三.五章 ヴァルハラ日和

G 学園ヘドロ

 考えろ、考えろ、頭を回せッ。


 どうしてこうなったッ⁉︎


 どれだけ考えても意味不明。異世界『エンジン』から帰って来て即日。教室に一歩踏み出した足が止まる。それがしを追い越し教室の自席へと足を進めるギャル氏、グレー氏、ずみー氏。


 隣のクラスであるクララ様の姿は既になく、ダルちゃんを校内に入れる為に転入希望の見学ですと先生方に取り敢えず預けたのがいけなかったのか。眷属の紋章を隠すフェイスマスクの位置を正しながら、廊下に掲げられたそれがし達のクラスを表す『二年B組』の標識を一度見、教室に目を戻すが何も変わらない。


 眩い朝陽に照らされた窓辺の最奥に置かれたそれがしの席。あれれぇ〜おかしいぞぉ? それがしの席のはずなのに既に誰かが座ってんだよなぁ? 新手のいじめか? それがしの席ねえのか? ギャル氏とグレー氏とずみー氏の席は変わらずあるのに?


 異世界で一ヶ月と少しばかり過ごし、元の世界換算で三日どころか一週間いなかった所為でクラスメイト達が向けてくる居心地悪い視線から逃れるようにそれがしも渋々元それがしの席へと足を寄せる。


 パンクファッションとでも言えばいいのか、ジャラジャラ鎖を垂れ下げた刺々しい改造セーラー服を纏いキャップ帽を被った女子生徒がそれがしの椅子に足を組み座っている。何より目を引くのは、少女が抱えている剥き出しのエレキギター。キャップ帽から伸びる緑色のメッシュ入った髪。もう間違いない。ギャル氏のダチコ、修羅の住人の一人で間違いないのだ。


 席の前で足を止め、一度咳払いをすれば緑のメッシュ少女は指で弦を一度弾く。二つ咳払いをすれば二度指で弦を弾く。なんだ此奴ッ。いや待てよっ、ギャル氏の仲良い五人組の一人。それがしがよく知らない二人のうちの一人が演劇部の高笑いお嬢様だとすれば残る一人は。


「あー……りなっち? んでソレガシの席に座ってんの? 隣のクラスだよねりなっち」


 ですよねー。軽音部に所属しているらしいギャル氏のダチコりなっち氏。もうすぐ朝のHRホームルームが始まりそうだというのに、見かねてギャル氏が聞いてくれるのだが、全く席を立つ気はないのか動かねぇッ。


 それがしの席に根を張ったかのように座り続けているが、下半身と上半身は別らしく、りなっち氏は指の先でキャップ帽のツバを押し上げながら顔を上げる。ピアノの付いた長い舌を覗かせながら唇を軽く舐めるりなっち氏の若干垂れた薄暗い双眸がそれがしを射抜き、ギャル氏に瞳を移すとキャップ帽を押し上げていた指先を口元へと下ろし一言。


「今ダーリンとセッション中やん。お静かに頼むぜぇベイベー」

「ダァァァァリンッ⁉︎」


 ギャル氏の叫びに耳を抑える。全然静かにする気皆無だな。ってかダーリンて誰? よし分かった。此奴はやべえ奴だ。うちの学校おかしくね? 生活指導の先生ストライキですか? ギャル氏達で諦めてるのか知らないが、それがしろくに生徒指導室に呼び出された事もないんだけど?


 よし逃げよう、と即座に決め身を翻そうとするが。静かにと口元で人差し指伸ばしていた腕が伸ばされそれがしの手を掴んできやがる。トゲトゲの付いたリストバンドが怖い。


「うちは岩梨いわなし梨菜りな。小さな頃はよくイワナちゃん言われましてなぁ? 真ん中なしで両端合わせと。そんな具合やんな。待ってましてんダーリン。ダーリンの音色こそうちが探し求めていた音や。間違いあらへん。そう、まるで前世から知っているような」

「それはりなっちが京都生まれだからっしょ⁉︎ ダーリンって、ちょッ⁉︎ 早まんなしりなっち⁉︎ 」

「レンレンたら、今うちはダーリンとお話中やん」

それがしの名前はダーリンじゃないですな定期」

「分かっとるよ、ソレガシやん?」

それがしの名前はソレガシでもねえんですけど‼︎」


 待ち人間違えてませんか? 一度子供相談室にでも相談すればいいと思う。異世界から帰って来て朝っぱらから変人の相手をしなければならない意味。もうお家に帰りたくなってきたよ? どうして学校来ちゃったかな……。異世界から帰還しての時差ぼけを理由に早退したくなってきた。


