4F 我ら青組! 2

  黒板に書き連ねられた種目名の群れ。綱引き、騎馬戦、玉入れ、棒倒し、大玉転がし、借り物競走etc────。


 個人競技など徒競走ぐらいのもので、どれもこれもチームプレイ必須というボッチ絶対殺します競技ばかりが揃っている。ボッチへの殺意がもの凄いが、何よりも昼一番の応援合戦、二学年の応援団副団長にそれがしの名前が書かれているのがヤバ過ぎる。何よりせめて名前を書け、ソレガシって書いてんじゃねえぞ‼︎


「圧倒的ッ! 圧倒的大反対ッ‼︎ 正気かお主⁉︎ それがしを青組二学年の応援団副団長にする迷采配よ⁉︎ 意義を申し立てますぞ‼︎」

「あらあら? ソレガシさんたら、やる気があるのは結構ですけれど、応援団のメンバー決めは種目決めの後にしてくださいませんこと?」

「種目決めの前にもう決まっちゃってるんですけど⁉︎ 言ってる事が矛盾してますぞ⁉︎ だいたいそれがしが応援団副団長とか誰も賛成しないだろ常考‼︎」


 言ってて悲しくなってくるが、確信が持てる。事実それがしが反対するやいなや、少しばかり騒つく教室。「ソレガシはないよな?」「ソレガシはない」と口々に聞こえてくる賛同の言葉。不人気に対しての信用だけはもの凄いぞ。


 ただ「ソレガシとかなにができんの?」と言った奴前に出ろ。少なくともそれがしはお主をぶん殴る事ができる。それがしの拳の硬さを知れ。


「全く、なにを言うかと思えば……俺が知らないとでも?」


 青組二学年の意思がそれがしの副団長就任阻止の方向で動こうとする中、喧騒に差し込まれ静寂を呼ぶ男の声。前髪を弄りながらそれがしの方へと歩いて来る柚子町ゆずまち勘助かんすけ殿とやらに視線が集中する。「名将が立ったっ」とそれがしの横で団子殿が目の前に手を組みながら零す。座ってろよ名将ッ。


「どうもここ一ヶ月、度々無断欠席が続いているそうだがソレガシ、お前がダンス部として武者修行に行っていたという情報は既に掴んでいるぜ!」


 朝のHRホームルームの際に咄嗟にクララ様とついた嘘なのに広がりようの速さ半端ないなッ。ちらりと賀東ガトー殿を見れば目を逸らされ、賀東殿の瞳が向く先は団子殿。お主の所為かッ‼︎ 肩を跳ねさせながらドヤ顔すんじゃねえ‼︎


「その隣の子が武者修行で手に入れたダンスの留学生なんだろう? 俺には分かっている! ダンス部の対抗戦の噂もね。お前こそが反乱軍レジスタンスを率い勝利に導いた男だとね! 脳ある鷹は爪を隠す。この一年間よくもまあ隠し通せていたものだぜッ! それも全てこの体育祭の為だというのも俺にはお見通しだ」

「お主はまず眼科に行け」


 何も見通せてねえじゃねえかッ‼︎ 噂に尾鰭おひれつくの早えしよおッ‼︎ ダルちゃんのげっそりした顔見ろや‼︎ なんで今年の体育祭の為に爪を隠してなきゃなんねえんだよ‼︎ そこまで懸けてねえよたかが体育祭にッ‼︎ だから『そうだったのか⁉︎』みたいにゆかりん氏は両手で口を覆ってんじゃねえ‼︎ 演技下手か⁉︎


「何より俺の目下最大のライバルである葡萄原ぶどうはらがお前を認めているッ‼︎ 梅園うめぞのさんや志津栗しずくりさんまでもがなッ‼︎ 」


 それがしに突き付けられる柚子町殿の人差し指。再びざわめき出す教室。「確かにッ」や、「最近そういや仲良いらしいな」とか言ってる奴らは目を覚ませ。ギャル氏達はこの話に関係ないぞッ。


「何より応援団副団長はきっとモテるぜ? 羨ましい限りだ。俺が変わってやりたいくらいだよ。なにを隠そう俺がサッカー部に入っているのはモテるためだ」

「あっ、はい」

「モテる。それは男達の夢ッ‼︎ モテたくない男などいるものかだがしかしッ‼︎ 勝利のためには諦めなければいけないこともあるんだッ‼︎ そうだろう皆‼︎ 応援合戦に勝つためには、お前の力が必要だと俺は判断した‼︎」

