11F ヘル=トゥー=ウィーク 2
「ダメやんなぁ」
「そのようですな」
唇を尖らせるりなっち氏を前に左手で弦を押さえ止め、右手を軽く振るう。
ゆかりん氏から早朝にランニングの予定を組み込まれた昼休みを終え、授業を終えて放課後。連日繰り返したおかげで頭にはもうとっくに曲の大筋は入っているのだが、相変わらず音が噛み合わない。ダンスバトルの時はまだ一人で披露すれば良かっただけに気にする必要がなかったが、今回は違う。
「体育祭まで二週間切っとるし、ええ加減応援団の人らの前で披露せな曲も分からーん言いおるし、うちがダーリンに合わせよか?」
「その方が簡単ではありますな。でも、嫌なんでしょう?」
「まぁ……ね」
ダンス部との対抗戦で踊った時のように、
が、りなっち氏はそれを望んでいない。
今回はりなっち氏と
だからこそと言うべきか、りなっち氏は何方かが何方かに寄り掛かる演奏を嫌うのだろう。
セッション。
たまたま顔を合わせたミュージシャンによる合奏の事。であるが、りなっち氏はバリバリ教室で
りなっち氏が
「りなっち氏は
だから聞く。
「えぇ〜そこ聞くんかいな。恥ずい〜イヤや〜言わなあかん?」
「いや聞かなきゃこれ以上は無理ポ。
身を
りなっち氏はピックを握る手で軽くギターのボディを小さく叩き、練習用に借りている教室を見上げ小さく息を吐き出した。
「……ダーリン見える? 世界の景色」
「世界の?」
「そそ。今で言えば学校やんなぁ。薄っすら聞こえる吹奏楽部の練習の音や野球部がバットでボールカッ飛ばす音やったり、体育館の方からはボールが床叩く音がちょっぴりと。うちはなぁ、音聞くとその音色に合わせた色やイメージがバッと視界の中走るんや」
「あー……それは、共感覚でしたかな?」
「流石やダーリン、よう知っとりはるなー」
共感覚。受ける刺激に対して別の感覚を生じさせる特殊知覚現象。音を聞けば熱や味を感じたり、数字や文字に音や匂いを感じる知覚現象の事だったか。そこそこの割合で共感覚を持つ者は存在しており、その特殊な知覚から画家や詩人、作曲家など芸術の分野で活躍している者に見られるケースは多いと言う。日本で言えば有名なところで
「あの時、ダーリンが美術室で弾いとったらしい三味線の音色を聞いた時のことは忘れんよ。視界が埋まってうちは溺れ沈んだ。しずぽよに肩叩かれるまで動けへんかったわ。あれ程くっきり景色見えたのは久し振りや。ずみーがな、大きな
やっちゃったじゃないわ。意味分かんないわ。怖えわ。ずみー氏を前に弾いてた曲聞いてずみー氏の背中が見えたってなんじゃらほい。探偵になれるよりなっち氏。超能力だよそこまで来たら。眷属魔法使ってる? これで変人四天王とやらでもないってどういう事なの?
「でもなぁダーリン、今はダーリンの音曇っとるよ。
「酷い脅し文句を聞いた」
他にもっと賭けられるものあるだろ‼︎ 発破の掛け方下手か‼︎ それだと
やる気が出るどころかやる気が失せるわ。
ただ、ただ……期待外れという値札を貼られるのが最も悔しい。
勝手に興味を持ち、勝手に値踏みし、勝手にハズレだったと納得される。何たる勝手の満漢全席。向けられる
できるはずがない。
それは
音でそれ以外を
手は虚空を泳ぐばかり。
「……りなっち氏、応援団の方々に聞かせる演奏、いつまで待てますかな?」
「……そやんなぁ、最大で体育祭一週間前が限界だと思うわ。それ以上は曲と踊り合わせる時間足らへんやろし」
「あと三日ですな。ならそれまでにはなんとかしてみましょうぞ。それで駄目なら」
「うちのソロプレイ?」
「で、構いませんぞ」
などとは言ったものの──────。
「……もうダメポ。演奏で人見せろとか眷属魔法の域だろ常考……」
学校での練習を終え家でも引き続けたところで何ら変化がある訳でもない。演奏を録音して聞いてみたところで
共感覚。刺激による特殊知覚現象。りなっち氏の聞く音も見る景色もりなっち氏だけのものであって、
努力ではどうしようもない絶対の才能とセンスの領域。ゆかりん氏ももがくしかないと言っていたが、防波堤の上に落ちた魚のように、これでは終わりに向かいジタバタしているだけだ。
部屋の中、三味線を放り出しゴロゴロゴロゴロ。ダルちゃんは風呂に入っている為おらず、妹もいない為に転がる分には広くて宜しい。
三味線。
夢を追うギャル氏、ずみー氏、クララ様、りなっち氏と比べて、
「………………終わりですかな」
努力ではどうしようもないならば、何を原動力に足を伸ばせばいいのやら。負けん気だけでは、覚悟だけでは、埋まってはくれぬ溝がある。
そもそも
「…………でも」
緩く手を握り歯を食い縛る。ここで逃げてしまっては、美術準備室で一人絵を描くずみー氏や、本気を望んだクララ様と同じでりなっち氏を一人にしてしまう。
才能が、圧倒的才能が人を孤独にする。
一度空手を諦めたギャル氏と同じく、
ゆっくりと身を起こし拳を硬く握り締める。
──────スパァァァァンッ!!!!
と、同時に勢い良く音を奏でて滑り開く部屋の
「終わりなぞと許さんぞ兄者ぁぁぁぁッ‼︎」
「ブッフォ⁉︎ なにごとッ⁉︎」
「おにぃじゃあしょれぢぇあにじゃぁぁぁぁッ‼︎」
「なんてぇぇぇぇッ⁉︎」
ちょっと何言ってるか分かりませんね⁉︎ 誰か至急ダルちゃん呼んでくれ‼︎ 翻訳魔法が必要だ‼︎ 妹の言語が異世界方面に旅立ちやがった⁉︎ パスポートプリィィィィズッ‼︎
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