45F ウトピア財団

「俺は『ウトピア財団』の一人、ラドフル=ヤンセン。一応は代表だ。別になんら特別な権限もないんだけどね。うん。勝手に押し付けられたんだ。酷いだろう? うん、で、俺達は探求を続ける者を歓迎する。見たところ同じ人族だね? 魔法使い族マジシャンとの違いは魔力を目に凝らし見れば分かるよ。魔力を生成する器官があるから、紋章からではなく体の内側から魔力反応を感じるからね。うん」


 ウトピア財団を名乗る男、ラドフル=ヤンセンは聞いてもいない事をベラベラと並べ、雑然とした黒髪を振って空を見上げながら顎を撫でる。戦闘が止まったとはいえ、瓦礫に塗れたスルブゥア広場の中で周囲を目にも入れずに佇む男。


 危機感が薄いのか、それとも周囲を気にしなくていい程の確固たる力を持っているからか。疲労困憊でも炎冠ヒートクラウンがいるにも関わらず。ブラン殿を一瞥すれば、笑みを消し目を細めている。


「アンタ急にやって来てソレガシの腕────ッ⁉︎」

「ギャル氏‼︎」


 ラドフル殿に詰め寄ろうとするギャル氏に寄り掛かるように慌て立ち押し止める。売られた喧嘩は買うべしでも、勝てぬ喧嘩はするべきではない。呼吸を整え、ギャル氏から離れなんとか一人で立つ。見つめる先でヤンセン殿の顔がそれがしに向く。


「で? どうだい?」


 差し伸ばされるラドフル殿の手のひらを見、顔を上げて微笑んでもいないラドフル殿と見比べる。眷属の紋章刻まれた瞳から溢れ出る無関心の色。威圧感も何もない。特別この男はそれがしを引き込もうとは思っていないと聞かずとも分かる。ただなんとなく。それぐらいの気軽い誘い。


 ラドフル殿の手を取らずに立っていれば、「残念」とまるで残念そうな気配も見せずにラドフル殿は腕を引いた。


「ラドフル殿よ……ウトピアとは探求都市の? 実験で」

「あぁうん、実験で吹き飛んだね。失敗失敗、次は上手くやるよ。新しい穴を開けようと思ったんだけど駄目だったね。うん。神が邪魔してきた所為で、強力な磁場で都市が収縮吹っ飛んじゃって。うん。ちょっと面白かった」

「……なぜそんな実験を?」

「できると思ったから試した。あんたもそうだろう?」


 黒々とした双眸に顔を覗き込まれ、額から汗が一滴伝う。同族嫌悪と言うべきか、不可能に挑む瞳に刻まれた菱形を重ね合わせたような紋章の数が多過ぎて、深度幾つかも分からない。紋様を囲う線が円形ではなく菱形なのを見るに、少なくとも深度二〇以上。その紋章の所為でラドフル殿の瞳は爬虫類のようにも見える。


 ラドフル殿はそれがしから顔を遠去けると、身を翻し再び顎を摩りながらベラベラ頷き言葉を紡ぐ。


「あぁうん、炎神は殺れなかったがまぁいいよ。うん。別に何の神でもよかったし、神を殺す方法も一つじゃないし。神と周波数の近い巫女を調律し共振現象で殺す方法はまたいつか試すよ。だから別のを。神は眷属に力を分け与えている以上、常に眷属は神と繋がっている。ではだよ? 特定の眷属に神の力を吸い上げさせ続ければどうなると思う? 気になるよね? 俺は気になる」

「お主何をッ」

「ちなみにこの実験三八回失敗して試した眷属は木っ端微塵に弾け飛んだ。運なのか、資質なのか未だ法則が不明でね。準備も大変だしコストに見合わないからそろそろ辞めたいんだけど、うん。今回は悪くなさそうだ」


 ラドフル殿が見つめる先、対岸に並ぶ『魔導騎士団ミステリーサークル』達がラドフル殿の頷きに合わせて風にそよぐ稲穂のように地に崩れる。目を見開けば、窪みの内側から溢れた絶叫。マクセル殿の叫び声。


「私のッ、魔神の紋章がッ、嘘嘘嘘嘘嘘ッ、消え、たッ? ないないないッ、なぜないの⁉︎」

「三九回目で成功か。うーん、やはりコスト面がね、うん、悪い」

「貴様ッ、貴様がァァァァッ!!!!」

「八つ当たりは困る。俺達は別にどうだっていい、寧ろ成功を祝ってくれたまえ。ようやくの成功だ。あんたらの同胞を祝福してやれよ。俺達はまた一つ進歩した。前か後ろにかは分からないがな、うん」


 パチパチパチ、と無表情で手を叩き合わせるラドフル殿に合わせて増える拍手の音が一つ。『魔導騎士団ミステリーサークルの援軍が乗って来た物なのか、空飛ぶ魔法の絨毯が一つ降りて来る。その上で長い赤毛を風に揺らす少女が一人。見慣れた赤毛の姿に眉をひそめれば、対岸からダルちゃんの声が飛んで来る。


