6F 青い日々 2

 カタカタと響くキーボードの音。夕食も終えて風呂も済ませそれがしの自室。機械に疎い我が家族の代わりに、現代人の必需品であるパソコンの類は全てそれがしの部屋に詰まっている。畳のい草の匂いに混じるダルちゃんが吹き出す赤い紫煙の匂い渦巻く部屋の中で、検索欄にサブロー=コウガの名を突っ込みしばらく。


 ズレた纏う寝巻きである浴衣を引っ張り上げて頭を掻く。そして大きなため息を吐く。


 一発で引き当てるとかどうよ?


 サブロー=コウガ。もとい甲賀三郎こうがさぶろう。甲賀三郎伝説とか普通に情報記されてやがる。なんなの? 罠? しかも出典『神道集』だの『諏訪縁起』だのソースがガチ過ぎて笑えない。軍神の眷属どころか最後こっちの世界で神になってやがるし。甲賀流の忍者との繋がりまであるっぽいし。頭の中を疾走する予想の危うさに草も生えない。


 何よりも気になる一節は、『三郎は仕方なく人穴を彷徨さなよい、地底の七二ヶ国を通り、最後に維縵ゆいまん国に辿り着く』とかいう伝承だ。


 維縵ゆいまん国とやらが現在の夜間都市ワーグワーグなのかは不明だが、異世界でのサブロー=コウガの話はうん千年前の御伽噺。今と昔で違っていても不思議ではない。ただそんな事よりも気に掛かるのは『地底』という一文。


 それがし達は昇降機エレベーターで行き来しちゃっているが、甲賀三郎は人穴を彷徨った結果地底の国々に迷い込んだと記されている。この甲賀三郎とサブロー=コウガがもし同一人物とするならばだ。


「……異世界は地底世界だった? ぶっ飛び過ぎててワロエないですぞ」


 調べた結果否定できる要素が数多くある。まず地底世界なのに普通に太陽と月みたいな天体が異世界にはある。加えて、地の底にあるのなら球の中にあるはずで、水平線や地平線が見えるのはおかしいってか、『雲舟』に乗ってても大地が緩やかな凹型になっているようには見えなかった。


「そもそもの話……人穴を通ったから行き着いたのが『地底』であると勘違いしただけなのでは? その方が寧ろ納得できますなぁ。ただそうなると別の意味でぞっとしますがな……」


 昇降機エレベーターを使わずとも異世界に繋がる道があるという事になる。とは言えそれも此方の世界での民話だの伝承だのの話。どこまで信じればいいのかも分からない。これだけを間に受けて『そうだったのか‼︎』などと素直に騒げないのはそれがしが理屈っぽいだけなのか。


 『地底』と検索欄に打ち込み呆然とパソコンの画面を眺めながら、窓辺で浴衣を纏い煙管パイプを咥えているダルちゃんを手招きする。


『どうしたのさ?』

「いやちょっと……そう言えば何度か世界地図は見せて貰いましたけどな? 地球儀のような物は見なかったなと思いまして。異世界ってどんな形かと」


 パソコンの画面に映るのは、地球空洞説の画像。地球の核が太陽のように輝き、地の裏の世界を照らしている画像を食い入るように見つめ画面に手を伸ばすダルちゃんの姿に喉が鳴る。画面を見つめたままゆっくりとダルちゃんの指先が空を泳いだ。


『うへぇ……コレ魔法じゃないんだよね? どっから映像引っ張って来てるのさ。映像魔法を遠隔投射? たださっきなんか打ち込んでたよね? こんな形してるけど百科事典みたいな感じ? 稲妻の箱超絶すげぇ。スマホだかもコレできんの? わぁお。コレ欲しい』

「いや、パソコンの方ではなく……」


 映像だよ見るのは。冒険者ギルドにある水晶の情報端末の方がそれがしとしては驚きなのだが、文化の違いからくる反応の差は面白いが、気にして欲しいのは映像だ。服を引っ張ってくるダルちゃんに「地球の文化紹介は後で」と文化交流は一旦脇に置き、画面に目を戻したダルちゃんは肩をすくめる。


