22F いざ行かん社交界! 3

 社交界、あぁ社交界、社交界。


 誰しも彼しも微笑みを携え豪華な服を揺らす貴族貴族貴族。城塞都市の評議会でラビルシア王家以外の都市代表と顔を合わせはしたが、それ以上の両手の指の数では足りぬ程の貴族達の中に放り込まれると流石に気後れしてしまう。


 天井に浮かぶ多くのシャンデリア。ホールの中央で音楽に合わせ踊る者達、奏者含め魔法使い族マジシャンだけでなく多数の種族。魔法都市の四方を治める大貴族以外の貴族も来ているらしいが、全員魔神の眷属である事には変わりない。


 和やかな笑い声に合わせて話される内容も、豪華絢爛な大ホールに即して──────。


「我々魔神の眷属さえ入れば、他の眷属など極少数でも足りるというのに、低深度の眷属などいないのと同じでしょうにねぇ。種族の掟、眷属の教示と喧しい限りで。魔法の英知は我々にこそ相応しい」

「ごもっとも。最近風神の都市から傭兵を一人雇ったのですけどな。奴隷の枷を嵌めた途端みるみる深度が落ちまして。邪神共も考える頭だけはあるらしいですな」

「魔法税はもっと高くするべきですとも。魔法の研究には幾ら資金があっても足りん。奴隷が増えればそれだけ我々は魔法の研究に打ち込める」

「その為には領土をもっと広げなければならないでしょうな。魔法都市だけではそろそろ打ち止め。大陸を掌握しマザーズだけでも傘下に収めれば奴隷の種類にももっと広がりが」

「ちくわ大明神」


 誰だ今の? じゃないッ。


 豪華なパーティーの雅な雰囲気に全く似合わない会話共よ。顔隠してよかったよ、表情を見られずに済む。ダルちゃんに話し掛けて来る奴らまでどいつもこいつも話す内容変わらない。ここは魔法都市って素晴らしいの会の会場か? 知らない間に迷って入っちゃった?


 ロドス大公といい眷属として深度の深い者達は、同じ眷属万歳後は便利な道具くらいの扱いなのが普通なのか、チャロ姫君やブル氏がそういった事は口にしない者達なだけに、ようやく異世界での上流社会の常識の一つを垣間見た気分だ。


 思えば『神喰い』に都市エトが襲われた時も住人以外、ダルちゃんやジャギン殿まで基本はノータッチの精神だった事を思えば、これを異常と感じてしまうそれがしが、異世界では寧ろ異常なのだろう。


 噂の内容の真偽を確かめる以前に、話される内容が黒過ぎて白いところが見当たらない。漂白剤ぶち撒けても落ちなそうな黒さだ。炎神の眷属のダルちゃんに話す内容じゃねえ。


 ダルちゃんは適当に来る者達をあしらい、マロニー殿は口を閉ざし静かに佇み、時折アイドルの握手会の剥がし役のようにそれとなく話の長い者の話を打ち切る。


 問題はギャル氏だ。横目に見ればまた一人見知らぬ魔神の眷属である貴族の男にダンスに誘われている。


 もう何人目だ?呪い師ジプシーに見えなくもないギャル氏を魔神の眷属と勘違いしてるのか知らないが、ギャル氏のできるまじないはキック一閃。青い布に隠された武神の眷属の証である看板をひけらかせば蜘蛛の子を散らすように退散するのだろうが、そんな訳にもいかない。

 

「オーホッホ! はぁ、あーし社交ダンス的なのは無理みってか、ソっ黒騎士タランチュラを誘ってあげてはいかがかしら? ってかいつまで手握ってるし。蹴りますわよ?」


 遇らい方が下手過ぎるしボロボロ素が溢れてんだよさっきから。全然オールオッケーじゃない。足りないのは演技力ぅですかねぇ? だいたいなんでそれがしに振ってんの? 男同士で踊るとか草。それがしの蔑称さっきから言い掛けてる所為で、それがしの名前ソッタ=ランチュラみたいな覚え方してる奴いるよ何人か。もう少しそれがしを見習え。


「ねーねー、怪物様はランプの精霊なの?」

「中はどうなってるんですかー? 見せてー」

「悪い魔法使い族マジシャンの子供食べちゃうって本当?」

「怪物様死んじゃうの?」

「なんでやでござる」


 ケープを引っ掴んで来る貴族の子供達。黒い話しかしない大人達の中で子供は救いだ。が、引っ張んじゃねえ。それがしのケープで口元に付いてる食べカスも拭くんじゃねえッ。それがしは保父さんか? 女性陣と違って子供しかそれがしの方に来ねえよ。なんで来てんだ逆にッ。それがしだけ社交界じゃなくて保育園状態だよ。社交界だからって呼ばれたイベント用の怪人じゃないんだよ。


 それがしに相手押し付けてるご両親呼んで来い。一発ぶつから。それがしを忙殺して情報を集めさせない作戦なら見事だが、絶対そうじゃねえわ。勝手に子供達集まって来てるもん。てかさっきから数増えてね?


