33F 洞窟網ブロール

「眷属魔法だけが魔法じゃなくてよ? 魔力を矢にM→A。体の風通し良くしてあげるわ!」


 指を大きく横に薙いだマクセル=ブラータンの指先が描く光線がまたたき、地平線から日が昇るように魔力線から揺らめき動いた輝きが矢となって大地に降り注ぐ。眷属魔法ではない純粋に己が魔力を変換しての魔法。光の雨の中宙で拳と蹴りを合わせるギャル氏とダキニ=パー=グレイシーの激突音を聞き流しながら、複眼の兜の視界に切り替え小さく舌を打つ。


 他の都市と勝手が違い、アリムレ大陸の王都であるナプダヴィの中でただ暴れたぐらいでは途中で騎士や警備隊が仲裁に来るなどありえない。奪われる者が悪。通行人の小鬼族ゴブリンを穿とうが気にしないマクセル=ブラータンの魔力雨の中走りながら、すれ違う通行人達を壁際へと押し除ける。


「他人を気にしてる場合かしら?」

「目の前で肉が弾ける様を喜んで眺める者などイカレでしょうよ! やってる事がただの乱暴者でアリムレ大陸らしいようで‼︎」

「野蛮人と一緒は嫌ね、気品と優雅さが違うのよ」

「どこが⁉︎」


 箒の上に腰を下ろす姿が優雅だとでも言う気なのか、どう飛んでいるのやら、おそらく空神や風神の眷属魔法を研究した際の副産物。空飛ぶ絨毯と原理は同じか。物を浮かべる眷属魔法の魔法式を刻み、己が魔力を流して作動さえていると見た。


 地から天井へまた下へ、円柱状の通路を回りながら魔法矢の群れを避けきり、腕で壁を叩きマクセル=ブラータンへ向けて跳ぶ。距離を縮めるのが第一歩。詠唱する暇を潰し近接戦を挑むのが魔神の眷属に勝利する為の最大の近道。


 マクセル=ブラータンが指を振るい、向かってくる光の矢を鋼鉄の腕を薙ぎ弾き砕く。魔女の口端が歪むのを見つめながら、握る小太刀に力を込めた。魔力蒸気の劣化に耐える為の機械人形ゴーレムの機械の体が魔力で容易く砕けるものかよ‼︎


 ポキンッ‼︎


「うっそだぁッ⁉︎」


 機械人形ゴーレムの肉体は砕けずとも、握る小太刀の刃がへし折れる。横から伸ばされたダキニ=パー=グレイシーの蹴りに砕かれ岩壁に突き刺さる刃の切っ先。ギャル氏狙いじゃねえのかよ⁉︎ 蹴りに弾かれ上に伸びた腕を掴み、それがしの顔の横に顔を伸ばし、舌舐めずりする流浪の武人。捻られた腕が軋み手から折れた小太刀が落ちる。


「私は寝技投げ技の方が得意でなぁ? 機械神の眷属の腕の骨が折れる音を聞くのは初めてだ」

「その前に自分の骨を心配しなよ、鎖骨丸見えスケスケじゃん?」


 跳んで来たギャル氏がそれがしの肩に手を置き、振り上げた右足のかかとをダキニ殿に向け振り落とす。それがしからダキニ殿を剥がしてくれたギャル氏に鋼鉄の腕を伸ばし、それを掴むギャル氏が身を捻り、魔女に向けてそれがしを投げた。


 それがしの視界が閃光に染まる。縮まる魔女との距離を打ち消すように、魔女の背後から伸びる二つの魔法矢。顔の前で二本の魔法筒を重ね受け、魔力の弾けた衝撃に世界が掻き混ざる。


 背で感じる岩肌の感触。口から漏れ出る空気を噛み殺し、壁に鋼鉄の腕を伸ばし走りながら視界を正す。それがしに向け跳んで来るギャル氏を受け止め再び走る視界の端。黒髪の魔女の隣で短かな青色と黄色の髪が揺れた。


「グリス=フェッタにロダン=ナハースッ。どうしてもそれがし達を潰したいご様子ッ」

「大人気じゃんウケるわ。どうすんよ?」

「逃げ切れれば最高ですがなッ」

「御守り部屋に置いてきぼりにしちゃったじゃんもー」


 いや、今三味線あっても使えねえから‼︎ それがしの歌を聞けとか言っても、戦闘止まらずチップ代わりに魔法が飛んで来るだけ定期。ゴールドン家抜いた魔法都市の大貴族三家の長男長女が相手とか大盤振る舞い過ぎて草。腕を組み竹箒に立つグリス=フェッタと、腕を組み空飛ぶ空き瓶に立つロダン=ナハースが…………ちょっと待ったッ。


「なぜに空き瓶⁉︎ 空飛ぶ空き瓶とかシュール過ぎますぞ⁉︎」

「ふん低能の鼠め……箒が足らずこれしかなかったからだ‼︎」

「他にもっといいのあっただろ常識的に考えて‼︎ なんで偉そうなんですかなお主⁉︎」

「全くだロダン。なぜ君が魔神の眷属筆頭なのか理解に苦しむよ」

「魔神って頭イカレてね?」


 ギャル氏のマジレスの鋭さよ。やはり異世界の神々は頭がおかしい。掛ける眼鏡を指で押し上げそのまま腕を伸ばすグリス=フェッタと、空き瓶の上でゆらゆら揺れながら腕を伸ばすロダン=ナハース、呆れたように顳顬こめかみを抑えもう片方の腕を伸ばすマクセル=ブラータンの指先が魔力光を灯す。


