18F 最後の晩餐
「……粗品ではございますが、此方が
「うむ。苦しゅうないぞね」
椅子の上に胡座で腕を組みふんぞり返っている
会長殿の土鍋割っちゃったからね。仕方ないね。
食べ物の恨みに祟り殺される事を良しとせず、走り逃げびっくりする程ユートピアをかまし除霊しようとしたが失敗、お縄となった。
流石に体育祭本番当日という事で朝五時から繰り広げられるゆかりん氏との無限増殖型ランニングがないのをいい事に早起きしてこさえた弁当が無に帰す。
「おまんの妹が呼んどるぜよ。行かんでいいぞね?」
「あぁ……妹は友人のご家族と一緒でしてな。此度の体育祭中は少々顔を合わせづらいもので。……よく
「あては天道流が流れを組む
「それは草」
古流剣術の道場の娘とは聞いていたが親父殿の知り合いかよぉ……ッ。まぁ近くの町住んでる似た者同士なら知り合いにもなるか……果てしなく嫌なコミュニティだ……。どこで知り合ったのかは知らないが
立ち上がり、一つ分席を開けて離れ腰を下ろす。横を見れば空いているはずの席に会長殿が座っている。もう一つ横へ。もう一つ横へ。もう一つ……あぁもう端だわ。
「あの寄って来ないで貰えますかな? だいたい胡座でどう移動した?」
「跳んでぞな」
「胡座の体勢でそれだけの跳躍を⁉︎」
「おまんは
「……みたいですな」
「みたい〜? だきぞなおまん。しょうまっこと
「なんて?」
もしゃもしゃと遠慮なしに
昼休憩の何処か和やかな空気さえ噛み砕くようにもしゃもしゃ、もしゃもしゃ。
「……黄組は後半どうするんですかな? これまでは小細工使えても午後の競技はそうもいかないでしょうに」
「喋る思うぞね?」
「昼飯代ですな」
「ちゃはは! タダでは起きんちゅうや! んー? 小細工はあても好きじゃないぜよ。午後はあての食事が時間ぞな」
「いや、今食べてますよな?」
「ちゃは! 足らんぜよ! 食感が! 質が! 量が!ガツンと響かん! ヤマ! おまん
含み笑い、笑みを深め、細長く吊り上がった目尻が弧を描いて引き絞られる表情は獣の顔。ギザギザした歯をカチカチ鳴らす音に稲妻模様の傷跡が
むぐむぐと口に押し込まれたサンドイッチを噛んで消費している先で、歩く速度を緩め立ち止まると会長殿は僅かに振り返った。
「…………ヤマ、おまん三味線続けちゅうや?」
「む……応援合戦をお楽しみに」
それだけ聞ければ満足とばかりに会長殿は長い髪を手で払い、ジャージのポケットに両手を突っ込むと猫背なのか若干背を丸めたまま足早に去って行った。口の中のサンドイッチを飲み込み、
「……どこかでお会いしましたかな?」
親父殿や妹を知っているなら
足を止めれば跳び蹴りの体勢で飛んで来た妹が目の前を通り過ぎ、地面を転がって行くのでそのまま止めていた足を動かす。
「いや助けよ兄者⁉︎ 我が砂塗れで転がっているのじゃぞ⁉︎ そのような薄情な兄者持ちとうない⁉︎」
「
「それは兄者が呼んでも来んからじゃろ!南蛮の娘達と昼食もう食べ終わってしまいましたぞ!鈴芽殿の姉者やその御友人も来てくれたのに何故来んのじゃ‼︎」
だからだよ。
結論、行かないが正解。
妹が飛んで来た道を辿り修羅の国になっている一画に目を向ければ、鈴芽殿が手を振ってくれるので小さく振り返す。鈴芽殿の周りだけ色合いがやべえな。黒髪が多い中だと果てしなく浮いている。正しくギャルの巣窟だ。あんな中に放り込まれたら死ぬる。
「それより兄者、野胡桃の姐者と話しておったのじゃろう? 同じ学校なら言うてくだされば良いのに‼︎ 我は姐者がよいぞ! 首も手足も白く細くて白糸の滝のようじゃ! 太夫も
「いや、あれは滝は滝でもナイアガラだの
「父上に連れられての。兄者のセンサーは壊れておる。姐者は兄者の竹馬の友じゃろ?」
「知らん」
あんな幼馴染は存在しない。いいね? ってか全然記憶にないわ。
稲妻模様の傷跡が少しばかり痛むのだが、これはきっと忘れているなら思い出すなかれという警告に違いない。どころか体の節々までなんだか痛いが、記憶の深淵からの死神の手招きから逃れんばかりに足を動かす。
が、妹という名の地獄からの使者がジャージの端を引っ張って来やがるッ。やめなさいッ! 怒っちゃうぞ?
「幼少の頃一度として勝てなかったらしいからって拗ねんでもいいでしょうに!」
「わーうわー! 聞きたくありませんな! やめれ! なにが嬉しくて負の記憶を呼び起こされねばならんのか! しっしっ! 修羅の国に戻れ定期! ほら鈴芽殿が待ってますぞ!
「むぅっ、別にボコボコに負け続けたからと拒絶せんでも。まぁ我は兄者の三味線を聞きに来たのじゃしそう仰るならば」
クソみたいな情報しかくれない去って行く妹に苦い表情を向け、休憩所に戻り応援合戦用の装備を手に取る。
鞄に入っているいつも身に纏っている改造学ランをジャージの上着を脱いで体操着の上に着込み、道具箱のようなケースから三味線を出しフェイスマスクを引き上げた。
幼少の頃一度として勝てなかったとか縁起が悪い。ソースが阿国な所為で嘘乙とも
午前中の結果を振り返れば、順位は赤組、青組、黄組だが、借り物競走で猛追して来た黄組のおかげで点数は然程離れていない。午後の競技、どこかでミスれば容易くひっくり返る。
「べんべん、プシィ──────ッ」
鋭く息を吐き出しながら
足りない。浅い。潜れや潜れ。今に埋没し思慮に溺れろ。
息を吸って息を吐く。余分な圧力を抜くように。細く鋭く。
その音に混じる足音を聞いて薄く瞼を持ち上げる。速攻で着替えて来たのか、風に揺れるパンクなセーラー服のスカートの端が視界の中を緩やかに泳いだ。
「ダーリン待ち切れんやんなぁー? ちょびっと早いけども音合わせしよかぁ? ふふっ、今だけは……そやんね? うちに沈んで、代わりに溺れさせてなぁ? ダーリン?」
「りなっち氏に溺れましょうとも。ただ、ダーリン言うな定期」
りなっち氏の笑みに弦を軽く弾き三味線の音を返す。
余計な考えは今は必要ない。願う勝利だけを思い描け。その為に今一度りなっち氏の音色に沈もう。それを終えて浮上したならば、もう後ろは振り返らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます