32F 盗賊達の都 4

「ごきげんようマクセル=ブラータン殿。口元が引き攣ってますぞ?……ギャル氏」

「うーい、今アンタ目が泳いだよ? 視線の先には?」


 応援に来ているはずの貴族達が控えているはず。振り返るギャル氏を追って振り返れば、観客の中に紛れ込んでいる貴族達の一団。社交界で見たフェッタ家の長子グリス=フェッタ、ナハース家の長子ロダン=ナハース含め纏まっている黒髪の魔法使い族マジシャン達はブラータン家血族の者だろう。多くは黒髪の魔法使い族マジシャンであり、ゴールドン家の者やキレスタール王の姿はない。


 目を見開き固まる貴族達の姿にフェイスマスクと兜の裏で小さく笑みを浮かべながら、再びマクセル=ブラータンへと振り返る。


「白昼夢でも見ましたかな? 砂漠の真上でもあるまいし、それがし達は蜃気楼ではありませんなぁ? ねぇ貴族様よ?」

「貴様ら……死体が上がらないとは聞いてはいたけれど、あらあら化けて出たとでも? 笑えないわねお化けさん?」

「足ならちゃんと付いてんから。この距離で暴れちゃう気ぃ? やめといた方がいいんじゃね? ねぇソレガシ?」

「ただカップルコンテストに出に来ただけなのに魔法撃たれたら草も生えない。こんな観客の目が集束するど真ん中で魔法都市の貴族が誰とも知らぬそれがし達に矛を掲げると? まさかまさか。ですよなぁ?」


 口元を笑みの形に固めながらも、奥歯を噛み締める鈍い音を響かせるマクセル=ブラータンを前に首を傾げ身を揺らし戯けて見せる。観客達の目こそが大いなる盾。闘技場の上ならまだしも、ミスコンの会場の上。戦闘行為こそ寿命を縮める。


 加えて手を伸ばせば届く距離こそが、マクセル=ブラータンの動きを阻害させている最大の要因。魔神の眷属には大きな弱点が一つある。理論上はおよそ全ての魔法を扱えるチートではあるが、その為には魔法の完全詠唱が不可欠。よって魔神の眷属の最も簡単な攻略法は、魔法詠唱始められようが、詠唱が終わる前に近付き物理で殴ればいい。


 その為に社交界の翌日から続けた組み手地獄。無論己の弱点を魔神の眷属も補う術を考えているだろうが、機械人形ゴーレムを背負った今、殴り合いでそれがしもギャル氏も負ける気はない。


「えーそれでは飛び入り参加を決めたお二人に早速インタビューしちゃいましょう! 今のご感想は?」

「アンタ邪魔、リムってて」

「禿同、ROMってて貰えますかな?」

「え、えー……カップルとして惚気話の一つでも」

「あーしらにそんなのねえから。ソレガシとの惚気話喋るとか激萎えありえんてぃ」

「辛辣過ぎて大草原。カップルコンテストに応募した意味よ」

「あははは、ちょっとお持ちを……ッ。ちょっと運営ッ、なんで予選通過させたのよこいつらッ、てか一人書類の写真と全然違うんだけど⁉︎」


 そそくさ寄って来た司会のお姉さんは口元から拡声器マイクの魔法具を外して最前列に座っているらしい運営の人々に文句を口にしながら詰め寄って行く。本当になんで予選通過させたんだろうね? 不思議だね? 本戦出場者から多くの推薦とか言ってたけど、多分それ今爆笑してるトート姫とチャロ姫君の所為だわ。はしたねえぞ姫様方マジでッ!


「なるほどね……トート=ヒラールにハメられたってわけね。でもそれで私達の計画を止められたとお思い? 砂漠都市に踏み入れた時点で、ほとんど貴様らは詰んでいる」

「砂漠都市が相手でも?」

「トート=ヒラールの回し者め、知らないわけではないでしょうに強がっても惨めよ? トート=ヒラールは次期王位第三継承者。日々兄や姉と王位争奪争いしている天邪鬼の言葉を砂漠都市の者達が信じるとでも? 『炎神戦盗団アバンチュール』が動いていないのがその証拠」


 マジかぁ、知らなかったわ。今知ったよッ。そうなると……そうなるとだ。魔神都市の計画を完全に知っているのは、トート=ヒラールとその私兵のみ。『炎神戦盗団アバンチュール』の本隊は動かず、王位第一、第二継承者に話が漏れないように、そもそもトート姫は砂漠都市の上層部に話を通していない可能性さえある。


