R 情熱の残熱

『第五〇回盗賊祭り、閉幕‼︎ 歴代最短記録更新‼︎』


 新聞の小さな見出しを見つめ、テーブルの上に放る。頬に伝う汗は毎日毎日変わらぬ暑さを誇るアリムレ大陸の気温の所為ではない。アラを探すかのように、ようやく『八界新聞』の朝刊の中見つけた見出し。その小ささにこそ頭を抱える。


『謎の財団、ウトピア財団襲来‼︎』

『世界各地で魔神の眷属の紋章が消失‼︎』

『魔法都市事実上の崩壊‼︎』

『指名手配者の懸賞金最高額‼︎』


 どれのこれも飽きもせずに一面を大きく飾るのはラドフル=ヤンセンの無表情顔。次点でダルちゃんの妹の一人、己を魔神であると名乗ったラッシュ=ゴールドン。


 魔法都市の宣戦布告も、魔神の眷属達と協力して炎冠ヒートクラウンぶっ飛ばした事実も小さな事と言いたげにろくに取り上げられてもいない。目立ちたい訳でもないのである意味良かったが釈然としない。


 盗賊祭りが終わり一週間。『ウトピア財団』襲来の混乱は未だ続いているようで、スルブゥア広場も崩れた家々の復興も未だ終わっていない。


 とは言え盗賊祭りの勝者に最低限の配慮はしてくれているらしく、開放的なラハール王家の住居、ペトロペア宮殿の一室の中。それがしの横に佇む修復し終えた機械人形ゴーレム、『黒騎士タランチュラ』の鋼鉄の肌に指を這わせていれば、勢いよく部屋の扉が開いた。青い髪がそれがしの視界を彩る。


「ボーン! ソレガシお邪魔〜、なにまた新聞読んでたわけ〜? 辛気臭〜、一人で一室贅沢に使ってる癖に一週間も引き篭もりとかマジないわ」

「復興だの諸々で人手割かれて、部品は揃ったもののそれがし一人で修復せねばならず部品広げる必要があったのだから仕方ないでしょうが」

「まぁ部屋が油臭くなるのはあーしもマジ勘弁だけど、できたよソレガシ学ラン。にしてもドチャクソ世間はてんやわんや的な? ダルちぃ達も暗いし、テン上がんないわ」


 投げ渡された学ランを掴み取り、変わらず改造されている様子に呆れ半分、感心が半分。椅子から立ち上がり、着込んでいた簡素な上着を脱ぎ捨てワイシャツを羽織る。


「とは言え、大貴族達のほとんどが砂漠都市にいたのは救いでしたな。魔法都市は内紛状態。他神の眷属達がいいようにのさばってるようですからな。砂漠都市も対応に追われアリムレ大陸はしばらく混乱が続くでしょう」

「……トトちん大丈夫かな?」

「トート姫なら大丈夫でしょうよ」


 魔法都市の者達同様、魔神の眷属であったトート姫からも魔神の眷属の紋章は姿を消した。自暴自棄になっているマクセル殿と比べて静かなのが気にはなるが、トート姫がたかが眷属の紋章奪われただけで折れるとは思えない。


「あーし達にできることってさ」

「ないとは言いませんが、多くはないですな。他の方々の様子は?」

「ずみーは相変わらず絵描いてて、しずぽよはファッション雑誌の写真撮影してたけど昨日で終わりで今は部屋、グレーは散歩だって、もうすぐ帰って来んじゃね?」


 そしてギャル氏は朝の『炎神戦盗団アバンチュール』との訓練を終えた後か。訓練後シャワーでも浴びて来たのか、薄っすらと濡れた後の見えるギャル氏の青い髪を僅かに横目で見つめつつ、学ランの上着を羽織る。


 スルブゥア広場の戦闘の中で、結局ダキニ殿とは決着付かず、ブラン殿が地に倒れたと同時に、勝機はないと撤退したらしい。多対一はウェルカムでも、多勢に無勢はノーサンキューとは、したたかな武人だ。ギャル氏と遊ぶだけ遊んで帰りやがった。おかげでギャル氏の空手魂に少しばかり火が点いてしまったらしい。


