28F 某の冒険 3
「はぁ」
ギャル氏のため息が冒険者ギルドの
社交界の日から九日。今日が砂漠都市に乗り込む日。その早朝。必要な交渉は終え、打てる手は打った。連日続けた作戦会議と修行の結果を後は吐き出すだけである。わざわざ簡単に撃退できる方法を投げ捨てての作戦。失敗すればただの馬鹿。手を組んだ騎士達は寝返ったのがバレぬように、既に貴族達の下へ発った。
これからの作戦を成功させる為にも、第一段階である蒸気機関車に紛れ込むのが絶対の条件。これを逃せば、砂漠都市で開かれるミスコンに間に合わない。字面がひでえが、ミスコンの開催日が決戦日なのだからしょうがない。ロドス公からは既に蒸気機関車の改造は終わったと連絡を受けている。
憂鬱だろうが、緊張で胃が痛かろうが、もう
「だからギャル氏。気持ちは分かりますけどなぁ、ため息など零さずに」
「機械神の眷属の整備服ドチャクソダサいんだけど? 憂鬱だわぁ、さげみざわ〜」
「……遠回しに
憂鬱の理由それかよ‼︎ ギャル氏と
「サッパリンとジャッキーは魔法都市製の布に包まるだけで、あーしらは作業服っておかしくね? ちょい改造させてよせめて」
「作戦の主旨理解してます? サパーン卿やジャギン殿程
襟元を弄るのギャル氏の手を掴み、下に下ろさせる。既に姿ないサパーン卿とジャギン殿に、普段どこにいるのかも知らないトート姫。
六つ手に尻尾に有名人。目立つ三人はそれぞれ隠密能力が高いが故に別行動。集合場所は蒸気機関車。隠密のいろはなど修行していない
ギャル氏のお小言で時間を潰している訳にもいかず、さっさと裏口から出て蒸気機関車の駅に向かおうとギャル氏の腕を引けば、「ちょい待って」とギャル氏に止められる。
「いや、もう服は諦めて貰えますかな?」
「それはおけまる出航でいいんだけど、忘れ物だってばソレガシ。これは持ってかなきゃダメっしょ」
そう言ってギャル氏が暖炉の脇に置いていたらしい物を手に取ると、「オッケー!」と笑みを向けて来る。道具入れっぽいそこそこ大きな長方形のケース。着替えの服はサパーン卿達に任せたのに、何を準備していたのやら。
「準備はもう宜しいですかな? なんですかなそれ?」
「んー御守り的な? いいからゴーゴー!」
随分でけえ御守りだな。魔法都市で購入した多くの物は荷物になる為置いていく事に決定したのだが、持っていく物を選別でもしたのか。背を押して来るギャル氏の機嫌が悪くなれば作戦に支障をきたしそうなのでもう深くは聞かない。目覚まし時計的な音が出る物さえ入っていなければいい。
来た時よりも随分と寂しい人の少ない冒険者ギルドの中を見回し、裏口へ続く扉を開けてくれる受付嬢に頭を下げる。数の減っている冒険者。多くは
「……申し訳ありませんな従業員方。脅し文句のような事を言って今日まで協力して貰い感謝しますぞ」
「まあそれは、ただ私共も、ソレガシ様達のお話を盗み聞きでき、久々に冒険者ギルドらしいことができて楽しかったですとも。
「それは……」
「……
「冒険者ギルドとしては、冒険者が活躍してくれる事が一番ですから。これは冒険者ギルドからの貸しだと思っていただければ。それに、魔神の眷属全員が戦争を望んでいる訳ではございません。貴族達が発つ今日は安全確保の為に『
深く頭を一度下げ、受付嬢が開けてくれる扉を通り、裏口から外に出る。今こそ口元を覆う布が欲しいが、変装の為には付けられない。代わりに作業帽子のツバを軽く引き下げ目深く被る。
「……失敗できないねソレガシ」
「えぇ全く……結局いつもいつも……骨身に染みますぞ」
開き直ろうが、どんな手を打とうが。何かを成そうと決めた時、必ず誰かの力がある。相手の心を覗き見られればどれだけいいか。知らぬ所で力を貸してくれている誰かがいる事にふと気付く瞬間、何より無力を感じるのは卑屈だからか、それとも強さが未だ足りていないだけか。
