16F 兎と亀と絡繰人形 2

「はわぁ、酢橘すだち文太ぶんたくんは新聞部の次期部長、次期放送委員長と目される我が学校の情報屋だよっ、ソレガシくんと岩梨いわなしさん達が応援合戦の曲披露してくれた時も視察に来てたし、学校新聞に書いて四天王の枠組みを確立したのも彼だって噂っ! 写真部と仲良いとか、サバイバルゲーム部と仲良いとかっ、敵に回さない方がいいよぉっ」


 なるほど。あの野郎がカースト裏で操ってる黒幕の一人か。よし、ぶっ潰そ。マスゴミ乙。『八界新聞』といい記者はどうにも苦手だ。変人四天王なる位からの降格を切に願うッ。耳鳴りの治まってきた耳を摩りながら親指の爪をガジガジ噛む。


「はわっ、はわわっ、野胡桃のぐるみ風夏ふうか会長さんは我が高校の絶対者っ、古流剣術の道場の娘とかで、二年生で剣道部の部長までやってる現代の剣豪っ! この学校で間違いなく一番自由なお方だよっ! 気に触るようなことしたら首ちょんぱだよぉっ! はわぁっ、切腹の練習した方がいいかなっ?」


 やめれ。なんで何もしてないのに切腹の練習なんてしなければならないのだ。縮こまり顔を青くしている胡麻団子ごまだんこ殿の肩に手を置き首を小さく左右に振れば、「食べられちゃうっ⁉︎」と大きく距離を取られる。なんでやッ。それがしへのその危険物扱いはなんなの? もっとやべえ奴いるだろっ、それがしなんて可愛いもんだよ!小動物だよ!


「団子殿から見た各組の分析はどうですかな?」

「は、はわぁ、単純な身体能力なら赤組が一番だと思うよっ、梅園うめぞのさんに志津栗しずくりさん、葡萄原ぶどうはらくんがいるしっ、陸上部や運動部が多いからっ、逆に黄組は運動能力で言えば会長さんのワンマンかなって、はわわっ、ただ酢橘くんや榴木ざくろぎくんみたいな策士が多いから要注意だと思うっ。一番バランスがいいのは青組だと思うけどっ、くぅ〜前代未聞の三国志だよっ! 今回は皆やる気だから四天王達の入れ替わりがあるかもしれないしっ、遂に総合力で見た真の四天王が誕生しちゃうかもっ! これは見逃せないよっ! わ、私はそのくらいしか分からないかな? あんまり詳しくないけどっ」

「嘘乙」


 くっそ詳しいよッ‼︎ 情弱のそれがしと違って団子殿の情強振りが凄まじいわ‼︎ よくそれで詳しくないって言えるな‼︎ 団子殿で詳しくないならそれがしなんなの? 無知通り越して無じゃね? 無とはいったいッ? ウゴゴゴゴ……ッ。


 兎に角、漠然と見た場合には、身体能力フィジカルの赤組、策士インテリジェンスの黄組という事か。それがし達青組は運動部が多いという訳でもなく、総合で見れば平凡と。だが、持ち得る手札が少ない訳ではない。青組の休憩所の中から一学年の競技を眺めていた視線を切り、背後に振り向く。


「はーい、頭脳労働担当集合!緊急首脳会談ですぞ! これまで目前の事に全力を注いできたツケが来ましたぞ!話を聞くに黄組はそれがし達の分析を体育祭前に終えていて、赤組は戦略なしにゴリ押しできる様子。まだ始まったばかりだからこそ無理ゲーを無理ではなくしましょうぞ! 我ら二学年だけでも!」


 相手の主要戦力が二学年に集中している以上、それがし達二学年が負け続ければ、それ即ち敗北しかない。一学年と三学年は拮抗してる様子な以上、チームの勝利の為に動くは今だ。「最初に負けた戦犯が普通言う?」と団子殿の隣に座る賀東ガトー殿の言葉に苦虫を噛み潰していると、目の前を天然の金髪が過ぎる。


「オーッホッホ! ソレガシさんたらなにを言うかと思えば、今に全力で挑めぬ者には明日も来ませんわよ? 一学年末の学力テスト総合三位のわたくし様の知恵をお貸ししようじゃないかしら?」

「おいおい、八位の俺を忘れてやしないか? 黄組には最初してやられたがっ、ふっ、酢橘すだち文太ぶんた、俺の新たなライバルとして申し分ないぜッ!」

「…………ライバル多いですなお主」

「ちな、ダーリンは何位なん? うちは十五位やってん。褒めてぇな」

それがし六位。もっと精進しろ定期」

「あ〜んサディストぉ! でもそんなダーリンが好きやぁ〜」


 恋愛感情ない癖にいつまでダーリン言う気なんだりなっち氏は。おかげでそれがしの精神はボロボロだよっ。それがしはもう分かってるからソレガシって呼んでくれていいよ、諦めたよ、ダーリンよかマシだよ。風評被害が凄えんだよっ。このままではメンブレ不可避だ。


