23F 迷宮

 出そうになる叫び声を噛み砕く程に奥歯を噛み締める。しくじったッ、しくじったしくじったッ。何度目だこれでッ。そして何度目の紐なしバンジーだこれはッ。慣れたわもうッ‼︎


「ギャル氏ッ‼︎」


 暗闇の中、落下による肌を撫ぜる冷たい空気を振り払うように隣にいるだろうギャル氏の名を叫ぶ。ぐるぐる頭の中を泳ぎ回る要らぬ思考は今は捨て置く。今を見なければ次もない。返事もなく、叫び声も上げず、隣から聞こえるのはギャル氏が拳を握る音。


 ギャル氏が見に纏う青い布よりも青い光の粒子がギャル氏の体を駆け巡る。そして、それに呼応するように周囲を取り囲む壁が光り輝いた。その壁に向かいギャル氏が蹴りを放つ空気を裂く音。虚空を切り裂き振り切った足をしばし見つめ、青い顔のギャル氏がそれがしの方へと振り返る。


 なんだその顔は? ってかなんで今蹴りの素振りしたの?


「ちょ、ソレガシ⁉︎ 空気蹴れないんだけどあーし⁉︎ 思ったよかなんかパワー出ない‼︎」

「……空気蹴れないってなに?」


 空気蹴って移動しようとしてたの今? 人間技じゃねえな最早……。ギャル氏に合わせて光る壁が原因か? 魔力の巡りを見るに、魔力で身体強化ができていない訳ではない。力が思ったより出ない? 考えられるとすれば、武神の眷属の特典である身体能力強化の方が働いていない?


「魔法を阻害する魔法でも掛けられているのか、はたまた神との繋がりを断つ魔法? いずれにしても面倒ですな‼︎」

「それな‼︎ それよかなんか聞こえね?」


 聞こえる。めっちゃ聞こえる。ヒュンヒュン風を切る音が下の方から響いている。ギャル氏と揃って下を見れば、魔法式輝く壁に照らされている扇風機の羽のような大きな刃。それが縦に連なり一、二、三。殺意が凄い。ミンチより酷えや。


「ぷししっ、くそったれ‼︎ 殺す気満々過ぎますぞ‼︎ ギャル氏お掴まりを‼︎ 自分自身の魔力は使えるならそれがしには関係ありませんな‼︎」


 ケープの奥から鋼鉄の腕を伸ばしギャル氏を掴む。もう片方の手を壁に付けるが、湿気で苔でも生えてるのか滑りやがるッ。速度は落ちても落下は止まらんッ。


 プシィ──────ッ‼︎


 と、口から鋭く息を吐き、視界を機械人形ゴーレムの視界に切り替える。複眼を模した兜のおかげで広がった視界。カメラ機能を作動させ、連写で刹那を切り取るように扇風機の刃の動きをコマで見つめ、壁に手を付けた鋼鉄の手でタイミングを見切り潜り抜ける。


 一つ越え、二つ目で鋼鉄の腕を刃が弾く、三つ目に到達する前にギャル氏を手繰り寄せ、抱き締めたそれがしの肩口を軽く刃が裂いた衝撃で視界がぐるりと掻き混ざった。上と下が視界の中を入れ替わり、次に感じるのは壁にぶち当たった衝撃と水の音。


 落とし穴に下に広がる水面に叩きつけられたらしいと身を包む冷たさで察し、口から漏れ出るあぶくを追って上へと鋼鉄の腕を差し伸ばす。縁を掴み水面の上へ、暗闇の中水を吐き出し、冷たい地面に手を着き這い上がる。砂漠道中で覚えて良かった魔力での身体強化ッ。下手すりゃ水面に衝突と同時に気を失い水底に沈だったッ。


「ぶふっ、ギャル氏……お怪我は?」

「平気っぽいけど……暗っ、どこだしここ?」

「さて……灯りを点けてみましょうぞ」


 ギャル氏の問答無用で光属性の魔法射出兵器を増設して正解だった。結果論だけどッ。背の盾の中に折り畳んでいた増えた魔法筒の腕を伸ばし僅かばかりの魔力を流す。数度点滅し懐中電灯のような光を広げる魔法筒。まさか初めてで射撃兵装以外の使い方をする事になるとは。