 ふざけて見えても魔神の眷属筆頭達。見えぬ魔力量の底がいつ尽きるのかも分からない。数を増やし降り注ぐだろう魔法矢彩る景色に身構え噴き出す蒸気を裂き、空舞う橙色の閃光が空飛ぶ空き瓶の飲み口を掴んだ。


「私は無視か魔法使い? 気付けに一発‼︎」

「おいこらやめたまえッ⁉︎ 私の可愛い空飛ぶ空き瓶が⁉︎」


 握る空き瓶を強引に引き抜き、体勢を崩し落ちるロダン殿を気にする事もなく、握る空き瓶をダキニ殿は魔女に向けて振り切る。割れる酒瓶と跳ね上がるマクセル殿の顔。気絶したのか背後へ仰け反り落ちる魔女を地を転がり起きたロダン殿が受け止め、転がる箒に飛び乗り戻って来る。たくましいな魔法使い。


「マクセルが完全に伸びてしまったか。一番に飛び出した癖に重いからパスだグリス」

「おいロダン投げるな⁉︎」

「さあ選手交代私が相手だ蛮人共。追え追え無数の餌の群れ、その牙触れるまで止まること許さず、埋まらぬ飢餓を抱え永劫に腹を満たすべし。眷属魔法チェイン深度十ドロップ=テン。『万華鏡の中の回遊魚サーディーン』。追え追え無数の────」

「ふざけろッ⁉︎ チートや⁉︎ チーターですぞ⁉︎」


 魔神の眷属が詠唱するは、矢神の眷属魔法が深度十。イチョウ卿がそれがしの前で一度放った見せた的に当たるまで跳ね続ける水滴のやじり。それを早口で繰り返し繰り返しぶつぶつと。ロダン殿が言い終わった端からロダン殿の前で寄り集まった水の刃が射出される。


 右に避けても宙を跳ね右に、上に跳んでも付いて来る。その数が時間と共に数を増やす。ロダン殿の口を塞いでいる時間もない。それに加えて─────ッ。


「楽しくなってきたぞいい具合だ‼︎ 青髪の武人‼︎ その脚ポキっとへし折ってくれる‼︎ お前もついでだ機械神の眷属よ‼︎」

「あーしらよか先にあっちどうにかしろし⁉︎」

「試合場のギミックを壊すなんてもったいないな‼︎ あれは後だ。拳も握らぬ者に用はない‼︎」

「馬鹿なの死ぬの⁉︎ 意味不なんだけど⁉︎」

「戦さ場こそが武人の花道‼︎ 戦場で死ぬなら本望也‼︎」

「アンタドチャクソ嫌いだわぁ‼︎」


 ウンザリした顔のギャル氏に目を落とし、足元に迫る水のやじりを身を捻り避け振った腕で水の刃を弾きながら、伸ばした鋼鉄の腕で天井を掴み身を寄せる。壁を蹴り突っ込んで来るダキニ殿。それがしを掴もうと伸ばされる腕を肘で打ち上げるように捌けば、ダキニ殿の笑みが深まった。


 ダキニ殿の腹部を押し蹴りギャル氏が弾くも、宙で体勢を立て直し、再びダキニ殿が突っ込んで来る。上下左右跳ね回り追って来るダキニ殿と、水のやじりの群れ。


「くそ……っ」


 奥歯を噛み締め、心の中で謝りながら洞窟内に横穴を掘ったらしい食品店の店頭に並ぶ品物達の中に突っ込み、鋼鉄の腕で品物を撒き散らす。


 宙に舞う果物達。気にせず突っ込んで来るダキニ殿とは別に、水矢の群れが果物のチャフに突っ込み弾ける。それがしから離れダキニ殿を迎撃するギャル氏の背を見つめながら、奥から飛んで来る二人の魔法使いに向けて魔法筒の腕を二本伸ばす。


「プシィ──────ッ‼︎」


 鋭く吐き出す吐息に合わせて魔法筒に送る魔力を絞る。照明として一度使用したが、射撃魔法として放つのは初めて。魔法を放つその感覚が掴みづらい。噛み合わせ弾く『カッ飛ぶ浪漫ロケットパンチ』とは感覚が違う。だからこそ、合わせるべきは呼吸ッ‼︎


「べんべんッ」


 三味線の弦を弾くように、短く鋭く吹き出す呼吸に合わせて魔法の筒先がまたたいた。飛び出す光の弾丸が二発。ランタンの灯りを飲み込んで、光属性の魔法の弾丸が洞窟を照らす。それを避ける魔法使い二人の口が閉ざされ水矢の群れの行進が止まる。


「お喋りの時間はお終いですぞ、お次はそれがしの演奏会の番ですなぁ。三味線はありませんが」

「三味線? よく分からんが構わないとも。『魔導騎士団ミステリーサークル』も追い付いた。鼠の演奏会など聞くに耐えん。魔法サーカスのお時間だ」

「武闘会の時間だって‼︎」

「どれも可愛くなーい‼︎ 萎えみパないから全チェンジッ‼︎」


 後ろ向きに鋼鉄の腕で走り魔法筒を向ける先、後方から箒に跨り追い付いて来た『魔導騎士団ミステリーサークル』の影が一つ二つと増えてゆく。グリス殿が抱える未だ気絶中のマクセル殿合わせて総数八。多くはないが少なくもない。走り跳ね回るダキニ殿とギャル氏を挟み、魔法使い達の指先が光り輝く。


「べんべんッ!」


 交差する魔法の閃光が洞窟内を色とりどりに染め走る。

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