 うむ、


 砂漠都市に来るのに、『炎神戦盗団アバンチュール』やヒラール王家並びに上層部の動向など、気にするのは邪魔になるかならないかで、そもそも期待などしていない。敵にならないだけで十分。ほくそ笑むマクセル=ブラータンを前に肩を竦めて見せ、数歩足を下げる。トート姫の傍へと。


 トート=ヒラールの回し者。昇降機の双騎士エレベータヤンキース。その呼称今は存分に活用させていただこう。


「姫様もう少しご自分のこと話していただけますかな? それがし政略にはうといのですから」

「あらごめんなさいね、の騎士達。でも問題ないでしょう?」


 あるよ。わざわざ自分のって強調するなッ。チャロ姫君が横で睨んで来てんよッ! 怖いよッ! だからこっち見んなッ! 頼むから今は何も言わないでくださいお願いしますッ!


 マクセル=ブラータンと向き合い、観客の歓声が響く中ただただ時間だけが過ぎて行く。それがしとギャル氏はもう放って置こうと本戦出場者のインタビューに移行していた司会のお姉さんが、それがし達を横目に睨みながら、トート姫の前に拡声器マイクの魔法具を差し伸ばした。


「姫様もコンテストへの意気込みを!」

「ボクが全部奪ってあげるわよ。全部をね。ねぇチャロ?」

「我に喧嘩を売るとはいい度胸だトート。オールベットし身包み剥がされても泣くんじゃないわよ?」

「あははは……っ、えー、マクセル様も意気込みを……」

「会えるといいわね、明日もここで」

「あははは……っ、私司会降りてもいいですか?」


 司会役のお姉さんお疲れ様です。目をギラつかせて睨み合う美少女達の恐ろしさよ。口にするミスコンの意気込みではない意気込みを察してか、司会役のお姉さんの顔色がやばい事になっているのに誰か気付いてあげてくれ。


「以上本戦出場者のお披露目でした!!!!」


 と、投げやり気味に叫ばれた司会役のお姉さんの声を合図に、ローブの奥から機械の腕を差し伸ばしてギャル氏を掴み身を翻す。観客の中に跳び込み紛れるトート姫を横目に見ながら、身を倒して走り出し、すれ違い様にずみー氏に「また後で」と告げ洞窟網に繋がる穴へと飛び込んだ。


「ちょちょちょソレガシ⁉︎ んでダッシュで逃げ一択⁉︎ しずぽよ達とやっと再会できたのに⁉︎」

「今繋がりがバレるのはまずいのですぞ! それがし達が生きているとバレた以上、間違いなくやって来ますな!」

「何が‼︎」

「暗殺者」


 トート姫が王位継承問題で砂漠都市上層部に話を通していなかったとしても、最終的に恥も外聞も無く泣き付くという手段が存在する以上、ミスコンの応援を盾にやって来ている魔法都市の貴族達からすれば、ミスコンが終わるまで、本戦開始前にそれがし達を消したいと思うはず。


 だからこそ、貴族達が居る前に留まるのはまずい。人二人走るのにも十分な大きさを誇る洞窟内の通路を歩く小鬼族ゴブリン達。種族として生活しやすい場所で生活圏が分かれているのか知らないが、身長差のおかげでこれでは通行人に紛れる事はできない。


 洞窟の天井にぶら下げられているランタンの灯りを追うように足を出し続ける中、機械の腕で掴んでいたギャル氏が小さく肩を跳ねると後ろへ振り返り噴き出した。


「やっべッ⁉︎ マジで来てんだけど⁉︎」

「もうですかな⁉︎ 来るとは思ってましたがこのタイミングッ、貴族達が護衛に連れて来た『魔導騎士団ミステリーサークル』の精鋭ですか‼︎」

「いや違うっぽい。なんだっけ? ダキニなんたら」

「なんでや……ってマジですぞ⁉︎ なんでぇ⁉︎」


 振り返れば灯りの下で揺れている鉢巻き巻かれた橙色の頭髪。武神の都市からやって来たらしい流浪の武人、ダキニ=パー=グレイシーが全速力で追って来ている。その奥に見える黒い髪の者達は、おそらくブラータン家一門の『魔導騎士団ミステリーサークル』。


 各王都の騎士達どころか他の勢力さえ魔法都市は取り込んでるのか? 地を削る勢いで走って来るダキニ=パー=グレイシーの速度が馬鹿にならない。十数秒後に掴まる未来を思い描き、ギャル氏の名を一度叫んだ。


