばすも、手の甲を会長殿に叩かれ落とされる。元はそれがしのなんですけど? 土鍋と一緒に会長殿の慈悲の心も壊れてしまっているらしい。


 昼休憩の何処か和やかな空気さえ噛み砕くようにもしゃもしゃ、もしゃもしゃ。それがしの弁当貪る会長殿を眺めていたところで腹は膨れないので、代わりに情報の飢えを満たす。会長殿の巻いている黄色い鉢巻きを横目に口を開く。


「……黄組は後半どうするんですかな? これまでは小細工使えても午後の競技はそうもいかないでしょうに」

「喋る思うぞね?」

「昼飯代ですな」

「ちゃはは! タダでは起きんちゅうや! んー? 小細工はあても好きじゃないぜよ。午後はあての食事が時間ぞな」

「いや、今食べてますよな?」

「ちゃは! 足らんぜよ! 食感が! 質が! 量が!ガツンと響かん! ヤマ! おまん狡賢くてんくろうなりやき!ようやる気になっちゅう言うなら、あても納得できないぞうくそがわりいき、やらいでか?」


 含み笑い、笑みを深め、細長く吊り上がった目尻が弧を描いて引き絞られる表情は獣の顔。ギザギザした歯をカチカチ鳴らす音に稲妻模様の傷跡がうずく。軽い頭痛がする。弁当箱に残った最後のサンドイッチを掴むとそれがしの口に突っ込み、弁当箱を返しながら指先を舐め会長殿は席を立つ。


 むぐむぐと口に押し込まれたサンドイッチを噛んで消費している先で、歩く速度を緩め立ち止まると会長殿は僅かに振り返った。


「…………ヤマ、おまん三味線続けちゅうや?」

「む……応援合戦をお楽しみに」


 それだけ聞ければ満足とばかりに会長殿は長い髪を手で払い、ジャージのポケットに両手を突っ込むと猫背なのか若干背を丸めたまま足早に去って行った。口の中のサンドイッチを飲み込み、それがしも空になった弁当箱を手に席を立つ。


「……どこかでお会いしましたかな?」


 親父殿や妹を知っているならそれがしの事を知っていても不思議ではないが、記憶の棚を漁ってもあんな獰猛な笑み浮かべる知り合いにはとんと思い至らない。首を傾げながら青組の休憩所に向けて歩いていれば、視界の横を掠める小さな黒い影。


 足を止めれば跳び蹴りの体勢で飛んで来た妹が目の前を通り過ぎ、地面を転がって行くのでそのまま止めていた足を動かす。


「いや助けよ兄者⁉︎ 我が砂塗れで転がっているのじゃぞ⁉︎ そのような薄情な兄者持ちとうない⁉︎」

それがしも跳び蹴りかます妹なぞ持ちとうないですぞ」

「それは兄者が呼んでも来んからじゃろ!南蛮の娘達と昼食もう食べ終わってしまいましたぞ!鈴芽殿の姉者やその御友人も来てくれたのに何故来んのじゃ‼︎」


 だからだよ。それがしがいたらギャル氏口聞いてくれなくて気不味い感じになるだろ。そんな昼休憩泣いちゃうよそれがし。しかも土鍋割ったおかげで会長殿に昼飯献上しなきゃいけなくなったしッ。それがしの所為だけどなッ!だいたい女子会みたいな場所で男一人は拷問だよ。ギャル氏の母殿からも絶対突っつかれるし。


 結論、行かないが正解。


 妹が飛んで来た道を辿り修羅の国になっている一画に目を向ければ、鈴芽殿が手を振ってくれるので小さく振り返す。鈴芽殿の周りだけ色合いがやべえな。黒髪が多い中だと果てしなく浮いている。正しくギャルの巣窟だ。あんな中に放り込まれたら死ぬる。


「それより兄者、野胡桃の姐者と話しておったのじゃろう? 同じ学校なら言うてくだされば良いのに‼︎ 我は姐者がよいぞ! 首も手足も白く細くて白糸の滝のようじゃ! 太夫もくやじゃ! 父上も姐者なら首を横には振らんぞきっと!それに兄者好みの蜾蠃少女すがるおとめじゃしのう!」

