34F 洞窟網ブロール 2

 飛び散る魔力光。兜を取り囲む半球状のレンズを照らし過ぎ去る魔法矢を漠然と眺めながら、洞窟内を疾走し、呼吸に合わせて魔法の弾丸を撃ち返す。その合間を縫って拳と脚をぶつけ合う武人二人は流石と言うべきか、代わりに間に挟まれた通行人達に穴を空ける横殴りの魔法矢の雨。


 爆ぜ舞う肉片と血飛沫。魔法の残光の中洞窟網の通路を化粧してゆく赤色に舌を打ち、手近に飛んで来たギャル氏を鋼鉄の腕で引っ掴み、強引に手繰り寄せ己が腕で掴み寄せる。


「ソレガシ?」

「撃ち合いは不毛、ってか手数が足りず削り殺されますぞこのままじゃ。太い通路内を走っていても拉致が開きそうにないですからなぁ、蟻の巣のような洞窟内をもう少し活用するとしましょうぞ。此方で突っ走るので目を回さぬようにご注意を。あの自称サブミッションガールは」

「りょ、あーしが撃墜すればいいわけね」


 乾いた唇を一度舌で舐め、ギャル氏を抱えたまま身を捻り、岩壁に開いている横穴へと身を滑らせる。それを追って来る橙色の武人と魔法使いの群れ。それを見つめながら、複眼の兜のカメラ機能を使い刹那を切り取る。


 目前に並べる洞窟内の画像に目を流し、見つけた横穴目掛けて右へ左へ、下へ上へ、円柱状の通路を螺旋を描くように滑り走りながら、直進少なく細やかに洞窟内を走り回り引き離す。遅れる事なく岩壁を跳ねついて来るダキニ殿と、少し遅れて魔法都市の貴族達。


 魔法矢を撃たれても、射撃を返す暇がない。機械人形ゴーレムの腕やそれがしの肩を掠り岩壁を削る魔法の閃光を見送りながら、蒸気の尾を引きひた走る。その不確かな尾を引き千切るように、白煙の壁をぶち抜いて、流浪の武人の手が伸びた。


「いい加減捕まえさせろよ青髪の武人! それより名前を聞きたいものだな‼︎ へし折る者の名ぐらいは折らず握っていてやるぞ‼︎」

「しつけぇ⁉︎ アンタ飽きないねマジで! 戦うのがそんな楽しいわけ!」

「はっは! 生きるとは闘いだ! 小難しい理論だの思想だの、研ぎ澄まされた技と肉体の前では弱者の言い訳に過ぎない‼︎ 鍛えた技と肉体の強さに嘘はない! だからいつまでも機械の人形振り回す弱者に張り付いているなよ? ガッカリするぞ?」

「一人で勝手にガッカリしてろし!」


 追い払うようにそれがしの背を踏み台に飛び出し振られらギャル氏の右の蹴り。空気を裂く音が背後で響くが、パシリッ、と掴み取る音がそれを止める。肉が握り締められる鈍い音を左の蹴りで弾き、身を捻り放たれるギャル氏の追撃の回し蹴りをダキニ殿の蹴りが相殺する。


 ギリっと歯を噛み締める音。ギャル氏の右足に薄っすら残る流浪の武人の手のひらの跡。目を細めるギャル氏の頬を掠め飛んで来た魔法矢を追い八つの影がそれがし達を飲み込んだ。


「並走すれば逃げられまい? 合わせろグリス」

「マクセルを押し付けておいて無理な注文を! 恨むぞロダン!」


 四方八方で横に引かれる魔力線。膨れ上がる魔力の波が矢となって降り注ぐ。ギャル氏を掴んでいる暇もない。鋭く息を吐き出し岩壁の上を這い回るように姿勢低く、上から落ちて来る魔法の矢にだけ集中する。


 背負う機械人形ゴーレムの本体である緩い弧を描く盾に落ちる衝撃を地に付け走る鋼鉄の腕で緩和しながら、一番手近にいる『魔導騎士団ミステリーサークル』の騎士目掛けて鋼鉄の腕で手繰るように跳ぶ。