『超絶意味不明。だいたいコレおかしくない? 上に海あったら下に落ちてくるじゃんね? コレがあたしらの世界だって言う気? だいたいなんで丸いのさ』

「いやそれはそれがし達の世界が地球という星にあって球の形をしているからで、地底でもおそらくは地球自身が回っている遠心力で下には落ちないのではと」

『ソレガシ達の世界って丸いの? ふーん、でも違うと思うよ。だってこれだと絶えず昼じゃない? 星も月も見えないじゃん』

「ほんまや」


 太陽と月以前に星が見えねえわ。となると異世界は異世界で別の惑星と考えた方が妥当なのか? 人穴とか何らかの先にワームホールでもあり繋がっているとか? よく考えればそれがし達が異世界に行くのも、学校最寄りの駅舎の昇降機エレベーターでのみ。あの昇降機エレベーター自体がワームホールの入り口?


 考えても考えても訳分からず、理解不能意味不明が頭の中を締めてゆくだけ。畳の上に寝転がり、天井に薄く広がる赤い紫煙を見つめる。異世界の煙に巻かれたような気分だ。もう後できる予想は忍術って眷属魔法じゃね? というだからどうしたという予想ばかり。


 今一度ダルちゃんの口から濃く零された赤い紫煙。ぶわりと吐かれたキノコ雲と描かれた『そもそもあたしらの世界平らだし』という文字に思わず口が間抜けに開く。


「ふぁ?」

『だから平らなんだってばさ。これって海の水どこに落ちてるの? 球体じゃあ溢れるだけじゃない? ソレガシの世界って不思議だね』

「ちょちょちょちょ⁉︎ ファァァッ⁉︎ 待った⁉︎ タンマ⁉︎」


 パソコンを覗き込んでいるダルちゃんを軽く押し除けてキーボードを忙しなく叩く。キーボードを叩く音とダルちゃんの歓声が響く中、検索欄に打ち込む『地球 平ら』の文字。地球平面説の画像を目に、ダルちゃんは強く指を弾く。


『これこれ! わぁおすっごい! この稲妻の箱物知りだね! 学院にあった世界模型とおんなじ!』


 パタリッ、と再び畳に倒れ後頭部で畳を小突く。はいもうオワタ。


 意味不明どころの話じゃねえッ‼︎ あの世界星ですらねえの⁉︎ 世界地図のまんまの形⁉︎ どう浮いてんだ⁉︎ なんで重力あんの⁉︎ 世界の果てには滝があんの⁉︎ 太陽と月ってこの平面の周り回ってんの⁉︎ いやいやいやッ、いやいやいやいや⁉︎ 常識がぶっ壊れる⁉︎ それがしのキャパシティを完全に超えているッ‼︎ ちょっと待ってよぉ〜……。


「……やばばばッ、えらいこっちゃえーらいこっちゃよいうおーいうおーいッ……体育祭どころの話じゃねえッ⁉︎ プシッ、しっしっ! 最早笑う以外にどうしろと? オワタ。もうだめぽ……そうだ……ここに病院を建てよう。魔女裁判に掛けられて処刑されちゃうよぉ……誰に言えるよこんなことッ? 炎上不可避ッ」

『あー……ソレガシ大丈夫? バグってるけど』

「大丈夫じゃないですぞ。謎過ぎて今なら悟りが開そう。そうだ、京都に行こう」

『どこさそこ?』


 色眼鏡どころの話じゃあない。根本的に常識に違いがある。種族の多様性とか倫理観以前の話。世界の構造さえ違うとかどうよ? それがしの手には余り過ぎる。じゃあなにか? ダルちゃんの世界では地球とは言わずに地平とでも言うのか? 火星とか水星とか他の惑星も平面でぷかぷか宇宙に浮いているのか? だいたい宇宙ってあるのか? 太陽とか月は丸いのにどういう事なの? 天地創造した神様頭おかしいだろ。


 地底かと思えばそうではないらしく、球ですらなく世界は平面。カチカチマウスをクリックして遊んでいるらしいダルちゃんを横目に見ながら、もう知ったこっちゃないと不貞寝する。そんな中で聞こえてくる「……たLemuria£」というダルちゃんの呟き。


 戻るボタンを連打してしまったらしく、切り替わった画面を指差してダルちゃんが服を引っ張ってくる。身を起こして画面を見れば、ダルちゃんが指差すのは『レムリア』という文字。地底世界と共に綴られている仮想の大陸の中に含まれている一文をなぞるようにダルちゃんは指を動かす。


