27F 某の冒険 2

 体の節々が痛い。新たな方針を叩き出してから既に五日。朝起きて、食事の時間以外はほとんどギャル氏達と手合わせしている。ボロボロの体を無理矢理回復させ動かす為に、回復薬を体に塗り込み、回復を助ける活性薬という大変不味いエナジードリンク的な物をすする毎日。


 活性薬の瓶を口に咥えたまま、久方振りに部屋から出て、冒険者ギルドの待合所ホールへと足を運ぶ。会釈してくれる受付嬢と従業員が数人。当たり前だがそこにダルちゃんの姿がないのを確認し、暖炉近くの椅子に腰掛け活性薬の残りを飲み切る。


「……どうやったんだい兄さん。五日経っても冒険者ギルドに『魔導騎士団ミステリーサークル』が踏み込んで来ない。冒険者ギルドは中立だと思ってたんだけどねぇ? 思ったより顔が利くらしいねぇ」

「……城塞都市の冒険者ギルドのギルドマスターが師匠だと言って、強引に協力を取り付けただけですとも。誰にも双方の情報漏らさなければ中立のままでいられましょう? その方が得だと口にしただけですぞオユン殿」


 ソファーに座るそれがしの横に腰を下ろして来る妖狐族の『風神疾風団ローラーコースター』が一人、オユン=キーン。


 それがしとギャル氏が未だ生存しており、トート姫と組んだ段階で、それがし達の策が上手くいかなかろうが、砂漠都市に話は筒抜け状態。この時点で魔法都市の勝利は風前の灯だと言っても相違ない。そんな中で魔法都市に肩入れしたと知れれば、魔法都市の従業員達もどうなるか。と、それっぽい話をしただけだ。


 故にそれがしにも魔法都市にも協力しないのが吉と。沈黙は金。口を噤んでくれればそれだけで此方は有難い。


「城塞都市のギルドマスター?……『不沈艦リゼブ』かい。どうりでそんな大戦仕込みな鍛え方してるわけだ。それ、寿命縮めるのもお構いなしとは、死に急ぎなことで」

「……今なんて?」


 なんで異世界の住人は大事そうな事さらりと言うの? この鍛錬法寿命縮めてんの? ただでさえ人族短命種なのに寿命縮めてるとかッ。うっそだぁ、聞かなかった事にしようそうしよう。ただ一つ、師匠ギルドマスターその説明省きやがったなクソがッ!


 ダボついた白い着物のような武人衣装の袖で口元を隠し含み笑う黒髪の妖狐族の騎士。ここ数日ギルドの待合所ホールに顔を出せば話し掛けてくれるが、その理由は分かっている。値踏みだ。


「……この五日間、『魔導騎士団ミステリーサークル』達が踏み込んで来ない本当の理由ぐらいそれがしにも分かっていますとも。決めたので?」

「考え中じゃ」

「トート姫が交渉した全員がですかな? 元々はお主達全員魔法都市側のはず。冒険者ギルドに常駐している理由もある程度予想できてますぞ。ダルちゃんが冒険者ギルドにいない今、その仕事を優先するべきなのでは?」


 魔法都市に協力する腹積りの騎士達。冒険者ギルドにいる訳は、魔法都市と砂漠都市、どちらにも組していない邪魔な第三者を消す為に違いないのだ。それがし達が初日にやって来て無事だったのも、ダルちゃんがそれがし達を社交界に誘ったから。そうでなければ、もっと前に全力で襲われている。トート姫が社交界翌日に話し合ってから素早く動いてくれたらしいからこそ今がある。


「それでも私らが魔法都市を良くは思ってないと見越して話を持って来たのだろう? うん? 迷うだけの価値はある話だ」

「魔法都市が勝利を手にした隙を狙って漁夫の利を狙うより、失敗濃厚なら砂漠都市に恩を売った方が得になると?」

「うん? ふふふふっ、私らの同胞を奴隷にする奴らなど好むはずあるまい? 損得勘定は得意のようだが、ソレガシ卿。まだ私らはお前さん達の手ではなく命を握っていたいんだよ」


 オユン殿がそれがしに顔を寄せ、三日月型に吊り上げた口元を覗かせる。冒険者ギルドが口を噤もうが、オユン殿達はいつでもそれがし達の情報を売れる。いや、そもそももう売っているだろう。社交界に呼ばれた際に、チャロ=ラビルシアが騎士称号を授けた者がやって来ているぐらいは話しているはずだ。


 つまり、黒騎士、青騎士の正体関係なく、魔法都市に組していないそれがし達を狙い『魔導騎士団ミステリーサークル』がやって来ていないのは執行猶予に等しい。殺ったか殺っていないか報告していないから。ある意味この準備期間が一番の冒険だ。