 その蹴りを一番受ける可能性高いそれがしとしては、ありがた迷惑な話である。


「ねぇソレガシさ、今日じゃん? 炎神に会いに行くの。そのさ」


 どこかまごまごともどかしく口を動かすギャル氏を一瞥し、学ランのズボンを手に手でギャル氏の視線を払えば、慌てギャル氏は背を向けてくれるのでズボンを着替える。お世話になった都市の人々の力になりたい気持ちも分かるが、この騒動はそれがし達の領分を少しばかり脱している。瓦礫の撤去などならいいが。


「これ以上関わるならいささか踏み込み過ぎですな。アリムレ大陸の問題もそうですが、既に神の火を手に各々の王都に戻った騎士達もウトピア財団への対策に回っているはず。それがし達とは組織の規模がそもそも異なる。それがし達は冒険者であって軍人でも役人でもないですぞ」

「分かってるけどさ……」

「それに既にアリムレ大陸に来てから一ヶ月を過ぎている。元の世界では一週間経っているかいないか、これ以上居座り手を貸すとなると、一度手を出した以上、と何ヶ月いることになるかも分かりますまい。魔神の眷属は世界中の都市にいたのですしな。ギャル氏、自分達のスタンスは明確にした方がいいですぞ。ギャル氏達はこの世界に骨を埋めたいわけではないでしょう?」

「そうだけど……そうだけどさッ」


 唸るギャル氏に肩を落とし、親指の爪を噛む。


 ギャル氏の言い分も分かる。損得感情抜きに友人に手を貸したくはあるが、それではそれがし達の方針がブレる。それがし達は冒険者であってそれ以上ではない。騎士称号など与えられているが、それでも冒険者。厳しいようだが、元の世界に帰る事を前提に考えるとなると、冒険者の枠組みを越えた動きは難しい。


 加えてギャル氏達の為にはならない。ギャル氏達を元の世界に返す為に全力を尽くすと決めた以上、それがしが考えをブラす訳にはいかない。必要とされ、依頼を受けて冒険者は初めて動ける。決してボランティアではない。何より混乱しているのは、魔法都市を除けば各都市の上層部や魔法機関。それこそ専門家に頼めという話だ。


 ウロウロとギャル氏は少しの間部屋の中を歩き回り、意を決したように肩を大きく下に落とした。顔に掛かったサイドポニーを手で払い、黄色っぽい瞳をそれがしに向ける。


「おけまる、分かった、ソレガシが正しいし。出席日数もヤバたんだし、これ以上は確かに我儘。でもさ……なんて言うか、もう少し上手くできなかったのかなって……」

「それはそれがしの所為なので存分に恨んでくれていいですぞ。考え至らずだったそれがしの所為」


 ギャル氏に即答し、軽く手を握り締める。城塞都市にやって来た侵入者の一団が関わっているだろう予想は立てていた。


 ただそれが想像以上だった。


 魔法都市の動向に強く目を向けた結果、そちら側に手を回せなかったそれがしの落ち度。キレスタール王に魔法都市もどうにかすると言っておきながら蓋を開ければコレだ。


「別にソレガシの所為じゃないでしょ、寧ろソレガシにばっか頭回して貰ってんし……」

「やると言った以上はそれがしの責任。それがしの所為で結構」

「いや……寧ろあーしなんもやってねえしさ……」

「ギャル氏はそれでも構いませんぞ。それがしは」

「よくないッ‼︎」


 ドタドタとギャル氏に詰め寄られ、思わず背にしていたベッドに上に腰を落とす。それがしの顔を覗き込んでくるギャル氏の潤んだ瞳に目を見開けば、ギャル氏がそれがしを押し倒しマウントポジション取って来やがる。なにこれ怖いッ。ぶたれんの?