「よいか童子達、それがしはダルカス姫様の護衛にして忠誠を誓った騎士でござる。黒騎士と呼ばれ諸国を歩き、姫様とお会いしたのは河の流れに導かれてか運命に導かれてか」

「それでー?」

「それでッ⁉︎ あーえー、かつては……そうっ! かつてアリムレ大陸では夜に出歩き行儀の悪い童子を喰らう怪物と呼ばれたものぞ。ほら童子達よ、あまり素行不良だと髪にかびが生えてしまうでござる。ご覧あれ青騎士殿を。ああなっては食べ頃ぞ。どれ悪い子はいねがー! 食べちゃいますぞーでござるー!」

「食べられるー!」

「逃げろー!」


 よし散った。散ったな。だからそんな追って来ないの?的な目を向けないでくれ。それがしだけさっきから違うんだよいる場所が。黒い話しながら周辺の貴族達が生暖かい目で見てくんだよ。だいたい社交界に子供同伴で来てんじゃねぇ! 社交界デビューには早い奴ら多いぞ!


 子供の群れが遠去かった隙を見て、ギャル氏の近くに身を寄せる。これならまだ貴族の男と御手手繋いで踊った方がマシだ。


「誰の頭に黴生えてるって?」


 だからギャル氏はそれがしを睨んでないで目の前の貴族の相手をしろ定期。監督ダルちゃんにポジション替えを要求する。保父さんよか保母さんの方が人気あるって絶対。社交界させてそれがしに。ケープ越しにダルちゃんの背を軽く突っつけば、マロニー殿が足を一発蹴って来る。そして咳払いを一つ。別にダルちゃんの背中触りたくて突っついた訳じゃねえ。足が痛え。ダルちゃんの背中すべすべだったやったー。


「……なんですか黒騎士殿? 今お嬢様の邪魔はしないでください。蹴りますよ?」


 いや、もう蹴っただろ。痛いもんそれがしの足。


「このままじゃ噂の真偽どころか子供の人気しか得られませんぞ。それがしを助けて」

「そんな格好していてよく言いますね。はぁ、分かりました」


 小声で助けを求めれば盛大にマロニー殿にため息を吐かれる。軽くケープを引っ張られ、ダルちゃんの背後にマロニー殿と並び立つ。軽く肘でマロニー殿はそれがしを小突き、会場の中に立つ何人かに視線を向けた。


「噂の真偽どうこう以前に、この社交界にいる大貴族の顔くらいはお教えしますから、後はどうにかしてください。まずはあの青い髪の御仁、フェッタ家長子グリス=フェッタ。向こうの黄色い髪の御仁が、ナハース家長子ロダン=ナハース。そしてあそこの黒い髪のお嬢様がブラータン家長女のマクセル=ブラータン。……そして中心にいる赤毛を持つ方々が」

「ダルちゃんのご家族ですかな?」


 小さく頷くマロニー殿を横目に、ダルちゃんの家族らしい集団を見つめる。並び立つ男女は間違いなく両親。それ以外に大小女の子が六人も。ダルちゃんが七人姉妹なのにも驚くが、大貴族含め未だ一人としてダルちゃんに挨拶して来ないのも気に掛かる。

 

 社交界の中、貴族達は眷属の紋章を隠さないのが暗黙の了解なのか、大貴族達誰もが魔神の眷属。ダルちゃんだけが炎神の眷属。魂の性質を読み取っての契約をしたならありえなくはないのだろうが、なんともダルちゃんは浮いて見える。いや、全体の空気が浮いて見えるようにしているとでも言うべきか。


「ふむ」

「どしたしソレガシ? なんか分かったん?」

「いや? 少し気になる事が……」


 身を寄せて来たギャル氏を一瞥し、回ってしまう頭に小さく舌を打つ。噂の真偽は関係ないが、思えば神の契約には二通りの契約方法が存在する。己が魂の性質に合った神と契約するか、聖堂などに赴きその都市の神と契約するか。


 ダルちゃんのゴールドン家は大貴族。高い金を積み聖堂で契約する事もできるはずが、ダルちゃんは何故炎神の眷属なのか? 普通に考えれば魔法都市の大貴族。魔神と契約させるのも容易なはず。


「マロニー殿……ダルちゃんは神との契約を冒険者ギルドでやったんですかな?」

「御姉妹全員そうですよ?」

「姉妹全員? いやそれは……いや……いやぁ? ゴールドン家は財政難で?」

「大貴族ですよ? 大貴族の財産舐めてます?」


 ですよねー。なら余計におかしいんだよ。聖堂でも契約できるのに姉妹全員神との契約は冒険者ギルド? 下手すりゃ姉妹全員魔神の眷属ではなくバラバラな神の眷属だ。魔法使い族マジシャンが行う試しだったりするのか? くそッ、ダルちゃんが実家嫌いだから深く聞かなかったが、此処に来て必要あるかも分からぬ気掛かりが。


「ソレガシ?」

「おかしいですぞ。魔法都市の大貴族なら普通聖堂で契約するだろ常考。にも関わらず冒険者ギルド? 魔神の眷属第一の都市で? ハズレくじ引く可能性ある方法選びますかな普通?」

「んならハズレじゃねえんじゃね?」

「それではダルちゃんハブってる現状が……」


 いや…………ギャル氏が鋭い。もしダルちゃんが炎神の契約になったのがハズレどころか大当たりなら? 冒険者ギルドで契約しようが、廊下に肖像画飾るような歴史古い家。冒険者ギルドで契約しようが魔神の眷属になると見越して、ガチャを引きダルちゃんが炎神の眷属を引き当てたとしたなら?