 目の前で魔法筒を交差させ、飛び込んで来る魔法矢から身を守るが、擦り抜けた魔法矢が腕や腰、兜を擦って薄い朱線を宙に引く。魔導騎士またがる箒の上に足を落とし、シーソーのように前につんのめる騎士の顎を折り畳んだ肘で上に跳ねる。体の伸びた魔導騎士の側頭部へもう片方の肘で横に弾き、地に落ちる騎士を見送る事もなく着地と同時に再び鋼鉄の腕で地を駆けた。


 八から数減って七。一人落としたそれがしに向けられる七つの視線。それが次の瞬間五つに減る。騎士を踏み台に足を落としたギャル氏とダキニ殿に蹴り落とされ、二つの影が岩壁に叩き付けられる。驚き肩を跳ねる騎士目掛けて身を捻りながら宙を舞い、魔法筒の腕を振り回してぶち当たった騎士の腕がひしゃげ大地に転がった。


「残り四ッ」


 マクセル殿が気絶中故に実質三。複眼の兜のカメラ機能で刹那を切り取りながら目前に並べる映像が、青い髪と黄色い髪だけを写し取る。向けられる指先に首を捻って腕を畳むが、膨らんだ魔力が槍となって機械人形ゴーレムの腕の隙間を擦り抜け二の腕を削られる。


魔力を槍にM→R。いい気になるのもそこまでだ鼠。グリス」

魔力を網にM→N蜘蛛人族アラクネの真似事をするのならこの綱渡って見せたまえよ?」


 宙に引かれた魔力線が無数に分かれて空を走る。隙間を埋めるように広がる魔力の投げ網。振り上げた鋼鉄に腕に巻き付き体勢が崩れるそれがしの反対側からも同じように投げられる魔法網。二本の鋼鉄の腕が絡め取られる中、魔法筒の先端を魔法使い二人に向けた瞬間。


「うるっせえんだYOエブリバディ‼︎ 俺様の昼寝の邪魔をするんじゃねえ! 勝手に盛り上がって俺様混ぜないとかシラける、白けるなら灰になって消し炭になれや!眷属魔法チェイン深度八ドロップ=エイト、『底抜けの悪食アナコンダ』ッ‼︎」


 洞窟内を駆け巡る怒鳴り声。通路内の空を震わせる声を飲み込むかのように、折れ曲がった通路の先から溢れランタンの光をむさぼり顔を覗かせる激しい炎色。炎の大蛇の牙を見つめ、緩んだ魔法網を魔法の弾丸で撃ち抜き腕を振り回して引き千切る。


「ッ、魔力を盾にM→Sッ‼︎」

「ギャル氏‼︎ 右に弾いて‼︎」


 鋼鉄の腕をギャル氏に向け、奥歯を噛み締め噴き出す蒸気に乗せるように腕を飛ばす。


 『ミニミニカッ跳ぶ浪漫ロケットパンチ』ッ!


 ぽふんと音を射出音を奏で投げ釣りのように緩やかに弧を描き跳ぶ鋼鉄の拳を、ギャル氏が鋭く横に蹴り弾く。横穴目掛けてカッ跳ぶ鋼鉄の拳から伸びる蜘蛛人族アラクネつむいだ魔法糸。それを腕内の歯車で巻き取り、強引に横穴へと飛び込む。道中ギャル氏を引っ掴み、横穴に飛び込んだと同時に通路を走り抜ける炎の大蛇。


 魔法使い達がどうなったのかなど気にしている暇もない。冷や汗を干上がらせる炎熱を背に感じながら通路の先へただ走る。速く速く。炎の熱を感じぬ先まで。


「ソレガシ今のってッ‼︎ あのゲーハー⁉︎」

「今は駄目ですぞガチで⁉︎ 何の準備もなしにかち合うなんて無理ゲー過ぎる⁉︎」

「魔法都市のウザメン達は?」

「さて……。ただ魔神の眷属筆頭と言うのであれば」


 少なくとも死んではいないだろう。炎冠ヒートクラウンの深度一桁眷属魔法。深度一桁であろうともその威力は馬鹿にできないが、種族として膨大な魔力量を誇る魔法使い族マジシャンの精鋭であるならば、生み出した盾で凌いでいるはず。