 くねくね身をうねらせて額に巻かれた青い鉢巻を揺らすりなっち氏から顔を背け、少し離れて座っているダルちゃんを手招きして呼び寄せる。この二週間何度も見はしたが、ダルちゃんとジャージの取り合わせのシュールさよ。それがしの横に腰を下ろすダルちゃんが会話用のノートを開くのに合わせ声を掛ける。


「ダルちゃんは学院での学力テストの順位とかあるんですかな?」

『あるよ。あたし参加した限りだと一位しか取ったことないね』

「……マジかぁ」


 ダルちゃんが一番でした。流石魔法の天才。学力テストの内容こそ違うだろうが、魔法都市で半村八分状態の中学院に招かれるだけあるわ。学院行った事ねえけども。友人の中ではグレー氏やクララ様は高そうだが、ギャル氏とずみー氏は完全な特化型だからな。意外と言えばりなっち氏が思ったより高い。


「りなっち氏は勉強得意なんですな」

「そないなことあらへんよぉ? こうテストん時は近くの生徒の筆記音聞いてなぁ? 画数から答え割り出したりしてん」

「忍者かお主はッ⁉︎」


 いやそれカンニングぅッ‼︎ 学力テストと全然関係ない技能だそれは‼︎ なんという羨まけしからんッ。ドヤ顔のりなっち氏を見つめギリギリ歯を擦り合わせていれば、視界の端に座っている動かぬ賀東ガトー殿と団子殿に気付き顔を向ける。


「ちなみに賀東殿と団子殿は?」

「は? 言う必要ないでしょ別に? 趣旨変わってるんだけど? なに? 喧嘩売ってる?」

「はわぁ、私三〇位だよぉ、ショコラちゃんはね、一一六位」

「団子ぉぉぉぉッ‼︎」


 賀東殿を生贄に捧げアイアンクローを受けている団子殿に心の中で祈りを捧げて視線を外す。兎に角主要な面子は揃った。大衆を動かす事に長けているゆかりん氏と勘助氏がいてくれれば、他の者への通達はどうにかなる。一学年の競技が終わり、三学年の競技に移るグラウンドを横目に見ながら小さくため息を一つ零した。


「しぃ──っ、赤組への対策は厳しいですな。単純なフィジカル差となると兎に角頑張れとしか言えませんし、戦術の使える競技は騎馬戦に棒倒しの二つのみ。借り物競走とかは運の要素も強いですしおすし」

「果たしてそうかしら? 借り物競走ならどうにかなるのではなくて? 例えばそう、くじを用意する体育委員を買収したり」

「……黒いですな」


 ゆかりん氏盤外戦術得意系? 桃源とうげんグループの令嬢なだけあって政略とか得意そうっすね。体育祭でそこまでするかと思わなくもないが、今の熱狂渦巻く体育祭ならば普通にあり得る。というか最初せこい手打ってきた黄組なら絶対やるわ。


「団子殿、探れますかなそこら辺」

「はわっ、やってみるけど期待しないでっ」


 いや多分大丈夫だわ。情報収集屋として超優秀だもん。自信は薄いが、それ以上に情報収集の腕が凄い。吸引力の変わらない掃除機並みに凄いもん。すぐに席を立ち離れて行く団子殿の背を見つめ、勘助殿の話を聞き顔を戻す。


「まぁ借り物競走なんかは俺達も外から協力できるからな。なるべくくじで当たりそうなモノを多く用意しとけばいいだろうぜ。それこそチームワークってやつさ」

「そうなると気になるのは赤組より黄組の動きですわね。ソレガシさんにはなにか予想がおありで?」

「漠然と……ですけどな」


 それがしに視線が集中する中椅子に座り直し背筋を伸ばす。どれだけ策を巡らせても、体育祭の名の通り、身体能力がものを言う以上限界がある。そうであるなら。


「……間違いなく黄組最高戦力であろう会長殿は騎馬戦には参加するでしょうな。逆に言えばそれ以外の競技にはほとんど参加しないはずですぞ」

「大きな得点の競技だけ一位を取り、それ以外では最悪最下位になり続けなければいいの精神ですわね。つまり絶対一位を取らねばならない競技に全力を注ぐために会長さんはそれ以外には出ないと。そう言われればなるほど、その通りですわ」

『なら騎馬戦の他に男女混合リレーも出るんじゃない? それが一番得点高いしさ』


 ひらがなで『だんじょこんごうりれー』と書かれたノートを掲げるダルちゃんに全員頷く。二週間でひらがな完璧に覚えるとかダルちゃんマジ天才。体育祭と関係ない部分で少々感動してしまうが、今は脇に置いておく。