「そやって全部ソレガシに任せてソレガシの所為になんかしたくないし! よくねえの!あーしだって、頭悪いけど色々考えてんだよ? 馬鹿は馬鹿なりに考えて上手くいかねえけどなんとかしたいの‼︎ トプロプリスでもッ、ナプダヴィでもッ、ソレガシにばっか頼ってあーしドチャクソダサイじゃん……ッ。もう少し頼ってよ。ソレガシのこと、別にもう嫌いじゃないし……。頼ってくれても怒らねえし……。あーしらまださ……あーしら二人……」

「……いいコンビですからな。変わりませんとも」


 うつむくギャル氏から顔を背けて外の景色に目を向ける。きっとそれがしには顔を見られたくないだろうから。頼ってくれと、ギャル氏はそう言ってくれるが、もう十分頼っている。それがしになかったものを貰っている。


 今のそれがしがいるのはギャル氏のおかげ。恐怖を前に逃げずに済むのは、ダサい姿を見せたくない者が近くにいるから。


「ギャル氏に頼られるの嫌じゃありませんぞそれがし。まぁ多少ボヤキはしますけどなぁ。ギャル氏は頼ってと言いますが十分にそれがしは」

「もっと頼ってくれていいから……」

「いや、でも」

「でもじゃなくていいったらいいの!こっち向けし!」

「痛った⁉︎」


 頭を掴まれ強引にギャル氏の方へと顔を向けさせられる。見させたくはないだろう目尻の滴が朝陽を受け輝いている。言葉に詰まり息も詰まるそれがしに顔を寄せるギャル氏の瞳から逃げられない。


「あーしももう迷わねえから! あーしの力が必要なら使う!ソレガシが十冠目指すならあーしも目指すし! だからもうあの戦い方はやめてよ。次やったらガンギレるからっ。ダルちぃが言ってたから、ショック死するかもしれなかったし、窒息死するかもしれなかったし、運が良かっただけで即死してたかも」

「……それぐらいにしてくださいません?」


 思い出しただけでSAN値が減るッ。痛いのなんのって、目の前にいた炎冠ヒートクラウンぶっ飛ばす目標がなかったらとっくに折れてる。


 一週間経った今でも、時たま指先が溶け炭化する夢を見る。


 殴り合いにブラン殿が乗ってくれたからよかったものの、大きく距離取られ深度二〇クラスの眷属魔法でも浴びせられたらマジで死ねた。悪夢を見たくないから機械人形ゴーレムの修復に没頭したかったというのも少々あった。


 それがしだって二度と御免だ。もうやらん。ラドフル殿がコストに見合わない的な事を言っていたが、癪ではあるが禿同。あんな事やってたら命が幾つあっても足りない。裏技も裏技。そもそも機械人形ゴーレム使えない時点で戦闘力がクッソ落ちる。頼まれてもやりたくない。


「じゃ約束して。もうやらないって、ヤバみパないのとやる時はあーしも絶対一緒にやるから……。あーしも次からもっと考えるから……。あーしとソレガシでソロ活はなしって言ったじゃん」

「冒険者の時は、そうでしたな」

「冒険者の時限定だったっけ?」


 そうだよ。ふわふわした記憶で慰めてくれるな。全くそんなギャル氏だから期待に応えたくなる。頼っていいと言ってくれる度に、それがしがもっと頑張らなければと思ってしまう。どれだけ頑張ればギャル氏の隣に立てるのか分からない。


 首を傾げるギャル氏に笑い上半身を起こせば、後ろ向きにギャル氏が倒れそうになり、手を伸ばして背中を支える。それがしに跨るギャル氏の熱に目を丸くして。


「ギャル氏は、思ったより軽いのですな」

「なッ、デリカシー皆無なわけ⁉︎」

「いや、最初昇降機エレベーターで落ちた時に乗られた時はもっと重かった気が」

「あーし別に体重変わってねえんだけど⁉︎ ちょびっと増えたかも知んないけどそれは筋肉‼︎」

「それは草」


 これ以上筋肉増強されたら蹴られた時それがし死んじゃうよ。身体能力強化最上クラスの武神の眷属なのに筋肉でこれ以上武装するとか。そもそも十冠目指すなどとギャル氏は言っていたが、武神の眷属筆頭は既に十冠の序列三位にいるのだが、勝つ気なの? 鬼畜ゲーを自ら選ぶかの如し度胸よ。