「はわぁッ! 流石だよ勘助くんッ、普通言いづらいことをそんなにはっきりとッ! これはもう決まりだねッ!」

「ふっ、負けましたわ……副団長は貴方よソレガシさんっ」


 あぁこれ断れないやつだ。誰もがしょうがねえなやってやんよみたいな空気を滲ませている。柚子町殿の背後にキラキラしたエフェクトが見えるが幻覚で間違いない。それと少し訂正しろ。それがしが応援団副団長やったところでモテねえよ。モテ期とか来た事も……いや一人なんか好感度パラメーターがぶっ壊れてんのがいたわ……。


「やらいでかダーリンッ‼︎ うちのギターとダーリンの三味線があれば怖いものなどありまへんッ‼︎ 今年の応援合戦ッ、もろたっ‼︎」

「あっ、はい。もう種目決めしましょうぞ。それがし全面降伏しますので」


 多数決の暴力マジで怖い。これこそ民主主義の闇だ。それがしが白旗を振った事により、粛々と誰がどの種目に出るかスムーズに決まってゆく。取り敢えず挙手制で始めたというのに、反対意見も特には出ずに。青組のチーム力の高さが凄まじい。まぁ主に意見を取り纏めているゆかりん氏と柚子町殿のリーダー力の高さのおかげなのかもしれないが。


「ダーリンは全員参加以外の競技は棒倒しに騎馬戦? 見掛け通り好戦的やんなぁ。得意なんか?」

「見掛けってそれフェイスマスクだけ見て決めただろお主。まぁ不得意ではないですな」


 『鉄神騎士団トイ=オーダー』の見習い騎士とやった棒倒しより絶対に楽なのは間違いない。どうせやるなら得意なのに出るのが一番。種目決めも終わり、次は応援団のメンバー決めかと肩を落とせば、これまで特に声も荒げず黒板にチョークを走らせていたゆかりん氏がピタリと止まり、チョークをへし折るとポツリと零した。


「面白くありませんわね。やるからには勝利を目指してこそッ、これより簡単な力比べをして誰がどの種目に出るか最終決定しますわよ‼︎ 異論はありませんわね‼︎」

「異論しかねえですぞ。挙手させた意味よ」

「栄光を掴むには力を示せって? ふっ、言ってくれるぜ。オーケー! 力がものを言う競技は腕相撲で決めようぜ男子‼︎ 青組二学年腕相撲大会開催だ‼︎」

「それって棄権ありですかな?」


 棄権は当然却下らしく、ガタガタと机が組み替えられ、中央の空いたスペースに置かれる机が一つ。我こそはと男子達が群がる光景を茫然と眺めていると、隣のりなっち氏の椅子に柚子町殿が腰を下ろして来る。こっち来んな。そしてこっち見んな。


「まずは様子見か。ふっ、流石我がライバル葡萄原が認めた男。慎重だな。俺もまずはお前の力を見物させて貰うとするぜ」


 居心地悪くなったのでさっさと席を立ち中央に歩み寄れば、人垣が割れ道ができる。そんな避けんでもいくない? 肘を机に着けて待ち構えている男子生徒を前に身を屈めてそれがしも肘を着き手を合わせる。


 結果──────。


「マジかソレガシ九人抜きだぞ⁉︎」

「柔道部の海道ッ、ボクシング部の鳩中までくだしやがったッ⁉︎ 剣道部の井出ッ、弓道部の酒井まで軒並みッ⁉︎」

「なんでまだ冬服着てんのかと思ってたが、あの学生服の裏にいったいどんな筋肉を隠してやがるんだ⁉︎ まさかあいつッ、着痩せするタイプかッ⁉︎」

「勘助はこれを見抜いていたと言うのかッ⁉︎ 流石だぜ名将ッ‼︎」

「そうはならんやろッ」


 あれれぇ〜? 馬鹿なッ⁉︎ これは学校行事だし魔力での肉体強化してねえのにコレかよッ⁉︎ 異世界で体鍛え過ぎた? わざと負けるのは嫌だし本気出せばこれとはッ、どうやらそれがしの異世界修行は無駄にならなかったらしいッ。体育祭の為でもねえけどなッ‼︎


「流石葡萄原が認めた男だ‼︎ 俺の相手に不足はないようだな‼︎」

「名将がッ、名将が立ったッ‼︎」

「いやもう随分前から立ってましたぞ?」


 だいたい三人目に勝ったあたりで最前列で観戦してたよ。実況者みたいに一番盛り上がってたよ? 机を挟みそれがしの前で肘を着く柚子町殿にジト目を送るが、手を組んだと同時に目を細める。此奴ッ。


「気付いたか? ふっ、俺はお前が疲れるまで待っていたのさ‼︎ 途中で気付かなかったか? 運動部との相手続けて六人はなにを隠そう俺が仕組んだッ!」

「せこいなお主ッ⁉︎ どこら辺が名将⁉︎ 迷将ですぞそれじゃあ⁉︎」

「もう遅いぜッ‼︎ さぁ勝負‼︎」


 ドゴンッ!!!!


