44F 悪人は畳の上では死ねぬ

 来た道へと舞い戻れば、スルブゥア広場に近づく程に街の被害は増してゆく。道の脇に転がる死体を一瞥し、吐く事もなく小さく舌を打った。奪われる方が悪。アリムレ大陸では命さえ奪われる側に非があるという信条であるが、決して気分がいいものではない。


 とは言え、この光景を描いたのはそれがし自身。魔法都市を砂漠都市に入れず撃退したところで、どうせ『魔導騎士団ミステリーサークル』の中から死者は出た。最初に殺そうとしてきたのは向こう側。弱肉強食が生物の逃れられぬ理であるのなら、人族含め他の種族達もそれに含まれぬ訳がない。


 言い訳を並べようと思えば幾らでも並べられる。ただ、己が手で誰を殺していなかったとしても、この景色を描いた者として逃げる事は許されない。


「プシィ────ッ、ただどうにも……現実味ないと言いますかなぁ…… それがしが薄情なだけかもしれませんが……」


 知り合いが死ぬような景色はできれば見たくないが、名も知らぬ他人が死んだところでそこまで気にはならない。死体を見れば気分は悪いが、悪いだけ。情報として死も数もただ処理されてゆく。


 もし仮に友人が死んだとして、その瞬間は激昂しても、時が経てばただの情報として頭の中で自分は整理してしまうのではないかという、機械的な予想こそが恐ろしい。友情も、情熱も、感情もただの情報。異世界で過ごせば過ごす程、どんどんと人間味を失っている気さえする。



 だが、それでも、その情報に嘘はない。



 友人ができた喜びも、絶対に懸ける情熱も、不可能に挑む楽しさも、全てはそれがしの抱く本物。


「だからまぁ、死出の道の先頭にそれがしの身を立てなければ、釣り合わぬでしょうよ」


 スルブゥア広場の淵に立ち、幾らかの観客と『魔導騎士団ミステリーサークル』の死体が点々と落ちている窪みを見下ろす。


 未だ窪み内で走りながら拳と蹴りを交えているギャル氏とダキニ殿。『魔導騎士団ミステリーサークル』と乱戦繰り広げているずみー氏、クララ様、グレー氏、ベルベラフ殿。『炎神戦盗団アバンチュール』の横槍を抑えている各王都の騎士達と姫君達。


 それらを見回し、ステージに向け足を落とす。スルブゥア広場の一画の地形さえ変える戦闘を繰り広げる炎冠ヒートクラウン鉄冠カリプスクラウンを見つめながら、窪みに溜まる熱気を押し分けるように前へ前へ。そうして進むそれがしの真横ですっ飛んで来た青い髪が揺れる。


「ソレガシ‼︎ そっちはもう大丈夫なわけ⁉︎ ダルちぃは! マロニャンは!」

「無問題、邪魔者ぶっ飛ばして枷も外して来ましたとも。後は炎冠ヒートクラウンをぶっ飛ばすだけですな」

「いいねソレガシ! ただちょい待ち‼︎ アンタゴーちんは? まさかそのまま」

「あぁギャル氏、ちょっとコレは預かっててくれますかな? 折角ギャル氏からいただいたものですし」


 バンダナのフェイスマスクを解き、歩く足は止めずにギャル氏に投げ渡す。受け取ったギャル氏の瞳がフェイスマスクとそれがしの顔を見比べ泳ぎ口を開こうとしたギャル氏へと突っ込む流浪の武人が口を強引に塞いだ。


「傀儡師! ハッ! お前でキレスタール王の護衛を下し捕らえて来たのか‼︎ 見た目によらず猛者か!それなら再び二対一でも大歓迎‼︎」

「即去り案件‼︎ アンタのお誘いとかドチャクソないから‼︎ ソレガシちょっとッ、ソレガシ‼︎ リムんなしッ‼︎」


 握るフェイスマスクを振って叫びダキニ殿を撃退しつつ離れて行くギャル氏に軽く手を振る。ズタズタに避けた改造学ランの袖の奥に見える傷のない己が腕に軽く目を向けながら、歩く先は以前変わらずスルブゥア広場の窪みの中心、ステージに向けて。