『ソレガシっ、アリムレ大陸って普通に書かれてるけど⁉︎』

「いやそれレムリア大陸」

『? だからアリムレ大陸でしょ? ソレガシもそう言ってるじゃんね?』

「いやレムリア……レム……翻訳魔法か⁉︎ レムリア大陸がアリムレ大陸⁉︎ ちょちょッ、そうなると……異世界はインド洋にあった⁉︎ 嘘つけーいッ‼︎ しかもなんか沈没したとかも書かれてますけど⁉︎ くっそぉふざけやがってッ‼︎」


 もう意味が分からないッ‼︎ 何か底知れないモノにもてあそばれている気分だ。ただ一つはっきりした事があるとすれば、異世界とそれがし達の世界には何かしらの繋がりは確かにあるらしい。それだけは分かる。それもどれもこれも遥か昔、それがしやギャル氏が生まれるよりもずっと以前から。


「もしそうなら……ダルちゃん、ムー大陸やアトランティスなんかとも繋がってたり? 完全にオカルト話ですなこれじゃあ。いや、まぁ異世界なんてオカルトですけどもッ」

『なんだかあれだね。楽しくなってきたね。ねぇソレガシ?』

「いや……まぁ、はい」


 面倒くさい共口にせずに笑顔を見せるダルちゃんに毒気が抜かれ肩から力が抜ける。意味不明で理解不能。情報足らずで何も分からないが、分からないに躙《にじり寄る恐怖以上に顔を出す好奇心には勝てそうにない。


 繋がりはあっても、見逃せぬ時間の進度の差や世界の構造の違いをどう説明すればいいのやら。ダルちゃんって二人パソコンの前に並び仮想世界の情報を並べ続けるが、表面的な繋がりが分かるだけでお手上げ。ダルちゃんと二人揃って畳に寝転がれば、ため息を吐くかのように視界の中に妹が座り込んでくる。


「……兄者がいなくなり部屋が広く使えていたというのに、一週間の楽園は消え去り今や三分の一……しかも遊戯ゲームの話か知らんが妖しげな調べ物に勤しみ奇怪な会話を続ける始末……不吉じゃ。我の部屋が凶色に染まっておる……およよよっ。兄者が南蛮の娘に染められてしもうた」

「嘘泣き乙」


 浴衣の袖で顔を覆っていた妹はすぐに顔から袖を離すと、赤くもなっていない目元を細めて深い深いため息を零す。そうここはそれがしの自室……兼、妹の自室。一人増えた居候に厳しい視線を向けながら、部屋を見回し妹は両腕を振り上げた。


「嘘じゃないのじゃ! 泣きたくもなる! 部屋が今や機械部品に塗れてしもうたぞ! 共通の本棚にまで蒸気機関だの、絡繰人形だの、珍妙な専門書が並んでおるし⁉︎ どうせ絡繰人形を作るのであれば茶運び人形なぞを作ってたもれ‼︎ 茶道で使うのじゃ‼︎」

「共通の本棚の八割を埋めている武将列伝だの名茶器図鑑だのを見てから言え定期。茶運び人形作れとか機械人形ゴーレム改造するよか怠そうですぞ。そもそもこの部屋の惨状を見てそれがしにばかり怒るのはお門違い」


 壁際に置かれている武将フィギュアに琴、舞に使う仮面。水墨画に書の掛け軸まで。完全に共通の部屋は妹の趣味一色に染まり切っている。その一角を機械部品に溢れさせたところで微々たる変化だ。が、妹はそれが気に入らないらしい。


「前は偶に花札なぞで遊んでくれたのに今は蒸気機関とやらを弄ってばかりじゃ! 急に家を開けて帰って来たかと思えば西洋のダンスに傾倒するしのう! だいたいおかしいじゃろう! 一ヶ月の間合計二週間ばかりいなくなっていたかと思えば体付きまで変わりおるし‼︎ 筋力の鍛錬したとしてもそんな急に付かんじゃろ!」

「なにを急に……お主前から一人部屋がいいと言ってましたよな? それに御袋おふくろ殿が納得して許可くれた以上もう不問ですぞ。機嫌がよくなってくれて良かったですなぁ」

