37F ミス=ナプダヴィ=コンテスト

「昨日の料理ドチャクソ美味しかったね!」

「……それがしは食べてない定期」


 『溶けた蜃気楼』の料理は、店名と同じく蜃気楼のように味わえず、くらったのはギャル氏の回し蹴りのみ。朝陽を見つめながら吐いたため息は、足元から上ってくる熱気とアラブ民謡風の音楽に絡め取られ落ちずに空へ飛んで行ってしまう。


 スルブゥア広場横の宿、『おどる砂嵐』ではなく目を覚ませば砂漠都市ナプダヴィの『塔』の中。味わえなかった食事会の前にロドス公に頼んでいた通り、宿ではなく『塔』に送ってくれたようで助かった。


 起き抜けに胃袋を満たす為、『塔』の整備にやって来ている機械神の眷属に頼む買ってきて貰った蛇蠍スカベンジャーの干し肉を噛みながら見晴らし台に座り数十分。大通りに増える人影の数を見下ろしながら、干し肉と共に買って来て貰った新聞に目を落とす。


「食事会中お休みモードだったけどソレガシ大丈夫なん? もうすぐしたらミスコン始まっちゃうけど、ずみー達はもう会場行ってんよ?」

「おま言う。お休みモードにしたのお主ですな。まぁ昨日の作戦会議は主に顔合わせの意味が強いので問題ないですぞ。此方側の戦力のおさらい、と言うより、各王都の騎士達にグレー氏達の顔を覚えてもらう為とでも言いましょうか。細かな作戦は魔法都市でもう詰めているのですし、必要なのは微調整。それがし達が早くに会場に顔を出せば、魔法都市も動かざるおえないでしょうぞ。下手に動かれ作戦に支障なきように、今は待つのが一番ですな」


 それがしの横に座るギャル氏の問いに答えながら、読み終えた新聞を折り畳み、羽織る漆黒のケープの内側に仕舞う。「いい記事あった?」と聞いて来るギャル氏に笑みを向け、「なにも」と返す。


 何も変わった記事はなく、内容の多くはミスコン一色。おそらくはナプダヴィの観光業の稼ぎ期。上から客足が死ぬような記事は控えろとでも言われているのか、洞窟網での魔神の眷属達とのドンパチは全く記事になっていない。ミスコンの開催も変わらず、審査員も変わらない。


「変わらず。ヒラール王、炎冠ヒートクラウン、お祭り大好きなのか知りませんが、審査員として出る様子。ミスコンは自己紹介に特技の披露。砂漠都市に宣戦布告するのであれば、マクセル殿の手番に合わせてでしょうがね。これがどちらに転んでも面倒なのですよなぁ」


 ミスコンに合わせて魔法都市が炎神を殺す気なのだとして、成功しようものなら大衆の面前で眷属の繋がり消えた王と炎冠ヒートクラウンを魔法都市の貴族達はその場で殺す気満々だろう。


 逆にそれがし達の策が成功した場合一転、魔法都市の貴族達は袋叩きだ。どちらに転んでも乱戦。これが困る。不確定要素であるダキニ殿などがいる事もそうであるが、それよりも。


それがし達としては、魔法都市の貴族達の間抜け面を拝む事より、ダルちゃんともう一度話をする事が何より大事。その為には『炎神戦盗団アバンチュール』が果てしなく邪魔」

「だから魔法都市の貴族達含めてゲーハー達にも喧嘩売るんでしょ?」


 その通り。それがし達は魔法都市の味方でもなく、砂漠都市の味方でもない第三勢力。双方ボコす気満々なのであるが、日数を経て冷静になって来ると、魔法都市の策を挫くまではいいとして、その後がどうにもならず冷や汗しか出てこない。