「ソレガシが多少筋肉付いたからってだけっしょそれ! あーしは元々軽いの! ふわっふわ! 林檎三個分ぐらいだから! ハローでキティな」

「お主はどこのマスコットですかな? やめれッ。それに少なくともふわふわではない定期。腹筋割れてるふわふわはないだろ常考。せいぜい破れずの不破不破ふわふわがいいとこですぞ」

「はぁぁぁぁッ⁉︎ マジないわウッザッ! 寧ろソレガシもっと鍛えろっつーの! あーしよりだらしない体とかもう人じゃねえからそれ! 腹筋ぐらい割れしパックリ!」

「パックリ割れたらそれ傷開いてるだけじゃね? だいたいギャル氏の言い分だと日本人の半分以上人じゃない計算になると思うのですが? それにそれがし既に腹筋割れてますからな乙。異世界に来てからどんだけ肉体労働してると思ってんですかな?」


 元の世界では高校二年目が始まり一ヶ月程が経とうという間に、都市エトでは『塔』の整備を続け、城塞都市トプロプリスでは騎士見習い達と師匠ギルドマスター達にもまれ、アリムレ大陸では砂漠横断修行の旅といった具合の有様。


 もう肉体労働以外がしたいわ。働き過ぎだわ。休暇をください。


 これまでを振り返っても仕事か修行しかしていない今はこれでいいのか? いや、よくない。異世界に来てんのに毎度殺伐とし過ぎな件について。観光させろせめて。それがしアリムレ大陸で蛇蠍スカベンジャーの肉ばっか食べてるわ。今日の朝食さえ機械人形ゴーレムの整備しながら蛇蠍スカベンジャーの干し肉を食っていた。


 ……あれ? それがしの所為じゃね?


「兎に角そんなわけでッ、それがしに贅肉など存在しないのですぞ!いつの間にか体育系に片足突っ込んじまったよ!」

「嘘おっつー! なら見せてみ? 証拠出されるまで信じねえし!」

「いや今さっきもそれがしの着替え見てたろお主⁉︎ その目は飾りですかな? あぁ……やはりカラコンの所為で目が腐って」

「カッチーンッ! 脱がねえから脱がしてやんよ‼︎ あーしの下着ばっか見てんしおあいこじゃんね‼︎」

「え? あれ見せてんじゃないの?」


 スカートでハイキック連発するギャル氏が悪いとそれがしは思います。だって見るでしょ普通。目の前でだぜ? 神秘のベールがひらひらしてるどころか舞い上がってんのに見ない訳ないだろ常識的に考えて。


「だから見せてもいねえそれがしのワイシャツを引っ張っんじゃねえッ‼︎ へそちらする気もねえんですぞそれがしは‼︎ ギャル氏の変態‼︎ エッチ‼︎ いやぁぁぁぁ痴漢よぉッ⁉︎」

「ドチャクソウザみパないんだけど⁉︎ 男が恥ずかしがってんじゃねえ‼︎ 変態じゃねえから‼︎ 変態はソレガシだから‼︎ 裸の一つや二つ減るもんじゃなし‼︎」

「妖怪腹筋見せろかお主は⁉︎ 筋肉フェチ⁉︎ ギャル氏の趣向とか知りたくないですぞ別に⁉︎」

「別にあーしは腹筋フェチとかじゃ「レンレンさぁ、そろそろ時間らしいよ、ってなにやってんのきみ達」……ッ⁉︎ オラァァァッ‼︎」

「ファァァァァアアッ⁉︎」


 ベッドの浮き沈む反動を利用し舞い上がったギャル氏の回し蹴りがそれがしの側頭部を蹴り弾く。ぐるぐる回る視界の中心で、扉の取手を握ったまま呆れた顔浮かべるクララ様。なんたる理不尽ッ。絶対にそれがし悪くないわ。誰か通報してくれッ、痴女で暴漢の数え役満ギャルがここにいるッ。