「それじゃあ一番おかしいのは‼︎ なんじゃ騎士って⁉︎ いなくなっていたかと思えば異国で騎士やっておったってなんじゃあ⁉︎ 父上も怒っておったじゃろ‼︎」


 騎士じゃなくて侍になれって煩かったね。顔にやけてたけども。忠義を抱える者なら騎士でも多少はいいらしい。漠然と食事中に御袋おふくろ殿に話した異世界道中。異世界の事とは言わなかったが、騎士称号を授けられたのは本当の事。おかげでそれがしの言い訳が完成した。


 ダルちゃんに拾われて騎士になったよ。終わり。


 これで言い訳として通用する我が家は大丈夫なのかと思わないでもないが、御袋おふくろ殿さえ納得してくれれば家の中にいて不都合はない。御袋おふくろ殿も和の方が好きなようではあるが、洋の文化はそれはそれでたしなむ物としては気に入っている様子。それに。


「親父殿は融通利きませんけども、御袋おふくろ殿はよく言っているでしょうに。なにをしようにも一流を目指すなら文句は言わないと」

「じゃあなんじゃ兄者は……これまで呆けておったくせに本気で騎士だの蒸気機関師を目指すと言うのかの?」

「将来の夢かは分かりませんけどな…… それがしが今楽しいのはそれなんですぞ」


 漠然とただ生を浪費しているのではない。目指すべきものが存在する。始まりは理不尽ではあったが、今は自分で決めたと迷いなく言える。異世界の解明、機械神の眷属としての強さ。やる必要もないと言われればその通りだが、やりたいのだからやる。


「時代錯誤じゃ」

「お主がそれを言うんですかな?」

「だってそれはッ、むぅ……もう、三味線は弾かぬのかの?」

「まさかまさか。アレもそれがしが今のそれがしに至れるようになれた第一歩。逃避のためであったとしても、始まりだからこそ手放しませんぞ」

「なら別によいのじゃ」


 ぷいっとそっぽを向く妹の姿に肩を落としながら身を起こす。ギャル氏の機嫌の不具合もよく分からないが、妹の機嫌の不具合もそれがしには不明だ。女心は秋の空などと言うが、それがしとしては空を通り越して宇宙程に理解が及ばない。そんなそれがしの横でダルちゃんも身を起こすと赤い紫煙をくゆらせながらそれがしと妹を見比べる。


『ソレガシって妹と仲いいんだね? あたしの家とは大違い』

「ダルちゃんも別に仲悪そうには見えませんでしたけどな」

『そうでもないよ。内心ではあたしのこと見下してたしね。それがなかったのはラッシュくらいだけど、アレもまた別』

「と言うと?」

『周りから疎まれてたあたしが学院に招かれるくらいの功績打ち出してたからとでも言えばいいかな? ラッシュにとっては優秀さが全てなんだよ。優秀なら眷属も種族の違いも関係ないのさ』


 魔神の眷属の力を根こそぎ奪っていったラッシュ=ゴールドン。魔法都市の計画の裏でどのように動いていたのか全くそれがしには分からないが、ダルちゃんが示すラッシュ=ゴールドンの漠然とした性格にラドフル=ヤンセンの姿が重なる。


 探し求める者達の集い『ウトピア財団』。


 できると思ったからやっただけ。好奇心を煮詰めたような第一印象を受けたラドフル殿と同様に、ラッシュ=ゴールドンもおそらくそれに近い。それを思えばこそ、サブロー=コウガを追って元の世界で得た情報は毒となるか薬となるか。冷や汗が額に浮かび、思わずパソコンの電源を落とす。


 深淵を覗く時、深淵もまた此方を見ている。


「異世界で情報を探る際に、此方の情報は漏らさぬ方がよさそうですな。探求都市は新天地への扉を開く実験の過程で吹き飛んだと聞いていますし、下手に喋れば狙われる可能性もありそうですぞ。ダルちゃん」

『ん。論文はお預けかな残念。でも追うのはやめないでしょ? 』

「勿論ですとも。冒険ですからなこれは」


 微笑むダルちゃんに頷き掲げた拳を打ち付け合う。真実の一端を掴んでしまった以上はもう手放せない。積み重なる何故に答えが欲しい。それを知ってしまった時にどうなるのかは分からないが、その道を歩く過程に薄暗い感情は存在しない。ならばきっと間違いはないはずだ。もし間違いであったのならば、また頭痛を抱く程に頭を回そう。間違いが間違いではなくなるように。


