7F 青い日々 3

 瑠璃ラピスラズリで染めたような青い髪が歴史を感じる和屋敷の縁側の先で風に揺れている光景というのは妙ちきりんではあるが、ギャル氏の顔が端正なだけに歪に均等取れてる様が小憎たらしい。


 いつぞやのギャル氏来訪の時にようにおかずを奪われぬ為にそれがしの作ったオムレツを急ぎ口に突っ込むが、ギャル氏は無言で持ち上げた右手の親指で外を指すと身を翻して行ってしまう。


 怖えよ。引き絞られた目尻と言葉なき背中。痞えながらオムレツを飲み込み、ダルちゃんと顔を見合わせ食器を流し台に置き鞄を手にギャル氏を追う。家族一同首を傾げていたが、それがしも同じ。意味不過ぎてヤバい。


 そんなにダルちゃんが心配だったのか、また取立て人gy異世界からやって来たように不思議でもやって来たのか。玄関を出れば家の門の前で待っているギャル氏。「どうしましたかな?」と聞けば、返事もなくギャル氏は歩きだす。


『あー……サレンどうしたわけ? 超絶怒ってね?』

それがしが知るわけないですぞ常識的に考えて」


 ダルちゃんと肩をすくめ合いギャル氏を追うが、リアルガチで心当たりがない。ギャル氏が来たという事は何かしら用事があるのだろう。用事もなしにそれがしの家に来るなど考えられない。


「あのぉギャル氏? 本日はお日柄もよく……」

「……そ。で?」

「ギャル氏の髪色のように晴れやかな空で……」

「……そ。で?」

「そでしか言わないとか語彙力が風前のともしびな件」

「……そ。で?」


 何この無限ループ。そでそでお化けかな? 怒る事もなく視線さえくれずに歩き続けるギャル氏が意味不明過ぎてヤバい。ダルちゃんに目を向けても、ため息を吐かれるだけ。そでそで地獄に垂らされる蜘蛛の糸はなく、仏さえも見捨てているらしいこの状況を打開する手立てがまるで浮かばない。結果それがしも無言となり、まだ朝早い通学路に響く足音が三つ。


 会話の種も見つけられず、昨日ダルちゃんと調べた異世界関係のびっくり情報でも話そうかと口を開き掛けたところで、差し伸ばす足を少しばかり早め、ギャル氏がゆっくりと口を開いた。


「……ママから伝言、体育祭の次の日だって」

「ギャル氏の母殿から?」


 ナンジャラホイ? 口を開いたかと思えばギャル氏の母殿から伝言? 体育祭は確か土曜日だが、次の日がどうした? 早められたギャル氏の足音に急かされるように記憶の海に潜航するが、上手いこと記憶を引き上げられない。ギャル氏の来訪と異世界のびっくり新情報が邪魔をする。そんな記憶の引き上げ作業に待ったを掛けるようにぴたりとギャル氏は足を止めた。


「……鈴芽に聞いたし。なんで黙ってたわけ?」

「えー……なにを?」

「誤魔化してんじゃねえしっ! 他流派との交流会あーしの代わりに出るから文句言うなつったでしょママに!」


 あぁ……言ったね。言ったわ……。普通にギャル氏に伝言頼みやがったギャル氏の母殿。


「えー……それがなにか?」

「なにかじゃねえ! あーしアンタに出てって頼んだ? 頼んでないよね? うっざッ、なに出しゃばってんわけ? あーしがそれであざまるとか感謝すんと思ったの? あーしに一言もなく勝手にそんなこと……ッ、これじゃあーしいつまで……ッ、うっざ……ッ、今からでも断ってッ‼︎」

「嫌ですな」

「はぁぁぁぁ⁉︎ んでよ‼︎ きもっ‼︎ 断れし‼︎」

「嫌ですな」


 断固拒否する。右の手のひらでギャル氏を制し、首を左右に大きく振る。一度大見え切ったのにやっぱやめますとかクソダセエわ。それに、空手は嫌と、やりたくない事を無理矢理やらせるのはそれがしとしても面白くない。そんなそれがしの内心を見透かしたようにギャル氏の顔がそれがしを下から覗き込む。


「別にもうあーし空手封印してねえから! アンタのおかげねありがとー! だからあーしが出んから‼︎ ソレガシは引っ込んでて‼︎ ママにももうそう言ったから‼︎」

「……それでギャル氏の母殿はなんと?」

「…………別に」


 歯切れ悪いギャル氏に目を細め、親指の爪を噛まない代わりに顎を撫ぜようと右手を持ち上げる。が、それを目にしたギャル氏に右手を叩き落とされた。頭を回すなと咎めるように。だが、その反応こそが一種の答え。多分色良い返事をギャル氏は母殿から貰っていない。


 ギャル氏の母殿は、可能と見ればギャル氏に空手を続けて欲しいはず。一度それがしと約束した手前却下されたか、もしくは出るのならば、もう空手を辞めるなとでも言われたか。多分どちらかだ。