この作戦は我儘に近い。
友人に泣かれて無力を噛み締めそのまま流して終わりにできる程、
ダルちゃんに拒絶されようが、否定されようが、どうなろうが、まずはその位置に立たなければならない。
冒険者ギルドの裏口から路地を通り大通りに出る。二週間近く魔法都市に居たはずが、ほとんど冒険者ギルドに篭っていたお陰で慣れない魔法都市の景色。優雅でいて壮観。ただ、その中には多くの奴隷が紛れており、地下には数多の死体がある。
「……ここの奴隷達って幸せなのかな?」
そう零しケースの取手を握り締めるギャル氏を横目に、小さく息を吐き出す。
「少なくとも必要ではあるのでしょうよ」
魔神の眷属にとってではなく、他の眷属にとって。
アリムレ大陸は優しい大陸だとは言えない。これはロド大陸にも言える事だが、人口は都市部に集中し、道が整備されている訳でもなく、眷属でなければ相手をするのも厳しい魔物が闊歩する自然溢れた世界。加えてアリムレ大陸は強奪が自由。弱肉強食万歳大陸だ。
すれ違う『
「魔法都市の受付嬢殿もそうでしたが、魔神の眷属全員が悪人という訳でもない。いや、そもそも魔神の眷属からすればこの戦闘計画は王都という位を簒奪した砂漠都市からその位を取り返す正統行為。悪人というのもひょっとしたら違うのかもしれませんなぁ」
「ちょっと……これから貴族達ぶっ飛ばすってのにそんなこと言う普通? テン下がんだけど?」
「……
偏った見方が正しいとは限らない。アリムレ大陸に住む弱者にとっては、強奪行為が普通に罪になる魔法都市は安全な場所。奴隷になったからと言って、誰しもが地下に廃棄される訳ではないはずだ。事実奴隷達は血色が悪い訳ではなく、質素だが貧相な服を着ている訳ではない。魔法の研究第一。おそらくそれが魔法都市の根っこ。
魔法都市の全貌を把握し正否を下せるような立場にいる訳ではなく、そこまで長く居つこうとも思わない。
見る視点を変えるだけで、魔法都市は弱者に優しい都市に見えるし、逆に魔神の眷属以外には優しくないアリムレ大陸らしい弱肉強食の都市にも見える。それはおそらくどちらも正しい。悪い見方と良い見方、どちらかだけでなく、見るならどちらもだ。
ダルちゃんの故郷。悪い面しかないなどあり得ないだろうから。それは、これまでのダルちゃんを否定する行為だ。嫌いでも、気に入らなくても、これまでがあるから今がある。
「
「ぶっ飛ばすなら一緒じゃね? 難しい話はパスパス。今あーしらが楽しくないから楽しくするだけの話っしょ? ついでにダルちぃの本音も聞き出せればオールオッケー。あーしらはダチコの味方なだけ。ってことでおけ?」
「そういうことで、まぁ結局いつもと変わりませんなぁ」
「それがあーしらの冒険じゃんね」
笑うギャル氏に笑みを返し、見えて来た鋼鉄製の玉葱屋根に口元を引き結んだ。砂漠都市へと続く蒸気機関車の待つ駅舎。さて、どう蒸気機関車に近付こうかと歩きながら首を捻っていれば、関係者以外立ち入り禁止らしい駅舎横の鉄扉の前で、
ギャル氏と目配せし其方へと足を向ければ手繰り寄せられるかのように扉の内に引き込まれる。
中に入れば線路の上。硝子と鉄で築かれた駅舎を目深に被った帽子越しに見上げ、蒸気を噴きながら待っている蒸気機関車を見て目を見開く。
元の世界でよく見る蒸気機関車とはまるで違う形状。煙突が出てへといるが、蒸気機関車本体の形状は、無骨い長方形の黒い棺桶のように見えた。縁起悪くて草も生えないッ。
蒸気機関車に近付けば、作業服上着たロドス公が降りて来て一礼くれるので頭を下げる。ロドス公に作業服壊滅的に似合わねえな。ギャル氏隣で噴き出してるし、ロドス公もムッとしないで頼むから。ロドス公とギャル氏の不仲が一番胃にくるわっ。
