8F 青い日々 4

 『決闘条約』


 第一条、魔力による肉体強化、及び眷属の特典、眷属魔法の使用禁止。眷属同士、それ以外にも共通也。尚、ダルちゃんの使用する翻訳魔法など日常生活に必要なものはこれに含まれない。


 第二条、出る競技、応援合戦等は各チームに依存する。全く競技に出なかったから負けたなどと言うべからず。己でどうにかしろ。


 第三条、結果に対しての文句はなし。不満があるなら腹を切るべし。


 昼休み前の授業が終わり、ダルちゃんに通訳しながら授業を受けねばならず、ダルちゃんと二人並んで授業中書きつずったギャル氏達との体育祭決闘ルールを眺めながら指で机の天板を小突く。交流会への参加を賭けているとはいえ、体育祭はそれがしとギャル氏だけで行う訳ではない訳で、ルールを設けなかった場合神の眷属無双になって終わる。


 ってか武神の眷属が本気で暴れたら体育祭で死人続出案件。


 他の真剣に体育祭に挑もうとしている生徒達の邪魔にならないようにというのは勿論であるが、一番は武神の眷属の特典である身体能力を使われた場合、機械人形ゴーレムを召喚しなければ対等に立ち合えない故の措置。


 つまりは、元の世界の行事、己が肉体のみで頑張りましょうという常識的な話をただ文章化しただけである。


「……他に何か必要ですかなダルちゃん?」

『あー……剣とか武器の指定とか?飛行のあり、禁止とか?』

「なんでや」


 ノートにペンを走らせるダルちゃんを目に肩が落ちる。こっちの世界の体育祭でそんな物が必要になる競技などない。どこで使うんだ剣とか。寧ろそんなの持ち出せば社会教育関係団体 PTAに殺されんぞ。飛行ありの体育祭とか面白そうではあるが、残念ながらこの世界に魔法具はなければ、鳥人族ハルピュイアもいない。


 そう伝えれば『超絶びっくらぽんだ』とペンを走らせるダルちゃんに今一度肩をすくめ、前の方の席に座っているギャル氏の背を見つめる。「体育祭終わるまで口聞かねえ」とか言っていたが、同じクラスで超気まずい。折角決闘条約書いてもどう渡せばいいのやら。


 友人と弁当でも食べに行くのか、購買にでも向かうのか席を立つギャル氏を目で追えば、目の前で白い髪が揺れ視線を僅かに下に落とす。


「同志どうかしたん? なんかセイレーンも朝から尖ってるし〜。ぷんすかって感じだぜ?」

「ずみー氏いいところに。これをギャル氏に渡して欲しいのですけどな」


 橋渡し役が来てくれたと決闘条約の書いたノートのページを破りずみー氏に渡せば、書かれている文に目を流してずみー氏は首を小さく傾げた。「あー……」と若干呻きながら瞳を天井へと向けて、一度頷くとそれがしを見上げてくる。


「犬も喰わなそうな喧嘩中? あちきで良かったら力になんけど」

「その提案はありがたいですけどな。体育祭で是非を決める以上ずみー氏の手は借りられませんぞ。それがしとギャル氏のルールではありますが、できればずみー氏も」

「眷属魔法は流石に使えねえよ〜、他の生徒達もいるんだし。でもセイレーンと同志がね〜……ふーん」


 ノートの切れ端に再び目を戻すと、ずみー氏は一人何度か頷き右に左に目を泳がせる。何か条約に穴でもあったか? 眉をひそそれがしが聞くよりも早く、ずみー氏はノートの切れ端を折りポケットに突っ込むと下からそれがしの顔を覗き込む。


「ねぇ同志。どうせならあちき達もなんか賭けようよ。どうせやんなら変に手は抜きたくねえじゃん? セイレーンも同志も友達だし、どっちに肩入れするとかより、あちきはあちきで理由あった方が体育祭苦手だけど楽しめそう」

それがしとしても手を抜かれて勝っても嬉しくないですし、ずみー氏がそれでいいなら」

「よっしゃ! んじゃさ〜……あちき達赤組が勝ったらさ、今度東京の方の美術館でちょっとした展示会があんだよね。一緒に行こ?」

「それが賭け? いや別にそれくらい賭けずともずみー氏からのお誘いなら」

「ダメだぜ〜これは勝負なのさ! 偶には運動頑張っちゃうぜ〜! 目指せ金メダル!」

「あぁちょッ」


 声を掛ける暇もなくずみー氏はギャル氏を追って教室を出て行ってしまう。ずみー氏が勝ったら美術館てなんでや。精神攻撃の類か? それがしの勝つ気が萎えちまうよ。友人とのお出掛けイベントそれがしが潰さなきゃなんねえの? 何それ?


