40F ミス=ナプダヴィ=コンテスト 3

「奪いに来たのならボクが奪っても文句ないわね?」


 トート=ヒラールの声が溢れる。チャロ=ラビルシアの足元で転がる生首からではなく、二又の短剣を正に突き刺さんとするキレスタール王の目前で『魔導騎士団ミステリーサークル』に抱えられていた炎神の巫女から。


 突き付けられる短剣を巫女に変装していたトート姫は身を捻り避け、巫女装束を短剣が引き裂く。背後で己を抱える魔導騎士の頭を振り上げた足で蹴飛ばしながら、短剣握る魔法都市の幼王の手を掴み取ると捻り上げ、トート姫は短剣を奪い取った。


「クソ餓鬼に力で負ける程貧弱ではないのよねボク。神を殺せるらしい短剣かぁ、面白みに欠ける宝物だわね? 順番も奪って特技披露しちゃったわ。ボクの自己紹介は必要ないわよね? 得点は?」


 顔に手を添え、トート姫は炎神の巫女の皮を掴み破り捨てる。褐色の肌に茶色い髪。べっと出す舌に刻まれた魔神の眷属の紋章。目を見開きパクパク金魚のように口を開け閉めしながらも声を発さぬ魔法都市の貴族達の顔をじっくりとトート姫は眺め、ドンッ!と机を叩くような音が沈黙を埋め、その音に驚いたのか、ロダン殿の手から落ちた拡声器マイクの魔法具が地を叩く金切音が後に続いた。


 握り拳を審査員席の机に落とす、逆立てた茶色い髪と髭を生やしたヒラール王と炎冠ヒートクラウン。その手に握られた一〇点の札。ノリいいな王様達……ギラつく笑みを浮かべ点数の札を掲げる砂漠都市の重鎮二人から視線を切り、それがしも魔法都市の貴族達の間抜け面を存分に眺める。


「ッ⁉︎ なにを呆けてるの‼︎ 王を後ろにッ‼︎ トート=ヒラールを捕らえなさいよ絶対に‼︎」

「絶対だって、こっわ〜い。どうしようかしらね昇降機の双騎士エレベータヤンキース? この短剣いる?」

「『風神疾風団ローラーコースター‼︎ 『空神飛空団バルーンフェスタ』‼︎ 仕事だ捕らえろ‼︎ ここで逃すようなら約束した報酬は望めないと思いなさいよ‼︎」


 王を後ろに下げ喚くマクセル殿から逃げるようにそれがし達の前に跳び下がって来るトート姫。マクセル殿の怒号を受け、オユン殿とグーラ殿は顔を見合わせるとそれがしとギャル氏を地に抑える手を緩める。


 肩を回しながらギャル氏は起き上がり、それがしも立ち上がり一度首を回し、トート姫から差し出される短剣を受け取ってオユン殿達へと差し向ける。


「要りますかな?」

「お前さんなぁ、便利かもしれないけど、そんな争いの火種になりそうな代物は」

「必要ないだろう? どうだね?」

「ではポキッとな、ですぞギャル氏」

「はいきた。りょ!」


 板割り披露のように短剣を鋼鉄の腕で持ち待つそれがしの前に振り伸ばされるギャル氏の蹴り。芯を捉え綺麗にへし折れる短剣の音に、貴族達の絶叫が重なる。きっと作るのに凄い苦労したのだろう。大草原乙。その顔こそが見たかった。


「き、貴様らまさかッ⁉︎ 裏切ると言うの私達をッ‼︎ クソッ⁉︎ クソ共ッ‼︎ これだから愚神の眷属共はッ‼︎ 『否死隊みなしご』ッ‼︎ 『諸島連合軍キャンディーシャワー』ッ‼︎ 貴様らはッ」

「バゴー殿、パシルガス殿、呼ばれてますぞ?」

「誰にだ? 生憎知らん奴だな大将」

「アレが雇い主はないぽよ。でしょリーダー」

「だからリーダーはギャル氏」

「き……貴様らッ、貴様らァァァァァァアアアアッ!!!!」


 待ちに待った叩き付けられる怒りの声に肩を跳ねる事なく心地良く身に受け、ケープをはためかせギャル氏と共にステージ上に足を落とす。観客達から上がっていた悲鳴は理解追いつかぬ故の喧騒と化し、周囲に目を向ける事もなく、貴族達だけを見据える。


