13F ヘル=トゥー=ウィーク 4
拝啓、天にまします爺様よ。近々に
早朝にゆかりん氏と始めた無限増殖型の永久機関ランニングが終わらない終わらない。一キロ走る間に山手線ゲームの罰ゲームで数キロ単位で距離が伸びやがる。結局学校始まるまで終わらねえでやんの。ふざけろッ。
走り初めは一〇キロだったはずなのに、終わって蓋を開けてみれば寧ろ増えているインフレ誰得状態。数字として見たくねえッ。三桁だよ三桁。プロのマラソン選手でも即辞退するわ。「続きは明日ですわよー」と楽しそうに去って行ったゆかりん氏の笑顔が妙に脳裏にこびり付き居座っている。
守りたくないッ、あの笑顔ッ。今日だけで増された距離走破するのに何週間掛かるのかも分からんッ。
『あー……ソレガシ? 朝から変わらない青い顔はもういいんだけどさ。あー……』
机の上に開かれているもう三冊目に突入している
『朝から授業中もずーっとさ、書いてるそれってリナのことでしょ? 超絶変態っぽいよ?好きな色だの食べ物だの、どう調べたのさ? ちょっと距離取っていい?』
「離れながら書くな定期。餅は餅屋、修羅のことは修羅に聞けですぞ。それにこれが
『いや……そこまでとは知らないさ。ソレガシひょっとして魔法都市でもそんなことしてたの? うわぁ……うわぁ』
器用に距離を取りながらノートの端に文字書いてんじゃない。情報を集め、何故に何故を重ねて思慮に溺れる。城塞都市トプロプリスで
好きな色は緑、和食派、百人一首カルタが超得意、マッチャという名の犬を家で飼っている、小学校までは京都在住、幼少期はそれこそ
父親は医者で母親は琴の先生。山田流の流れを組む一門。琴の流派の中でも二大流派、山田流と生田流の中で、山田流の方が『歌もの』を多く扱う為にロックなどにりなっち氏の中で派生したと思われる。
和の道からロックに移ったのは
体制に対する反乱、大物への反抗を奏でるロックを好んでいるあたり、遠回しな反抗期の表出なのかもしれないが、煮詰めたところで予想は予想の域を出ない。
「はーい、それじゃあ帰りの
「と、言うことですのでダルちゃん、今日は後別行動になりますがもう一人で家に帰れますな? ではよしなに」
担任である冬姫先生も声を合図にノートを閉じて鞄に突っ込み、三味線の入ったケースを手に立ち上がる。小さく頷いてくれるダルちゃんにぐっと親指立てた拳を掲げ、二年B組の教室を出てすぐに隣の二年A組へ。
教室に入ればクララ様、りなっち氏、
「なんやダーリン迎えに来てくれたん? 嬉しいなぁ、今日は自信ありそうな顔してはるし」
「まさかまさか、今日は練習はお休みしましょうぞ。休息もそれ鍛錬のうちと。りなっち氏、此度の放課後は
「あらぁ〜、体育祭でまだ勝ってないのにデートのお誘い? せっかちさんやんなぁ……それは演奏の練習と関係あるん?」
「勿論。それ以外になにがあると?」
視界の端で何やら盛大に咳込んでいるクララ様は気にせずに、少しばかり細められたりなっち氏の目から顔を逸らさずその瞳を覗き込む。他の生徒達が席を立ち教室を出て行く中、身を刻むような数秒感を挟んでりなっち氏はアイシャドー濃い尖った目尻を緩めた。
「ほな、そういうことなら行きましょかぁ? ちなみにどこにぃ?」
「全く決めていませんな。りなっち氏の行きたい所にふらふらと。あまり遠くはアレでしょうし、多くの金銭掛けるのも違うでしょうし……カラオケとか楽器店巡りとか?」
「恐るべき無計画やんね、よくそれで誘う気になったもんや……まぁええけど」
「キタコレ! どうですかなクララ様! ナンパ成功!ギャル氏の予想をまた一つ
「きみさぁ……」
「はいバツぅ! デートに誘った女子の前で他の女子の話はようあかんわ! 天誅!」
「ファブッ⁉︎」
鋭いビンタに頬を張られ、りなっち氏は鞄とギターケースを手に立ち上がると、よろめいた
「それで? 今日は急にどないしてん?」
「いやぁりなっち氏のことが少し知りたいなと思いまして。ギャ……いやぁ、りなっち氏のことを
危ねえまたギャル氏って言いそうになった。もうビンタはくらいたくない。ギャル氏やずみー氏とは、都市エトや城塞都市で何日も食卓を囲み好みや人となりはもう分かっているが、まだりなっち氏の事はゆかりん氏から見たりなっち氏の事しか知らない。
眉を
「ダーリンなんや顔色悪ぅない?」
「いやぁ……人生経験の薄さが……思えば
「そないなことないやろぉ……ないよなぁ? え……ほんまに? 嘘やんな、レンレンとかずみーとかしずぽよとかとは」
「遊んだことないですなぁ」
「どうやって仲良くなれたん? いや、寧ろこれまでどうやって生きて来たん? ありえんやろ」
「やめれっ」
「ダーリンは変人さんやんなぁ、四月から急にレンレン好みに格好変えた聞くし、そのマスクもやろ?」
「変人とかおま言う。ギャル氏がくれたもので、使い捨てマスク買うのもお金掛かりますからな。使い回せるならそれに越した事はなく」
「ギャル氏なぁ、変梃さんな呼び方、よくレンレンが許してはるわ、レンレンのこと好きなんか?」
「はぁぁぁぁこれだからっ、お主ら全員マジで根っこは一緒ですな。好きだのなんだの恋愛中毒者? 禁断症状真っ盛りですかな?
