9F 青い日々 5
「お主ら気合い入れろやぁッ‼︎ 声が出てねえんですぞ声がッ‼︎ 雄叫びで敵をビビらせればそれでおよそ勝ち確ですぞッ‼︎ 止められようが無理矢理体ねじ込んで前に進めい‼︎ 前進あるのみ‼︎ 足を下げるような輩は腹切り安定ッ‼︎」
「無茶です軍曹⁉︎ ってかどうやって組み付かれて進めと言うのですか⁉︎」
「誰が軍曹じゃ⁉︎ だいたい無茶じゃないですぞ‼︎ 組み付かれようが下から掬い上げるように這いずって進めば事足りますなぁ‼︎ 目にするべきは聳え立つ棒ただ一つ! お主らの持つ棒より貧弱な棒をへし折って見せてやれですぞ‼︎ やらいでかッ‼︎」
「無茶苦茶だ⁉︎ ちょ、
「なにを言うかと思えばッ‼︎
「嘘付けぇ⁉︎ ぶへぇ⁉︎」
嘘じゃないし本当だし。伸ばされる手を肘で
棒倒しに参加する二学年男子のメンバーを入れ替え三度練習してみたが、他のチームの練度が分からない以上、現時点で勝てるかどうか全く見当付かない。床に転がる勘助殿に手を伸ばして伸ばされた手を掴み引き起こし、口元のフェイスマスクを引き下げる。
「勘助氏、具合は?」
「痛ててっ、各々部活もあるし練習日数そう取れないからな。今日見た感じオフェンスはソレガシが率いて、ディフェンスは俺が率いた方が良さそうだ。ってかソレガシお前遠慮ないね。なんだあのきもい動きは」
「きもいは余計。棒倒しで遠慮すれば踏み殺されますからな。人への拳や蹴りは禁止でも、
「やってるの棒倒しだよね?」
そうだよ? しかも異世界の棒倒しは木剣ありの殴り合い上等だぞ。下手すりゃ死ねる。雄叫び壁のように突っ走って来る
しかし、たった三度の練習だが、
「見事ですわソレガシさん! 男子チームの統率は勘助さんが取り、ソレガシさんを特攻隊長に据えれば常勝不敗ですわ!」
「一々大袈裟ですぞお主……それよりゆかりん氏、女性陣の方は」
「
「なにが、だッ、この、腐れお嬢様がッ‼︎ 徒競走の練習なのにマラソンやってんじゃねえってえのッ‼︎ 全速力で行ったり来たり行ったり来たり……ッ、あんたは人の皮被ったゴリラかよ‼︎ 団子しっかりッ」
「はわぁ……はわはわ……」
息も絶え絶えに
「なにを言うかと思えばショコラさんたら、練習で本気になれぬ者が本番で本気になれるわけがなくってよ! ただでさえ使える日数が限られているのだから、時間は有意義に使ってこそ! だらしないですわね〜」
「あんたらがおかしいんだよ! なんでそんな元気なわけ⁉︎ たかが練習でほぼ全滅だぞ!」
本当にね。
「オーッホッホ!一番を目指す者に妥協は許されませんのよ! 日々の積み重ねがいざという時の力になりますわ! 今立っている者は現時点でその積み重ねが多少なりとも分厚いだけのこと。惨めを噛み締めたくなければ駆け上がりなさいな! 甘くはなくってよッ、体育祭の舞台の上はッ」
「戦争に行く軍人ですかな?」
無駄にキリッとした顔でまともな事を言ってはいるのだが、高笑いの所為かな? 何故かゆかりん氏にマジレスされると府に落ちない。去年もそんなんだったっけ?
「しかしソレガシさん、レンレンさんやしずぽよさんが認めただけはありますわね。手を握れば相手の力量が多少なりとも分かるもの。教室の隅でこれまで牙を研いでいたという噂。本当のようですわ」
「それ
教室の隅でずっと牙を研いでるとか不審者だよ。どこから出土した噂なのそれ?
