42F ミス=ナプダヴィ=コンテスト 5

 プシィッ、と小さく吐いたそれがしの吐息に呼応するかのように、ロドス公の肩口から蒸気が噴き出る。押し込む鋼鉄の拳が動かない。ロドス公が自身をどれだけ改造しているのかは不明だが、機械人形ゴーレムの出力に押し負けないだけの肉体改造率を誇るのは確か。


 力比べとでも言いたげな顔でニヤけたまま、それがしの拳とトリロジー殿の魔法剣を受け止めるロドス公を前に、トリロジー殿が誰より早く魔法剣から手を離し、新たに魔力で生成した刃を握る。ロドス公が握る魔法剣はそのままに。


「機械神の眷属共。貴様らの劣る点は一度組み上げた機械人形ゴーレムをその場で組み替えることができない点だ。我ら魔法の練達者にその制限はないのだよ」


 トリロジー殿が二本目の魔法剣をロドス公の胴に叩き込み、機械公爵の足が僅かに下がる。再び剣を放り出した手に握られる魔法の槌。魔力がある限り生み出せる形は無尽蔵。魔法の詠唱を最小限に、形なき知識の武器庫から得物を引き抜く魔法使い。


 魔法の槌を続けてロドス公の胴に振るい、生み出された隙間にねじ込むように、それがしに向けてトリロジー殿は三本目の刃を無駄なく突き出す。向かって来る刃に魔法筒の腕を叩き付け火花が散った。逸れた魔法剣がそれがしの頬を擦る。


 止まる事なく振るい落とした魔法筒と呼吸を合わせ、ロドス公の足元に弾丸を放ち足場を崩す。体勢崩したロドス公と屈んだままの体勢で目が合い、変わらぬニヤけ面にもう片方の鋼鉄の拳を振り抜いた。


 ドゴォンッ!!!!


 崩れた建物の瓦礫にロドス公が突っ込み、より細かく砕けた破片が宙を舞う中、トリロジー殿から目を離さない。ロドス公も問題だが、トリロジー殿が思ったよりも近接戦で動ける。魔法一辺倒の魔法使い族マジシャンではない。


「ダルちゃん‼︎ キレスタール王の確保を‼︎ 此方はそれがしに‼︎」


 だからこそトリロジー殿に肉薄する。魔法だけではないと尻込めば、詠唱を許し眷属魔法が飛んで来る。この短くも長い旅の中でそれがしも学んだ。一般的な魔法よりも、神の力の一端である眷属魔法の方が威力、効果共に高い。詠唱の隙を与えぬ近接戦闘が魔神の眷属の弱点である事は変わらず。


 地を這うように動くそれがしにトリロジー殿は舌を打つ。


「面妖な動きをッ、それでも貴様は騎士か!」

「生憎と騎士道を歩むつもりはないもので! 不格好でも戦えるのならその道をそれがしは歩む!」


 振るう鋼鉄の腕をトリロジー殿は身を屈めかわし、手にする魔法剣を握り込む。それを目に息を吐き出しより前に。肩当ての鉄プレートを擦り突き出される剣の内側に潜り込み、伸びるトリロジー殿の腕を折り畳んだ左肘でカチ上げる。目を見開き距離を取ろうと後ろに跳ぶトリロジー殿を追い魔法筒の腕を横薙ぎに────。


 

 ──────ガチリッ。



 瓦礫舞う砂煙の奥で響く歯車の音。蒸気砲の弾丸の装填音。奥歯を噛み、急遽背後に叩き付けた鋼鉄の腕で身を手繰る目前を、蒸気の尾を引く弾丸が横切る。余波でそれがしとトリロジー殿の距離が開く。


「エクセレンッ‼︎ 組み換える事はできねえなどとナンセンスでございますなぁ‼︎ 我々の創造とはそれを予測し機能を組み込む事に尽きるのでございますよ‼︎ くひははッ‼︎ 機械人形ゴーレムの機能を己が身で埋めようなどと騎士様よ‼︎ あぁ騎士様ぁ‼︎ それこそあっしに感じさせてくだせえませッ‼︎」


 がしゃりッ、とロドス公の足先で響く機械音。足首の歯車が足の裏から飛び出し、踏み落とされると同時に地を削る。身体能力で敵わぬ他神の眷属と運動速度を合わせる為の加速方。考える事は同じ。地を滑るロドス公の体から同じような音が響き、肩、肘、手首からも一回り大きな歯車が外へと飛び出る。