「いかがでございますか? 騎士」
「ううぇっほッ⁉︎ ゴホッ⁉︎ 自重しろ定期⁉︎ ゴホって⁉︎ ううぇっほっほ⁉︎ 呼び方考えてくだっほっほ⁉︎ ふぁい‼︎」
「風邪でございますか? それはいけないのでございます‼︎」
いけないのはお主だわ‼︎ 風邪じゃねえよ‼︎ 普通に騎士様とか呼ぼうとしてんじゃねえ‼︎ せめて声のトーン落とせ‼︎ 考えてぇ! ロドス公は大丈夫かもしれないけどバレたら蜂の巣だから考えてぇ‼︎ ロドス公を睨めば首を傾げられる。察せ‼︎ 頼むから察せ‼︎
「脳足りんの眷属に気を遣う必要などないでございますよ」
「お主ももう少し脳足してくれますかな? よくそれで改造の許可取れましたなマジで」
「
「話聞け定期」
誰もどう改造したのかは聞いてねえよ。どう改造の許可下りたのか聞いてるんだよ。この様子だとロドス公は運転手も兼ねるらしい。そりゃ改造した本人に運転を任せるのが一番だが、ロドス公貴族達怒らせたりしてない? 大丈夫? あと脳筋言うな、ギャル氏の顔見ろ。他の機械神の眷属も苦い顔……苦い顔してないなぁ……目がギラついてて逆に怖い。しかもなんか
「あ、あのあの、機械神の騎士様なのですよね? あ、握手してくださいっ」
「なんでや」
「あ、わ、私とも宜しければ」
「えぇぇ……」
いいとも言ってないのに入れ替わり勝手に握ってくるこの人達どうすればいいの?
「機械神の眷属初の騎士でございますからね。当然でございます」
「そ、ソレガシ機械神の眷属には人気とかッ、や、やばいツボったッ。え? ね、ひょっとしてファンクラブとかあっちゃったりすんの?」
「当たり前だろうが脳筋」
「あ、当たり前ッ。当たり前とかッ! あ、ああ、あたりめとかッ」
「干されてんじゃねえか。誰がスルメじゃ。はいもう乗って乗ってッ。外で整備員のフリは
「あっしがファンクラブ副会長」
「お主マジで一回黙って貰えます? ってか会長誰だ⁉︎」
胃がッ、出立前から胃がッ⁉︎ やべえよチャロ姫君の相手より疲れるッ‼︎
最近異世界でろくに『塔』の整備の仕事やっていないが、この先もう行きたくなくなってきた。ギャル氏を蒸気機関車の中に押し込みながらただただ肩を下げる。
ぽん、と。
そんな肩に置かれる手が一つ。もう握手はしたくないと肩に置かれた手を追い目を向ければ、立っている赤毛の男の姿に小さく咳き込む。
「いけないなどと聞こえたが問題でも? 費用を取るだけ取ってそれでは困るのだがな」
社交界で一度見掛けたダルちゃんの親父殿。お早いお着きで……。よく見れば群がっていた機械神の眷属達は素知らぬ顔で作業するフリに戻っており、心の中で舌を打つ。ロドス公まで作業のフリしてんじゃねえぞッ。血の気が一気に引き冷や汗が浮かぶ。が、ここでボロを出す訳にもいかない。
「……まさかまさか。問題などございませんとも。あるとすれば此方の問題ですよゴールドン様。必要以上に費用をいただくなどいけないと。機械神の眷属は
「がめついことだな。発車に問題がないならそれでいい。お前達は時間の遅れなく我々をナプダヴィまで届けろ。忘れるなよ。此度は王もお乗りなのだ。不備があれば組合からの派遣員だろうがパープルの公爵だろうがその首失うと思え」
脅しの言葉に頭を帽子を脱いで頭を下げ、僅かに見上げたダルちゃんの親父殿の顔に浮かぶ安堵の表情。若干緩んだ目元を見逃さず、頭を上げてダルちゃんの親父殿に向き合う。
「……キレスタール王様までミスコンの応援に行かれるとは、ブラータン家の御息女もお喜びでしょうな。ゴールドン様もそれをお楽しみに?」
「うん? それがお前に関係あるのか?」
「ご気分を害してしまいましたならば申し訳ございません。どことなく嬉しそうにお見え致しましたので。此度の列車の旅路、なんの問題もなきよう全力を尽くします故、ご心配なく」