 なんにせよ、魔法都市の貴族達を引き離せたのは僥倖ぎょうこう。後は洞窟網から外へと抜け出すだけ。洞窟内に射し込む陽の光を追って鋼鉄の腕の歯車を回し、



 ──────ひたりっ



 肩に置かれた手のひらの感触に冷たいものが背筋を突き抜ける。視界の端に泳ぐ橙色の髪。深められる武人の笑み。この野郎ッ、腕巻き取って移動したそれがしの背の機械人形ゴーレムに張り付いてやがったッ‼︎ 大きな背丈で器用なッ⁉︎


「タッチだ傀儡師ッ‼︎」


 それがしの肩を握り締め、投げるように振り回され目が回る。ギャル氏を咄嗟に上に放り、体に感じる岩肌の感触。身の内に魔力を流し防御力を高めながら転がり洞窟の外に飛び出したのか、眩しさに視界を塞がれる。


「鬼ごっこは楽しかったが十分だ。まずは足をへし折ろう。逃すかよ、お前が動きを止めればギャル氏とやらも逃げないだろう?」


 仰向けのそれがしの体を踏み付けに、落とされる青色の双眸が鈍く光る。


「アンタがギャル氏とか呼んでんじゃねえって‼︎ あーしは梅園うめぞの桜蓮サレンだっての‼︎」

「そうかサレン。ただ、あぁ、蹴りに殺意が足りないな。それでは私の頭は砕けん」


 橙色の頭を刈るように薙がれたギャル氏の蹴りを受け止め流すようにギャル氏を地に叩き付ける。背を打ち息を絞り出すギャル氏に一瞥もくれず、それがしの前にダキニ=パー=グレイシーが身を屈めて腕を伸ばす。


 今ッ‼︎


 脱着式の背の機械人形ゴーレムを外しながら上半身を強引に起こし、曲げた肘をダキニ殿の首目掛けてカチ上げる。骨同士の当たる鈍い音。緩くダキニ殿が首を傾げる。


 硬てえッ‼︎ 魔力による身体強化じゃ武神の眷属の特典である身体強化が抜けねえッ‼︎ 鉄神の眷属より防御力上昇の幅が小さかろうが関係ねえなッ‼︎


「思ったより動けるな傀儡師? うん、だが、折る」

「いや背に隙間ができましたので」


 横に這いずっていた機械人形ゴーレムの腕がそれがしの上からダキニ殿を弾く。それがしの膂力が足りずとも機械人形ゴーレムは別。が、地を転がり威力を殺し、足で地を削りながら立ち上がる武人。軽く腫れた右腕を振るい、唾を吐くどころか笑みを深める。


「そう言えば機械神の眷属にも騎士がいたのだったか? お前がそうか? 二対一とは心躍る。行くぞッ」

「ふふふふっ、困るねぇ武神の眷属。それは私らの獲物だよ? 眷属魔法チェイン深度六ドロップ=シックス、『渦巻く風切羽フォンチェ』」


 踏み込もうと落とされるダキニ殿の足先を削る渦巻く風の刃。削り岩肌の破片を巻き込みくるくる渦を巻く中心を踏み抜き落ちて来る五つの狐の尾。足を止めるダキニ殿の背後で黒白入り混じった羽毛が緩やかに落ちて来る。


 立ち上がるそれがしとギャル氏の首に添わされる小太刀の数が合わせて四つ。質量を持った影のような黒布ローブから伸びる白い腕。目を鋭く細めるダキニ殿を影が覆い、海鼠ナマコを擬人化したような黒い巨体が落ちて来る。


 振り落とされる黒い拳をダキニ殿は掴み地に叩きつけるが、地にめり込んだ体を揺り起こし、黒い巨体は呻く事もなくのっそりと起き上がる。


「おやおやこれはどうしたことだ? その服、『風神疾風団ローラーコースター』に、『諸島連合軍キャンディーシャワー』、『空神飛空団バルーンフェスタ』にそっちは『否死隊みなしご』か。王都達が誇る戦闘部隊がぞろぞろと。お前達の獲物? 先に手を合わせたのは私だぞ泥棒」