「なににしても今日の練習はこのくらいですわね。部活動や他の組が練習に使う日を考慮して、よくてグラウンドを使える日は後二日がいいところ。後は各々自主練で詰め込むしかありませんわ。応援団の方は二学年はりなっちさんに一任していますけれど、どうかしら?」
「ちょい、待ちぃ〜……ま、まだ体力が……」
「二学年の応援団長に今一番応援が必要な件」
地面に落ちているキャップ帽を拾いながら緑色のメッシュの入った髪を振るいふらふら起き上がる姿はゾンビに近い。よたよたと二、三歩き膝をつく応援団長の姿を見る限り、全然大丈夫には見えない。「あらあら」と零し肩を
「あららら、二学年の応援団長はグロッキーだねソレガシくん。これはアレだね。ドームは諦めた方がいいんじゃないかな?」
「部長殿、じゃなくて総応援団長殿の方が宜しいですかな?」
「やだもー、
グラウンドの別場所で練習していた三学年の応援団長である鶫先輩を筆頭に三学年の応援団が歩いて来る。別方向からは一学年の応援団が。部活で使うグラウンドの一部分を部活が始まるまでの間多少使わせて貰っていたが、それぞれ時間一杯らしい。三学年と一学年は二学年と違って元気なようでいいですねはい。
「それにしてもソレガシくん、ジャージにフェイスマスクとはブッ飛んだファッションセンスだね? 一年生とかビビっちゃってるよー? 背の高さも相まって威圧感増し増し!」
「いやまぁ、フェイスマスク下げてもアレですけどな」
「
そうね、正にゴリラお嬢様が超目立ってるからね。髪の色含めてもゆかりん氏、勘助氏、りなっち氏と日本人の遺伝子に反抗するかの如くバラエティ豊かだ。二年生だけおかしくね? 一年生とか完全に引いてんぞ。ゆかりん氏は高笑いして威嚇するんじゃない。
「それじゃあソレガシくん! 応援合戦用のダンス詰めようか! ダンスの武者修行の成果見せて貰おうかな!」
その言い訳三学年にまでもう回ってんの? やべえよ格闘術の練度は上がったがダンスの練度が上がったかは不明だ。冷や汗が薄っすら滲む中苦い顔を浮かべていると、下から救いの手が伸ばされ
「待ちぃや泥棒猫。ダーリンはうちとセッションすんのや。ダーリンから三味線取ったらなにも残らんやろうが!」
「お主ぶつよ?」
救いの手じゃねえこれ亡者の手だ。
「三味線〜? 私は聞いたことないけどね。ソレガシくんのダンスも見たことないのに応援合戦でソレガシくんを演奏に割く意味が分からないんだけど?」
「聞いたことないのによう言わんわ!ダーリンの三味線はなぁ! こう……そう、こう……アレなんよ! な?」
「いや
「はっはっは! 特に言うこともないのにダメだねそんなんじゃ! ソレガシくんのダンスはね、こう奇々怪々で呪われそうなマリオネットみたいなんだよ! ね?」
「それ褒めてなくね?」
そんなダンス披露したら応援合戦負けるんじゃね? どっちも褒めてくれないのに
「これ以上は付きおうてられんわ! よろしおす! かますぜベイベー‼︎」
「お主なにを」
グラウンド脇に立て掛けてあったギターケースにふらふら走り寄りギターを取り出すと、腰に小型のアンプを括り付けてりなっち氏は振り返りながらケーブルを差し込む。
──────ギャィィィィンッ‼︎
口々に溢されていた喧騒を鋭い音が飲み込んだ。激しくも柔らかく動く指先が無数の音を紡ぎ出し、細かく刻まれるピックが無限の音を弾き出す。引き伸ばされ揺れる音色が空気を歪ませ風を運ぶ。稲妻のような、炎のような激しさの裏に隠された静けさ。短かな演奏の後に拍手をするのはゆかりん氏一人。静寂の中で荒々しい笑顔を
「あっは……どないやダーリン? 沈んだやろうちに? セッションしよ? うちはダーリンの音が欲しい。うちはずっとなぁ」
「りなっち氏」
「……ダーリン?」
歩み寄って来るりなっち氏の左手を思わず掴み、その指先を軽く撫ぜる。楽器は違くともエレキギターと三味線同じ弦楽器。何度も裂け治りを繰り返して硬くなった指先の感触に思わず口元が緩む。息苦しさを覚えフェイスマスクを引き下げ、口元を撫ぜるが持ち上がった口端が落ちてくれない。
「……本気やようち」
「言わずとも」
「……部長殿、
「あーん振られちゃった。でもやる気みたいだね? 変わらず気楽は嫌いかな?」
「嫌いではないですぞ。でもですな、絶対を見せられたら釣り合いたくなってしまうものでしょう? りなっち氏、曲は?」
「ギターパートなら漠然ともうできとうよ? 後はダーリン次第やんなぁ」
「委細承知。子細なし。釣り合って見せましょうとも」
りなっち氏の笑みに笑みを返す。魅せられて傍観者のままでいるなど我慢ならない。傍観してきたこれまでとはさよならしたのだ。絶対に
『もう……無理。ソレガシ恨むよ。体育祭、学院の競技会より怠いじゃん……』
人差し指を伸ばした形でうつ伏せに寝転がっているダルちゃんに……。すっかり忘れてた。地面に刻まれているダイイングメッセージを足で消し、証拠隠滅完了。死体ごっこに夢中のダルちゃんを担ぎ上げる。練習の前にまずは保健室だ。ただ二学年の惨状を見る限り保健室のベッドでは足りると思えない。
「はーいじゃあ応援団はダンスの練習始めようか! ソレガシくんはその子置いてってね? その子も応援団だから」
「……とのことですのでダルちゃん」
「
「はははっ、なに言ってんですかなマジで」
しがみ付いて来るダルちゃんを手放し離れ大きく手を振れば中指を突き立てられる。まだ元気そうだよかった。部長殿に引き摺られて行くダルちゃんを見送り、りなっち氏と共に身を
ただその前に三味線持って来ねえと……今日持って来てねえや……。
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