15F 兎と亀と絡繰人形
体育祭。
欧州の職工体育的行事に起源を有すると言われ、日本においての発足は、『国威』、『富国強兵』を目的として明治末期に広く普及されたらしい実はバリバリの帝国万歳イベントである。
体育祭、運動会が明治においては『競闘遊戯会』などと何処の暗黒闘技場で開催されているのかも分からないような物騒な名で呼ばれていたあたり、玉砕上等当たって砕けろ敵将討ち取れ精神が色濃く出ていると言える。
今日においてはスポーツ精神溢れる爽やかな催し物であるはずが、
『選手宣誓ェェェェッ‼︎ 我々生徒一同はァッ‼︎ 日頃の勉学の成果とか知ったこっちゃねえェッ‼︎ 恋するあの子とデートする為に
『イヤじゃき』
「「「「「ウゥォォォォォォオオ────ッ!!!!!!」」」」」
「……春ですなぁ」
早速選手宣誓してた奴の心がへし折れ崩れ落ちてんぞ。恐ろしいな生徒会長……。競技始まる前に速攻で一人潰すとは大した名将よ。
『体育祭で勝った者は好きな子とデートできる』とかいう根も葉もない噂にうちの学校の生徒全員踊らされ過ぎじゃね? 選手宣誓でスポーツマンシップ投げ捨てやがったぞ。絶対去年こんなんじゃなかったわ。グラウンドを包んでいる殺気がやばい。先生達の全てを諦めた顔を誰か見てやれ。校長先生とか核ミサイルのボタンを押すか迷ってる大統領みたいになってんぞッ。冬姫先生だけやたらツヤツヤしてるけど…………。
恋愛とは人を狂わせる麻薬であるとはよく言ったものだ。
体育祭当日。雨天中止になどなろうはずもない快晴。やたら青い空を見上げてため息を吐き出す。どうしてこうなったッ。最早戦争だよ。土曜日で外部からの観戦者も来ているのに今の選手宣誓は大丈夫なのか? 大丈夫な訳がないッ。まぁ高校生にもなって親が体育祭の応援に来るなどあるはずもないが。
「兄者ァァァァッ! ファイトじゃぁッ! 鈴芽殿達と応援に来たぞぉ‼︎」
「姉様も彼氏さんも頑張ってぇッ‼︎」
『ソレガシ、オクニとその友達っぽいのが呼んでるよ? 彼氏さんて誰さ?』
「……ダルちゃん、それは幻聴に幻覚ですぞ。耳を貸してはいけませんな」
差し向けられるダルちゃん専用会話ノートから目を背ける。着物の上に
なんなの? 関ヶ原にでも行く気なの? 途中からならまだしもなんで開会宣言から見に来てんの? しかも鈴芽殿とギャル氏の母殿まで一緒にいやがるしッ、多分
『第一種目は男子の五〇メートル競争だッ‼︎ 実況は
『あぁ?煎餅齧っちょって聞いちょらんかった。なんじゃて?』
『大変ありがたいお言葉ありがとうございますッ!参加選手の方々は早急にスタート地点への移動をお願い致しますッ!』
実況の胆力を褒めればいいのか、生徒会長の胆力を褒めればいいのか。多分気にしたら負けなやつだ。ってかうちの生徒会長同学年だったんだ……。濃いなぁッ‼︎ そりゃ
ってかあの会長で美形四天王にも変人四天王にも入ってないってどゆこと? おかしいだろッ! 多分何かしらの偏見に満ちた枠組みには入っているのだろうが。
「ではダルちゃん、
『普通に見えてるじゃないのさ……。月曜日に筋肉痛で動けないとか言ってたけど大丈夫なの?』
「あぁ……ゆかりん氏=ブートキャンプの後遺症はもう治りましたぞ。思い出すと吐き気が……」
『お、おう……』
連日朝五時から昼休憩を挟んで夕方十七時まで目一杯に詰め込まれたゆかりん氏との特訓二日間。
地獄を見た。なんだか週に一度は地獄地味た光景を見ている気さえする。
閻魔様にでも好かれてんの
ダルちゃんと離れ、徒競走にスタート地点へと足を向ける。向けながら赤組の陣営へと瞳を流せば、視線でも気取られたのか立ち止まり振り返ったギャル氏と目が合う。
見つめ合う事数秒。お互いに目を細め言葉を交わす事もなく、お互いに視線を切り足を動かす。ここに至るまでに必要な会話はもう済ませている。
次に言葉を交わす時はきっと体育祭源治終わった時。