片眉を吊り上げるダルちゃんの親父殿に深く頭を下げ、頭を上げて身を翻し帽子を被り直す。世間話の形で多少なりとも情報を聞き出そうかと思ったが無理っぽい。ロドス公のギャル氏に対する態度の魔神の眷属バージョンだわこれ。やはりこの塩対応が基本。損得関係なく高深度でも刺々しくないブル氏などが例外か。
だが、背後で軽く零された吐息の音を聞き足を止める。
「……此度の旅でようやく、我が一族は全員揃うのだ。ハズレを引いた哀れな娘のそれを帳消しにできる。完璧に。願ってもいなかったことだ。顔に出ていたか、気を付けよう」
「……左様でございますか。ハズレとは、運がなかったのでございますなぁ」
「あぁ本来ならありえん。娘の人生に必要ない寄り道だ。学院に入学を許される才を持ちながら勿体ないことだ」
「学院に。それは素晴らしい」
「掴んだのは娘自身の力故褒美として許可したが……何も得るものはなかったようだがな。っと。私も少し浮かれているらしい。今の話は忘れてくれ」
ピンッ、と弾かれる金属の音に軽く振り返れば、手元に飛んで来る一スエア銭貨。口止め料としては大盤振る舞い。手の中で一スエア銭貨を転がし、同じように指で弾きダルちゃんの親父殿に返す。
「施しは受けんか?」
「お気持ちだけで。その分その不運なお嬢様に良い事がありますよう祈りましょう。
「頭の固い機械神の眷属にしては変わっているな……それにその口調、最近どこかで聞いた気がするのだが」
「……機械神の眷属には変わり者が多く、
「トリロジー=ゴールドンだ。覚える必要はない。もう会うことはないと思うがな」
「……トリロジー様。ご安心を。『絶対』に砂漠都市まで皆様方をお届け致します」
今一度頭を下げ、トリロジー=ゴールドンが身を翻すのを見送り
「……そうでしょうなぁ」
ダルちゃんは家が嫌いとは言っていたが、親や姉妹の悪口は言っていなかった。魔法都市の方針が気に入っていなかったとしても、アリムレ大陸を離れ学院への入学を許可して貰える程には、味方してくれずとも嫌われてはいなかったのだろう。
炎神がもし死ねば、ダルちゃんの紋章は消え、他の神と契約し直せる。深度十であるのならば、神が死ぬ事で受けるダメージはほとんどないのだろう。きっと次契約すれば魔神の眷属。トリロジー=ゴールドンにとっては、これはきっとダルちゃんの為の正義の行い。
「……ソレガシ? どしたん? なんかあった? 大丈夫だし、御守りあんから。だから蒸気機関車に乗るまでもドチャクソ平気だったっしょ?」
「はぁ……御守りって何を持って来たんですかな?」
ドヤ顔で微笑むギャル氏が工具箱風のケースを開けば、慌しく異世界に落ち、なんやかんやと魔法都市まで持って来てしまった
「べんべん」と口にし悪戯っぽく微笑むギャル氏の顔が鼻に付く。
「ソレガシが逃げ切れた御守りでしょ? だから大丈夫だって。少し弾けば迷いもなくなるかも?」
差し出される三味線を掴み、ギャル氏の笑みに微笑みを返す。が、すぐに表情筋が緩み真顔になってしまう。
「いや、三味線弾いたら怒られんだろ常考。バレちゃいけないの分かってます? それに別に迷ってませんぞ」
誰の行いが正しいのかなど、そんな事は誰にも分からない。それを決めてくれるのは神でもない。きっとその答えはダルちゃんを前にした時に分かる。同じ列車の中に居ても今は顔を合わせられないが、必ず炎神の都市で再び。
アリムレ大陸の盗賊祭り。欲しいものは己が手で勝ち取るしかないのだから。腕を伸ばさなければ、届くかさえ分からない。
だから腕を伸ばすのだ。せめて指先だけでも触れる為に。
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