38F ミス=ナプダヴィ=コンテスト 2

『一人目はダキニ=パー=グレイシー嬢‼︎ 武神の都市に生まれ、絶えず修行の旅を続けて西へ東へ南へ北へ‼︎ あらゆる都市で指名手配されているちょっぴりお茶目な一七六歳‼︎ 気安く触れたら骨折れるぜ? それでもいいなら触れてみな‼︎ むしろ触れてみせろ‼︎ 挑戦者受付年中無休‼︎ 挑戦者おらずとも喧嘩を売る流浪の武人の参上だーい‼︎』


 これは酷い。ちょっぴりお茶目じゃ済まねえよッ。


 本戦出場者お披露目よりも数段増して酷い紹介文句に思わずフェイスマスクの下で咳き込む。スルブゥア広場に向かう道すがら、砂漠都市中に響き聞こえるミスコン司会のお姉さんの声。昨日は司会役降りたい的な事を言っていたが吹っ切れたのか、紹介文句のはっちゃけ具合がもの凄い。


 薄っすら遠くで聞こえる歓声からしてかなり盛り上がっているようであるが、ミスコン本番の一人目がダキニ殿で大丈夫な気がしない。少なくともハードルは上がらず下がるだろう。


 『特技はなんでしょうか?』と、誰もが分かっていそうな質問を司会のお姉さんはダキニ殿に投げ、少しして砂漠都市を包み込む声がダキニ殿の声に変わる。


『おほん。私の特技は武神の都市コンゴウに伝わるコンゴウ流柔術以外にない。故に横で今私に魔法具を差し向けてくる不埒な輩の腕を折って見せよう』

『はーい! 一人目は失格と言うことで、さっさと次の方に参りましょう‼︎』

『なぜだ⁉︎』


 なぜじゃねえよ当然だよ。特技披露するどころか速攻で失格になりやがった。腕折られたくないからか即答で失格宣言する司会もどうかと思うが、炎神の眷属だろう司会のお姉さんに喧嘩を売る方が悪い。


 特技披露の内容でいけると思い悔しがれるダキニ殿スゲェ。ある意味逸材だ。が、困る。マルクス=ゴールドンの順番は三番目だというのに、一人目が登場と同時にレッドカード貰ったおかげでマクセル殿までの出番が速まる。


 少し足早にスルブゥア広場目指し歩き続けるが、通行人の数多く思うように前に進めない。


「ずみーの番なっちゃうじゃん⁉︎ ずみーもしずぽよもグレーもベラもコンテスト用にオシャレしたらしいのにぃ⁉︎ ソレガシ壁走ってくよ!」

「壁走るとか草。ギャル氏にできてもそれがしには無理。ってか聞いてませんな……」


 建物の外壁目掛け跳び走って行くギャル氏の背に目を丸くしながら、仕方ないとそれがしも外壁に跳び、壁の出っ張りを黒いケープの中から差し伸ばした機械の腕で掴み、飛び移りながらギャル氏を追う。一体なんだと見上げてくる者達を気にする事もなくスルブゥア広場目指し先へ先へ。


 しかし、健闘虚しく司会のお姉さんが口にするミスコン参加者二人目の紹介が始まってしまう。ギャル氏の叫び声が響く中、砂漠都市をずみー氏の紹介文句が覆った。


『二人目はスミカ=イリガキ嬢‼︎ かつて諸国を巡った後、パングリ大陸を調停しながらも姿を消した伝説の傑物、サブロー=コウガと同じ遥か遠方にあると云う日本の出身‼︎ 絵画の腕は商人達のお墨付き‼︎ 絶賛今も発売中だ‼︎ 小さな体に収まり切らない大きな創造力詰まった十六歳‼︎ あなたもきっと虜になーる‼︎』

「ふぁ?」


 ずみー氏の紹介文句に思わず手が滑り、下にあった店先に並ぶ品々に突っ込み地を転がる。待て待て待て待てッ、サブロー=コウガって誰? これまで別の世界からやって来たとしか誰にも言わなかったが、『日本』の名前出して通じんの?


