砂漠都市ナプダヴィ 編

29F 盗賊達の都

『ミス=ナプダヴィ=コンテスト。開催中‼︎』


 手にしていた広告チラシが砂混じりの風に拐われ飛んで行く。朝陽に包まれながら波打ち空を泳ぐ広告チラシの影に混じる無数の空飛ぶ絨毯の影。その影を一身に受ける砂をまぶされた岩が一つ。


 かつて英国の探検家にエアーズロックと名付けられ、『地球のへそ』とも呼ばれるオーストラリア大陸の先住民から聖地として大切にされてきた、ウルルとも呼ばれる巨大な大岩に負けずとも劣らない巨大な一枚岩の肌に添い建てられた都市。


 炎神が治める城壁要らずの盗賊達の楽園、砂漠都市ナプダヴィ。


 一枚岩の肌からそのまま削り出した家々と、ありの巣のように一枚岩の中くり抜かれた洞窟達によって描かれた多重構造の街。街の中を駆け巡る止まぬアラブ民謡のような曲と歌。日常が宴会であるかのように、街角の至る所で踊っている踊り子。アリムレ大陸の王都、強奪と情熱の都、


 風に流された地を這い回る砂達を追うように、赤っぽい大岩の大地に足を伸ばす。緩やかな坂道を登りながら坂ノ下へ振り返れば、色とりどりの香の煙に混じって、大岩の麓で蒸気の白煙が上っている。


 魔法都市から出立し、終点でもある砂漠都市の蒸気機関車の駅舎。


 魔法都市を発ち、蒸気機関車の旅で一日。盗賊祭りを盛り上げる為か、砂漠都市で開催されるミスコンの初日。


 元の世界に帰る為、神に御目通りする為に必要な神の火を求めて参加した盗賊祭り。


 その祭事の盛り上げりを利用し、砂漠都市を堕とそうとダルカス=ゴールドンを利用し計画を練り動いている魔法都市の魔神の眷属である王と貴族達。


 あらゆる問題の終わりの始まりの日。街から滲む騒がしさは、それを祝福しているようでもあり、また、狂乱の序曲のようにも思えてしまう。誰かが思い描く終わりを台無しにする為に、打てる手はもう打った後。準備した旅のしおりをなぞるように、後はもう足を進ませる以外にやるべき事はない。


「……ねぇちょっと、もう脱いでもいんじゃね? ここまで来たらもうバレても一緒的な?」

「……まぁそうですな。駅からは大分遠去かりましたし」


 横から零される何度目かも分からない脱衣宣言にため息を吐きながら頷き、纏う魔法都市製の布を脱ぎ捨てる。フードの奥から現れる青い髪。風に拐われ道端に飛んで行った布は、通り掛かった街の住人が拾うと誰に許可を取る事もなく持って行ってしまう。「泥棒‼︎」などと一々叫ばずそれを見送り、蒸気機関車を降りる前に着替え終えていた改造学ランの裾を引っ張った。


 組んだ手を天に伸ばしてノビをするそれがし達の冒険者パーティーのリーダー、梅園うめぞの桜蓮サレンの揺れる青いサイドポニーと改造セーラー服を横目に見ながら、それがしも持つ三味線入りのケースを担ぎ直し、一度首の骨を鳴らす。口元をフェイスマスクで覆えないのが少し落ち着かない。


 蒸気機関車での道中は、魔法都市の貴族達に正体がバレてはいけない為、それはもう気を張った。一時間毎くらいに問題がないか聞いてくんだもん。問題ねえって言ってんのにッ。蒸気機関車から降りる貴族達を見送った後も、蒸気機関車をそれがし達が離れる瞬間さえ見張られているような気がして心休まらなかった。


 だが、気にするのももう終わりだ。後の貴族達の動きは、仕込んでいる間者達である格王都の騎士達に任せる。


「……大丈夫だよね? 他の機械神の眷属達さ」

「砂漠都市まで貴族達を運べば仕事はお終い。口封じなど考えずとも大丈夫ですぞ。例え殺しさえ許容されていようとも、騒ぎは必要ないでしょうからな」

「そ。サッパリン達は? 降りる時話せなかったし別行動しちゃってるけど」

「おそらく一足早く砂漠都市に到着しているであろうチャロ姫君を探しているのかと。サパーン卿達にはそれがし達の動きもう伝えていますし、もう気にせずとも結構」


 ギャル氏の疑問に答えながら歩き続ける。来たばかりで勝手知らない砂漠都市の中、練り歩きながら兎に角街の空気感に目を流す。


 サパーン卿達の雇主は元々チャロ姫君。チャロ姫君がいるだろう場所では、サパーン卿達の行動方針を決定する命令権はチャロ姫君が持つ。故に砂漠都市を踏んだと同時に、既にサパーン卿達は、大枠では同じチームではありながら、細かく見れば別チーム。行動を共にする期間は終わりだ。