 急激に落ちる肩に置かれる手。横で手遅れですとばかりにダルちゃんが首を横に振っているが、視界の端に映り込む手はダルちゃんの白く細い指ではなく、もう少し骨張った男のもの。鼓膜を刺激するカチカチと打ち鳴るリングピアスの音を聞いて顔を上げる。


「……ソレガシ、昨日の今日で確信した。お前がどうやら俺史上最大の敵だとな! 勝負だソレガシ‼︎ 俺達赤組が勝ったら入柿いりがきさんとの美術館、俺も参加させて貰うッ‼︎ 文句はないな‼︎ ってか文句とか受け付けねえぞコラァッ‼︎ お前達青組を真っ赤に染めてやるお前達の血飛沫でな‼︎ 俺の怒りを知れ‼︎」

「いやなんで⁉︎」


 別に勝負なんてせずに普通に参加しろや‼︎ ずみー氏と揃ってそれがしのやる気をへし折ろうとすんじゃねえ‼︎ それがしと遊ぶのってそんな勝負の景品にしなきゃならないくらいの覚悟がいんの? 儚いな友情ッ⁉︎ それがしの不人気振りは変わらずか⁉︎


「その話聞かせてもらったぜ‼︎」

「今度はなんですかな⁉︎」


 飛んでくる大声を追って顔を向ければ、教室の入り口で扉を背に立っている男が一人。短かな金髪の毛先を弄る柚子町ゆずまち勘助かんすけ氏は、それがしとグレー氏の視線が己に向いたのを確認すると大きく足音を響かせて歩いて来る。


「俺を置いてやれ勝負だのなんだのと、甘く見られたもんだぜ俺も。その話俺も乗った」

「えぇぇ……どの部分に?」

「つまりこういうことだろう? 体育祭に勝ったら好きな女をデートに誘える、となぁッ‼︎」

「そんな話でしたっけ⁉︎」


 全然乗れてねえじゃねえか⁉︎ 置いてかれてるどころか踏み外してやがる⁉︎ 虚空踏ん付けてドヤ顔決めてんじゃねえ‼︎ そのキラキラした笑顔の自信は何処から来てんだ⁉︎ 友人とのお出掛けイベント通り越してなんか凄まじい事態に変貌してやがる⁉︎ それがし置いてきぼりに事態だけが独走状態だよ‼︎


「俺達青組が赤組に勝った暁にはッ、葡萄原ぶどうはら‼︎ 俺は志津栗しずくりさんをデートに誘わせて貰うぜ‼︎」

「え? ……あぁ……おぅ、頑張れよ」

「え? ……はい」


 なんだよこの微妙な空気⁉︎ はいじゃないがッ‼︎ 勘助氏お主マジか⁉︎ 体育祭とは関係なく三角形がクソみたいな四角形になりやがった‼︎ お主ら片想い好きだな‼︎ それで何故そんな微妙な空気に塗り替えた癖に勘助氏はそれがしを見る? 何故肩に手を置く? キラキラした笑顔をまずやめろ。


「それで? 新たなライバルソレガシよ。お前は勝ったら誰をデートに誘うんだ? まさかお前も志津栗しずくりさん狙いか⁉︎ やはりなッ、どうりでダンス部対抗戦の話に乗ったとッ、俺もサッカー部の練習がなければッ」

「暴走列車かお主は⁉︎ だいたいクララ様は」

「クララ様ぁッ⁉︎ さんぶっ飛ばして様だと貴様ッ⁉︎ 俺の知らないところでどんな女王様と下僕物語を繰り広げてやがったんだ⁉︎ 既に調教済みだというのか⁉︎ 恐ろしい男だッ、一番の敵がまさかこんな近くにッ」

「誰が調教済みだこの野郎⁉︎ あのですなぁッ、だから」

「話は聞かせてもろたでーっ‼︎」

「今度はなんっ、うるせえぇぇぇぇッ⁉︎」


 ──────ズギャァァァァンッ‼︎


 教室を突き抜けるエレキギターの音色。パンクに改造されたセーラー服の腰にくっ付けられた小型のアンプから溢れる音がそれがし達に叩き付けられる。その残響を踏み締めて歩み寄って来る岩梨いわなし梨菜りな氏。ギターを取り回して背に背負い、被るキャップ帽のツバをピックを握る手の人差し指で押し上げる。