 歩み寄るそれがしに気付いたのか、並び立っているチャロ姫君とトート姫、ヒラール王がそれがしに顔を向けてくる。


「ソレガシ……その様子だとやったみたいね。大きな怪我もなさそうで喜ばしいけれど、機械人形ゴーレムはどうしたのかしら? ダルカスも戻って来ていないようだし」

「えぇトート姫、機械人形ゴーレムはまぁちょっとアレですな。『炎神戦盗団アバンチュール』を抑えてくれて感謝しますぞ姫様方」

「それはいいがな機械神の騎士よ。なにをしに来たのだ? まさかそのまま我が騎士と炎冠ヒートクラウンの戦闘に突っ込む気か?」

「そのまさかですとも」


 即答すれば、ヒラール王が爆笑し、少しの間目を丸くするも、トート姫もチャロ姫も笑みを浮かべる。この三人怖い。ので、ヒラール王の爆笑を聞き流しステージを見回し、落ちている拡声機マイクの魔法具を拾い上げ、軽く声を出してまだ使える事を確認する。大きく息を吸い込み、「何をする気なのかしら?」と聞いてくるトート姫には答えず声を絞り出す。


炎冠ヒートクラウン、ブラン=サブロー‼︎ 約束通りぶっ飛ばしに来ましたぞ‼︎ 遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ‼︎ 挑戦者はそれがし‼︎ ここで此度の盗賊祭り‼︎ 幕を下ろしてやりましょうぞ‼︎』


 砂漠都市中に響くそれがしの声に、窪みの縁で向かい合っていたブラン殿とブル氏は動きを止めた。序列五位と序列七位、二人の瞳がそれがしを射抜く。笑みを浮かべるブル氏を前に、心底おかしそうにブラン殿も笑うと牙の覗く口を大きく開けた。


「盗賊祭りを終わらせるって? 状況見て言ってんのかYO! 俺様から笛を奪ったところで魔法都市は止まらねえ‼︎ コレはもう命の奪い合いだ! 言ってる意味分かってんのか挑戦者チャレンジャー! 魔法都市の喧嘩を買ったのお前!それを終わらせるのもお前? そうは問屋が卸さない始まった戦争は終わらぬ運命さだめ! 奪い終わるまでブレーキはねえ‼︎」

『ぷししししッ‼︎ それはお主らが一杯喰わされただけですな‼︎ 魔法都市とそれがしの演技‼︎ まんまと引っかかってくれて感謝だ定期‼︎ 大草原不可避! だ小鬼族ゴブリン‼︎』

「ハァ⁉︎ 貴様と共謀して演技だと⁉︎ 何をふざけたこと言ってんのよ腐れ機械神の眷属が‼︎」

『見ろよマクセル殿の迫真の演技‼︎ 騙された方が悪だろ常識‼︎ 戦争? いやいやコレはお祭り‼︎ 楽しんだ者が勝ち! そうですよなぁ? コレで決めようこの先の命運‼︎ 戦争か? お祭りか? ただの喧嘩なのか!答えは目前‼︎ だから勝負だ炎冠ヒートクラウン‼︎ ここからそれがしはきっと道化クラウン‼︎ それでも踊り切りまずぞブレイキンBREAKIN'! とっくに踏む気はないのさブレーキ‼︎』


 拡声器マイクを後方に投げ捨て細長く息を吐き出す。ヒラール王と姫君達の爆笑を背に受けながら足を出し、出す度に足を早めてゆく。背負う機械人形ゴーレムもなく、握れるのは己が拳二つ。スルブゥア広場の縁に立つブラン=サブローに向けて足を。


「着火」


 突き出される鉄パイプが火を吹き弾き飛ばされる。舞い散る大地の破片と燃える学ラン。肌が焼ける。視界が歪む。熱さを感じる暇もない激痛が体の内側を駆け巡る。それを振り払うように前を目指す。前へ、前へ。地面を転がりながらただ先に。