 砂煙を巻き込みながら突っ込んで来るロドス公に弾かれ地を転がるそれがしを追いロドス公の体から突き出る銃口。首を捻ったそれがしの兜の側面を削り弾丸が走る。


 機械人形ゴーレムの機能を己が身で補うどころか、ロドス公自身が機械人形ゴーレムと大差ないッ。耳をつんざく弾丸の走音に兜の内側で眉を歪めながら詰まりそうな息を吐き出す。


 ロドス公はこれでまだ機械神の眷属魔法である機械人形ゴーレムの召喚さえしていないッ。それを許せば間違いなく詰むッ。


「やめぬかダルカスッ! 服を引っ張るでない‼︎ 民を思えばこそ余は間違っていないはずだろう! 我が都市が世界を征すれば! 眷属の違いによる争いなど起きぬはずだ! 皆そう言っておる!」

「なら魔神の眷属のマロニーを奴隷にする必要ないさね‼︎ 皆ってどの皆なのさ! 少なくともあたしは違うね!」

「それはお主が魔神の眷属ではないから分からぬのだ!」


 背後で響くダルちゃんとキレスタール王の会話を聞き流す中、「不毛でございますなぁ」と口にしロドス公は肩をすくめる。


「同胞以外の眷属など合理的でなく、野蛮な者達ばかりなのでございますよ。騎士様がそれらの為に力を振るわれる必要がおありでございますか?」

「……ある」

「なぜ?」

「誰もが変わらないからですぞ。誰々がどう違うなど、眷属としての違いなど、種族の違いとどう違うのですかな? それがしはジャギン殿と仲良くしたいし、ブル氏とも、ダルちゃんとも仲良くしたい。眷属の差も種族の差も小事。無論羨む事はありますとも、比べてしまう事もありましょうとも。でもそれで動かないのは違う」


 眺めているだけでは変わらない。変化は一歩を踏み出す者にこそ起こり得る。それは誰より知っている。違いを理由に誰もが動かないのであれば、自分が動かなければ何が変わる? 欲しい変化があるのであれば、自分が動く以外にない。魔法都市の幼王が己が都市の民衆の為に動いていると言うのであれば、その想を悪とは言い切れない。だが間違っているなら間違っていると言わなければそのままだ。


 だからこそ、鬱陶しいだろう話を止める為にキレスタール王へと向くロドス公の銃口を追い、背後に跳び下がり、鋼鉄の腕でキレスタール王とダルちゃんを掬い上げた。蒸気砲が巻き上げる大地の破片が腕と足を擦り朱滴が舞う。


「ダルカスの黒騎士⁉︎ なぜ余を助けた⁉︎ お主は余の味方なのか⁉︎」

「違うわボケ‼︎」


 手繰り寄せたキレスタール王の頭に拳骨を落とし少しスッキリ。頭を抑え涙目で見上げて来るキレスタール王を機械人形ゴーレムの視界の隅に収めながら、ロドス公とトリロジー殿を前に今一度身を屈める。視線の高さが合うキレスタール王の首根っこを掴み、ダルちゃんへと押し付けた。


「その頑固頭割れましたかな? 魔神の眷属だからそれがしは戦ってるわけではないですぞ。ただ決め付けがムカつくから。キレスタール王は世界征服でもしたいのですかな?」

「別に征服したいわけではない! 我ら魔神の眷属が世を統べればきっと皆仲良く!」

「なれるわけないでしょうよ。残念ながら。それは結局自分達が誰より優れているという見下し根性丸出しの者の台詞ですぞ草。この世で唯一絶対なのは、友情にはきっと垣根はない。それがしはそう信じている」

「友情? そんなもので勝てるのかお主は⁉︎ 余には友人などおらん! それでも付いて来てくれる者がおる! 友情なんてっ、そんな物でッ!」

「なら見ておれよ。友情パワー見せてやりますぞ」


 振り返らずに前を見据え、ロドス公に向け足を踏み出す。同じく身を倒したロドス公が加速する。それがしは止まらず、ロドス公も止まらない。故の激突。突き出す機械仕掛けの両碗がロドス公の細い機械の両腕と組み合い、地に付ける両足が地に二本の線を引きながら後退する。そのまま魔法筒の腕でロドス公の足を払い、宙を一回転し、魔法盾を浮かべるトリロジー殿に叩き付ける。


「ぐっ⁉︎」


 呻くトリロジー殿の足元に叩き付けたロドス公が放つ蒸気砲がそれがしの鋼鉄の両碗を大きく弾く。トリロジー殿が地を転がりながら宙に魔法線を引き、線から溢れた魔法矢が視界を埋めた。身を削る魔法矢の中地を這うように駆けトリロジー殿を目指す。


