31F 盗賊達の都 3
フォルム。
古代ローマで呼ばれた公共広場であるそれは、公共施設や列柱廊で取り囲まれた計画的なオープンスペース。政治、司法集会、宗教儀式、数多の社会活動が行われる中心地。
砂漠都市ナプダヴィのスルブゥア広場もそれに近い。ナプダヴィを支える一枚岩をくり抜いたような緩やかな半球状の広場は、周囲を多くの宿や公共施設に取り囲まれており、地下部分から来る者の為に洞窟網と繋がっているだろう穴が一定間隔に空いている。
半球状の内側に凹凸ある
額に垂れる一筋の汗は熱に浮かされてか冷や汗か。最前列にクララ様と共に座っている、社交界で一度遠巻きに見たマクセル=ブラータンの姿。長めの黒髪を首の後ろで結っている女性を眺めながら、隣のギャル氏を肘で軽く小突く。
「……他の貴族達は見つけられましたかな?」
「いや、りーむーでしょコレ。何人いると思ってんし。種族もバラバラパラダイスで、来てないんじゃね?」
大型クレーターとも言えそうなスルブゥア広場に集まっている群衆。最前列近くは記者達だろうが、それ以外の観客の数がもの凄い。それなりに歴史あるコンテストなのか知らないが、姿形まるで異なる多種族の観客達。貴族達が紛れていたとして見つけるのも容易ではない。
「かもしれませんな。ひょっとするともう巫女確保の為に裏で動いている可能性も微レ存」
「マ? でもさ、賞品得る為に隠された物渡さなきゃいけないんなら、優勝はコイツ! みたいに発表あんだろうし分かんじゃない?」
「ないのですよそれが。盗賊祭りは祭りであって大会ではないので」
隠された物を見つけ出し、砂漠都市ナプダヴィに本部のある盗賊祭り運営委員会に本物かどうかの判断をして貰った後に聖堂、神殿へと通され神の火と交換。勝利者など高らかに宣言などしたら、祭り中以上に勝者から神の火を奪おうと強盗達が群がるのは当然。強奪大歓迎でありながら、勝利者への最低限の配慮はしているという訳だ。
だからこそ、魔法都市の動向を追うには聖堂近くで張ってるのが一番ではあるのだが、間者が貴族達内部にいる以上動向を探るのは各王都の騎士達に任せている。外側からはトート姫が追ってくれてるし。
「でもいないねぇ、美神の眷属。参加辞退的な? 見たかったのに」
「探す相手違うよ」
魔法都市の貴族達探せや‼︎ ミスコンの優勝候補だろう美神の眷属はどうだっていいんだよ‼︎ コンテストはコンテストで楽しむ気満々か⁉︎ 美神の眷属筆頭とか……ッ、美神の眷属筆頭とかッ、
「皆様大変お待たせ致しました! 只今より第五〇回となるミス=ナプダヴィ=コンテスト並びに、各コンテストの本戦出場者の発表を始めたいと思います‼︎」
背の小さな
「お一人目は皆様ご存知ッ! 諸島連合ドルドロに生まれ諸国を旅して回る流浪の武人! ダキニ=パー=グレイシー‼︎」
一人目の紹介に思わず噴き出す。全くご存じではないのだが、最前列で立ち上がりステージ中央へと緩やかに足を出す長身の女性。へそ出しタンクトップのような服に、足の裾がダボついた動きやすそうな白いズボン。素足で岩肌をさする音が薄っすらと聞こえる。
鉢巻のような物で幾重にも巻かれた頭からは橙色の短かな髪がところどころ覗いており、青っぽい瞳をギラつかせ腕を組み立つ姿は武人でしかない。参加するコンテスト間違えてね? チラ見させてる割れてる腹筋がエグいッ。右肩に見える武神の紋章の深度十八。ギャル氏以外でちゃんとした武神の眷属初めて見たわ。
「うわぁ……服ダッサッ。アレって種族なんなの? ソレガシと同じくらい背ない? スタイルよきなのに勿体なぁ」
「うーむ……尖り耳見るに
「はーん」
「聞いてきた癖に興味なさげな反応ありがとうございます!」
だからもう聞かないでねッ‼︎
「お二人目は空の向こうからやって来た小さな落書きスト‼︎ 商人達のアイドル‼︎ スミカ=イリガキ‼︎」
「きゃああああ‼︎ ずみーぃぃぃぃッ‼︎」