「しししししずぽよぉ〜様ぁ? ど、どうしちゃったし一体? なんかソレガシに用?」

「いや……レンレンがどうしたってゆうか、レンレンがソレガシのとこ行ってるってずみーに聞いたから呼びに来たの。炎神に今日会いに行くんでしょ? んで、あぁー、なにしてたの?」

「なにってッ、別に〜? ソレガシお疲れでマッサージ的な?」

「……ソレガシゴミ屑みたいに伸びてるけど?生きるのに疲れたみたいになってるけど? 震えた指先でレンレンのこと指してるんだけど?」

「気のせいじゃね?」


 気のせいじゃねえよ‼︎ クララ様犯人は此奴です‼︎ それがしの事問答無用で蹴ってくれました‼︎ 手加減してくれてるっぽいとはいえ、頭蹴るのをマッサージとは言わねえんだよ‼︎ バグってる年代物のテレビじゃねえんだぞ⁉︎


 床を這いずるギャル氏の足を掴めば、服に襟の後ろを掴まれ引き立たせられる。それがしは拾って来た捨て犬か?特典と魔力による身体能力があるとしても、この筋力で体重林檎三個分は嘘乙。ダンベル三個分とかの間違いだろ。


「準備できてるなら行きましょ。もう見送りの人達集まってるらしいし?」

「りょ‼︎ もう行こすぐ行こマッハでゴー! ほらほらソレガシもマッハでゴー! バイブス上げちゃって!」


 上がらねえよ、現状でどう上げればいいか教えてくれ逆に。


 服を引っ張ってくるギャル氏にジトった目を差し向ければ、「ごめんごめん」口遊みギャル氏が合わせた手を擦り合わせる。悪いと思ってるのにやる勇気。もう慣れたとばかりに手を挙げギャル氏に応え、『停止デッド』と口にして機械人形ゴーレムから戻った触媒レンチと三味線に入ったケースを手に部屋から出る。


 石の円柱並ぶ開放的な廊下へと出れば、ずみー氏とグレー氏が待ってくれていたので、二人に軽く拳を突き合わせ朝の挨拶。それ以外に人影がいないのを確認して、聖堂に五人で向かう為動く。魔法都市の問題に今尚追われているからか、ペトロペア宮殿の中は人の気配少ない。


 廊下を吹き抜ける砂粒混じりの風を追うように宮殿の外に足を伸ばし、『塔』を挟み反対側に建つ聖堂に近付けば入り口に立っている幾らかの人影が出迎えてくれる。


 ダルちゃん、マロニー殿、トート姫、それにキレスタール王。


 この状況下で四人も見送りに来てくれる事に感謝だ。ヒラール王は当然大忙し、チャロ姫君もブル氏も急遽トプロプリスに帰還した。どちらが炎冠ヒートクラウンから笛を奪うかの賭けに勝ち、チャロ姫君の目の前でそれがしの借金書き綴られた紙を破り捨てられたのは爽快だった。


「見送り悪いですなぁ、ジャギン先輩達を逆に見送れたのはよかったですが。トート姫にキレスタール王には申し訳ないですがな」

「気にしない気にしない。奪われる方が悪だからねぇ? それにボクはただじゃ転ばないわよ。奪われたなら次に奪うのはボクの番だもの」

「うむ、気にするでない! 黒騎士殿は約束を守ってくれたからな! 魔神の眷属の力を失っても魔法が消えたわけではないのだし。寧ろ魔法使い族マジシャンの意地の見せどころだ‼︎ 攻め入ったのにも関わらずナプダヴィは魔法都市の難民を受け入れてくれる。これまでを見つめ直すにはいい機会じゃきっと」