 明るくなった周囲を見回せば、流れる水とその脇に添い伸びる石畳の道。おそらく魔法都市の地下水路。上を見上げればそこそこ上に落ちて来た穴が見える事から、思いの外広いらしい。口の中に残った水気を地面に吐き出しながらギャル氏に顔を向ければ、柔らかな光に包まれたリアルヴィーナスの誕生が水路の中に描かれていた。


 つまり、ギャル氏は靴だけ残し全裸だった。


「地獄に仏とはこの事か……ッ」


 命は落とさず済んだものの服は落ちた訳ですか……。一枚の布だもんな。仕方ねえな。ってか服の下に下着も着ないとかハッチャケてんな。ギャル氏社交界の中でノーパンだったの?


  髪を濡らし、肌に玉水転がすギャル氏は自分の体に目を落とし、一瞬固まるもすぐに固めた拳を突き出した。硬い音が二つ水路を駆け巡る。それがしに拳がぶち当たる音と、それがしが水路の脇道を転がる音。舞い落ちる水滴が朱に染まる。決して鼻血ではないッ。……決して鼻血ではないッ‼︎


「もー最悪ッ‼︎ 最悪なんだけどッ⁉︎ ソレガシケープ貸せケープッ‼︎ なんでアンタに二回も裸見られなきゃいけないわけ⁉︎」

「…………二度ある事は三度」

「もーねえから‼︎ マジないんだけど⁉︎ ダルちぃには落とされんし! 社交界もつまんなかったし! 元の世界でゆかりんよくやるわほんと! 二度とごめんだしっ、ムカ着火ァッ‼︎」

「まぁ怪我なさそうだよかったですぞ」

「……パシャってないよね?」

「な、ないよぉー?」


 そういうとこだけ鋭いッ‼︎ 撮った映像を保存できる水晶の容量は十五枚。現像しなかった場合撮る度に上書きされるのでよく考えなければッ。十五回また撮るとギャル氏のヴィーナスの誕生映像がオシャカになってしまうッ。


 訝しむギャル氏だが、『パシャる』で思い出したのか、周囲を見回し「スマホ落としたしぃッ⁉︎」と叫び頭を抱える。これまでなんだかんだ無事だったギャル氏のスマホが遂にお亡くなりに。潜って拾えとか言わないよね?


 ケープを手渡せばギャル氏はすぐさま羽織り、膝を抱えて壁際で丸くなる。深く息を吐き出してギャル氏の隣に腰を下ろし、『停止デッド』と口遊むが機械人形ゴーレムに帰る気配はない。


 眷属魔法が使えないという事は、落とし穴と水路にまで張り巡らされている魔法は神との繋がりを阻害するもので確定。機械人形ゴーレムを召喚したままで助かった。


 何度目かも分からぬため息をそれがしは吐くが、ギャル氏は膝を抱えたまま動かない。正に身一つ以外全部落とした状態だ。「スマホ拾って来ますかな?」て呟けばギャル氏は小さく左右に首を振るう。


「いいよ、別に。……肩平気?」

「お気になさらず。肩より痛い箇所があるので気になりませんぞ」

「……それな。ダルちぃさ……いつからだと思う?」

「さて……ただ、いつそれがし達の情報が漏れたのかは予想できますぞ」


 ギャル氏のおかげで頭に上っていた血が抜けた。少しすっきりとした頭で寄り掛かる壁を小突き、水を吸って下にずれたフェイスマスクを首元まで引き下げ親指の爪を噛む。


 情報が漏れたとしたら、ダルちゃんが着替えの為に部屋を出た時だ。冒険者ギルド中はまずない。受付近くにずっとギャル氏が控えていたし、寝る時も寝室はギャル氏達と一緒だった。それがし達が魔法都市に辿り着く前は分からないが、それがし達が社交界に出ると決まったのは魔法都市に来て初日。情報を渡す機会があるとすれば、ゴールドン家に来てからだ。