「ぷししッ、悪趣味ですなぁ。作戦決行直前まで命をもてあそび握り潰すおつもりですかな? 怖い怖い。いや、マジで。それがしも死にたくはありませんなぁ」

「くくくっ、謀略家気取りの癖に正直者だねぇ機械神の騎士。そう可愛いと力を貸しても面白いだろうが、足りないのう?」

「我々が知りたいのは、トート=ヒラールが何故貴様に手を貸す気になったかだ。あのおてんば姫はヒラール王族でも魔神の眷属。裏切るとは思わないかね? どうだね?」


 翼のはためく音が背後から聞こえ、鋭い猛禽類の爪がそれがしの着る改造学ランの肩当てである鉄プレートを小突く。見上げれば黒と白入り混じった羽毛を僅かに舞い落とす鳥人族ハルピュイアの騎士の姿。顔は少し人族に近いが腕は翼で足は鉤爪。グーラ=グーラ殿の灰色の鋭い瞳を前に馬鹿を言うなと手を振るう。


「損得で考えるなら、魔法都市の作戦が成功すれば砂漠都市は崩壊するでしょうが、魔法都市はそうではない。逆に、戦犯として力の落ちるだろう魔法都市をトート姫は好きにできるでしょうぞ。分かっている事を聞かないで欲しいですぞ。まぁそれを抜きにしてもトート姫が裏切るとは思いませんがな」

「それはなぜだ? なぜだね?」

「トート姫はダルカス=ゴールドンの友人ですから」


 そう言えば、笑い声に挟まれる。どころか、背後に増える幾らかの笑い声。バゴー殿含めた『否死隊みなしご』の四つの黒布が布の端を震わせている。振り返るそれがしに被るフードを脱ぎ、バゴー殿は鬼の面を曝け出した。


「友人だから? 損得並べる貴殿がそれを言うのか? 城塞都市の怪盗の一件でルルス=サパーン含めた四騎士を鉄冠カリプスクラウンと共に撃滅したらしい貴殿がか? 冗談なら笑えるがな」

「なら冗談じゃないので笑わなくていいですぞ」


 ぴたりと止まる笑い声に、少しばかり冷ややかな空気を感じてため息を吐く。城塞都市でブル氏と共にサパーン卿達をボコしたのは真実。同盟破棄の理由にサパーン卿達の動きは当然含まれているだろうから各王都の騎士達が知っているのは当然として、今それがしがサパーン卿と動いているのも可笑しいとでも言う気なのか。


 難癖付けられても堪らないので、沈黙が広がり中、逸早く自分でそれを破る。


「誰だって自分が得をしたい。得するということは誰かが損をするということでしょうがなぁ。誰がどう利益を享受するのか考えるのは簡単でいい。ですけども、それがしとて損得だけが絶対とは思っていませんぞ。損得越えた何かがあるとそれがしは思っていますから」

「お前さん意外とロマンチストかい? 夢物語なんて童子しか喜ばないぞ? そんな話で私らが納得するとでも?」

「さぁ? でもあるんです。損得で測れない『絶対』が。誰もが各々持っているだろう『絶対』がね。トート姫が裏切るとしても、それがしは裏切りませんから。友人は見捨てない。それがそれがし達の『絶対』の一つ」


 利益以上にトート姫が何故協力してくれる気になったのかなど、それがしには知り得ない。聞けば教えてくれるかもしれないし、教えてくれないかもしれない。ただ、形ない宝物を奪うと口にしたトート姫に嘘はないと思う。


 ただ魔法都市を負かすだけなら、魔法都市から来る蒸気機関車全部街に入る前に落とせとでも砂漠都市に通達するだけで済む。だがそれを見送り動くのは、もっと大事な何かを奪う為だ。利益関係なく揺らがぬ『絶対』を。それが矜恃なのか、その場での感情なのかは今はまだ分からないが。


「だから損得で組むだけでなく、お主達ともできれば友人になりたいですな。そうすれば、それがしはお主達に裏切られようが気にしませんとも。それさえ踏み越え『絶対』を掴む。だからそれがしは冒険者を続けようと決めたのですぞ。結局は戦争に手を出すのも、友人の為でしかないですからなぁ」

「お前さんそれは損な性格というやつだね。各王都の騎士や暗殺者を前に裏切られても気にしない? 死ぬ瞬間にも同じ事が言えるかい? 今この瞬間にも死ぬかもしれないお前さんが」

「今この瞬間死ぬようなら怨みますぞ。まだ名前しかよく知らないのですし、友人でもなく交渉相手。でも刃でなく握手を交わせたなら、神の火よりは頼りになると約束しましょうかね? 困った時に神の火は助けてくれないかもしれませんが、それがしは助けに行きますとも。友人の為ならね」


 剣の柄に手を置くオユン殿を前に微笑み肩をすくめる。異世界に来る前は、友人などおらず一人だったから。それがしの居場所と決めた場所を彩ってくれる者の手は迷わず掴み、決して放さない。放したくない。戦争なんて糞食らえ。それがしそれがしでいさせてくれる友人が何より大事だから。そんな友人達の為にこそ力は使いたい。