「むぅ、また面妖な会話をしおってからに! ダメじゃぞ兄者は西洋文化に染まり過ぎては! 我が許さん!」

「急に間に入って来るなですぞ⁉︎ なんですかなお主はさっきから⁉︎」

「兄者は我の兄者なのじゃからのう! しっしっ! あっちに退けい南蛮の女子おなご! ハイカラな女子おなごなら鈴芽の姉者じゃし百歩譲っても南蛮の女子おなごはダメじゃ! もう今日は寝る時間じゃ!」

「まぁ別にいいですけどな。来客用の布団はどこでしたかな?」


 ダルちゃんに牙を剥く居候に優しくない妹の姿に肩を落としながら立ち上がり、押入れの中を漁って予備の布団を引っ張り出す。『寝具まで夜間都市っぽい』と空に文字引くダルちゃんの前に布団を広げれば、三つの内の一つを妹は引き摺って廊下側に置いた。


「南蛮の女子おなごはこっちじゃ! 兄者の隣は我が寝るぞ!」

「お主いつも離れて寝てたでしょうに……。仲間外れいくない」

「いやそれは……ってあぁぁぁぁッ⁉︎ なんでお主が兄者の隣の布団に入っとるんじゃ⁉︎ それは我のじゃと言っておろうが! はにーとらっぷと言うやつか⁉︎ 兄者を見ろ! 怒っておるじゃろ‼︎」

「いや別に」


 ダルちゃんと一緒に寝るとか宿泊部屋一つしかない都市エトの冒険者ギルドで慣れてるし。友人と同じ部屋で寝るとかどうってこと……いや待てよッ? よく考えると初めて友人が家に泊まりに来たくね? おいおいおいテンション上がって来ちまったぞッ‼︎ お泊まり会イベントしかも我が家とか⁉︎ それがしも遂にここまで来たか……ッ‼︎ これはもうリア充と言っても過言ではないのでは?


 ぐっとガッツポーズを掲げるそれがしの前を過ぎ去る枕。妹がぶん投げたらしい枕は吸い込まれるようにダルちゃんの顔に沈む。ぽとりと落ちた煙管パイプと枕に目を落とし、ダルちゃんは煙管パイプを拾い火を消すと立ち上がる。妹の野郎ダルちゃんに喧嘩売りやがった……ッ、がグッジョブとばかりにダルちゃんに急ぎ近付き枕をダルちゃんに握らせる。


『なにさソレガシ?』

「第一回枕投げ選手権‼︎ 売られた枕は枕で買えですぞ‼︎ ひゃっほー! 友人と我が家で枕投げする機会がそれがしの人生に訪れるとか大草原‼︎ よくやりましたぞ阿国おくに‼︎ だから甘んじて枕を受けよ‼︎」

「なんでじゃ⁉︎ 兄者の薄情者‼︎ 兄者は我の味方じゃろう常識的に考えて⁉︎ 兄者が欲しい花一匁はないちもんめ!」

『ん〜? 欲しいなら奪ってみなよあたしの故郷の理に習ってさ?』

「なに書いとるか分からんがそのドヤ顔が鼻に付くのじゃ‼︎ くらえい兄者ッ‼︎」

「今の流れで狙うのそれがし⁉︎」


 妹の投げた枕を受け畳の上を転がりながらダルちゃんに枕を投げ渡し、ダルちゃんの投げた枕を掴み受け放たれた枕は再びそれがしに突き刺さる。ホーミング性能おかしくね?

 

 第一回枕投げ選手権は、開催後しばらくして角を生やした御袋おふくろ殿の登場により幕を閉じた。被害は主にそれがし。枕投げ選手権ではなく枕をそれがしに投げよう選手権のような有様ではあったが、結局布団を三つ並べて床に就いたあたり、妹とダルちゃんは上手くやれると思う。


 そうダルちゃんの居候生活に安心していたのだが、次の日の朝、朝食の際に縁側の外に立つ青い髪を見て短き平穏の終わりを悟った。なんでや。

 

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