24F 迷宮 2

「もう無理ッ⁉︎ マジスティックありえんてぃーずだから‼︎ なんだしここ⁉︎ どんだけ広いし⁉︎ ホネホネザウルス大行進だしぃッ⁉︎」

「なんて?」


 此処は何処って廃棄場とでも言うべきか。もう何度目かも分からないギャル氏の叫び声を聞き流しながら水路の中をひた歩く。どれだけ歩いたのか分からず、ギャル氏のスマホがお亡くなりになったおかげで時間も分からない。歩けど歩けど道端にあるのは死体だけ。いつからあるか分からない白骨死体から、まだ肉片のあるものまでバラエティ豊かだ。


 死肉を踏み潰し胃液を吐く事幾数回。胃の中身は空っぽになり、もの凄い速さで死体に慣れている今がある。今なら死体安置所に踏み入っても、死体を横に二、三世間話でもできそうな程だ。


 学ランの背を摘みそれがしの後ろを付いて来る「ひッ⁉︎」だの、「ほッ⁉︎」だののギャル氏の叫びにももう慣れた。時折抱き付いて来るのは死肉を踏んだのか異世界の虫っぽい奴でも踏んだのか、背に押し付けられる柔らかな感触がそれがしの背を押してくれるおかげで歩いていられる。


「しかし、間違いなくゴールドン家の屋敷より広いですな。水路は水路でも、ひょっとすると魔法都市全体の地下水路なのかもしれませんぞ。仏殿達を見るからに、やはりそれがし達は幸運でしたな。南無阿弥陀仏っ」

「どこがラッキー⁉︎ ソレガシ死体の山を前に頭沸いちゃったわけ⁉︎ その山登るべからずだから! 降りて来いし!」

「意味不ッ⁉︎ あぁ背中に乗っかるな定期⁉︎ それがしに登ってどうする⁉︎」


 機械人形ゴーレムを背負い続けるのも疲れるので前を歩かせているのが裏目に出たのか、なぜ機械人形ゴーレムの代わりにギャル氏を背負わねばならない? どうせ登るなら柔らかな双丘に登りたいものである。ギャル氏の重みを感じながら肩を落とし、顎をしゃくり白骨死体の行列を指した。


「これだけの死体がある中で、機械神の眷属の紋章を持つ死体が一つもない。故に幸運であると」

「機械神の眷属なら出口分かるってこと?」

「近い。この廃棄場の構造の話ですな」


 いつから存在しているのかは知らないが、眷属魔法が使えぬように神との繋がりを阻害するような魔法が組み込まれている地下水路。その古さ故に新しい神の眷属である機械神の眷属には対応外。奴隷として機械神の眷属がハズレであり、ヨタ様が若輩の神で感謝だ。機械人形ゴーレムを召喚したまま水路の廃棄場に落ちる事を考慮してはいないらしい。


 手足ない死体は、落ちた際に扇風機状の刃に断たれたものの命は無事だった死体だろうが、即死し落ちた者もいる事を思えば、水の底には目に見える以上の死体が転がっている事だろう。必要なくなった奴隷の行き着く先。不敬を働いた者の処刑場なのか知らないが、少なくとも此処に落とした者を生かす気はない作り。


「出口があるのかないのか分かりませんが、水路も兼ねているならあるはず。今のそれがしには多少それを知る術がありますぞ」

「マ⁉︎ どうすんの⁉︎」

「簡単な話、機械人形ゴーレムの噴き出す蒸気の量を増やす」


 言うが早いか機械人形ゴーレムから溢れる蒸気が水路内を満たす。僅かに咳き込むギャル氏。掻き混ざる空気の流れを機械人形ゴーレムに移した石粉で掌握する。己が魔力の混じった蒸気。ジャギン殿から教わった通り、意識すれば蒸気の動きが意識できる。


 流れる風を蒸気で絡み取るように手繰り寄せ、風向きに合わせて歩く先を決める。風上に向けて足を伸ばし歩き出せば、背中からギャル氏が飛び降りた。グッバイおっぱい。


「ヨッ! あーしらの探検隊長! その調子で脱出したらとりまフロリダ?」

「ダルちゃんへの文句は?」

「その後! 着替えなきゃ外出られないっつーの!」

「出れたらいいですけどな」


 出口を見付けられたとしても、容易に出られるとも思えない。そもそも人の出られる作りになっているのか、なっていたとして鍵などは当然掛けられているはず。機械人形ゴーレムの拳で壊せるか否か。出たとしてその後は? 考えなければならぬ事が多過ぎて脳味噌が後幾つか欲しくなる。


「……ギャル氏」


 小さくギャル氏の名を呼び足を止めた。落ちてから歩き続ける事幾数時間。ようやっとだ。水路の先に扉が見える。機械人形ゴーレムを稼働させ続けたおかげで体力の消耗激しく限界近い中、なんとか扉には辿り着けた。辿り着けたが、さてどうする?