見上げてくるりなっち氏を僅かな時見つめ返し、フェイスマスクの紋様の白い牙をカチ鳴らしすぐに前に顔を向ける。岩梨梨奈がダーリンと呼ぶ相手は人にあらず、音に対して音を返しているだけの事。先程遊びに誘って僅かに怒りを瞳に覗かせたのがその証拠。
「これまでに何人ダーリンいたんですかな? 全員成田離婚ですかな?」
「なんやダーリン妬いとるん?」
「いいえ、全く。風評被害ヤバくて
即答すればりなっち氏は小さく笑い被るキャップ帽のツバを軽く指で押し上げる。
「軽音部の全員とも一度は組んでみたんやけどねぇ、ダーリンそこら辺一番さっぱりしとるわ。他の輩は変な気回して格好つけて音乱したりしおるし、うちはそんな気ないんやけどなぁ、難しおす」
「自業自得でしょうに、思わせ振りなお主の所為ですぞそれ。無駄な容姿の良さも合わせて
「表面しか見ない奴とか知らんわ。耳糞詰まってはる奴に用はないんよ。愛
「それがエレキギターを選んだ理由ですかな? 琴では見えませんか?」
視界の端で目を鋭く細めるりなっち氏を漠然と眺めながらも目は向けない。「誰や?」と少しばかり声のトーン落ちたりなっち氏に問いに「ゆかりん氏」と返せば、舌を打つ音が返ってくる。帽子のツバを下に軽く引くりなっち氏の舌打ちに「恨むなら
「
「……うちが喋ると思うとるん?」
「もちのろん。音に対してりなっち氏は嘘を吐かないでしょう? ずみー氏やクララ様のように」
「……はいバツぅ」
りなっち氏のダメ出しを聞き流し肩を
「うちはドえろう母親が厳しくてなぁ、どれだけ琴さん頑張ってもそれが当然やぁみたいな? 同門の姐さん兄さん、妹弟子や弟弟子も似たような顔し腐ってな、おかげでうちは透明人間万歳や。うちの姿も見えんのに音聞いてもおんなじや。そんな時になぁ、稲妻さん落ちよった」
「ギター?」
「そそ。あんなん
「…………ぷっ、ししっ、ししし────ッ!」
「えぇぇ……聞いといて笑いおるとか最悪やん自分」
悪い。悪いが、いや、悪くないッ!
分かった分かった理解した。拍手もできずにグラウンドで掻き鳴らされたりなっち氏のエレキギターの演奏を前に立ち尽くしてしまった訳。釣り合いたくなってしまった情熱の色。
ずみー氏が描いた
岩梨梨奈はそれを欲している。無数の絵具はある。舞台はある。技量もある。ただ描かれる景色が存在しない。あるのはその場を包む濁流のような感情だけ。
だから
「……遊びに行く気分でもあらへんね。今日はもう解散にしよ。デートはお預けや。ゆかりんに文句詰めた歌送り付けたるっ」
地味な嫌がらせやめろや……。
「りなっち氏、では明日を楽しみにしましょうぞ。明日
「えっ、えぇぇ……っ、なんやドえらい変態さんぽいんやけどもッ、ま、まぁ期待せずに待っとるわ。明日でダーリンとは終いかもしれへんね」
「そうはならんやろッ」
沈んだやろうちにみたいな事最初言ってたのりなっち氏じゃなかったっけ?
去って行くりなっち氏の背中を見つめ三味線の入っている道具箱のようなケースを背負い直す。答えは得た。
その為に、広大な感情の大海の底にまで至れるように息を吸い込み潜り続ける。底にいる事だけはやって来た。それはギャル氏達にはない
沈み溺れ
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