 口元に浮かべる笑みは変わらず、騎士達に目を流すダキニ殿の言葉に、背後に立つグーラ=グーラ殿が押し殺したように笑い声を返す。嘲笑するように、偉そうに、一八〇度首を傾げて。


「ダキニ=パー=グレイシー。諸国練り歩き暴れる無頼者が。アリムレ大陸、何よりナプダヴィで泥棒と口にするとは冗談かね? どうだね? 此方も仕事でね、邪魔をすると言うのなら今日こそその首刎ねるぞ罪人めが」

「おいおい私が一体何したって?」

「空神の都市の気球をいくつ落とした? 忘れたのかね指名手配犯」

「私らの都市の風車も仰山壊してくれてなぁ? お前さんウチでも指名手配されてるぞ?」

「夜間都市ワーグワーグの出丸を一つ潰してくれたな貴殿? よかったな、貴殿を討つ為の理由がある」


 ろくでもねえなダキニ=パー=グレイシー……。各王都から罪人扱いとかガチの戦闘狂じゃねえか。何したってどころの話じゃない。何をしてないのか探す方が大変じゃね?


 オユン=キーン殿、グーラ=グーラ殿、バゴー殿、パシルガス殿に目を流し、ダキニ殿は口をへの字にひん曲げると、渋々といった具合に肩を落とした後、グチャグチャと両手で頭を掻く。未練がましく何度も周囲を見回しながら。


「多対一は大歓迎! ……だが仕方ないか。明日ミスコンの本番を控えていてな。大会にのぞむのに万全でないのは礼を失する」

「ぶッ、お前さんがミスコン? 本気で出る気かい? 私でも勝てそうだね」

「勝負で私が負けるか。その二人と闘れなさそうなのは残念だけど、その分ミスコンが終わったらお前達に遊んで貰おう。ではな」


 闘えぬ相手に興味はないのか、それがしとギャル氏へ視線を向ける事もなく、街へとダキニ殿は一足飛びに跳んで行く。その背が見えなくなるのに合わせ、騎士達の瞳がそれがし達へと差し向けられた。首に刃を突き付けたまま、バゴー殿が大きなため息を吐く。


昇降機の双騎士エレベータヤンキース、カップルコンテストの飛び入り出場おめでとうと言っておこうか? 貴殿達のおかげで必要のない仕事が増えた」

「残念な事だね? 生存がバレ、依頼人クライアントから抹殺しろとの依頼だよ。冥土の土産に遺言くらいは聞いておこうか?」

「……貴族達なら洞窟内で引き離した件について」

「間違いないかい? お前さん甘いから」

「ゲーハーの火に呑まれてすぐ追って来れんなら凄いんじゃね?」

「ゲーハー? 炎冠ヒートクラウンか⁉︎ そりゃまた運の良いことで。お前さん達悪運は強いねほんと」


 ゲーハーで炎冠ヒートクラウンだって通じるんだ……。コロコロ袖元で口を隠し笑うオユン殿の笑い声に合わせ、『否死隊みなしご』達は黒布の中に刃を握った手を引き戻す。心臓に悪い。貴族達をまけなかったら同盟関係なく殺る気だったろ間違いなく。


「それじゃあそれがし達を追ってる体で部屋に戻り作戦会議と洒落込みましょうぞ」

「ミスコンの会場付近の宿になど戻れるか。顔の割れていない貴殿が残りの者を連れ出せ。場所を変えるぞ」

「姉さんは私らと来た方がいいだろうね。場所は折角なんだ、高い店の方が情報漏らさずやってくれるだろ」

「そうだね、『溶けた蜃気楼』で落ち合おう。ナプダヴィの伝統料理を出すあの店なら魔法都市の者達は来ない」

「奢りなら喜んで付いてくし‼︎ ありゃーっす‼︎」

「コレがリーダーはないぽよ」


 話をどんどん進めて行く騎士達を眺めながら、寄って来させた機械人形ゴーレムに『停止デッド』と告げて黒レンチを拾いフェイスマスクを引き下げる。コンテストへの飛び入り参加という必要ない予定変更があったが、作戦に支障はない。……ないよね? 胃が痛くなってきた……。


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