「存外甘いな機械神の騎士。機械神の眷属らしく頭が固いと思えばそうでもないらしい。武神の眷属とも組んでおるわ、その上我々とも友人になりたいなどと。分かっているかね? どうだね? 我々はそれぞれ各王都の騎士団、暗殺部隊に属する者。もし我々の王都同士が戦を起こしたらどうする気だね? どちらに味方する? その理論は破綻している」

「そうなったらなったで、なんかこういい具合の落とし所でも探しますかな? 『絶対』に不可能はないですとも。そもそも武神の眷属どころか、ここにはいませんが空神の眷属と風神の眷属、雷神の眷属もそれがし達のパーティーメンバーですからな」

「はぁッ、欲張りだねお前さん。なんの神の眷属かもお構いなしかい? まるで全盛期の冒険者だぞ」

「知らぬのか貴殿達。その男とあの青髪の女は神喰いから都市エトを防衛した変人共だ。まぁ私達が思うよりずっと偏屈らしいがな」


 変人偏屈と好き勝手言いやがって。異世界の者達には慈悲の心が足りてないんだよ。余計なお世話だ。単純にやろうと決めたからやっただけに事を変人変人と。フリークショーにでも出れそうな勢いだ。もう許してくれよッ。


 薄く冒険者ギルドの中を満たす笑い声に肩を落としていると、それがしの横、オユン殿とは反対側に黒いおはぎに手足が生えたような『諸島連合軍キャンディーシャワー』の騎士がどっかり腰を下ろし、その衝撃に少しばかり体が浮いた。


 これまで静観していた海鼠ナマコを擬人化したようなパシルガス殿に視線を流せば、黒い大きな手に手を掴まれる。ツルツルとした手の感触に口端を歪めていると、隣で盛大なため息をオユン殿が吐き出す。


「諸島連合に都市がある者同士仲良くて結構なことであるが、パシルガス卿、お前さんが組むと決めたなら私らも組まねば足並み揃わないぞ?」

「相変わらず海人族は何考えているのか理解不能だね? 何とか言ったらどうだね?」


 …………何も言ってくれねえわ。パシルガス殿、グーラ殿が呼んでるよ? ってかいつまでそれがしの手握ってんの? 冷んやりして気持ちいいが、パシルガス殿ってそもそも男? 女? それさえ分からん。だいたい目と口はどこだ? 耳付いてるのかさえ分からんぞ。SAN値減るわぁ……。


「まぁいいか。魔法都市よかお前さんと組んだ方が今後楽しそうだしね。盟友になるのも一興かい? ソレガシ、私を誘ったからには期待してるよ頭目」

「いや、それは嬉しいのですけどな。頭目ってそれがし達のパーティーリーダーは」

「はぁ……我も乗ろうかね? 二人もなびいたなら魔法都市に組している方が損だね? ソレガシ卿、我々を落胆させてくれるなよ? 船頭になると言うのなら」

「いやあの……だからそれがし達のパーティーリーダーは」

「仕方ない。負け戦に乗る趣味もない。それなりに功を上げている貴殿に今回は乗ってやる。私達四人の仕事もその方が捗りそうだからな。頼むぞ大将」

「いやッ、だからですなッ!」


 握手してくれる四人と握手し終えソファーから立ち上がれば、宿泊部屋に続く階段から聞こえて来る足音。待合所ホールの床を踏む青髪の少女の姿に、勢いよく指を指し新しい友人達に宣言する。


それがし達のパーティーリーダーはあっち! あっち‼︎」

「はぁ? なんだしソレガシ急に? さっき蹴り過ぎてあたま逝っちゃった? …………てゆうか、ふふっ、なにアンタら黒い集団の集まり的な? 暗いわぁ空気が、ウケるッ」

「ウケてんじゃねえ‼︎ 交渉期間終えて今友人になったところなんですけど‼︎」

「はぁ⁉︎ 早く言えしそれを‼︎ じゃあお祝いじゃん‼︎ ダチコ増えたなら秒で言いなって! パーティーパーティー! 今日はパーティー安定ね‼︎ バイブス上げて! テン上げバリナイトまでフィーバー! 面子見るにぃ、コスプレパーティーに決定! ソレガシ仮装どうする?」

「どうするじゃねえわバイブス下げてぇぇぇぇッ‼︎」


 それがしの静止の言葉も聞かず、マッハで着替える為かギャル氏は階段の向こう側へと消えて行く。今日の特訓オワタ。休むのも修行の内とは聞くが、パーティーまで修行の内とは聞いた事がない。膝を落とし、床に手を着き項垂れるそれがしの肩に置かれる黒い大きな手。慰なてくれるとは、パシルガス殿は優しいな。


「アレがリーダーはないぽよ」

「お主普通に喋れんじゃねえかッ‼︎ てか語尾どうした⁉︎」


 もうどうにでもな〜れッ!!!!

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