 故にそれがし達が砂漠都市で動く上で、行動を同じくできるのは、ミスコンを目指しやって来ているだろうクララ様達と、魔法都市で組む事を決めたトート姫、機械神の眷属筆頭ロドス公、格王都の騎士達。これで全て。


「本日の夜に一度全員で顔合わせする予定ですからな。それまでは砂漠都市を散策するとしましょうぞ」

「時間あんの? 魔法都市の貴族達もう来ちゃってんけど?」

「ミスコンの広告チラシ眺めて先程確認しましたとも」


 ミスコンの開催は今日からだが、本日は参加者のお披露目が主であり、グランプリの決定は翌日。少なくとも、『到着! じゃあ戦争!』といった具合には始まらない。そんなちょっとの衝撃で即開始、ニトログリセリンみたいな始まり方は御免被る。


「魔法都市の者達は炎神グラッコを殺す気ですからな。戦争を始めるにも、炎神の眷属の力を無力化してから。つまり炎神の巫女を確保してからでしょうから。まず今日は動かないと思っていいでしょうな」

「んでよ?」


 魔法都市の貴族達が砂漠都市に踏み入り、少なくとも砂漠都市も警戒しているはずだからだ。表向きはミスコンに出場する魔法都市の大貴族が一つ、ブラータン家長女の応援ではあるが、トート姫が砂漠都市に大きく動くなと通達したとしてもまるで警戒しないのも変な話。故に初日はお互い静観するはず。


 つまり、ある程度砂漠都市の地理を把握し、作戦の軌道修正の為の残された時間は今日一日。


「ですからまぁ」

「しずぽよ達と合流ね。……大丈夫だよねみんな? 来てんかなちゃんと」

「大丈夫でしょうぞ」


 盗賊祭り以上に、わざわざ日程決められているミスコンに出るとクララ様は雑誌に取り上げられてまで集合場所を明確にしてくれた。別段そう文字や言葉で伝えられた訳ではないが、それを見て知ったなら、それがし達の友人ならば間違いなく今日に遅れない為に砂漠都市に来ているはず。


 だからこそ、詳細な集合場所も決まっているようなもの。クララ様がミスコンに出場を決めている以上、出場者用の宿泊施設へと向かえば、間違いなくクララ様はいる。故に向かうのはその宿だ。


 ミスコンの会場であるスルブゥア広場とやらに程近い宿目指し足を運べば、炎神の眷属の紋章以外の紋章を貼り付けた者達の姿がちらほらと見え始める。どこが参加者用の宿なのか、宿の名前を知らずとも、広場に近付けば自ずと知れた。


 やたら人が入り口付近に群れている宿が一つ。パパラッチなのか写真機の魔法具を手にした者も幾らかいる。出場者に美神の眷属筆頭もいるからか、それらを狙っての事だろう。


 一々足を止める事なく、岩造りの大きな宿の中へと踏み込めば、中は外とは違い人影少なく、臙脂えんじ色の絨毯に覆われた床に添い周囲を見回せば、冒険者ギルド以上にしっかりした受付の近く。ミスコン関係の受付らしいテーブルがあるので其方の方へ足を向ける。


 盗賊族シーフらしい褐色の肌を隠さずに薄着で椅子に足を崩し座っている眼鏡を掛けた女性の前に立てば、尖った耳に付けられたピアスを揺らしながら女性は顔を上げた。


「あのぉ」

「報道関係者……じゃなさそうね。はぁ、まぁた飛び入り参加希望? 今年は飛び入り諦めな。お兄さんの顔見るに、予選通過も無理じゃない? 今年の本戦出場者やべえから。お帰りはあっち」