「ヅァァァァァッ⁉︎ クッソ痛ぇぇぇぇええッ‼︎」

「おいおいしぶてえな兄ちゃんYO! 地獄の底でダンスしてな‼︎」

「ヅグッ、ヅァッ⁉︎ グゥゥクゥッ‼︎」


 身を大地に擦り付けながらただ前に駆ける。舞い散る火の礫が身を焼き弾かれても気にせずに。機械人形ゴーレムの視界もない自前の目では追い切れない炎の雨。目前で弾けた大地の破片が頬を裂き、絶えず火の手が身に迫る。それでもただ前を目指す。その行く手に落ちて来る巨大な影。その背を睨み叫びを上げる。


「おいソレガシ‼︎ 勇敢と無謀は別だぜなぁ‼︎」

「ブル氏ッ、なにをお主が降りて来てんじゃボケェッ‼︎ 上るのはそれがしの役目でしょうがァァァァ‼︎ ただ感謝ァッ‼︎ それがしアレに向けてぶっ飛ばせブル氏‼︎」

「ハァ⁉︎ 言ってることが無茶苦茶だぜぇ⁉︎ ぶっ飛ばしたところで」

眷属魔法チェイン深度八ドロップ=エイト、『底抜けの悪食アナコンダ』ッ‼︎」

「キタコレッ‼︎ 行くぞブル氏‼︎ 発射ァァァァアアッ‼︎」

「オマ、クソガァッ! 窮屈なことぉ気にすんのはやめだぁ‼︎ 後で文句言うんじゃぁねえぞぉ我が友よッ‼︎」


 ブル氏の下げる巨剣の腹に無理矢理片足を乗せれば、舌打ち混じりにブル氏の刃に掬い上げられ、大口開けた巨大な炎蛇に向けぶっ飛ばされる。唸る刃の鉄音を置き去りに、息を止め歯を食い縛る先で炎に音が呑まれた。



「ァァァァッ⁉︎ ヌグァヅァッタァァァァアアッ!!!!」



 叫び声さえ燃え尽くす炎熱の中、目の前に掲げる右腕の服が皮膚と共に溶け出し火を上げ、黒く炭と化してゆく。痛みと共に溶け落ちる瞳を強く見開き、黒くひび割れた拳を握り締めた。



 痛い痛い痛い熱い痛い痛いッ!!!!



 洪水のように思考を押し流し埋め尽くすような情報をただ処理し続ける事に思考を割く。永遠に感じた一瞬が過ぎ去る。突き抜けた炎蛇の先、佇む炎冠ヒートクラウンに振るうは拳。炭化し拳のまま固まった腕先を、炎冠ヒートクラウンの腹部から顎に掛けて削ぐように振り切る。


「オォッ⁉︎ ブッフォッ⁉︎」

「ぶッッッ飛ばじだぞブラン=サブロォォォォオオッ‼︎ ヅグッ‼︎」


 顎を跳ね上げた右の拳が砕け指がげる。燃える右拳が焼き切ったブラン殿の首に掛けられていた笛を吊るす紐。叫んだと同時に物理的に避けた頬を無理矢理噛み締め手が使えない分、口で宙を舞う笛の紐を噛み付かんだ。着地できず大地を転がる体からズリ落ちる服と皮膚が混ざった物体。身から立ち上る白い煙を拭うように身を揺する体から炭の破片が舞い落ちる。


 立ち上がろうと踏み締める足先が裂け崩れ、その隙間から血が滲む。前につんのめり崩れながらも噛み締めた紐だけは放さない。


「一撃の為に命掛けるかYO兄ちゃん⁉︎ 嫌いじゃねえぜ命知らずな馬鹿野郎はな‼︎ だが無意味だ」


 口から血を吐き捨て肩を鉄パイプでコツコツと叩きながら炎冠ヒートクラウンが転がるそれがしに向けて歩いて来る。笛の吊られた紐を噛み締めながら息を吸う。喉に痞え咳き込むが、それでも呼吸を繰り返す。