「なんッ、なんなのよ貴様ッ、貴様らはッ⁉︎ しつこいッ、しぶとくてウザ過ぎッ!私達に喧嘩を売って無事で済むとッ」

それがし達がなにかなど、社交界の際に言ったはずですなぁ。東の果てより落ち、ダルカス姫に忠を誓った者‼︎ ではなく」

「ダルちぃのダチコだし‼︎ それで十分‼︎ 先にあーしらに喧嘩売ってきたのアンタらだからさぁ? あーしらのダチコ虐めて無事で済むと思ってんわけ?」

「ダル……カスッッッ‼︎」


 ダルちゃんの名を噛み締め、筆を走らせるずみー氏の前で未だ動かないダルちゃんに貴族達の視線が殺到する。


「ダルッカスッ=ゴールドォォォンッ‼︎ 結局炎神の眷属か貴様はッ‼︎ 裏切り者の失敗作ッ‼︎ 魔法都市の大貴族に生まれたのがそもそもの間違いよッ‼︎ それでも魔法都市の一員だと仕方なく目を掛けてやった私達をッ‼︎ 貴様ッ‼︎ 巫女一人攫ってこれないグズがッ!!!!」

「あ? なんつった? あーしのダチコにグズとかテメェの顔グズグズに」


 般若へと顔色を変貌させるギャル氏の姿に咳き込み、ズンズンと貴族達の集団に足を運ぶギャル氏の肩に手を置き落ち着かせようと試みるが全く止まる気配なく、それがしの方が引き摺られる。地に転がっている拡声器マイクの魔法具を拾い上げてフェイスマスクを引き下げ口に当てる。


『待たれよギャル氏、落ち着いてくだされ』


 砂漠都市を包むそれがしの声に、ゆっくりとギャル氏の瞳がそれがしに移る。視線で殺せそうな目を光らせるギャル氏に微笑を返し、空手修羅ガールの肩を数度叩く。


「なんだ貴様今更戦う気はないとでも」

『うるせえんだよマルクスボケコラッ‼︎ テメェらの相手は後でしてやるから黙ってろボケェッ‼︎ なんの眷属だのぐちぐちぐちぐちよぉッ‼︎ 魔神の眷属がそんなに偉いのかあぁんッ? 黙ってれば好き勝手言い腐りやがってッ‼︎ それがしが下手にばかり出てると思ってんじゃねえぞッ‼︎ こちとら社交界で地下水路に叩き落とされてからずっとずっとはらわたが煮え返ってんだよッ‼︎ めんどくせー事ばっかやらせやがってぇぇぇぇッ!!!! 蒸気噴き出すぞボケぇッ!!!!』

「ちょちょ、ソレガシ口調っ⁉︎ てゆうかキレ過ぎっ⁉︎ 砂漠都市中に響いてるからッ⁉︎」

『うるせえ‼︎』


 肩に手を置いて来るギャル氏の腕を振り払い大きく息を吸い込む。言いたい事が山程ある。他でもないダルちゃんに。ダルちゃんに会う為にここまでやって来た。吐き出さなければ、身の内に渦巻く何かがきっとこの先永遠に体の中に燻り残る。魔法都市と砂漠都市、お互いがどう動くか睨み合っての膠着状態である今だけが唯一のチャンス。砂漠都市中に響いて結構。どこに居ても聞こえるように。


 複眼の兜を取り払い、己が目でダルちゃんを見据える。


『魔法都市だの砂漠都市だの関係ねえんだよッ‼︎ ダルちゃんはダルちゃんだろうが‼︎ それ以上なんてそれがしは知らねえし必要ねえ‼︎ ダルちゃんが冒険者ギルドでそれがし達を出迎えてくれたからそれがし達はここにいる‼︎ ダルちゃんがそれがし達の話を聞いてくれたから‼︎ それがし達だってダルちゃんの話くらい、いくらでも聞きますから‼︎ だからッ‼︎』

「……でもあたしさ……裏切ったんだよ?」

『そんなの知らん‼︎ 裏切ったとかそれがし達がそう思ってなければノーカウント‼︎ チャロ姫やトート姫にもてあそばれる百倍マシですから‼︎ 今更裏切ったとか関係ない‼︎ ダルちゃんがどうしたいかだけだ‼︎ ダルちゃんからの頼みなら報酬なんて要らねえ‼︎ 大きな借りがこちとらあんだ返させろ‼︎』