 要は乱戦の中漁夫の利狙い。魔法都市と砂漠都市がカチ合う中で、欲しいモノ全て奪ってしまおうという大胆不敵な大博打。チャロ姫君は喜びそうだが、生憎チャロ姫君程それがしの心臓は強くない。大通りに人影が増えれば増える程、心臓が高鳴り口から出るのかと錯覚する。


「でも絶対やるんでしょ?」

「もちのろん。ここまで来たら開き直る以外にないですぞ。それがし達の勝利条件は三つ。炎冠ヒートクラウンから賞品交換券である笛を奪い取り、ダルちゃんの人質であるマロニー殿を奪い取り、ダルちゃんの本音を奪い取る」

「お祭りらしくてよきかなって! 楽しくなってきたじゃんね。んでいつまで待つし?」

「それは……」

「ソレガシ卿」


 開き掛けた口がそれがしの名を呼ぶ声に遮られる。声を追って振り返れば、音もなくそれがし達の背後に立っているバゴー殿ではない『否死隊みなしご』の暗殺者が一人。ギャル氏が首を傾げ、それがしは砂漠都市の景色へと顔を戻す。


「果報を寝て待った甲斐はありましたかな?」

「……トート=ヒラールがミスコンの本戦出場者お披露目に姿を現したおかげで、夜の内に動いたダルカス=ゴールドンに幾らかの護衛がつけられトート=ヒラール達と戦闘に。非公式の情報ですが、トート=ヒラールは討ち死にしたと」

「……護衛の面子は?」

「十数名の『魔導騎士団ミステリーサークル』、『否死隊みなしご』から二人、グーラ=グーラ卿、以上です。『魔導騎士団ミステリーサークル』も半数が死にました」

「貴族達は?」

「昨日の昼間に炎冠ヒートクラウンの横槍を受けた疲労が癒えず、マクセル=ブラータン、グリス=フェッタ、ロダン=ナハースいずれも参加せず。ダルカス=ゴールドンの姉と双子の妹が代わりに」

「……結果は」

「これもまだ非公式の情報ですが、炎神の巫女は魔法都市の手に、トート=ヒラールの死体も確保されたと。ゴールドン家の者達に大きな怪我はなく、いかが致します?」

「……ソレガシっ」


 ギャル氏の声を聞き流しながら、ゆっくり持ち上げた親指の爪を噛み──────噛み切る。口の中の爪を眼下に広がる砂漠都市へと吐き出し握り締めた手で見晴らし台の床を叩く。


 やってくれたなッ‼︎


 賽はもう投げられた。転がる賽の目が何を叩き出すのか、後は己が目で見に行くしかない。


『大変お待たせ致しましたッ‼︎ 第五〇回ミス=ナプダヴィ=コンテストッ‼︎ 只今より開催致しますッ‼︎』


 熱に揺らぐ空気に混じって遠くから聞こえて来る拡声器マイクの魔法具を使用しての司会のお姉さんの声。それを聞きながら立ち上がり、纏うケープをなびかせてフードう被るように、ケープの下に隠した機械人形ゴーレムの兜を伸ばし被る。首元のフェイスマスクを口に引き上げ、白い牙の紋様を音無くカチ鳴らす。


「さて……ギャル氏、止められぬ喧嘩の時間ですぞ。マクセル殿は確か三番目。遅れず飛び入り参加らしく飛び込んで見せるとしましょうぞ」

「んじゃ二番目のずみーのしかちゃんと見れねえじゃん。特技の披露ってずみー絵描く気満々っしょ? ドチャクソ見たい‼︎」

「……ギャル氏、今回は多少なりとも演技ですぞ? 青騎士殿よ」

「大丈夫だって! ゆかりんを信じろし‼︎」


 それが一番信用ならねぇ……。青騎士装備の布少ないギャル氏と共に身を翻せば、小さく頭を下げる『否死隊みなしご』の暗殺者は音もなく姿を消した。再び誰にも顔を合わせるのはスルブゥア広場で。


 それがし達の喧嘩祭りミスコンを始めよう。

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