「それは奪ったとは言わねえ、返して貰うぜ兄ちゃんYO」

「……やなこった」

「ぶッ⁉︎」


 立ち上がりながら再びブラン殿の顎を右の拳で跳ね上げる。拳を解いたの指伸びる手のひらを軽く振り張り付いている炭を払い、足を振って足に張り付く炭も同じように払い落とす。肌に張り付く服の燃え滓を引き千切り、稲妻模様の古傷が走る上半身を曝け出す。


「おいおい兄ちゃんッ、どういうこった⁉︎ 体の火傷が消え……ッ、いや戻ってやがるッ⁉︎ 待て待ておいおいッ‼︎ 着火‼︎」


 炎弾に肩を弾かれ肉が抉れ火の粉と共に舞う血飛沫。痛みに奥歯を噛み締める中、血飛沫が宙でぴたりと止まると、時計の針を逆に回すかの如く、元あった形へと舞い戻りくっつく。怪我など負っていないかのように。口から垂らす笛を左手に掴み、燃え崩れる紐の破片を吐き捨てる。


「時の神、治癒の神系列の元の形に戻す系の眷属魔法だぁ⁉︎ ふざけんな兄ちゃん機械神の眷属だろうがYO⁉︎ 詠唱もなしに即座に巻戻るなんざ常に掛け続けるしか」

「……だから掛け続けて貰ってますぞそれがし機械人形ゴーレムの核に」

「はぁ? はぁぁぁぁああ⁉︎ 兄ちゃんそりゃお前⁉︎」


 ダルちゃん達の元に置いて来たそれがし機械人形ゴーレム、ジャギン殿がバラし出した機械人形ゴーレムの核に、今尚ダルちゃん達が回復魔法をドバドバ重ね掛けしてくれている。それがしの傷が消えればそれがし機械人形ゴーレムの核の傷も消えるのは都市エトでの『神喰い』撃退依頼の際に確認済み。


 一心同体、生死さえ共にする機械人形ゴーレムの核。ならばその逆も可能なはず。博打だったが、スルブゥア広場に向かう道中に傷が治り確信に変わった。


「治癒系の眷属魔法の完全詠唱を一人でも知っていれば、他の魔神の眷属も深度さえ足りていれば使用可能。魔神の眷属の魔力切れるまでの時間制限付き無敵状態」

「……イカれてんな兄ちゃんYO。できてもやるかは別だろそりゃあ。機械人形ゴーレムの核ってのは機械神の眷属の命なのだろうが。他の眷属に預けるなんて、砕かれたらどうすんだ?」

「言いましたでしょう? 魔法都市の、それがしの演技だと」

「HAHAHAどうしても冗談にしてえわけか? だ、が、ただ勝たせるのは面白くねえ。ここで笛取り返しゃ兄ちゃんの目論見はご破算だ」

「手の届く距離なら後は、ねぇ? 殴り合いましょうぞ」


 笛握る左拳を握り込み身を屈める。尖りサングラスを光り輝やせ、ブラン殿は深い笑みを浮かべて鉄パイプで地面を小突く。コツリ、コツリ、リズムを取るように。


 コツリ、コツリ、ガツリッ‼︎


 地面を強く鉄パイプでぶっ叩き、ブラン殿の身が宙に舞う。振り回される鉄パイプ。一度燃え砕けた右拳を開いて握り感触を確かめ長く鋭く息を吐く。


「無敵だろうが即死させるか気絶させれば俺様の勝ちに変わりはねぇ‼︎ 機械神の眷属が素の身で俺様と遊べるか?」

「生憎と、それがしはその技こそを磨いて来た‼︎」


 振り落とされる鉄パイプを折り曲げた肘で横に逸らすように捌く。着地と同時に足を払われ、肩と背で身を回し振り回した足でブラン殿の側頭部を蹴り抜こうと振り抜くが、間に挟まれた鉄パイプで受け止められヒビ走る右足。痛みに呻く中、腹部を蹴り抜かれ肺から空気が絞り出される。