それがしにお掴まりを! ちょっと本気出しますから振り落とされても文句は受け付けませんぞ‼︎」

「オケ‼︎」

「ぶッ⁉︎ だからって首絞めろとは言ってないだろ常考⁉︎」


 背に抱き付き首に腕を回しそれがしを落とそうとして来るギャル氏を身を振ってそれがしの前に回しながら、ローブを脱ぎ捨て鋼鉄の両碗を大きく広げる。


 プシィ──────ッ‼︎


 噴き出す蒸気。手首の球関節から手のひらへと小さく飛び出している歯車が回る音が洞窟内を駆け巡る。伸ばした手のひらを通路の岩肌へ押し付け腕の歯車で通路を駆ける。薄く削り飛び散る岩壁の破片を置き去りに、ギャル氏を腕で抱えながら通行人を避け腕で走るそれがしに掛けられる通行人の文句は聞き入れない。


 パシリ。


 それがしの肩に手が置かれる。手を辿れば加速しても変わらずに風に揺れる橙色の頭髪。ランタンの灯りを映す青色の双眸を前に、強引に身を捻り、ダキニ=パー=グレイシーの腕を外しながら洞窟の天井へと鋼鉄の腕で走る。歯車の回転を止めず円柱状の通路を回りながら走る中、逆さになった大地を駆けながら流浪の武人は笑みを深めた。


「見慣れぬ動きをするな機械神の眷属‼︎ 面白い‼︎ だが、その抱えた女は置いていけ‼︎」

「ギャル氏狙い⁉︎ なぜ⁉︎ それが魔法都市からの指示ですかな‼︎」

「決闘だ‼︎ 決まっているだろう‼︎ 見間違えるはずもなし、城塞都市より騎士称号を授かった眷属の話は知っている‼︎ いざ尋常に勝負也‼︎ 魔法都市など知るかァッ‼︎」


 えぇぇッ、魔法都市関係ないとか変な奴が釣れてんだけど⁉︎ 面倒くさいどころの話じゃねえ‼︎ 『魔導騎士団ミステリーサークル』の追手置き去りにして走る程の奴がそんな、そうだ決闘しよう! みたいな気軽さで追って来んな‼︎


「……ギャル氏、ご指名ですぞ」

「いや……なしよりのなしだから。ソレガシゴー即去り!」

「ですよねー、でも武神の眷属のルール的にお断りはNG」

「それな。んじゃルール変えよう、ナウしか」

「それはそれがしじゃなくて武神パートゥルー様に言え定期」

「なるほど理解した‼︎ 走りながら闘ろうと言うことだな‼︎ それもまた一興也や‼︎」


 なにも理解してねえなッ‼︎ 大地を踏み砕き天井に飛翔し突っ込んで来るダキニ=パー=グレイシーの姿に急激に血の気が引く。


 虫眼鏡で覗いたかのように、地を走っていた流浪の武人の顔がまばたきしてもいないのに目と鼻の先にある。


 差し伸ばされる武人の腕をそれがしの首から腕を離したギャル氏が蹴り弾く。天井を鋼鉄の腕で弾き宙で落ちて行くギャル氏を再びキャッチし走り続けるそれがしに並ぶ橙色の影。


 その間を魔力の閃光が走り抜け、それを追うように竹箒に腰掛けたマクセル=ブラータンが顔を伸ばす。ランタンの灯りを手繰るように手を伸ばし、肩に掛かっていた黒髪を手で払う。口元に微笑を携えて。


「逃すと思うお間抜けさん?」

「決闘ではなく乱闘がお好みか? 闘れるのなら私は全く問題ないぞ‼︎ いざ尋常にッ‼︎ 拳で語り合おうじゃないか‼︎」

「……あの一言はギャル氏にお譲りしますぞ」

「あーもーッ! ドチャクソメンディーッッッ‼︎」


 マクセル=ブラータンを追い、走るのをやめ飛んで来る『魔導騎士団ミステリーサークル』の影を視界の端に捉えながら、武人と魔女と睨み合う。マクセル=ブラータンの指先が光の尾を引き、ダキニ=パー=グレイシーが天井の岩肌を蹴り跳んだ。蒸気を噴き出し伸ばす二本の魔法射撃兵装の筒。ギャル氏を上に放り投げ、ホルスターの小太刀を引き抜いた。

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