「違えわ」


 受付の癖に失礼過ぎねえ? 初対面の奴になんで顔をけなされなきゃなんねえんだよ! 飛び入り参加可能かどうかなど聞いてはいません。ミスター=コンテストも同時開催なのか知らないが、それがしには縁なき話である。舌を打てば、舌を打たれ、受付のお姉さんと睨み合っていると、笑うギャル氏に肩をバシバシ叩かれる。


「そ、ソレガシッ、お初顔合わせでのお断り率がやばくね? 最早持ち芸じゃんっ。ウケ狙ってる?」

「怒っていい?」

「待ち待ちっ、髪の所為だってほらっ、変装の為に下ろしたまんまで陰キャダサみパないモードだからだし。はい髪上げてー」

それがしのキャラってそんな髪上げたくらいで変わらないだろ常考。それで変わったら大草原」

「あー……あーお兄さんそういうタイプね。髪上げればまぁまぁ……うーん、お試しに出てみる?」

「なんでや、草投げ付けんぞ?」


 それがしの見た目どんだけ前髪に左右されてんだよ‼︎ ギャル氏に髪掻き上げられてピン留めされただけで飛び入り参加許可とか舐め腐ってんだろ‼︎ だいたいそれがしは飛び入り参加希望者じゃねえ‼︎ そういうタイプってどういうタイプだ‼︎ それがしでは拉致が開かないと入れ替わるようにギャル氏を受付のお姉さんの前に押し出す。


「あー……おっけー、ベストカップル賞狙ってる?」

「お主マジかッ、その前に話聞いて貰えます?」

「それは予選で話してくれればいいから。惚気話とかここでするなら死にたくなるから聞きたくねえ。コンテストの参加者は宿泊料金割引ね。まぁ飛び入り参加者の予選は書類審査だけだし、じゃあ書類出して」

「いやそうじゃなくてですなッ、ですから話を」

「ないの? しょうがねえなあ、そこに予備あるから昼前までに出してよ?」

「話を聞いて‼︎ 一回でいいから‼︎ 耳付いてんですかなお主⁉︎」

「あぁもう数日前から似たような話何度も聞かされてウンザリなの分かる? はいもう行った行った!お姉さん頑張りなー」

「あざまる水産了解ナリ! 宿泊料金浮くとかマジラッキー‼︎ ついでに志津栗しずくりクララって子の宿泊部屋知ってますぅ? あーしのダチコで」

「ダチコ? よく分かんねえけど、知り合いってんならいいか。同じ人族みてえだし。402号室ね」

「……おーい」


 それがしの知らぬ間にそれがし透明人間化してね? 予備の白紙の書類を手にギャル氏へ宿の受付へと走って行ってしまう。宿に来た主旨変わってんぞ。元々夜の集合場所はクララ様の宿泊部屋にしようと話はしているが、それがし達まで飛び入り参加しようなんて聞いてない。ミスコンの受付のお姉さんの前でそれがしギルド見えていないのかと手を振れば舌を打たれる。見えてんじゃねえか‼︎


「ソレガシあーしら401号室でいいって! やったじゃんね‼︎」

「なんもやってねえですぞ⁉︎ 余計な出費⁉︎ ってか飛び入り参加する気満々かお主⁉︎」


 宿に来た主旨が変わってんじゃねえかッ⁉︎ ミスコン以外にどんなコンテスト一緒にやるのか知らないが、飛び入り参加などノーセンキューッ。戦争に飛び入り参加決め込んでんのになんでコンテストにまで飛び込まなきゃ行けねえんだよ‼︎ 別の場所だろ飛び込むなら‼︎


「ソレガシと一緒ならどうせ書類審査で落ちんから一泊くらいよくね?」

「……それがしをハンデとしか思ってないその精神に乾杯」


 それがし知ってるよ。エンジンフルスロットルのギャル氏は止めようないって事。事故だよもう。ギャル氏の中ではダルちゃんの為に動く事と、コンテストへの飛び入り参加権使って宿取る事は別枠らしい。ギャル氏に背を押されながら廊下を進み、昇降機エレベーターを前に肩を落とす。