 地面を転がりながら体勢を立て直し、顔を上げた先で突きつけられた鉄パイプが火を吹いた。再び炎上する肢体。その炎を振り払うようにブラン殿に突っ込む。


「マジで無敵か兄ちゃんYO⁉︎」

「痛えもんは痛えッ‼︎ 熱いし痛いしふざけんじゃねえぞッ‼︎」

「八つ当たり半端ねえなおいおいおいッ‼︎」


 飛び込む先でゴロゴロとブラン殿も地を転がる。中国拳法の地身尚拳ちしょうけんに似た動き。戦いの土俵は共に同じ。


 地を転げ回る動き対地を這いずる動き。


 鉄パイプでバランスわけ取りながら転げ飛び回り振るわれる鉄パイプと足。飛んで来る炎弾。ろくに近付けず、ただ身を削られ痛みだけに襲われる。経験の差で押し流される。魔神の眷属達の魔力が切れるまでそれがしを削り殺す気か? そうはいかんざきッ‼︎


「ヅゥッ‼︎」


 吐き出される炎弾に向けて強引に右腕を突き出し前進。掴めれば限定無敵状態を利用して抑え込める。炎の壁を越えた先のブラン殿を掴もうと伸ばした手の先に人影はなく、それがしより低く、視界の下からブラン殿の顔が浮上する。


「HEY‼︎」


 突き上げられる鉄パイプ。首を捻り身を捻ったそれがしの頬を鉄パイプの切っ先が引き裂く。背を地面に付け、ブラン殿より更に低く、身を回さずに右手で身を手繰り這いずりながら肘を曲げる。


 小さく、細やかに、より低く、背の大きさは関係ない。底こそがそれがしの選んだ戦場。もっと小さく縮小しろ‼︎ コンパクトに余分な領域を削り捨てろ‼︎ 振るう肘でもまだ長いというのであればッ‼︎


「一歩ッ‼︎」


 薙ぐ右の肘打ちを身を逸らし避けるブラン殿に向けて力任せに体を前に躙り寄らせながら、右の肩先を捻り込む。軽く触れた肩先がブラン殿を僅かに押し、右肩を蹴られる勢いを利用して左肩をブラン殿に叩き付けた。


「チマチマとッ、もっと派手にいこうや‼︎」

「泥仕合上等‼︎ 地味で結構‼︎」


 距離を取ろうと背後に転がるブラン殿を這いずり追う。そのブラン殿の姿がふっと下に落ちた。スルブゥア広場の縁、窪みの内側に。


「俺様の土俵に」

「行くわけないでしょうが。より大きく距離を取るのならそうすると思っていましたとも」

「おぅ⁉︎」


 右腕で身を手繰り寄せた勢いのまま、まさに転がり落ちようと窪みに飛ぶブラン殿の横へ足を伸ばす。そのまま足でブラン殿を絡めとるように身を回し足を回す。スルブゥア広場の外側に弾く。身を起こすブラン殿を追い、曲げた膝を頭に叩き付け、仰反るブラン殿の足を残るもう一つの足で払い回転を止める。


「プシィッ、べんべん」


 身を起こし突っ込みながら、糸を弛ませるように己が身を崩す。頭上を削ぐ鉄パイプ。細かく鋭く息を吐き出し、関節を歯車を回すように可動。振るわれた鉄パイプの隙に肩を入れ込み、距離を潰し、右の肘を振るい動き鈍るブラン殿の背に左肘を。つんのめるブラン殿の顔を右の膝でカチ上げる。


 背後に転がりながら割れたサングラスを投げ捨て、ブラン殿は首の骨を一度鳴らした。


「久し振りに燃えて来たぜ、気に入ったぜ兄ちゃん‼︎ こりゃもういらねえ‼︎」


 鉄パイプさえも投げ捨てブラン=サブローが口端を吊り上げ拳を握る。突き出される右拳を左肘で捌けば、頭突きに顔を弾かれた。鼻の骨が軋み視界が歪む。揺れる意識を舌先を噛み切る痛みで繋ぎ止める。