 下手に触っていいものか。触れた瞬間警部兵的なのが突っ込んで来る可能性も無きにあらず。一先ず観察しようと機械人形ゴーレムの目に意識を集中すれば、扉の前に立つ機械人形ゴーレムの横を青い閃光が抜き去った。


「いいねソレガシ! サスガダファミリア!」

「いやちょっと⁉︎ ステイッ‼︎ ギャル氏ステイッ‼︎」

「はぃ? ようやっと出れんでしょ? ソレガシのお手柄検めナイト‼︎」

「その前に行動改めナイト⁉︎」


 扉に手を掛けギャル氏が引っ張る。判断が早過ぎんだよッ。猪突猛進どころじゃねえッ! 聞いてそれがしの話ッ! ご覧の通り引っ張ったところで扉は。



 ──────ギギギッ。



 開いたね。普通に開いたわ。そうはならんやろッ。錆びているのか耳痛い音を奏でて鉄の扉は簡単に開く。此処は廃棄場で処刑場。であるはずが魔法都市の警備はザルか? ギャル氏のドヤ顔を崩せそうな手札がないッ。


 だが、それがしに手札がなくとも勝手にギャル氏のドヤ顔は崩れる。開いた扉の先に影が立っている。四本の細長い黒い尻尾を揺らす影。暗闇の中輝く月のような双眸。マロニー=ホルスバーンが。


「……お嬢様の仰った通りでしたね。無事に一番近い出入口に逸早く気付かれるとは。お見事です。と、言っておきましょうか?」

「マロにゃん⁉︎ 待ち伏せ⁉︎」

「まぁ間違いではないですが……と」


 振られるギャル氏の蹴りを軽く下がりマロニー殿は躱し、体勢低く、振った四本の尾でギャル氏の足を払う。壁に付けた手を支点に、尻尾を避けながら身を回し落とされるギャル氏の踵落とし。硬い音が水路の中を駆け巡り、それがしはその残響の中、マロニー殿の手足を見つめた。


 マロニー殿の顔の横に落としていた足をギャル氏は引き戻しながらケープの裾を手で払う。厳しさの見えた目元は緩められ、吐き出されるのは小さなため息。


「……全然やる気なさげだねマロにゃん。あーしに蹴られ待ち的な? ソレガシ、待ち伏せじゃなくてお出迎えっぽいよ?」

「探り方よ」


 手合わせすれば分かる的な? どんな判断だ。だから武神と契約する羽目になるんだよギャル氏は。武神の眷属お似合いじゃねえか。マロニー殿がいたおかげでそれがしも扉が開いた理由に納得したよ。


「鍵はマロニー殿が? ダルちゃんの指示ですかな? いやはや」

「……お二人はお仲間を連れて魔法都市から脱出を。ここで長話はできませんお急ぎください」

「りょ! でも脱出ってダルちぃは?」

「……お急ぎを」


 身をひるがえし先へと走るマロニー殿を追い、ギャル氏と目配せしきっちり扉を閉めてマロニー殿を追う。少しばかり通路を進めば、見えて来る鉄梯子。梯子を使わず上に見える穴に跳び上がるギャル氏とマロニー殿に口端を歪め、水路から脱した事を確認する為『停止デッド』と呟けば機械人形ゴーレムが黒レンチに戻るので、それを拾いホルスターに突っ込んでそれがしは梯子を使い上に登る。


 地上に這い出れば既に日は暮れており、至る所に浮いている洋燈ランプの灯りに街は包まれていた。魔法の絨毯が空を行き来する中、少し遠くに見える尖り屋根。ゴールドン家の屋敷。マロニー殿はそれを一瞥し、真逆の方向に足を伸ばした。