「それに悪いわね。本当ならこうババーンっと盛大に式典開いたりしたかったんだけどこんなんなっちゃって」


 肩をすくめるトート姫に肩をすくめ返し、友人ばかりの景色を見回す。盛大な式典などよりも、それがしとしてはこのくらいの方がいいので十分だ。それがしと違い少しばかり残念そうな表情を浮かべるギャル氏達を見ると、トート姫はわざとらしく咳払いを一つ。


「ただボクからヒラール王家の者として貴方達に授けるものが」

「……要りませんぞ別に」

「貴方達にヒラール王家から騎士称号を」

「要りませんぞ別にぃ⁉︎」

「授けちゃうわよ! ソレガシには更に勲章まで! ナプダヴィの歴史に名が残るわよ! やったわね!」


 要らねえつってんだろ‼︎ 城塞都市トプロプリスからも騎士称号貰って、砂漠都市ナプダヴィからも騎士称号貰うってなんだよ‼︎ 二つの王都に騎士として居座るとか最低の蝙蝠こうもり野郎的なレッテル貼られる未来が見えるッ。勲章とかもっと要らねえッ‼︎ だから押し付けてくんじゃねえ‼︎ チャロ姫と張り合いたいだけじゃねえだろうな‼︎


「めでたいな! 魔法都市が無事であれば余からも」

「要らねえんですぞそんなに⁉︎ だいたい歴史に名が残るってソレガシで残んの⁉︎ それがしの名前はソレガシじゃねえッ‼︎ そんな村人Aみたいな名前残されたら後世の誰かに笑われるわ‼︎ 草不可避ですぞ‼︎ 歴史がそれがしむしばんできやがる⁉︎」

「黒騎士殿の名はソレガシ殿ではないとな⁉︎ それはいけない! 余に教えよ! 余の名も一緒に教えてやるぞ! キレスタール王などとうやうやしく呼ばずともよいぞ友よ‼︎」


 良い意味でも悪い意味でも素直過ぎるんだよキレスタール王。野心薄いしたたかな腹心がキレスタール王には必要だと思うよそれがしは。そこらに落ちている木の棒で砂の散る石畳の上に名を描き口にし教えれば、元気良くキレスタール王、もとい、ポポロ=キレスタールは頷いてくれる。


炎冠ヒートクラウンと名前が似ておる! 覚えたぞ‼︎」

「えぇポポロ殿、それがしもようやくちゃんと名を」

「これからもよろしくなソレガシ!」

「嘘だろポポロッ」


 結局ソレガシじゃねえかッ‼︎ 名前書いてまで教えた意味ねえじゃねえかッ‼︎


「ソレガシの方が言いやすくて……」と指先をくっ付け縮こまるポポロ殿の姿に、それがしが間違っているような気がしてくる。それがしにはショタ属性などないのだがッ。クッソ勝てねえッ、勝てねえよ……ッ。可愛いは正義。性別さえ凌駕する正義の前ではそれがしなど無力ッ。


 トート姫やダルちゃんまで、それがしの名前聞こえていただろうに「ソレガシソレガシ」呼ぶんじゃねえッ。ギャル氏達もいいんだよ乗らなくてッ。それ名無しの権兵衛って呼んでるのと変わらねえからな? ポポロには怒らなくてもお主達には怒るぞ。


「はぁ……もう諦めますぞ。ダルちゃん、マロニー殿、お二人の並ぶ姿を見れたからよしとしましょうか。どうでしたかなダルちゃん、初めての冒険は?」

「めんどくさかった」


 おいッ、言うと思ったけどマジで言いやがったッ。


 にへらと笑うダルちゃんに肩を落とせば、「でも超絶」と言葉が続けられる。


「楽しかったさ。遠慮なく魔法使えてね。ソレガシと一緒にぐるぐる空飛ぶのも、戦うのは怠いけど、ソレガシ達となら悪くないかな? ただソレガシ、超絶もうアレやっちゃダメだからね? 次やったらあたしも怒るよ超絶」