「ってか多分そうなると黄組は騎馬戦と男女混合リレーで一位取れば勝てるように点数調整するんじゃねえかな? 何回まで最下位でも大丈夫かの防衛線ボーダーライン引いてると思うぜ。俺ならそうする」

『ならあたしが計算して黄組が勝負に出そうな競技弾き出してあげるさね。運動は苦手だけどさ。そういうの得意だよあたし。超絶ね』

「えー……悪い俺なんて書いてあるか分からねえ‼︎」

「ダルちゃんが黄組が勝負に出るだろう競技選別してくれるそうですぞ」

「マジか⁉︎ 今すぐできんの⁉︎ すっげ、サンキューダルカスさん‼︎」

「ソレガシさんもよく読めますわね。喋る言葉は古代ラテン語に近く、文字はロンゴロンゴに似てますのに」


 似てる言葉と文字がすぐに出て来るゆかりん氏の方がやべえよッ。古代ラテン語とか言われてもさっぱりだわッ。ロンゴロンゴって何だっけ? モアイ像のある島の文字じゃなかったっけ? イースト菌みたいな名前の島の。


 ダルちゃんは少しの間ペンでノートを叩いていたが、すぐにペンを握り直すとノートにペンを走らせてそれがしに見せてくる。なるほどなるほど。ダルちゃんの頭の回転の速さに脱帽だ。


「最低でも、この後の二学年全員参加の綱引きと玉入れで二位を取る気らしいですな。どちらかを崩せれば借り物競走で一位を取るしかなくなると、つまり」

「綱引きと玉入れのどっちかで三位取らせて借り物競走で一位取らせなきゃ黄組は撃沈か?」

「今のところはですけどな」

「決まりですわね。では総合的に黄組より身体能力フィジカルで優るわたくし様達は綱引きに精力を注ぎ小細工気にせず力を絞って潰すと致しましょう。力はパワーですわ!」

『力はパワーってそれ同じ意味じゃない?』

「あかん、うちさっぱり話に入れへん。ダーリン後で優しゅう教えてぇ〜」

「ちょッ、それがしに寄り掛かるのやめれッ⁉︎ 習うより慣れろ定期⁉︎」


 カンニングばっかしてるからだよッ! しな垂れ掛かって来るりなっち氏を押し返していれば、横からいそいそ手を伸ばしダルちゃんも少しばかり協力してくれる。残念そうにそれがしからりなっち氏が離れると同時、入れ替わりに賀東殿が席を立ちノビをする。


「どうかしましたかな賀東殿?」

「どうもこうも、玉入れの前に次は女子の五〇メートル競走でしょ。黄組一位にさせないのもいいけど、私達一位になんなきゃ意味ないんだから。黄組勝たせない競技以外でも、赤組ボコしていいんでしょ? 岩梨さんも桃源さんも準備しなよ。打倒は黄組だけじゃないんだから……ま、いいけどね、難しいことはあんたらに任せるから、雑兵は雑兵なりに勝ちを重ねるから」

「……ツンデレですかな?」

「ツンデレですわね」

「ツンデレやんね」

「ツンデレだな」

『ツンデレってなにさ?』

「うっ、うるさいなぁっ‼︎ 勝ちたいんだから勝つって言っていいでしょ別に‼︎ ソレガシのバカッ、バーカッ‼︎」

それがしとそれ以外の扱いの差よ」


 それがしのこと罵詈雑言投げ捨てていいゴミ箱だとでも思ってない? 勢いよく席を立ち小走りに去って行く賀東殿の背を見つめる中、りなっち氏とゆかりん氏は顔を見合わせ苦笑し賀東殿の後を追う。それをしばらく残る三人で見つめ、小さく勘助殿は笑う。


「……サッカーってな、十一人でやる以上どうしても一人でも勝つ気なくした奴がいるとそこが穴になっちまうんだよなぁ。朗報だ。俺達青組にその穴はないぜ」

「……言われずとも」

「ちょっと早いが、午後の騎馬戦と棒倒しの戦術練るぜ。メンバー集めて来るわ。女子が頑張ってんのに男が廃るぜ」

『あたしもいることお忘れな感じ? 多分戦術、戦略論ならあたしの方が詳しいよ?』

「……なんて書いてあるか分からねえけど、心は分かるぜ。勝とうぜ一緒にな‼︎」

『ソレガシの学校……めんどくさくないね』

「……ですな。それがしも今噛み締めていますとも」


 何も見ていなかった去年のそれがしぶっ飛ばしたいが、それは絶対に叶わない。


 だから去年の分も、これまでの分も全部乗っけて勝ちを目指す。


 親指の爪を噛みながら走って行く勘助氏の背を見つめる。


 誰もが前へ走って行く。


 それがしだけではない。


 その背に置いて行かれぬように、頭を回そう。思慮と理性に溺れよう。


 策も力も、真正面から打ち破る。それだけの力がきっとそれがし達にはあると信じるが故に。

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