「うるせッ⁉︎ 耳がッ⁉︎ 鼓膜がッ⁉︎」
ギャル氏の咆哮に耳がッ⁉︎ テンションのアクセル急に捻んな‼︎ ってか商人達のアイドルとかッ、それずみー氏の描く絵の売上的な話じゃね? ずみー氏の白い髪とは対照的に人気の源黒くね? あぁずみー氏が手を振ってくれている。ので振り返そう。隣でドルオタのように立ち上がり両手をブンブン振っているギャル氏は無視。
「三人目は魔法都市から‼︎ 美しさとは魔法なのだ‼︎ 大貴族のご令嬢マクセル=ブラータン‼︎」
黒い髪を
「四人目はファッション界に流星の如く現れた超新星‼︎ 美しさに種族の差は関係ない! 短命であるが故の儚きこの刹那の美を見逃すなぁ‼︎ クララ=シズクリ‼︎」
「きゃああああッ‼︎ しずぽよぉぉぉぉッ‼︎ しずぽよ可愛たんッ‼︎ しずぽッ、しずぽっぽッ!!!!」
もう何言ってるのか分かんねえなコレッ⁉︎ ってか痛いッ⁉︎ ブンブン振ってる手が
「五人目はこの方‼︎ 城塞都市トプロプリスの至宝‼︎ 誰が参加を予測できた⁉︎ ラビルシア王家の一人娘‼︎ チャロ=ラビルシア‼︎」
「ぶふぅぅぅぅッッッ!!!!????」
「ちょ⁉︎ ソレガシ汚いんだけど⁉︎」
うるせえッ‼︎ 今なんて? なんて言いました?最前列の席から立ち上がる影はなく、代わりに外側からゆっくりとスルブゥア広場の窪みの中に降って来る足音。観客達が道を開けた道の向こう側から浮上しやって来る黄金色の髪。
「はっはっはっはっはッ‼︎ 沸け観衆ッ‼︎ 来たぞ我がッ‼︎」
来てんじゃねえッ‼︎ チャロ姫君が目立つのもチャロ姫君の策の内なのだとしても目立ち過ぎだ‼︎ 探す手間省けたとかそれ以前の問題過ぎるッ⁉︎ 大きな笑い声を上げて緩やかにステージに向け歩くチャロ姫君と目が合い手を振られる。誰が振り返すかこっちも無駄に目立つわ‼︎
「はっはっは! ミス=ナプダヴィの称号をトプロプリスに持ち帰ってやろうじゃない?」
「いけないでしょうそれは。いけなくなぁい? ミス=ナプダヴィ=コンテストよこれ。ボクから奪おうなんて甘くなぁい?」
「ぶふぅぅぅぅッッッ!!!!????」
「ちょッ、もう! ソレガシぶつよ?」
ぶつならあの参加者達ぶて定期ッ‼︎ チャロ姫君がステージを踏むのに合わせて反対側からステージに足を落とす盗賊の姫君。貴族達の動向見張ってんじゃねえのかよ‼︎ 「あ、六人目でーす」と告げられる淡白な司会のお姉さんの紹介に名を呼ぶ必要もないほどに観客達の中からトート=ヒラールの名を呼ぶ声が湧き上がる。砂漠都市の姫様がミスコンに参加してんじゃねえ‼︎ やらせ臭くなんだろッ‼︎ ってか同盟として仕事しろ仕事ッ‼︎
流浪の武人とやらにずみー氏、クララ様、マクセル=ブラータン、チャロ=ラビルシア、トート=ヒラール。現状だけで参加者の半数以上が知り合いのミスコンってなんだよ。沸き立つ歓声に頭を抱える。
────が。
バサリッ! と、歓声を吹き飛ばすような翼をはためく音が一つ響き、波が引くように歓声が突如として止んだ。
続く感嘆の吐息を耳にし思わず顔を上げた先、空浮かぶ太陽の中に佇む影が一つ。神が降臨するように翼をはためく音だけが支配するステージの中央に、白と黄入り混じる美鳥が一羽降り立った。
トート姫以上に説明不要。司会のお姉さんも
最高級の毛布にもない生気漂う気品ある羽毛。頭の先から爪先まで、どこを切り取っても黄金比の肢体。腕でもある翼が動く様は世界に極上の羽ペンを走らせているかのように優雅でありながら、膨れ上がる柔らかな空気を猛禽類の瞳が引き締める。
美神の眷属筆頭、深度二一。
魅入るとはこの事。生きた芸術品。完成された黄金比が崩れるのが恐ろしく、声を掛けるのも
静かになった会場をベルベラフ殿は見回し、ミスコンの参加者達に鋭い瞳を流すと、大きな欠伸を一つした。そしてそのまま瞳を閉じて動きを止める。
「……あれ? ん?」