ぶっちゃけ二週間あまりギャル氏と話しておらずどうにも座りが悪いのだが、ここで言葉を交わせば緊張の糸が緩みそうだ。
「第一走者は前に出て、言うことがあるとすればくれぐれも、くれぐれも怪我だけはしないようにマジでッ。フリじゃねえぞッ」
スタートの合図担当らしい二年C組の担任の死んだ目に見つめられる中、呼ばれたので前に出る。体育祭第一種目の第一走者とか、どうせ出れるの全競技参加なら誰もが出たくない部分に
各組二人づつ参加で一回につき計六人。右から二番目のレーンの前に立ちため息を一つ吐けば、左でカチ鳴るピアスの金属音が
「ようソレガシ、
揺れるリングピアスに挟まれた
「ぷしししっ! 上がることを言ってくれますな。
「馬鹿言えよ、本気じゃないと楽しくないだろ? 楽しむことが俺達のルールだろうによ? ぞっとさせてくれや」
「然り。相手にとって不足なしですな」
「同感だぜ!」
新たな声が右側から混じる。短かな癖毛の金髪の毛先を弄りながらキラキラした微笑を浮かべ立っている男が一人。青組から二人。
「同時に二人のライバルと競えるとは神に感謝だ。同じ青組でも負ける気なければ、赤組なら尚更だとな? 葡萄原、ソレガシ、これが愛しの君に続く第一歩。負ける気なんて毛頭ないぜ」
勝負の舞台。同じチームでも勝ってみせるという気概はいいが、神に祈るのはやめとけと言いたい。ろくな事にならんぞ。
「ソレガシ、フェイスマスクは下げとけよ。呼吸し辛くて負けましたなんて言い訳は聞きたくないぜ? 俺は腐ってもサッカー部。サッカー部一の俊足とはなにを隠そう俺のことだッ」
「フェイスマスク下げるのは構いませんけどな、ドヤ顔してるとこ悪いですけどもお主キーパーじゃね?」
「言えてるな。それでよく足の速さ誇れたな勘助お前」
「キーパーが足遅いとか誰が決めたんだッ!ソレガシは俺の足の速さ知ってるだろ⁉︎ だいたい葡萄原! お前もピアス取れ! ただでさえ白い髪で目立ちやがってッ!
グレー氏が左隣で吹き出す。精神攻撃は基本。イヤらしいな勘助氏。大したサッカー部の名将だよほんと。
「俺の髪は地毛で染めちゃいねえ! イチャモン付けやがって!」
「え? そうなの?」
「そうなんだよ! 生活指導の先生に何度言ったかッ。勘助だって聞いた話じゃダンス趣味で始めたとか聞いたけど? ん? おやぁ? 誰とお揃いになりたいんだかな?」
今度は右隣で勘助氏が吹き出した。精神攻撃を返すとはグレー氏もやりおるわッ。
「ゴッホッ⁉︎ ば、馬鹿ななぜお前がそのことを……ッ、内通者か⁉︎ 青組にモグラがいるって言うのか⁉︎ まさか貴様ッ」
「いや
「信じられるかッ‼︎ やってくれるぜ流石ライバルッ、ふっ、ソレガシ向こうを見ろ。愛しのハニーが応援してくれてるぜ? 手を振り返さなくていいのかなぁ?」
「盛大に誤射してんじゃねえですぞお主ッ⁉︎」
なんで
『アァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッとッッッ⁉︎』
「ッ⁉︎」「ファッ⁉︎」「なんだ⁉︎」
急に叫び出した実況に、思わず勘助氏とグレー氏と揃って、短距離走のレースの右側に置かれた実況席に耳を抑え顔を向ける。キィンッ、と金切音を上げるスピーカーと耳鳴りの音に眉を
首を傾げ実況席を見つめる事数瞬、突っ立つ
『おっと? 赤組の葡萄原選手と青組の二人はどうしたのでしょうか? もうスタートの合図はされているのにまるで動かないぞ! 難聴なのでしょうか? どうでしょうね解説の会長?』
『ごま煎買って来たが誰ぞね? あてはザラメにせえいつも言うとるぜよ』
「「「ハァァァァァッ⁉︎」」」
あの実況間違いねえッ、
前を向けば第一走者の残り三人は既に遥か彼方。三人で全速力で走るが追い付けるはずもなく、黄組の策略に嵌められ出だしの順位が決定した。
黄組、赤組、青組の順。
こうして体育祭の火蓋が切って落とされた。
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