「……勝負は一瞬だった。机に叩き付けられる手の甲。片や立ち尽くし、片や勢いに負けて床に転がる。勝者は敗者を茫然と見下ろし、敗者は顔を両手で覆い天井を見上げた。そして小さく笑うのだ。ふっ、お前を新たなライバルとして認めようと、な? 俺のことは勘助と呼んでくれ‼︎ 俺が許す‼︎ ソレガシッ、おめでとう、徒競走以外の全種目ッ、お前が出ろ‼︎」

「そのモノローグ必要ないだろ常識的に考えてッ⁉︎ お主弱いな⁉︎ 俺が仕組んだとはなんだったんですかなマジで⁉︎」

「ふっ、俺はサッカー部でもキーパーだ。受け止めるのは得意でもッ、単純な力勝負には…………弱いッ‼︎」

「溜めた意味⁉︎ よくそれでドヤ顔できますな⁉︎ おいおいおいッ⁉︎ それがしだけ全種目参加とかいじめか⁉︎」

「安心しろよライバル‼︎ お前を一人には俺がさせないぜ? 俺も全種目参加する‼︎ 二人で青組を勝利に導こうぜ‼︎」

「名将とこれまで隠れていた無頼者が手を組みますか……、あらあら、見せつけてくれますわね? よくってよ‼︎ さあ次は全員外に出てくださいな‼︎ 足の速さを男女共々見せて貰うとしようじゃない‼︎」

それがしの話を聞けっつってんだろうがッ‼︎ お主ら聞く耳持たずの仏像ですかな⁉︎ 仏だって三度までは寛容に許しますぞ⁉︎」


 三度どころか一度すら聞く耳持ってくれない青組大将に引き摺られるように外にぞろぞろ。少数意見を大切にしてくれ。全員それで本当にいいのか? 目をギラギラ輝かせやがってッ‼︎ ダルちゃんだけが肩に手を置いてなぐさめて────くれてないな。笑うの我慢してるもん。口の端が震えてるもん。他人の不幸を喜ぶんじゃねえぞ。


 そんな一幕を挟み各々のタイムが出揃った結果…… それがしは戻った教室の賀東殿の机の上で白く燃え尽きた。真っ白にだ。


「では結果を踏まえた上で最終決定を、わたくし様、勘助さん、ソレガシさんは出れる競技全参加で。他でもない体育祭最終種目、男女混合リレーのメンバーはわたくし様、勘助さん、ソレガシさん、ショコラさん、団子さんで異論はありませんわね? 青組二学年に陸上部がいないのが少し痛手ですけれど、大丈夫ですわ」


 大丈夫じゃねえよッ。予想外だよ。去年は綱引きと玉入れにしかそれがし参加してないんだよ? 過労死するわ。青組一同盛大に拍手しているあたり、独裁者に反逆の意志ある者は存在しないらしい。冒険者でもこんな依頼投げられたらキレ散らかすぞ。


 ぼうっと教室に目を流せば、ゆかりん氏と勘助氏がぐっと親指立てた拳を掲げてくれ、横に座るダルちゃんもそれがしの肩を軽く叩きサムズアップしてくれる。


 やるからには本気でやるから面白い。勝ちを目指さぬ者などいない。ここでゴネたらクソダサいじゃないか。一度己が頬を叩きフェイスマスクを引き下げる。ぶっ! と何人かそれがしの頬の紋章を目に噴き出す中、それがしも親指立てた拳を掲げ返す。


 ギャル氏達が敵だが偶には良い。楽しんだ者勝ち。青組勝利の為に微力を尽くそう。


「冒険してやりますとも。我ら青組、敵の血の気を引かせてやりましょうぞ‼︎」


 続く歓声に笑みを返し掲げられる拳に拳を返す。


「では次は応援団のメンバー決めですわね。時間も押していますので、ぱっぱと決めるとしようじゃない?」

「……急に冷めましたなぁ」


 ただこのノリに付いていけるかどうかはそれがしにも分からない。取り敢えず誰でもいいから青組の取扱説明書をくれ。

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