「勝者は官軍、負ければ賊軍やんな? うちら青組が勝ちましたなら、ダーリンは晴れて軽音部に入部でよろしおすなぁ? この勝負ッ、負けられんッ‼︎」

「お主とそれがし味方同士なんですけども⁉︎ それじゃあそれがしめっちゃ軽音部に入りたい奴ですぞ⁉︎ それがしが負けた方が良さげな特典ぶら下げんじゃねえ‼︎」

「そんなダーリン照れんでもええのに〜、うちには分かってますえ? 勝ってもデートに誘ってくれるんやろ?」

「例えそうだとしてもお主以外なのは確か」

「えーッ⁉︎ 嘘やん⁉︎」


 驚けるりなっち氏が凄えよ。ってか体育祭の勝負に色々積み上げ過ぎなんだよ急に⁉︎ どこまで積めるかのジェンガやってんじゃねえんだぞ‼︎ ほら見てぇ‼︎ なんか入り口で出番待ちしてるかの如くどこぞのお嬢様がスタン張ってるよ⁉︎ 地獄耳か此奴ら⁉︎ あぁ演劇部の女王様が歩いて来やがるッ⁉︎ 何か言う前にもう追い返そう。


 立ち止まり謎のポーズをゆかりん氏が取っている内に急ぎ身を寄せ体を反対に向けて背中を押す。


「ちょッ、なんですの貴方は⁉︎ わたくし様はまだ何も言ってませんわよ⁉︎」

「二年C組に帰りなされ。ここはお主がいるべき場所じゃないですな」

「あらあら? そんな心配なさらずとも、わたくし様はどんな舞台の上でも輝きましてよ‼︎ 体育祭の舞台の頂点に立つのもこのわたくし様ですわ‼︎ ソレガシさん? どうやら貴方もわたくし様の舞台の上に立ちたいようですわね? 目指しますのね? 栄光の道ブロードウェイをッ!」

「誰か通訳呼んで貰えますかな? それがしにはもう無理ポ」

「舞台ぃ? なに言うとんのゆかりん? ダーリンはうちとドームを目指すんやから」

「通訳つってんだろ‼︎ 誰がロックンロールガール呼べと⁉︎ おいおいおいッ‼︎」


 個性の暴力がもの凄えよ‼︎ 此奴らの説明書を誰かくれ‼︎ 思えばダンスは厳しいがクララ様超優しかったわ‼︎ そりゃ生活指導の先生もさじぶん投げるわ‼︎ ギャル氏達と五人で集まってる時どんな会話してんのか逆に気になるわ‼︎


「グレー氏! 勘助氏!ヘルプミー!」

兄弟ブラザー! 入柿さんとのデートには俺が行くッ!」

「ライバル達よ! 志津栗様とのデートには俺が行かせて貰うぜッ!」

「お主達も大概ですな⁉︎ いつの間にかさんが様になってやがるし⁉︎ それがしに言わず本人誘え定期ッ‼︎」

「いやぁ……」「それは……」

「シャイボーイかお主ら⁉︎ 見た目と性格合わせろや‼︎ それがしはギャル氏の事で手一杯なんですけど⁉︎」

「なんやダーリンはレンレンにお熱なん? 妬けるわー」

「欲するモノがあるのは悪くないですわね。高嶺の花を掴む為に見上げずよじ登ってこそ男というものですわ‼︎ おやりになりますわね‼︎」

「ここは動物園かなにかですかな⁉︎ ダルちゃんッ、ダルちゃん助けて‼︎」

『めんどくさー』


 ノートに大きく字を書いて向けて来るダルちゃんの無慈悲さがやばい。落ちる肩を叩いてくるりなっち氏とゆかりん氏の優しさが心痛い。もう少し優しくできる部分があるだろ常考。


 しかも「では体育祭でッ‼︎」とゆかりん氏が手を叩くのに合わせて全員蜘蛛の子を散らすように去って行きやがった。言うだけ言ってさようならとかそれがしにどうしろと言うのだ。地盤まで落っこちそうな肩をなんとか支えていると、それがしの背に掛けられる二つの言葉。


「ソレガシさん、放課後は体育祭の練習ですから今日は参加してくださいましよ?」

「ダーリン放課後は応援団の顔合わせもあるから逃げんといてな〜?」

「……もう好きにして」


 この昼休みの珍騒動のおかげで、放課後になる頃には『体育祭で勝った者は好きな子とデートできる』というぶっちゃけそれがしにはどうだっていい噂が学校中に広まっていた。体育祭までおよそ二週間。どうしてこうなった? それがしもう色々とゴールしちゃダメ?


 


 

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