 戻す顔先を左拳に跳ね上げられたまま、動きの乗せて右肘でブラン殿の顎を弾く。開いた距離に左拳を伸ばし捻じ込むが頭突きに逸らされ、ブラン殿の右の前蹴りが腹部に減り込み肋骨が折れる音がした。


 骨同士の衝突音が響く中、ブラン=サブローの笑い声が続く。殴られる度に崩れそうな意識を、殴る衝撃によって舞い戻す。止まらない限り負けはない。拳を出し続ければいつかは届く。


 拳を振るう。前に出る。拳を振るう。前に出る。前に、前に、前に──────。


「HA! HA! HA〜‼︎ 骨同士の打ち合いは火花で弾ける薪の音と変わらねえな‼︎ そうだろ兄ちゃん‼︎ 弱いから拳を出さねえはありえねえ‼︎ 種族の差なんて言い訳だ‼︎ 絞り切った先にあるのはシンプルな答えだ‼︎ 勝者は見下ろし、敗者は見上げる‼︎ 兄ちゃんはなぜ勝ちたい‼︎」

「絶対を、友に約束した‼︎」

「誰かの為ってぇ? いただきとは孤独だぜ‼︎ その鋭い鋭い切っ先には一人がようやく乗れる程度‼︎ 風に揺られ、足を引かれ、油断すれば落っこちる‼︎ それでも誰かを抱えながら上る気かYO‼︎」

「背負えるものならッ、背負いましょうぞ‼︎ 景色を描いた者が先頭をひた走るのは必然‼︎ ならせめてッ、奈落に向かうつもりはない‼︎ 信じてくれる者がいるならッ、応えられる自分でいたい‼︎ ブラン殿も同じでしょうが‼︎」

「HAHA、どうかね? 小鬼族ゴブリンは決して強い種族じゃねえ、種族魔法もなく穴蔵に住むチンケな種族よ。それを覆したところで、そりゃテメェが特別だっただけと吹く輩が多くて困らあ。だからって、えぇ? 穴蔵に射し込む光を追う事を誰が咎めるYO? テメェの不可能を押し付けんなって話だろうが! 情熱はくすぶらねえ‼︎ どんな炎より綺麗に熱くどこまでも舞い上がる‼︎ 俺様の情熱に燃え尽きねえ自信はあるか? 挑戦こそが俺様の生きる道YO‼︎」


 跳ね上げられた視界が大きくブレる。絶えず元の形に戻ろうと修復されるそれがしと違い、絶えず身を削っているにも関わらず、弱るどころか威力増してゆくブラン殿の拳。打ち出される拳に折れる骨の音が身の内で跳ね回る。それでも自分の意思に反して修復される肉体が、まだやれると拳を振るわせる。


 殴り過ぎて拳の感覚は既にない。何度折れたのかも数え切れない。


 いつまで続ければいい? ブラン殿は不死身か?


 炎冠ヒートクラウンの笑い声が続く中、跳ねられ続けられる視界も定まらず、前に進んでいるかも分からない。


「ソレガシィッ!!!!」


 響くそれがしの名を呼ぶ少女の声。窪みからではなく横から、弾かれた瞳が赤毛の少女の姿を捉える。その横に並ぶジャギン殿とマロニー殿、キレスタール王とダルちゃんの姉妹達に支えられて佇むトリロジー殿。その背後に並ぶ援軍であろう『魔導騎士団ミステリーサークル』。