 そもそもの話、翻訳魔法が日本語に対応している時点でそれがし達以前にも異世界『エンジン』にやって来た者がいるのだろうとは思っていたが、伝説の傑物って何やったんだよサブロー=コウガ。


「困るよお客さん商品が⁉︎」

「……いや、絶賛困ってるのはそれがしですぞッ、魔法都市とこれから喧嘩しようって時にッ」


 バルコニーで足を止め、心配そうにそれがしを見てくるギャル氏に手を振り、喚く店員そっちのけで再びスルブゥア広場目指し壁を飛び移る。ようやく異世界で元の世界に戻っても使えそうな情報が得れた。嬉しい誤算だが喜んでばかりいられない。サブロー=コウガの問題は取り敢えず後だ。


「ソレガシ何やってんの? 遊んでる暇ねえんだけど?」

「いや、リアル手が滑りましてっ。と言うか、この世界で日本って言えば通じるらしい話聞いて冷静なギャル氏マジギャル氏」

「そマ⁉︎ うっそッ⁉︎ じゃあ初めてダルちぃに会った時もそう言えばよかったじゃん⁉︎」

「……時既におすし」


 本当にね。今更過ぎるわ。日本の名を出し「どこだよ」と言われると思っていたからこそだ。変に気を遣い過ぎていた。元の世界に帰れたら速攻でググろう。人々の頭上を飛び越え大通りを駆ける中、再び特技披露の時間に移行し、ずみー氏の声に砂漠都市が包まれる。


『披露される特技はなんでしょうか?」

『あちきは絵描きだぜ〜? 絵を描く以外にないじゃんか! 折角だから今会場にいる誰かの絵でも描いちまうかな〜』

『おお誰の!』

『それじゃあ……う〜ん、そこの気怠げな顔してる娘! 決めたぜキミに! バリバリ描いちゃうから前出て来て〜! あちきの本気見せてやんよ‼︎』

「流石ですぞ同志ッ‼︎ ずみー氏マジで大好き‼︎」


 会場にいるだろう者達の中で、気怠げな顔してる少女なんて一人しかいない。ダルカス=ゴールドンを会場に引き上げてくれたのだとしたら、このまま会場に着けばダルちゃんがどこにいるかは一目瞭然。特に打ち合わせなどしていなかったのに、ずみー氏の慧眼には敬服する。


『あぁっと、指名された方は嫌そうな顔してますが?』


 なんでやッ‼︎ 出ろダルちゃんッ‼︎ 頼むからッ‼︎ ダルがらないで今日だけはッ‼︎


『恥ずかしがらなくても可愛さめちゃんこ増しで描いちゃうからおいで〜、三十分くらい掛けて傑作にしてやんよ!』

『あの……スミカさん? 長くないですか三十分は……』

『じゃあ二十分でいいよ。それ以上はまけられないぜ〜?』

『あーでは、スミカ=イリガキ嬢が絵を描いてる間、次の方に参りましょう。審査員の方々も点数の札をお上げになるのはお待ちください』


 流石だよなずみー氏。元の世界に帰ったらフランス料理のフルコースを奢らせてくれ。腕にりを掛けまくって作るわ。


 上がる口角がフェイスマスクで隠れ外から見えない故に落とす事もなく、風に舞い上がる砂を掻き分けて突き進むスピードを感情のままにただただ上げる。見えて来る人集り。それを飛び越えスルブゥア広場のくぼみの縁へと足を落とす。


 周囲の観客達から小さな悲鳴が上がるが気にしない。ギャル氏と並ぶ仁王立ち、向けられる幾らかの視線の中、中央のステージに向けて足を動かす。その中で隣のギャル氏を小さく肘で小突いた。顔を寄せて小声で告げる。


「ギャル氏、怒ったフリして」

「は? んでよ? それより早くダルちぃの方に」

「……今慌ててやって来たそれがし達が平然としてたらおかしいでしょうが。少なくとも怒ってないとあー……実はギャル氏のヴィーナスの誕生写真は現像していて懐に。バラ撒いても?」

「はぁぁぁぁああッ⁉︎ 殺すよガチでッ‼︎」


 これでよし。ただそれがしの襟首掴み上げるのはやり過ぎッ! ギャル氏の顔怖ッ‼︎ 会場を走り抜けるギャル氏の咆哮に会場中の視線が一度それがし達に向く。演技もへったくれもなくなっているが。