「それよりあのちょっとそれがしの席から退いてもらえますかな? HRホームルームが始まるのでクラスに戻った方が宜しいかと」

「うん、ほなセッションしよか?」

「なんでや」


 しねえよ。話聞いてます? 朝のHRホームルームが始まるって言ってるんだよ。微塵も席から立ち上がる気配もなく、アンプにも繋がっていないエレキギターの弦を指で軽く弾くりなっち氏をどうしろと言うのか。無言で立ち尽くしていると、りなっち氏は弦を弾く手を止めてそれがしの手に一枚の紙を握らせてくる。


「ようこそ軽音部へ」


 この紙入部届じゃねえかッ‼︎ なんでそうなった⁉︎ 怖ッ‼︎ なにこの子怖い⁉︎ 入るとも何も言ってないのに入部届渡してきやがった此奴ッ⁉︎ 何故それがしが入ると思った? 仲間になりたそうに見ていたか? いいやそんなはずはない。

 

 隣のギャル氏へ目を向ければ、顳顬こめかみを指で抑え唸っている。ずみー氏は苦い顔を此方に向けるだけで、グレー氏は笑ってんじゃねえぞ‼︎ おいどうにかしてくれよ誰かッ、ギャル氏のダチコやべえよ。ずみー氏やクララ様以上にそれがしにはどうしようもない。


 ギャル氏が動くより早く、時間切れをお知らせするかのように鳴るチャイムの音。おぉい、朝のHRホームルーム始まっちゃうよ? なんで異世界から帰って来てすぐに修羅の相手しなきゃいけない訳? この世界はおかしい。まだ異世界にいるんじゃね? 幻覚か?


 手を伸ばせばりなっち氏が握手してくれる。触れるわ……、幻覚じゃないわ大草原。


「それでこそうちの見込んだ男やダーリン。組んでくれはるんやね、うちとのバンドッ‼︎ 目指すはドーム‼︎ 二人で世界を目指そうやないの‼︎」

「了承の握手じゃねえですぞ。ってかいつまで座ってんだお主⁉︎ チャイムの音は全スルー⁉︎」

「ここにうちが座っている限り、ダーリンは必ずここに来るというこの天才的発想。流石やねうち。逃しませんえ?」


 怖えよこの子⁉︎ 先生もう教室に入って来てんだけど⁉︎ なんで座ってんの⁉︎ なんでそれがしは立ってんの⁉︎ ギャル氏めそれがし見捨てて席に戻りやがった⁉︎ 諦めんなよお主ッ、どうして諦めるんだそこで⁉︎ それがしがおかしいみたいじゃねえか⁉︎


 いいよもう、りなっち氏がその気ならそれがしにも考えがある。


 足を動かし教室を出る。「おはようおかえり〜」と背に掛けられるりなっち氏の言葉は全スルーし、隣の教室へ。りなっち氏はクララ様と同じ教室のはず。問題は二年A組かC組か。聞いておくんだった……。取り敢えず出た廊下から近い二年C組の扉を開ける。


 扉を開け教室を覗くそれがしに集中する視線。幾人かの生徒が背を伸ばす。悪いね先生じゃなくて。


「あらあらあらあら? 誰かと思えばわたくし様の友人達と懇意にしてらっしゃる殿方じゃなくて? ふっ、待っていましたわ。いつか来るとは思ってましてよ? レンレンさんにずみーさんにしずぽよさん、そして遂にッ、わたくし様に会いに」


 教室の扉を閉める。全員揃ってたわ。つまりりなっち氏は二年A組か。


 なんかやたら派手な改造セーラー服を纏った女子が一人急にテーブルに片足乗せて叫んでいたが知った事ではない。ので、高笑い響く二年C組から足早に離れ二年A組を目指す。


 クラスの前を通り過ぎればりなっち氏が手を振ってくれるので手を振り返し二年A組の扉を開ければ、再びそれがしに視線が集中する中、顔を痙攣ひきつらせるクララ様の隣の席だけ空いているので、速攻でその席に腰を下ろした。はいここそれがしの陣地。


「……あのさぁきみ」

「りなっち氏にそれがしの席が占領されましたぞ。最早侵略戦争ですな。奪われたなら奪い返すべし。それがし一人だけ教室の中立ってるなんてありえませんぞ」

「りなっち……遂にやったわねあの子……どうりでいないと……だいたいその席で本当にいいわけ?」


 頭を抱えながらそれがしをクララ様は指差すが、その指はそれがしを差しているにあらず、その奥、それがしを挟んでクララ様とは反対側の席を指している。指を追って顔を向ければ反対の席にそれはそれは恐ろしい般若が座っておった。