「魔力切れは気にするな黒騎士‼︎ 余が命じた‼︎ 『魔導騎士団ミステリーサークル』総出で形を戻す眷属魔法を掛けておる‼︎」

「ソレガシッ‼︎」

「ぷ、ししッ、あぁッ、えぇッ、最初の冒険くらい勝たなきゃ嘘ですなぁッ‼︎」


 突き出される拳に頭突きを返し、再び握り直した拳を振るう。


 前に、前に、前に、前に。


 頭を跳ね上げられても構わず握る拳だけは緩めない。


 燃え尽きない。不可能に進む足は緩まない。背を押してくれる熱がある。


 情熱で染めた赤い髪を揺らす少女が窪みを越えた先で待っている。


 夢を嘘にしない為に。絶対はあると信じるから。


 だから前に、先に、絶対に。


「うぉぉぉぉぉぉおおおおッ!!!!」


 拳を振るえ、振るい続けろ‼︎ 止まらぬ限り進んで行ける。体が砕けぬ以上諦めない限り‼︎


 一歩踏めたらもう一歩、もう一歩踏めたら更に一歩‼︎


 一センチでも‼︎ 一ミリでも‼︎ 進める限りッ‼︎


「ソレガシ」


 歪んだ視界の中で泳ぐ青い髪。朧げに瞳に写っていた赤色を覆うように青い色が視界を塞ぐ。身に掛かる重さに足が鈍り、それでも構わず足を躙り出し腕を振るうが、張り付いて来た青色が邪魔で拳はあらぬ方向の虚空を薙いだ。


「ソレガシ乙。もういいよ。頑張ったじゃんね」

「いやッ、まだッ‼︎」

「HAHA……勝った奴がいつまで見上げてんだYO。俺様も流石に疲れたぜ……」


 足元から響いてくる嗄れた声に拳を止め、顔を向けようとするが、疲労からか膝が落ちる。受け止めてくれていたギャル氏に身を預け空を見上げたまま大きく息を吸った。ろくに呼吸していなかった所為で咳き込み、ギャル氏から足を下げ離れるも足がもつれ背後に倒れる。


「ぷし……ぃ、勝った気、しねえですぞ……次は……一人で……勝つ」

「そこは見下ろせYO〜、もったいねえ」

小鬼族ゴブリン見下ろすより、空を見上げていた方が綺麗な件について」

「言いやがるぜ、二度とねえかもしれないぜ?」

「必要なら何度でも……ギャル氏」


 左の拳を解く、握り込んでいた神の火引換券である笛をギャル氏に投げ渡す。流石に運営委員会の人に渡す体力は残っていない。陽の光の下に浮かべられるギャル氏の笑みを見上げながらゆっくりと身を起こし、戦闘の止まったスルブゥア広場を見渡す。


 キレスタール王が来た事で魔法都市の者達も止まった。盗賊祭りもお終いだ。ダルちゃんに向けて右手を挙げれば、ダルちゃんも手を振り返してくれる。


 


 ──────ポトリッ。




「……は?」


 地面に落ちる柔らかな音。それを追い目を落とせば転がっている千切れた右腕。ダルちゃんの背後、『魔導騎士団ミステリーサークル』の群れの中からまたたいた光に腕を切り落とされた。なぜ? なんだ? 追いつかぬ理解が噴き出す血と痛みに塗り替えられる。叫び声を噛み潰す最中でも巻き戻りくっつく右腕。


 対岸で上がる叫び声を掻き分けて『魔導騎士団ミステリーサークル』の騎士達の中から一つの影が空を舞い、それがしの目前に足を落とす。漆黒のフードを纏う影はそれがしの右腕を覗き込むと右腕を突き、フードを脱いで顎を摩った。


 フードの奥から顔を出す黒い髪。角も触覚も生えておらず、尖ってもいない人族と変わらぬ耳。目は二つに鼻が一つで口も一つ。


「お、主……ッ」

「あぁうんいやいや〜、本当にくっ付いた。面白い事考えるねあんた。コストが見合わないからこんな手常用するものでもないけど。気に入ったよ、俺は気に入った。神殺しの実験潰されたのはイラッときたけど、うんまぁ、面白かったから帳消しにしよ。うん。あんた名前は? うちに来なよ。俺は歓迎する」

「いや誰だお主⁉︎ ってかお主魔神の眷属じゃないですな‼︎」


 男の瞳の奥で輝く魔神の紋章ではない紋章。目を瞬くと男は顎を摩りながら立ち上がり、「うん、うん」と自己完結するように繰り返す。


「まぁうん、魔神の眷属じゃあないね。それより来ないのかい? 歓迎するのに。おいでよ『ウトピア財団』に」


 男は微笑み、それがしの背筋を冷たいナニカが伝い落ちる。



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る