 それがし達に向く司会のお姉さんのウンザリ顔。ずみー氏の微笑み、三番目としてステージに立つマルクス殿の怒りの形相。


 そして……気怠げな目を小さく見開く友人の顔。


 「嘘ですぞ」とギャル氏に小声で告げ、ケープ越しにギャル氏の背を叩き、ステージに向け足を動かす。


「ソレガシアンタねッ、どうすんのよこの空気ッ」

「その怒りマルクス殿に向けるつもりで歩いてくださいな。その方が」

『え、あーでは三人目の紹介に参ります。マルクス=ブラータン嬢! 言わずと知れた魔法都市の大貴族、ブラータン家の新たな当主‼︎ 魔法都市からミス=ナプダヴィの称号を取りに参上だ‼︎ 盗賊祭りに合わせた五〇年に一度の祭典! 無礼講で頼むぜ審査員‼︎ では早速特技の披露を‼︎ 時間が掛かるのはお控えに‼︎』


 二十分掛けて絵を描く宣言したずみー氏への皮肉に、会場が小さな笑い声に包まれる。その中を気にせずギャル氏と共に歩き続ければ、怒りの形相を歪めマクセル殿がほくそ笑み、それがし達から視線を切る。


 それでも失せぬ熱い視線に向け、機械人形ゴーレムの視界から会場を見渡せば、会場を見ずに目を向けて来る集団が一つ。『魔導騎士団ミステリーサークル』、貴族達、『風神疾風団ローラーコースター』、『空神飛空団バルーンフェスタ』、『諸島連合軍キャンディーシャワー』、『否死隊みなしご』。


 おそらく機を見てそれがし達を殺す為に。


『時間はそんなに掛からないわよ? 私の特技は、そうねぇ、神殺しなどどうかしら?』

『……はい?』


 司会のお姉さんの皮肉を受け小さな笑い声に包まれていた会場が一転静寂に包まれる。誰もが口を開けたまま動かず、時が止まったかのような会場の中、ギャル氏と歩く速度を上げれば、マクセル殿が指を弾いたのと同時、固まっていた魔法都市の一団が一斉にステージへと飛び込み、それがし達の前にオユン殿とグーラ殿が身を落とす。


「退けい貴様ら‼︎ 奴らを止めよ‼︎ 『炎神戦盗団アバンチュール』は何をしておる‼︎ それでも砂漠都市の守り手か‼︎ 行くぞ青騎士‼︎ ここであったが百年目‼︎ 姫様の仇でござる‼︎ 押し通るッ‼︎」

「おけまる‼︎」


 バツマルだわ多少演技してくれよ⁉︎ オユン殿達に強引に突っ込む体の力が抜けてしまう。それがし達を抑え付けるオユン殿達の口に浮かぶ呆れの色。地を滑るようにステージ近くに寄りながらも、地に押さえ込まれるそれがし達にマクセル殿の嘲笑が落とされた。


 司会のお姉さんの手から拡声器マイクの魔法具をロダン殿が引っ手繰り、前に一歩出たキレスタール王の口元に差し向けた。


『聞け簒奪者たち‼︎ 一五〇年前に奪われた物を取り返しに来たぞ! 次は我々が全てを奪う番だぞ!』

「そういう事、遅かったわね哀れだわ盗賊の姫の回し者。探し物はこれかしら?」


 『魔導騎士団ミステリーサークル』達が大きな布に覆われた何かを差し出し、それをグリス殿が取り払えば、眠っているかのように目を瞑っている一人の女性と、頭だけのトート=ヒラールが姿を現す。


 会場から湧き上がる小さな悲鳴は加速的に大きくなり、マクセル殿はトート姫の首を掴み上げると、浮浪者に小銭でも放るかのように、それがし達の前にトート姫の首を放る。小さく跳ねたトート姫の首が地を転がり、出番を控えていたチャロ姫君の足元へ。口を引き結んだチャロ姫君が顔を俯かせる。


 あわただしい足音が至る所で打ち鳴らされる中、「もう遅い‼︎」と口にしたロダン殿が二又に別れた音叉のような短剣を取り出し、その柄を幼きキレスタール王が握る。


 魔力を送られ振動し響く二又の短剣の歪な音色が振り上げられうねり、休む間もなく振り下ろされる。驚愕が誰しもの足を止める隙を突き、ドミノ倒しのように全てを打ち崩さんとする一撃。


 手を握り締める。硬く。硬く。それを嘲笑うかのように突き出される神殺しの刃。


「魔法都市の貴族殿がァァァァアアアアッ‼︎ …………ですぞ。ここで一つ、盗賊が怖い」

「奪いに来たのならボクが奪っても文句ないわね?」


 トート=ヒラールの声が溢れる。情熱の都市の盗賊の姫の声が。

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