「黒騎士ッ、貴様は何がしたい‼︎ 王を助け、我らと戦い何を得る‼︎」

「友人の未来を‼︎ より良い明日を‼︎ 今日が祝福の日なのでしょう? お主だってダルちゃんは自分の娘だと言っているでしょうが! なら眷属がどうのなんて建前は捨てるべきだろ常考‼︎ そんなだからお主達を足蹴にできると示しましょうぞ!」

「お戯れを騎士様‼︎ そんな輩よりあっしのお相手を‼︎」


 身を起こし歯車回る足先を伸ばすロドス公の蹴りを、魔法筒の腕で受け火花散る中、身を屈めながら兜を脱ぎ去る。背かな機械人形ゴーレムを切り離し、腕で地を叩いた機械人形ゴーレムが宙に跳ぶ。ロドス公の顔が上へと向く。機械神の眷属絶対主義の公爵が、それがしより機械人形ゴーレムの動きを追うのは必然。


「鎧を脱いで何ができる‼︎」

「なんでもですとも」


 機械人形ゴーレムを気にせずそれがしを見下ろしながら振り下ろされる魔法剣。地に手を着いた大勢のまま身を捩り、肩先を掠める刃を見送りながらプシィッ、と鋭く息を吐き出し捩った肩を地に付け、転がりように足を円形に振り回しトリロジー殿の足を払う。


 ブレイキンBREAKIN'。ウインドミルからチェアーに移行。


 何度も何度もクララ様にGWゴールデンウィーク中ダメ出しをくらったパワームーブからの静止技。地に着いた手で身を起こし、大勢崩れたトリロジー殿を逆立ちしながらの蹴りでロドス公の方へと押し込む。ぶつかるトリロジー殿とロドス公の目が交差する。


 好きから嫌いに目移りし過ぎる。その固定概念こそが隙。ロドス公の目前に着地した機械人形ゴーレムの拳を重なる二人に向け突き出した。紫電走る蒸気が噴き出す。未踏の地へ向かい跳ぶ宇宙船。先輩から教えられ加えた浪漫の一欠片。


 『カッ飛ぶ浪漫ロケットパンチ』が砂漠都市ナプダヴィの空を舞う。


「これが騎士様のォォォォオオオオッ⁉︎」

「黒騎士ィッ⁉︎」



 ───────ズッゴォンッッッ!!!!



 ロドス公諸共空飛ぶ鉄拳に弾かれた二人が建物へと突っ込んだ。ロドス公の鋼鉄の体にぶち当たり逸れた鉄拳が、ナプダヴィの『塔』の脇を過ぎ去り空へと消える。空に引かれた蒸気の尾を追い見上げるキレスタール王に目を移し、呆けた幼い王の頭を今一度小突く。


それがしの技は全て友人達に築き上げられたもの。それがしの魔法はそんな魔法。魔神の眷属にも真似できぬ代物ですぞ」

「そんなものッ、友人などいない余にどうしろと言うのだ‼︎ 余は座ってるだけでなにもッ」


 俯くキレスタール王の姿にため息を吐く。再び背に機械人形ゴーレムを貼り付けながら頭を掻き、空に引かれた蒸気の尾を見上げた。


「玉座に座ってばかりで、なんだかんだと砂漠都市にまで来たのでしょう? 折角足を出したのに、握るのが拳ばかりでは面白くないでしょうよ。友達になろうと手を差し出す方がずっと面白いですぞ」

「それで友人などできるものか‼︎ 契約した神や種族さえ違う者と‼︎」

「頑固頭め、なら試して見れば宜しい」


 見上げて来るキレスタール王へと、フェイスマスクを引き下げ笑みを返す。できるできない関係なく、勝手にダチコ認定投げて来る青髪の乙女がいる事をそれがしは知っている。背を蹴られ落ちたそれがしの色眼鏡と同じように、次があるならそれがしの番。トート姫風に言えば孤独を奪う。おずおずと伸ばされるキレスタール王の手と握手し握り込む。


「だ、だが、魔神の眷属は誰もが砂漠都市を恨んでいるのだぞ! 我々から始めたのにどうする気だ⁉︎」

「なら先にごめんなさいすれば宜しい。それでも砂漠都市が止まらぬと言うのであれば、それがしがなんとか考えてみましょう」

「で、でもだのうッ」

「でもだのへちまでもなく、友人に頼む時は頼む任せたとでも言っておけばいいんですぞ。それがし無茶振りは慣れてますからな。その代わりキレスタール王にもそれがしの頼みを聞いていただきたい。マロニー殿の奴隷の枷を外してくだされよ」