「そんなに?」


 それがしだってやりたくはないが、そんなに見た目酷かった? 痛みと熱に耐えるばかりで、外からどう見えていたのかそれがしには分からん。周囲を見回せば深く頷く友人達。ギャル氏にも釘を刺されダルちゃんにまで釘を刺されるとか、それがしの信用なさ過ぎッ。


「同志、あちきも流石にアレはドン引いたぜ〜? 描きたくもねえ。灼熱地獄に落ちた罪人見てる気分だったしね。皮膚ドロドロに溶け落ちて」

「ちょっとずみーやめなさいよ思い出すでしょ⁉︎ ベラなんて吐いてたんだから! 私だって吐きそうに……ヤバイ、思い出したら気分が」

「ぞっとしたとか以前にホラー映画の怪物リアルで見た感じだったぞ? おかげで貴族達も動きを止めてたぐらいエゲツなかったな。子供は泣くぞアレ」

「ただただきもい。炎の蛇に突っ込んだ後とか人の形してなかったし、あの橙頭も吐いてたからね? グロみパな過ぎてりーむーアンダーグラウンドって感じ」


 どんな感じだそれは。ボコボコ過ぎるだろ感想が。終いにはそれがし泣くぞ? だいたい何人吐いてんだよッ。その時は気にする余裕もなかったけども、通りでベルベラフ殿もダキニ殿も静かだった訳だわ‼︎ 嫌なら見るな‼︎


「んんッ、ですがそれも全てお嬢様の為でございましょう? いくら感謝の言葉を述べようと足りませんが、これだけは今一度ッ。お嬢様の御友人になっていただけて本当に嬉しく思います。ありがとうございましたッ」

「……別にそれがし達は友人達と冒険しただけですしおすし。それに対しての感謝は要りませんぞ」

「ダチコになるのにありがとうは要らないもんね。ダルちぃもマロにゃんもお疲れ様!」


 ぐっとサムズアップしたギャル氏に続き、それがしもずみー氏もクララ様もグレー氏も親指を立てた拳を突き付ける。冒険は終わらない。情熱に終わりはない。これからも、この先も終わらない道が続いている。その道をより多くの友人達と歩く事ができたなら、それは最高というものだろう。


 いつまでも頭を下げているマロニー殿の姿に気恥ずかしく、別れの挨拶も終え足早に聖堂の中に向けて歩く。待っていた炎神の巫女が、ナプダヴィの地下にいるらしい炎神へと続く昇降機エレベーターを開けてくれる。鉄の箱の中に入り振り返れば、手を振ってくれる三つの影が……三つの……


「ダルちゃんなんで付いて来てんですかな⁉︎ さりげなさ過ぎて気付かんかった⁉︎」

「マジじゃん⁉︎ ちょちょダルちぃ⁉︎ 待って待って一人降りるから⁉︎」

「いやダメだってさ。一応これ名目は盗賊祭りの賞品の神の火貰いに行くだしね。あたし貰えなきゃ進級できないしさ、何度も神の前で昇降機エレベーター上げたり下げたり失礼だって」

「いやいやいやいやッ⁉︎ 進級できないどころか下手したら異世界に進級しちまいますぞ⁉︎」

「でもそれってさ、あたしいても有効なわけ? 普通に炎神の前に行けるんじゃない?」


 そんな実験みたいに乗り込まれてもッ⁉︎ それならそれでようやく神に御目通りでき色々質問できるかもしれず嬉しくはあるが、そうでなかった場合がヤバイッ。なんでダルちゃんそんなドヤ顔なの? 何も言わずに初めから乗り込む気満々だった訳?