「とにかくあーしが出んから‼︎ ソレガシはなんも考えんなよ‼︎ ダルちぃこっちの世界に来たばっかなんだからそっちだけ考えてて‼︎」

「嫌ですな」

「なん……っ、なんで……ッ」

「友人だから。ギャル氏はデザイナーになりたいのでは?」


 そう聞けばギャル氏の肩が小さく跳ねる。それを見て確信する。ギャル氏の母殿のギャル氏への答えはおそらく後者だ。何も条件出されたりしていないのなら、ギャル氏がここまで突っ掛かって来るとは思えない。


 それがしはギャル氏の空手は好きだ。絶対の才能と努力の跡。名刀と呼ばれる刀が芸術品としての価値があるように、ギャル氏の蹴りもずみー氏の描く絵や、クララ様の写真のように美しくさえある。それを失わせたくないと言うギャル氏の母殿の気持ちも分からなくはない。


 だがしかし、時に暖炉の前で椅子に座り、時にそれがしの横で裁縫に勤しみ服を縫っているギャル氏の横顔も同じように好きなのだ。蹴りを振るっている以上に楽しそうで。それはきっと夢に向かって進んでいるから。


 それがしはギャル氏に為に出る訳でもない。それがしが夢に進むギャル氏わ見ていたいから。己で決めた道を進む偉大な友人の背を。


 ギャル氏が心の底から空手の道に戻ると決め口にしているのならば、それがしのしている事は余計なお世話で引き下がる事に迷いはない。それは野暮だ。ただそうではないのであれば。


「『絶対』にそれがしには出るなと? 夢は諦めるんですかな?」

「そ、それは……それは…………」

「ギャル氏が出てくれと言わずとも、それがしは出ますぞ。それがしの為に。出てくれと言われれば無論出ますとも。それがしに気など使わずとも、ギャル氏にとって必要なら頼ってくれて」

「ダメなのそれじゃあッ! ……それじゃあ……あーし借りばっかり……これ以上されたら……あーしもう……っ」


 伸びて来たギャル氏の両手がそれがしの胸ぐらを掴み引き寄せる。うつむくギャル氏の顔を見る事は叶わず。歯を噛み締めて口を引き結ぶギャル氏の肩に手を置こうとしたが腕で振り払われた。上げられたギャル氏の鋭い視線がそれがしを射抜き、突き出された人差し指がそれがしの胸を小突く。

 

「……言葉でどれだけ言ってもダメなら賭けようよ。ソレガシにはその方が分かりやすいっしょ? 今度の体育祭、あーしら赤組が勝ったら引いて。交流会にはあーしが出る。それでおけ? ……あーし絶対勝つから」

「無論。絶対勝つのはそれがしですぞ。……ギャル氏はそれでも」

「例えこの先夢が叶わなくたって、アンタに負けるのだけは嫌。それだけは絶対嫌なの。じゃないとあーし……ッ、だから……ッ、体育祭終わるまでもう口聞かねえッ、絶対……勝つッ」


 それがしの横を通り過ぎ、振り返る事なくギャル氏は足早に去って行く。その背中を見つめてフェイスマスクを引き下げ親指の爪を噛んだ。何をそこまでギャル氏を駆り立てるのか、夢に釣り合う何がある?


 本当は出たくないのであれば、そうであるなら一言くれれば迷わずそれがしは足を出すのに。ただその迷いを断ち切れるのであれば、それをそれがしに賭けてくれるのであれば、それがしは応えたい。


 静観していたダルちゃんがそれがしの横に並び、ギャル氏の背を見つめながら困ったように首を傾げ光る指先で文字を刻む。


『ソレガシってさ、なんて言うか……アレだね。損な性格って言うかさ、背負い込むの好きだよね。サレンももっと……いや、あたしが言えた義理じゃないけどさ。負ける気ないでしょ?』

「当たり前だろ常考。異世界のことは一先ず脇に置きましょうぞ。体育祭に負けられぬ理由ができましたからな。ギャル氏に諦めなど似合いませんとも。それをそれがしに賭けてくれるのであれば……ダルちゃん」

『めんどくさー……とは言えないさね。うん。今度はあたしの番さ。サレンやスミカ達が相手ってのが厳しいけど、最強の敵じゃない?』

「えぇでも……きっと、厳しいだけでもないですぞ。我ら青組には他でもない、ギャル氏の信じるダチコ達がいるのですから。盗賊祭りの時と同様に」


 眺めているだけでは友人などできないが、一歩踏み出せば友人ができる事をもう知っている。昨日の友は今日の敵でも、今日にはきっと新たな友を作る事もできる。幸いに青組は勝つ気である。ならばそれがしも本気で望もう。掲げた右拳にダルちゃんの左拳が打ち付けられる。


 冒険すべき先は決まった。後はどれだけそれがしが楽しめるか。嘆くだけなど不要。困難にこそ、理不尽にこそ楽しみを見出だしないなら作れ。勝負に勝つ為に手札を揃えろ。

 

 梅園うめぞの桜蓮サレンに勝つ為に。


 

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