「ラッシュッ⁉︎」

「あ〜? お姉様じゃん。へー、マロニーの枷外させたんだ」

「あんた何やってるのさ⁉︎ いないかと思えば、留守番してたんじゃッ」

「うんにゃ、だってぇ、魔神の眷属最高! 魔法使い万歳‼︎ なんかで満足してる都市で留守番なんて、完全くだらなーい。お姉様もそう思うでしょ? 個人の才能以上に眷属を重んじるなんて、完全、ないって。だからお間抜けさん達からお土産を貰ったの。魔神の眷属? うんにゃ、私こそが魔神だよ。お姉様、私は世界を見に行くわ。お姉様も来る?」


 魔法の絨毯の上で寝転がりニヤけるラッシュ=ゴールドンの横に、軽く地を蹴り跳び上がったラドフル=ヤンセンが降り立つ。顔を歪めてダルちゃんは横に首を小さく振り、ラッシュ殿は残念そうに唇を尖らせる。


「残念ラドフル様、お姉様の勧誘完全失敗」

「気にするな俺も失敗したしね、うん。機械神の眷属のあんた。『ウトピア財団』はいつでもあんたは歓迎しよう。不可能に挑み探り求める者達が待っているぞ? うん、人間性は当てにしない方がいいだろうがね。では諸君、俺達は失礼するよ」


 ゆっくりと空に上って行く魔法の絨毯を見上げ、腰を落とす。機械人形ゴーレムがなければ届く武装も何もない。それがしの横でブラン殿も身を起こし吐くはため息。


 その冷めざめとした吐息に混じる熱気に思わず目を向ける。


「上手いこと掠め取られたようだ、奴らの実験場代わりとは俺様達も低く見られたもんだぜ」

「んじゃ喧嘩買うのがルールでしょゲーハー! なにソレガシと一緒に座ってんし‼︎ んで誰も動かないわけ⁉︎」

「無茶言いなさるなギャル氏。常に魔法都市に潜んでいたらしく、現状全て分かっていて一人顔を出すなどと、帰ってくれるなら帰ってくれた方がいいですな」


 考えられるのは、一人で全員相手にしても負けない自信があるからか、盛大なブラフ。だが、魔神の力を吸い上げたらしい姿なかったダルちゃんの姉妹の一人がいる以上、ブラフの線はほぼ消える。情報がなさ過ぎる。今追ったところで、必敗は当然。伏兵が控えているかも、相手の戦力全て不明。ブラン殿は疲労困憊。ブル氏もブラン殿とやり合った後。


 戦力が低い訳でもないが、残念ながら足りない物が多過ぎる。それが分かっているからこそ誰も動かない。その情報を手に先を考えた方が今はいい。無駄に戦力を消費する必要は皆無。寧ろ戦力を失うのが怖い。


 静寂蔓延はびこるスルブゥア広場に吹く風が砂を巻き上げ、砂の鳴る音のみが都市を包む。立ち上がらず座り続けるそれがしの横にギャル氏も腰を下ろし一言。


「行ってみたいの『ウトピア財団』? ソレガシとなんか似てたしねあの陰キャ」

「どこが⁉︎ 完璧に顔外国人のそれでしたぞ⁉︎」

「それな!」


 適当言ってんじゃねえ‼︎ それなじゃねえんだよ‼︎ 異世界原産の人族見れたっぽいのに反応が薄い‼︎ 一難去ってまた一難だよ‼︎ なんだあのスカした野郎は‼︎ イケメンは敵だイケメンは敵‼︎


  背後に寝転がり大きく深い吐息を絞り出す。


「それに別に行きたくないですぞ…… それがしの事あんたとしか呼ばない奴と一緒にいても楽しくなさそうですしおすし。それがしの名前が呼ばれる日はいつになるやら」

「ソレガシって呼んでんじゃん」

「それそれがしの名前じゃない定期」


 ラッシュ=ゴールドン以外魔神との繋がりを失ったらしい眷属達、ウトピア財団、探求都市、ラドフル=ヤンセン。考える事は消える事なく寧ろ増えるが、取り敢えず。


「……それがし達の冒険は、まぁ成功でしょうかね? ギャル氏」

「それな。お疲れソレガシ、カッコよかったよちょっとだけ」

「ちょっとは余計」


 緩く掲げた拳をギャル氏と軽く打ち付け合う。結果は最高と言えるかどうか分からないが、少なくとも欲したものは手に掴めた。それがし達の名を呼びながら駆け寄って来る足音が幾つも聞こえる。


 今少しだけの間でも、奪われなかった者達との時間を楽しもう。


 ただその前に……ッ、誰かそれがしに服をくれ!

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