「あっ」っとずみー氏の声に合わせて閉まる昇降機エレベーターの扉。炎神の巫女殿ギャル氏が一人降りるって言ってんのに問答無用で何も言わず閉めやがったッ。神も巫女も人の話聞かねえなッ‼︎


「大丈夫さ。マロニーには一応もしかしたらって話してるしね。それに$Be瀉aZe#lip:iま¥fyi €~たLemuria£*dm三rv」

「ちょっとダルちゃん⁉︎ なんか言葉がバグってきてるってか異世界言語になってるんですけれど⁉︎ ヤバイ奴ですぞこれ⁉︎ タイム⁉︎ 炎神グラッコ様タイム⁉︎ 非常停止ボタン押せ定期‼︎」

「いや異世界の昇降機エレベーターのボタン多過ぎて分かんないんだけど⁉︎ きみの専門分野でしょこれ! 自分でやりなよ‼︎」

「いやぁ、はっはっは、それがしも分からんですな‼︎」

「お前それでも機械神の眷属かよ⁉︎ なら俺達に分かるわけねぇッ‼︎」


 本当にね。だって蒸気式昇降機エレベーターあるのって『塔』か聖堂かお偉い人達の家屋とかがほとんどだし、『塔』の昇降機エレベーターって観光客用で整備員ウィンチ使うから関係ないし。


 階を示すボタンと開閉ボタンは見れば分かる。ただ緊急停止ボタンが分からん。いっぱいあんだよなんか無駄に。特に『塔』と違って聖堂のは。


 クソ仕様過ぎる。だいたい神に続く昇降機エレベーターって誰が作ってんの? 機械神の眷属に専門業者でもいんの?


 取り敢えず押さねば始まらないと思い、適当にボタンを押すと同時に昇降機エレベーターが止まる。やったか? ずみー氏やグレー氏と顔を見合わせ、ダルちゃんへと振り向けば、口を開いてくれるが、なんて言ってるか分かんねえんだなコレがッ‼︎


 扉が開く音が続き、昇降機エレベーターの中に射し込む陽の光。外へと顔を恐る恐る出し、周囲を確認してゆっくり顔を引き戻す。


「どだったソレガシ?」


 聞いてくるギャル氏に無言で頷き、親指で外を指し示せば、ギャル氏も外に顔を伸ばして周囲を見回すとゆっくり顔を引き戻し頷いた。


「おい、どうだったんだよ?」


 聞いてくるグレー氏にギャル氏と共に無言で頷き、揃って親指で外を指し示せば、グレー氏も外に顔を伸ばして周囲を見回すとゆっくり顔を引き戻し頷いた。


「同志達どうだったんだぜ〜?」


 聞いてくるずみー氏にギャル氏とグレー氏と共に無言で頷き、揃って親指で外を指し示せば、ずみー氏も外に顔を伸ばして周囲を見回すとゆっくり顔を引き戻し頷いた。


「いや、覗かなくても普通に見えてるでしょ」


 聞いてくるクララ様の言葉に四つの顔が無言で頷き、一斉に膝を崩す。開いた扉の外に広がる見慣れた景色。砂の大海の姿はなく、涼しげな風が肌の上を這い回る。帰って来ちゃったよ。ダルちゃんもいるのにッ。

 

「あー……とりま学校行く?」

「お主マジか」


 そうはならんやろッ。ダルちゃん連れて学校行けるか? どうするべきかと頭を回すより早く、昇降機エレベーターの中で座り込むそれがし達を跨ぎ越してダルちゃんが外へと一歩踏み出す。


「abeamus、 譏?剄讖溘?荳崎憶驕エレベータヤンキース


 なんて言ってるかさっぱりだが、ダルちゃんがそれがし達を呼んだのは分かった。逆異世界転移かましてくれた癖に、途方にも暮れず、楽しそうに柔らかな笑みを浮かべるダルちゃんに惹かれるように昇降機エレベーターから足を出す。


 ギャル氏達と目配せして口角を上げ、学校に向けて歩き出す。ダルちゃんにとってはコレも終わらぬ冒険の続き。その新たに挑む情熱に釣り合って見せよう。抱く情熱に場所は関係ないのだから。

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