「無理だよ……だって、だってさ……魔法都市と敵対して命賭けろなんて」

『ダルちゃん夢は?』

「……なに?」


 それがしの問いにダルちゃんは顔を上げる。夢の話。隣で腕を組み苦い顔をしているギャル氏、観客席の最前列で立っているクララ様とグレー氏。ダルちゃんの前で筆を握る手を止め椅子に座っているずみー氏を見回し、ダルちゃんに顔を戻す。


『ギャル氏はデザイナーになるのが夢で、クララ様はモデルになるのが夢だと、ずみー氏は画家になるのが夢。グレー氏もきっとでっかい夢があるのでしょうよ。ダルちゃんは夢がありますかな?』

「そん……なの……」

『残念な事にそれがしにはまだ将来の夢がない。逃げる事に精一杯で、なりたくない形はあってもなりたい形などとんとっ、なかったですが、だから決めた。この世界にいる間に、ダルちゃんの願いを叶える為には、期待に応えるためにどれだけの力がいるのか分かりませんが、釣り合って見せますぞそれがしは。強くなければ期待に応えられぬのなら、頼みを聞けないと言うのなら、それがしは機械神の眷属最強を目指し掴んで見せる。そこに座る炎冠ヒートクラウンもぶっ飛ばして、いつか十冠にさえなって見せますぞ。それがこの世界でのそれがしの夢。だから頼れ期待しろ。それがしは『絶対』応えますから。必要な色を塗り重ねて、ダルちゃんと並んで見せますから』


 握る拡声器マイクの魔法具をダルちゃんへと投げ渡す。覚束おぼつかない動きで拡声器マイクを受け止めたダルちゃんの瞳が魔法都市の貴族、チャロ姫やトート姫の間を泳ぎ回り、貴族達の背後で伸びる猫耳を目に止まった。拡声器マイクを握り締めるダルちゃんの手の音が薄っすらと響く。


『あたしさ……小さな頃はさ……外の世界を見に行くのが夢だったんだよね……。あたしにとっての世界はさ……小さな机と、その上で広げた本だけ。知識を集めても実物見たことなかったからさ……いつもあたしの引き篭もりに付き合わせちゃってるマロニーとさ……二人で世界中回ってみたいなとかさ……思っちゃったりしてね』


 小さく言葉を切り、震えたダルちゃんの呼吸音が静寂を埋める。


 噛み合わずカチ鳴る歯の音。床に落ちる滴の音。


『……できるかなぁ? どこに行っても、一人じゃないかって……ッ、だったら最初から一人の方がって……ッ、あたし……ッ、できるのかなぁ? いつか友達と、マロニーと、世界中回って……ッ、それが……夢なのッ。あたしも……冒険してみたいよっ。許されるのかなぁ? だって……あたしッ』

「地獄でやってなさいよ。魔力を矢にM→A


 ダルちゃんの言葉を掻き消して、睨み合いに痺れを切らしたマクセル=ブラータンの指先が空に魔法線を引く。溢れる魔法矢にダルちゃんは息を詰まらせ、代わりに幾数の言葉が舞った。


「「「「眷属魔法チェイン」」」」


 風と稲妻が空を裂き、落書きストが筆の代わりにダルちゃんを掴み空を舞い、空手ガールの足が大地を割る。


 バラバラの神の眷属達が舞台に上がる。


 眷属魔法が数少ない機械神の眷属の寂しさを拭い去るようにケープを脱ぎ捨て、立ち昇る砂煙を強引に払った。


 梅園うめぞの桜蓮サレン

 入柿いりがきすみか

 志津栗しずくりクララ。

 葡萄原ぶどうはらあられ。

 

 それがし含めてダルカス=ゴールドンを取り囲む異世界からやって来た冒険者五人。依頼の言葉は受け取った。依頼書など必要ない。友の言葉が全て。


「地獄でやってろ? まさかまさか、ねえギャル氏?」

「たり前じゃん? 今でしょ、ナウしか」


 ギャル氏と目配せし口を開けば、重なり合う声が増える。


「「「「「冒険しようかッ‼︎」」」」」


 ダルちゃんの前に伸びる拳が五つ。


 多くの言葉など必要ない。それがし達は冒険者。ダチコは見捨てず楽しむのが誓い。飛び込むべき道はもう前に広がっている。


 五つの拳の上に弱々しく重ね当てられる六つ目の拳。拳に落ちる水滴の感触を握り込み、振り返る事なく前へと足を伸ばす。

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