「いや、あれは滝は滝でもナイアガラだの華厳滝けごんのたきの類だろ常考。ゆかりん氏やギャル氏がお嬢様やギャルの皮被ったゴリラなのと同じく、あれは蜾蠃少女すがるおとめの皮被った獣ですぞ。それがしの『アレはやべえ女センサー』が警鐘を鳴らしてるので間違いない。だいたい阿国はどこで知り合ったんですかな?」

「父上に連れられての。兄者のセンサーは壊れておる。姐者は兄者の竹馬の友じゃろ?」

「知らん」


 あんな幼馴染は存在しない。いいね? ってか全然記憶にないわ。それがしに幼馴染とかいたの? 知らない子ですね。土佐弁話す坂本竜馬大好きっぽい少女とか普通一度会ったら忘れねえわ。覚えてないんだからそれつまり初対面と同義。


 稲妻模様の傷跡が少しばかり痛むのだが、これはきっと忘れているなら思い出すなかれという警告に違いない。どころか体の節々までなんだか痛いが、記憶の深淵からの死神の手招きから逃れんばかりに足を動かす。


 が、妹という名の地獄からの使者がジャージの端を引っ張って来やがるッ。やめなさいッ! 怒っちゃうぞ?


「幼少の頃一度として勝てなかったらしいからって拗ねんでもいいでしょうに!」

「わーうわー! 聞きたくありませんな! やめれ! なにが嬉しくて負の記憶を呼び起こされねばならんのか! しっしっ! 修羅の国に戻れ定期! ほら鈴芽殿が待ってますぞ! それがしはこの後三味線の調律に忙しいのでゴーホームッ‼︎」

「むぅっ、別にボコボコに負け続けたからと拒絶せんでも。まぁ我は兄者の三味線を聞きに来たのじゃしそう仰るならば」

 

 クソみたいな情報しかくれない去って行く妹に苦い表情を向け、休憩所に戻り応援合戦用の装備を手に取る。それがしとりなっち氏は演奏隊。ダンスを踊る他の応援団のメンバーとは衣装が異なる。


 鞄に入っているいつも身に纏っている改造学ランをジャージの上着を脱いで体操着の上に着込み、道具箱のようなケースから三味線を出しフェイスマスクを引き上げた。


 幼少の頃一度として勝てなかったとか縁起が悪い。ソースが阿国な所為で嘘乙ともひとえに言えないし。そんな情報は欲しくなかった。


 午前中の結果を振り返れば、順位は赤組、青組、黄組だが、借り物競走で猛追して来た黄組のおかげで点数は然程離れていない。午後の競技、どこかでミスれば容易くひっくり返る。


「べんべん、プシィ──────ッ」


 鋭く息を吐き出しながらバチで弦を弾き糸巻きを捻る。黄組にはしてやられ、ずみー氏には追い付けず痛手を受けた。午前中はとんといいところがない。頭の中をぐるぐる回る余計な考えを削ぐように瞼を落とし弦を弾く。


 足りない。浅い。潜れや潜れ。今に埋没し思慮に溺れろ。


 息を吸って息を吐く。余分な圧力を抜くように。細く鋭く。


 その音に混じる足音を聞いて薄く瞼を持ち上げる。速攻で着替えて来たのか、風に揺れるパンクなセーラー服のスカートの端が視界の中を緩やかに泳いだ。


「ダーリン待ち切れんやんなぁー? ちょびっと早いけども音合わせしよかぁ? ふふっ、今だけは……そやんね? うちに沈んで、代わりに溺れさせてなぁ? ダーリン?」

「りなっち氏に溺れましょうとも。ただ、ダーリン言うな定期」


 りなっち氏の笑みに弦を軽く弾き三味線の音を返す。


 余計な考えは今は必要ない。願う勝利だけを思い描け。その為に今一度りなっち氏の音色に沈もう。それを終えて浮上したならば、もう後ろは振り返らない。


 

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