「ギャル氏は……ダルちゃんが裏切ったとお思いですかな?」

「そこまで間抜けに見える? ダルちぃあーしよか演技下手じゃね?」

「んー……引き分けで」

「えー萎えるわぁ……で? ソレガシはんでそう思うわけ?」

「ダルちゃんの親父殿が言った事が全て」


 それがし達をトート姫の回し者だと口にした。つまり、ダルちゃんは情報を渡しはしたが、全てを渡した訳ではない。チャロ姫君の回し者だとでも言われれば、正体さえバレていると言えそうだが、おそらく魔法都市の貴族達の中では、それがし達はまだ黒騎士と青騎士だ。


「でもさ……なんでだと思う?」

「それが分かれば苦労しませんぞ。はぁ……くそッ」


 もう失敗は嫌だと誓った矢先にこれだ。これは中々キツいッ。裏切ってないとしても、ダルちゃんに落とされたのは事実。脱走の手段には目を向けていたが、ダルちゃんが魔法都市の側に回るとは全く考えてなかった。


「……もう少しダルちゃんのこれまでの話、聞くべきでしたかなぁ」


 爺様や親父殿や御袋おふくろ殿が憎い訳ではないが、ギャル氏やダルちゃんのように、家の方針に反対なのはそれがしも同じ。だから深くは聞けなかった。それが触れられたくはない場所だろうと分かっているからこそ。その遠慮が裏目に出たのが今だ。


 失敗が嫌なら、それでも突っ込むべきだったのか。人の触れられたくはない部分に手を突っ込み掻き回す事が必要なのか。運良く死なずに済んだものの、死んでもおかしくなかった。それを思えばこそ、必死になっていたつもりが、まだどこかに甘えがあっただけではないのか。


「……別に聞かなくたっていーっしょソレガシ。あーしはミスってないと思う」


 拳をを握るそれがしの肩に肩を引っ付け、寄り掛かりながら零されたギャル氏の呟きに目を落とす。


「言いたくない事は言いたくないし、それで命が助かっても、心は別的な? あーし思うんだ。きっとダルちぃと仲良くなれたのは似た者同士だからじゃねって。もしあーしがこれまでの事根掘り葉掘り聞き出されて、それで何かが上手く行っても、そいつの事きっと好きになれねえし」

「ギャル氏……」

「でもムカつくのはムカつくよね? ダルちぃも落とすなら落とすって事前に言って欲しくね?」

「台無しですぞおいおいっ」


 これから落とします宣言するってどんな裏切り? 漫才やってんじゃねえんだよ。だが、ギャル氏の意見には賛成だ。ギャル氏と関わり、新しく増えた友人達が勝手にそれがしのあれこれを掘り起こすような者達だったなら、それがしも仲良くできる自信はない。


「とりまソレガシ、あーしらエンドらなくて済んだんだし、ならダルちぃに文句言いたくね?」

「まぁ……理由ぐらいは知りたいですな。今後の事もありますしここは」

「脱出安定っしょ」


 ギャル氏と頷き立ち上がる。魔法都市の底で座っているだけでは何も変わらない。平等に時間は流れ過ぎ、知らぬ間にもっと酷い事態になる事もあり得る。少なくとも、噂の真偽を確かめる事だけはできた。それさえ分かれば方針も固められる。


 出口は分からないが進まなければ何処にも行けないとばかりにズンズンギャル氏と水路内を歩き曲がり角を曲がったところで足が硬い物を踏み砕く音が響いた。灯りで照らせば────おっと、これは白骨死体。隣にも、そのまた隣にも。


 そりゃそうだ。これまで落とされたのがそれがし達だけであるはずがない。白骨死体の行列は、屋敷への侵入者であるのか、ただ腕や足に枷を嵌められている死体も混じっている。


 水路内を漂う空気の匂いも質が変わり、腐乱臭も混じっているのか淀みが凄い。白骨死体を避けて進む足が踏んだ柔らかに何かが崩れる感触と広がる薄気味悪い匂いに、ギャル氏と血の気の引いた顔を見合わせ水辺に走った。


「「オロロロロッ⁉︎」」


 ……ギャル氏と二人並んで胃液を吐く日が来ようとは。最悪過ぎて草も生えない。水面を流れて行く吐瀉物を見つめ一人心に誓う。何があろうと、誰に頼まれようとも絶対水の中には潜らんぞ。

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