「それが交換条件か?」

「ただのお願いですな」


 握手していた手を離せば、キレスタール王の目が泳ぎ回りしばらくして懐へと幼き王は手を突っ込む。握り締められた鉄の鍵。奴隷の枷を外す方法大分アナログチックだなおいっ。道の脇に立ち尽くしているマロニー殿とキレスタール王から差し出される鉄鍵に笑みを返し、その鍵を受け取ろうと腕を伸ばした途端、ロドス公が突っ込んだ建物が吹き飛び、目前を過ぎ去った幾つもの三つ編み。


「ワンモアプリーズッ‼︎ 騎士様ぁッ‼︎ きひっ、キキキキッ‼︎ 痺れた衝撃を今一度ッ‼︎ 紫電と共に拳を飛ばすその軌跡は美しい‼︎」

「ロドス公⁉︎ お主無事……ではなさそうですが⁉︎ いい加減にしてくれますかなマジで⁉︎」

「キキキキッ‼︎ そのような目を向けられては涎が垂れていけねえでございますなぁ‼︎ もう一発!もう一発!でなければ鍵はほらここに‼︎」

「お主ッ‼︎」


 マロニー殿の枷を解く鍵を握りひび割れた笑顔の横に掲げて見せるロドス公に大きく舌を打ち鳴らす。蜘蛛人族アラクネの魔法糸さえ引き千切り飛ばした鉄拳のおかげで、鋼鉄の手は一つ消え残り放てるのはもう一発だけ。外せば決定打になり得る技が消える。機械の体同士相性が悪く崩し切れなかったのか知らないが、別の建物に突っ込んだトリロジー殿は完全に伸びていて起き上がる気配ない。


 ここでロドス公から鍵を取れねばキレスタール王と和解した意味が消え失せる。歯を噛み締めロドス公を睨み顔を上げた瞬間、ふっと肩の力が抜けた。ロドス公の奥、それがし達が暴れ住人消えた大通りの先から歩いて来る影が一つ。腰に下げた道具袋からレンチを引き抜き、機械神の眷属の先輩が一人歩いて来る。


「ワタシの後輩に要らぬ手を出すなと一度言ったなロドス大公」

「ジャギン先輩⁉︎」

「ソレガシ、見せて貰ったぞソレガシの浪漫ヲ! 仲間の浪漫を見せられて、ワタシだけのうのうと見物するのも忍びナイ。今こそ見せヨウ! ソレガシには見て貰いタイ!『起動アライブ』‼︎」


 ジャギン殿が空へとレンチを投げ、機械神の紋章が空に刻まれる。集束する黄金螺旋の黒穴から漏れ出る蒸気と共に現れる、巨大な鋼鉄の立方体。その影の下で腕を組むジャギン先輩のみどり色の複眼がそれがしを射抜いた。


「ソレガシ‼︎ 己が結晶でアル形を得た機械人形ゴーレムには固有の名を付けるモノダ‼︎ 我が機械人形ゴーレムの名は『蜘蛛ノ網ワールドワイドウェブ』‼︎ コレこそがワタシの世界‼︎」


 腕を解いたジャギン殿に合わせて、カチリ、カチリと歯車の回る音が巨大な立方体から響き渡る。その音に合わせてルービックキューブのように分かつ線が巨大に立方体の上を走る。線に見えるそれは溝。上下左右、五つづつ、一二五に及ぶ立方体で構成された巨大な立方体がバラバラに弾けた。そのどれもが細い糸で繋がった不定形の巨大な蜘蛛の巣。


蜘蛛人族アラクネが紡ぐ魔法糸の扱い方を今教えヨウ‼︎ ついて来れるなソレガシ‼︎」

「ッ、勿論ですとも‼︎ 機械神の眷属の意地、筆頭殿に見せましょうぞ‼︎」

「機械神の眷属だけじゃなくてあたしも乗せて! マロニーの枷の鍵はあたしが掴んだ見せるからさ‼︎ 王様はマロニーに任せたよ!」


 それがしに飛び込んで来るダルちゃんを抱え、残る鋼鉄の腕を伸ばし、それがし達の近くに飛来する立方体の一つに飛び乗る。奇しくも都市エトでそれがしが知り合った元の世界含めてできた初めての先輩と友人一人。舌舐めずりし言葉なく両手を天に掲げ笑うロドス公を見下ろし拳を握る。


「ソレガシ、オマエの機械人形ゴーレムの名は」

「……黒騎士タランチュラ

「良い名ダ。行くゾ!」


 鋼鉄の蜘蛛の巣がロドス公を絡め取る。歯車の音を響かせて伸び縮みしくっ付いては離れる立方体群の上を黒騎士タランチュラが躍動する。今一度、一人では不可能な友情パワーを見せる時‼︎



 


 

 

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