「部屋二つ取る意味よ……」

「しずぽよ達もいんのに男女一部屋で泊まるとかありえんてぃだし。ソレガシ自重。クソ覗き魔は今引っ込んでてくれる?」

「あーそういう……って、ギャル氏それがしと二人の時ってそんな気にしてなくないですかな?」

「最初がアレだったからソレガシとは慣れた的な?」

「あぁ……最初がアレでしたからな」


 都市エトでダルちゃんの自室かしていた一つしかない宿泊部屋共同で使うしかなかったからな……。ダルちゃんがあんまりそういうの気にしない性格だったおかげでどうにもその部分の感性が歪んだ気がする。扉の開いた昇降機エレベーターに乗り込み四階のボタンを押し、昇降機エレベーターは零したため息を置き去りに上昇すると四階で止まった。


 異世界から風景が変わっているはずもない事に少しばかり安堵しながら廊下へと踏み出し、402号室の前で足を止め扉をノックする。返事などはなく、少しして扉がゆっくり開いた。隙間から徐々に見えてくる茶色い長髪。砂漠都市でもよく見る踊り子風に彩られたセーラー服を目に、それがしの横から青色が跳び出しフロア上の女王様に抱き付いた。


「しずぽよぉ‼︎ ドチャクソお久でもうッ、もうッもうッ‼︎ マジ心配したんだかんね‼︎ 無事だとは思ってたけど‼︎ 思ってたけどぉ‼︎」

「レン……レン? 本当に? レンレンッ‼︎ あーもうっ、こんなサプライズ要らないってばッ! それに……っ」

「お元気そうですなクララ様…………安心しましたぞ」


 抱き合うギャル氏とクララ様を見る事ができ、ようやく肩の荷が一つ降りる。ファッション雑誌で生存報告は受けていたが、己が目で見れてようやく確実な安心が得れた。微笑むクララ様に細く息を吐き出し、緩む肩が落ちないように腕を組み立っていると、ギャル氏としばし抱き合い満足したらしいクララ様がそれがしの前に立つ。


「ソレガシきみさぁほんとにっ…………正座して」

「ぶふッ⁉︎ うっそだぁッ⁉︎ 来て早々にそれがし正座⁉︎ なんでそれがしだけハグもなしで正座⁉︎」

「当たり前でしょうがッ! 異世界は悪い場所じゃない? えぇそうね悪いどころか最悪よね‼︎ 私がどれだけ苦労させられたかッ‼︎ ゴミ屑みたいな私の感想聞かせてあげるわよ‼︎ きみは愚痴放り込むゴミ箱役に徹しなさい‼︎」

「廊下で⁉︎ バケツ持って立たされるよか酷い扱いに草も生えない⁉︎」

「問答無用‼︎ 最後にやって来た奴への罰ゲームだから‼︎」

「最後にって……ッ、最後?」

「同志ぃ〜‼︎ めちゃんこ会いたかったぜぇ〜ッ‼︎」

「ファブッフォッ⁉︎」


 仁王立つ女王様に横を擦り抜け飛んで来た白い弾丸がそれがしの腹に直撃する。尻餅を着くそれがしに抱っこちゃん人形のように張り付く入柿いりがきすみか


 乱れる視界の中、ずみー氏の笑顔を前に目を瞬いていると、白い弾丸の軌跡を追って、白い綿毛のような頭髪を揺らしながらリングピアスのカチ鳴る音を響かせて葡萄原ぶどうはらあられがクララ様の背後から顔を伸ばして来る。


 それがしの予想通り、いや、予想以上に早く砂の大海を渡り切り砂漠都市に集合していたらしい友人達。それぞれの笑顔と怒ったような顔を見比べて、自然と口の端が持ち上がる。これだからどうにも、ギャル氏のダチコ達はギャル氏に負けず劣らず修羅の住人だと言うのだ。


「同志遅かったじゃねえかよぉ〜、あんまり遅いもんだからあちきもミスコンの出場決めちったぜ〜」

「…………ん? んん? ちょっと待たれよ? あー……ん? グレー氏?」

「おう! 久々だな兄弟ブラザー! 俺もバッチリ決めてやったぜ! 宿泊料金格安だってさ!」


 部屋の鍵らしい物を掲げるグレー氏とずみー氏の顔を見比べて顔を手のひらで覆い天井を仰ぐ。


 これだからどうにもッ! ギャル氏のダチコ達はギャル氏に負けず劣らず修羅の住人だと言うのだッ‼︎ 思考レベルが同じじゃねえかッ‼︎ 部屋四つもいらねぇぇぇぇッ!!!!




 

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