 そもそも砂漠都市に攻め込むのが何故この時期なのか、前回は見送ったとして、今回攻め入る噂が出たのは、ダルちゃんという炎神の眷属が手中にあるからなら? ただそれでどうなる? 炎神の眷属一人が手に入ったからと何が変わる?


「キレスタール王のお見えです!」


 思考はホールに響いた新たな来訪者を告げる声に掻き消され、開く扉に全ての者の視線が集中する。時間切れとでも言われたようなお告げに舌を打ち顔を向けた先、透き通った白銀の髪を泳がせる小さな少年。てっきり厳つい爺さんとかが来るのかと思いきや、少しばかり拍子抜けする。


 王と呼ばれた少年は貴族達を見回し、それがしに目を留めると歩いて来た。なんでだよッ。


「新たなランプの精霊か? うむ、余は気に入ったぞ! 格好が良いわ!」

「…… それがしはダルカス姫様の従者で御座いますれば」

「なんとダルカスのか! うむそうか、いい趣味しとる。してダルカス、これまでご苦労であったな。我らが大願叶う日が間近に迫っておる。嬉しかろうお主も? アリムレ大陸の蛮族を一掃する日がやって来た。のう?」

「はぁ、そうですねー」


 ダルちゃんそうですねーじゃねえおいおいおいッ⁉︎ やって来て速攻無邪気に噂聞く以前に戦争肯定してんじゃねえぞッ。なんだこの王様⁉︎ ってか王様⁉︎ 王様ごっこじゃねえの? 周囲から沸き立つ拍手に押されるように足を下げれば、ギャル氏と肩がぶつかった。


「首尾はどうじゃお主達?」

恙無つつがなく父上が進めております」


 そう王様の問いに答えるのは、フェッタ家長子、グリス=フェッタ。社交界にやって来ている大貴族の者達が若い者達なのは、当主は別の事に手を割いているから? 待て待てッ、どうにも雲行きが怪しい。まさかこのまま砂漠都市に進軍したりしねえだろうな? 垂れる冷や汗が見られないのが幸いしてか、誰も表情崩さぬまま、王の前にダルちゃんの父親が足を出す。


「王よ、この忙しい時期にお足を運んでいただき感謝の極み……ですが、要らぬ鼠が紛れ込んで御座います」

「鼠とな⁉︎ それは良くない‼︎」

「ええはい良くない。良くないのです。だろう? 昇降機の双騎士エレベータヤンキースとやら。我々の目は節穴ではないぞトート=ヒラールの回し者。昇降機エレベーターのように落ちて見るかね?」

「ッ、ギャル氏‼︎」

「りょ‼︎」


 ギャル氏がダルちゃんをすかさず抱き寄せ、それがしも身を寄せる。正体隠した意味もなく、モロバレとは之如何にッ⁉︎ どこでバレた? まさかここに来る前からずっと尾行でもされてたのか? 初日の買い出し以降部屋に篭ってたのに? チャロ姫君の回し者ならいざ知らず、トート姫の回し者とか草も生えない。


 周囲から突き刺さる視線の質が変わる。脱走を考えて街を歩き冒険者ギルドまでの方向は既に分かっている。なんとしてもこの場は脱出しなければ、命がどうなるか分からない。


「マロニー殿‼︎」


 ダルちゃんの味方らしい従者の名を呼ぶが、それがし達の方に寄る素振りも見せず、マロニー殿は己が手で腕を摩るばかり。


 トンッ。と。


 訝しむそれがしの意識を叩き起こすような小さな衝撃。視界が傾く中、目に滑り込んで来るのは腕を突き出す友人の姿。ダルちゃんの両腕が小さくそれがしとギャル氏を突き飛ばす。


「…………ばーか」


 涙目のダルちゃんが口端を持ち上げ、その顔から足に、その下に、見える景色が移ろいで行く。音もなく開いていた床の穴に落とされた。他でもないダルちゃんに。理解が追い付かない中で理解する。


 『怪物様死んじゃうの?』


 無邪気な言葉の呟きは未来の予告。こうなる事はそれがし達が来た時点で決まっていたらしい。ダルちゃんの目から小さな滴が落ちるより早く、それがし達は重力の腕に引かれるまま暗闇の中に身を落とす。


 

 

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