「社交界に間者が紛れ込んでいたと知られた以上、魔法都市の警備も強められる筈です。今夜の内に発たれるのが理想かと」

「いや待てし、だからダルちぃはって」

「……お嬢様は行かれません」

「はあ⁉︎ んでよ‼︎」

「でしょうな」

「ちょ、ソレガシッ‼︎」


 親指の爪を噛みながら小さく頷くそれがしにギャル氏が振り返る。それがしの納得の言葉が気に入らないのか、目元を鋭く尖らせて。


「確かにダルちぃに落とされたけど、絶対訳ありじゃん! 放っとくわけ⁉︎」

「放って置くも何も、訳なら目の前にありますぞ多分」


 詰め寄って来るギャル氏から視線を外し、マロニー殿を見つめる。正確にはその手足を。


「マロニー殿は魔神の眷属ですかな?」

「……そうです」

「では人質ですか悪趣味な。魔神の眷属には適用されないでしょうに奴隷などと」


 急ぎマロニー殿にギャル氏が振り返った視線の先。服の袖に隠されて腕輪の枷がほんの僅かに覗いている。女性でありながら執事服を纏っているのは、手足の枷を隠す為。ゴールドン家の使用人、魔神の眷属でありながら奴隷。

 

「……マロにゃん、いつから?」

「おそらく……ダルちゃんが学院に行く事になってから、でしょう?」

「はい……全て分かっておいでですか?」

「まさかまさか。今見た情報を道筋立てて頭を回しているだけですぞ」


 ダルちゃんが魔法都市に常にいるなら、見張りを付けでもすればいいから人質など必要ない。それが必要だという事は、ダルちゃんが外に出ようが魔法都市に帰って来ざる終えない布石が必要だから。


 ガチガチ親指の爪を噛み頭を回す。マロニー殿の言う通り、水路を脱せたのなら逸早く魔法都市から脱するべき。今宵の社交界は、社交界と言う名の決起会に近いのだろう。子供の同伴が多かったのはそれを誤魔化す為か? ダルちゃんが魔法都市に帰って来た報告。これを機に急速に砂漠都市へと侵攻の手が早まる筈だ。


「そこまでダルちゃんは砂漠都市への侵攻に重要? ただそうだと学院に出した訳や、これまで自由にさせていた意味が分かりませんが」

「全て目眩しですとも。ゴールドン家に生まれた炎神の眷属。下手に特別に扱えば、要らぬ疑惑を招きます。それ以外にも使い用があると貴族様方が判断なされたので」

「……脱出だけでなく情報までくれるので?」

「……お嬢様からせめてそれぐらいはお土産にと」


 猫耳をへたらせマロニー殿は頷く。はいはいはい、下の者にはなにも話は来ないとか言いながら、マロニー殿は噂が本当だとしっかり知っていた訳か。マロニー殿がダルちゃんと親しいからって疑わなさ過ぎた。城塞都市でイチョウ卿に情報漏らした事といい、それがしの悪い癖か? 友人関係相手にはどうにも危機管理が杜撰ずさんになる。くそッ。


「魔法都市は、十日後に開かれる砂漠都市のイベントに合わせてナプダヴィに攻め入るつもりです。観光客に扮し」

「イベント? ……まさかミスコンですかな?」

「ブラータン家の長女、マクセル=ブラータン様がお出になるので、それを理由に貴族様方が応援に行くという隠れみのを使うようで」


 周囲にはミスコンを代理戦争として使い砂漠都市へのフラストレーションの発散に見せ掛け、その実マジで戦争を仕掛けての電撃戦で奇襲的に砂漠都市を落とす腹積りか。くそったれ、その通り進んだらクララ様が巻き込めれんじゃねえか?


「移動手段は……あぁ蒸気機関車でしょうな。多量の物資を運ぶなら魔法の絨毯では足りなそうですし。砂漠都市からの嫌がらせを逆に利用するいい機会でもありますぞ。ただ上手くいくと判断する理由は? 腐っても現王都。奇襲掛けようがそんな簡単にはいきますまい」


 何より、蒸気機関車を用いようが一度に乗せられる人員や物資にも限界がある。乗り込んで来るとしても少数精鋭。戦力集まる砂漠都市の腹の中で、喰い破れる気はしない。それでも強行するのなら、勝てる確信があるからだ。それはなんだ?


炎冠ヒートクラウンが控えていようが勝つ自信があると? 盗賊祭りの最中でも関係なく」

「……あるそうなのですよ方法が。炎冠ヒートクラウンも、砂漠都市の戦力を無力化する方法が」


 目を向ける先のマロニー殿は、一度真一文字に口を引き結び力なく四本の尻尾を揺らした。魔法都市が弾き出した方法とは、それほど言いはばかられるものなのか。中身はすぐに分かる。パンドラの箱を開けるかのようにゆっくりとマロニー殿は口を開く。


「砂漠都市を治める神、炎神グラッコを殺す。それが開戦の合図です」

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