何も言わずに立ち呆けるベルベラフ殿を見つめ首を傾げる。固唾を呑んだ見守る観客達を見回し隣のギャル氏を小突き一言。
「あの人寝てね?」
「マジありえんてぃ」
「ンゴゴゴゴゴゴ……zzz」
ってか
深いため息を吐いたクララ様の目が座り、眠ったまま立つベルベラフ殿にビンタ一閃。容赦ねえなッ! 外交問題になんねえのコレッ⁉︎ 地を転がり小さく頭を振り身を起こすベルベラフ殿をクララ様の冷徹な瞳が見下ろす。
「ベラ‼︎ また真昼間から意識が自分探しの旅にゴートゥーしてるんだけど? 私前の撮影の時きみに言わなかったっけ? 次寝たらお仕置きって」
「わぉー、クララじゃんどうしたんよ怖い顔して? ふわぁあ、じゃあおやすみー」
「まだ寝ボケてるわけ? あぁそう、質の良さそうな絨毯ね?」
「わぁわぁ踏むの禁止ぃ! 私は夜行性なんだってばぁ‼︎ はいはぁい立ちまーす! クララったら顔怖ぁいんだからもぅ! 折角の美人が台無しよん?」
「きみにだけは言われたくないんだけど?」
そう言えばクララ様はベルベラフ殿と雑誌の表紙飾ってましたねはい。仲良さそうで良かったですねはい。良かったのか? ミスコンが漫才グランプリみたいになってるけどいいのか? なんにせよ気を取り直した司会のお姉さんが「七人目です」と告げ進行に戻る。残念な美人しかいなくねこのミスコン?
「これしずぽよ勝てんじゃね?」
「勝っても不名誉しか得られなそうな件について」
「それな」
「はーい! 以上がミスコンの参加者となります! ミスターコンテストとカップルコンテストの参加者はえー、この方達です」
ミスコン以外の参加者紹介雑だな‼︎ ミスコン以外はオマケなのか知らないが、後はその他みたいな紹介するなよ。立っていいの? みたいな顔してミスコン以外のコンテストの参加者困ってんじゃねえか‼︎ グダグダな進行やめろ‼︎
「えー、飛び入りからの参加者ですが、残念ながら今年は大変なハイレベルとなっており、残念ながらミスコンへの予選通過者はおりません」
そりゃそうだ。混じりたくないよあんな中に。それぞれの性格は置いておき、見た目だけならベルベラフ殿とクララ様を筆頭に勝てる気がしない。見た目だけは最高峰。見た目だけは……。
「ただカップルコンテストには予選通過者が一組います。本戦出場者の多くから推薦のあった……えー、
「ぶふぅぅぅぅッッッ!!!!????」
「ソレガシ‼︎ はいスリーアウトだから‼︎」
ギャル氏の拳が
「騎士様ぁぁぁぁ‼︎ グランプリ間違いなし‼︎ 引っ込め脳筋でございます‼︎」
クソがッ‼︎ どっかから聞き慣れた声の声援が聞こえて来やがるッ‼︎ 一応出んのカップルコンテストらしいのに片方引っ込んでどうすんだよ‼︎ いや、そんなマジレスしてる場合じゃあねえ‼︎
ギャル氏の拳を受け群衆の中転がりながら親指の爪を噛む。
こうなったらもう、乗るしかないこのビッグウェーブにッ‼︎ 目立つ事を逆に利用し相手の動きを読み切るしかないッ‼︎ 砂漠都市以上に寧ろ魔法都市の貴族達の注目を奪えると考えれば、ありよりの……なしだわぁ。絶許ッ。
学ランの内ポケットからバンダナのフェイスマスクを取り出し口に巻き、ホルスターの黒レンチに手を伸ばす。ギャル氏に目配せすれば察してくれたのか、手近にいる観客の纏うローブを剥ぎ取った。こういう時だけ察しいいなマジでッ。
「
「プシィ──────ッ‼︎ 行きますかな青騎士殿。予定が少し狂いましたが、一度目となる貴族達の間抜け面を拝みに行くとしましょうぞ」
「りょ! ノリいいじゃん黒騎士ちゃん。こうなったらミスコンもミスターコンテストもカップルコンテストもあーしらで総ナメ安定っしょ‼︎」
「いや、それはどうでもいいですぞマジで」
ギャル氏に小突かれながら足を踏み切り、ステージ上に飛び降りる。他の参加者達など関係ない。
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