「……あっれぇ? 賀東ガトー殿って二年A組? なんと奇遇な」

「……部活の無断欠席一週間死ね」


 名前と違って吐く言葉に甘さがねえなガトーショコラ殿。そういやそれがしダンス部員だったわ。すっかり忘れてたわ。ダラダラ垂れる冷や汗が止まらない。二年B組も地獄だが、二年A組も地獄だ。ここは地獄か? 地獄しかねえぞ。


「勝ちを目指すなら本気云々言ってたよねあんた? 本気ねぇ? 本気で無断欠席頑張ったわけ? は?」


 やべえなこれ賀東殿ガンギレてるわ。どうしようもねえわこれ。それがしの所為? それがしの所為なの? クララ様は具合悪そうに席に座っているだけで何も言ってくれない。帰れと言わないあたり体のいい生贄が来たとか思ってね? 先生早く来てくれねえかな? 来てくれねえなぁ……二年A組の担任頑張ってよ。B組はもう来てたよ?


志津栗しずくりさん達と一週間もどこに消えてたわけ? 聞いたけど、なんだかあんた達ちょいちょいいなくなってるらしいけどさ? だいたいなにそのイカついマスク。カラーギャングにでもなったわけ?」

「ちょ、ちょっとショコラちゃん。食べられちゃうよっ」


 食べねえよ。フェイスマスクの魔法糸で紡がれた白い牙の紋様をカチ合わせながらため息を吐く。今賀東殿に助言してくれた女生徒顔覚えたからな。魔法都市の子供達と思考レベル一緒じゃねえか。それがしは子供むさぼる化物か?


 しかし、ダンス部二年の纏め役である賀東殿に嫌われると後が怖い。クララ様とダンス部対抗戦やった意味なくなっちまうよ。異世界の所為とか言っても通じないし、詰んだッ、とかそうはさせんぞ! ようやく教室に入って来た二年A組の担任を漠然と見つめながら腕を組む。


「ぷししッ、賀東殿よ、勿論この一週間いなかったのには理由がありますぞ」

「……なにそれ」

「驚かせようと思っていたのですけどな。GWゴールデンウィーク中ダンスの面白さに目覚めたので勢いに任せて全員で一週間ばかりダンスの武者修行を。ねぇクララ様?」


 もうそういう事にするしかねえわこれ。アドリブで言い訳を構築するしかない。クララ様に顔を向ければ、表情死んだ無表情を返される。やめてよその顔。頼むから乗ってくれよ今は。じゃないと死んじゃうよ? 色々な意味で主にそれがしが。


 まぶたせわしくまたたき救難信号を送り続ければ、クララ様は悩ましげな吐息を零し、右手で髪を掻き上げる。


「……きみね、そういうのは自分で言うものじゃないのよ、かっこつかないじゃないの。壊れた蝦蟇がま口並みに口が緩いわ。全く、おバカさんね。やれやれだわ」


 クララ様が乗ってくれた‼︎ これで勝つるッ‼︎ 窓辺のおかげでポスターの様に絵になるクララ様の演技力の高さをギャル氏にも見習って欲しい。


「なにその演技臭いの……嘘っぽ」


 全然騙せてねえわこれ。賀東殿のいぶかしんでる顔がやばい。だからってクララ様は無言で肩パンしてこないでください痛いです。やってくれたのは嬉しいが、通じなかったのはそれがしの所為じゃねえ。


「嘘っぽいけどまあいいや、どうせすぐ分かるし。ダンスの武者修行だか知らないけど、本当なら活躍できるでしょ?」

「……なににですかな?」

「いや、もうすぐ体育祭じゃん」


 あぁありましたねそんな学校行事。それがし去年はろくに参加してなかったから忘れてたわ。チーム全員参加の綱引きと玉入れにちょろっと出ただけだもん。盗賊祭りが終わったかと思えば体育祭とか、祭り続きでめでたいな。出なきゃ駄目?


「おーい、岩梨は今日休みか?」

「はーい先生、居ますぞー(裏声)」

「岩梨は休みかー」

「居るって言ってますぞー(迫真)」

「ソレガシ、後で職員室来い。えー以上でHRホームルームを終えるー」

「そうはならんやろッ‼︎」


 もっとツッコムべきところがあるだろうが‼︎ それがし空気か? 自分の教室に帰れぐらい言えとッ‼︎ だいたい教師がそれがしの事ソレガシって呼んでいいのか⁉︎ 名簿見せてみろ名簿をよぉ‼︎ 担任にりなっち氏が呼ばれたから代わりに返事したらコレだよッ‼︎


 高校二年目にして強く思う。それがし入学する高校間違えた? この学校はおかしい。間違いない。


 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る