21F いざ行かん社交界! 2

「私はお嬢様が幼少の頃よりお仕えしている身。お嬢様が社交界に誰かを連れ立つなど初めての事。理由はなんです? 返答次第によってはお帰りいただきますので悪しからず」

「…… それがし達が喋らずとも察しているのでは? ある意味手間が省けましたぞ」


 ため息を吐きながらケープを脱ぎ、改造学ランの背に張り付いている機械人形ゴーレムを床に降りさせる。腕と兜を増やした所為でクソ重たい。そんなのを背負いながらクソ重たい話も御免だ。重量過多で動けなくなる。


 黒騎士モードを解いた中身であるそれがしを見ても、マロニー殿は特に驚きの声を上げる事もない。肩を回しながら猫耳を大きく跳ねさせるマロニー殿と向き合えば、歩いて疲れたのかギャル氏はソファーの背凭せもたれに腰掛けた。自由人だなぁ。


それがし達は噂の真偽を確かめに来たのですぞ。盗賊祭りの最中に物騒な噂などノーサンキュー。ダルちゃんの進級の為にも必要ですしな」


 そう言えば、爪を引っ込めて腕を組むマロニー殿。ただ鋭い眼光は変わらない。ギャル氏のカラコンよりも黄色い双眸を細め、僅かに天井へ目を向ける。


「……盗聴ですかな?」

「いや、お嬢様の部屋に限ってはその心配もないです。誰か近づいて来れば私が気付きますし。チャロ=ラビルシアが選んだ騎士。抜け目はなさそうですね」


 チャロ姫君への信頼が凄い。が、チャロ姫君の評判が高い程それがし達は動きづらくなるので控えて欲しい。貴族の従者だけあって、城塞都市の話も知っているようだし、魔法都市の四大貴族に支えてるだけあって優秀そうだ。こんな味方がゴールドン家にいるなら先に言ってくれ。


「……お嬢様の進級、盗賊祭りの参加者だという事は理解しました。ただそれで社交界に乗り込んで来るなど正気ですか?」

「噂は本当だと?」

「一介の従者に過ぎない私には詳しい話は分かりません。ただ……」

「急遽開かれた社交界が気掛かりですかな?」

「何かありはするのでしょう。名目はお嬢様がお帰りになられた事を歓迎しての社交界ですが、この時期ですからね。眷属関係なく疑いを持つなと言う方が不自然です」


 全くその通り。政治的な話の場をこの時期に設ける意味。ではあるが、そもそも大前提として、気に掛かる点が幾つかある。


それがし達と異なりずっと魔法都市にいただろうマロニー殿に聞きたいのですがな。そもそもこの噂の出所は? 魔法都市がこの時期に砂漠都市に攻め込むかもなどという噂。普通ならありえませんぞ」

「んでよ?」


 噂の内容が不謹慎過ぎるからだ。そんな話出ようものなら、やる気もないなら魔法都市の方で否定する。上が全く関係ないなら、下手すりゃ戦争煽動罪。大火になりそうな噂を放って置く理由がなく、もし噂が本当だとしても、砂漠都市の姫君の耳にまで届くような広がり。


 敢えて知らせる舐めプか、宣戦布告が必要という戦争のルールが異世界にもあるなら別だが、本当ならそんな噂広がる前に揉み消す。


「真正面から激突して魔法都市は勝てる算段でも? 腐ってもナプダヴィは王都でしょうに。炎冠ヒートクラウンまでいるにも関わらず」

「さぁどうでしょうね? 噂は所詮噂。下には確かな話は何も」


 だから怪しいんだよ。噂が嘘なら従者ぐらいには聞かれても否定しろと言うだろ普通。あやふやな形で噂を放置してる理由はなんだ? 社交界に出る前に知れれば儲け物だと思ったが、確信に未だ指先さえ掠らない。


 いや、待てよ?


「そもそもダルちゃんが帰って来たと魔法都市の貴族方はいつ知ったので? ファッション雑誌にダルちゃんも載ってましたかな?」

「ファッション雑誌? ふざけてるんですか?」


 すげえ冷めた目で見られた……。それがし達の友人が全員ファッション雑誌で生存報告などしてくれるからッ。


「数週間前にようやくお嬢様から手紙の返事が来たのですよ。アリムレ大陸に帰られると。お二人の事もお手紙に。それを知った当主様が社交界を開くのでお嬢様に帰って来いと仰せでこの形に」


 それで一足早く魔法都市に着いていながら冒険者ギルドでダルちゃんは暇を潰してた訳か。最初のマロニー殿の喜びようを見るに、実家に顔を出したのは帰って来てこれが初。よっぽどダルちゃんは実家に帰りたくないんだな。


 情報が全部ふわふわしていて考えを纏めるに纏められない。ダルちゃんお帰りパーティーなら取り越し苦労。そうでないなら脱出必須のこの世からお別れ会に成りかねない。『お帰り! じゃあ死ね!』みたいな世紀末状態だったらお終いだ。


「……マロニー殿はどうお考えで?」

「私に意見を求めますか? チャロ=ラビルシアの策略でお二人は来たのでは?」


 んな訳あるかい。そもそもそれがし達が魔法都市に来たのは、砂漠都市に乗り込む為の準備と移動手段として蒸気機関車を求めてだ。


 機械人形ゴーレムの改造は想像以上に捗り、代わりに移動手段はおっ死んだが、社交界に出るのも噂を聞いたのも全て偶然。だからこそ内部から見た意見が聞きたいのだ。


 肩をすくめてチャロ姫君は関係ないとアピールすれば、マロニー殿は眉間に皺を刻み口を波打たせる。


「……少なくとも綺麗な話だけでは終わらないでしょうね。砂漠都市は魔法都市の目の上のたんこぶ。王都の位を奪われてからは特にです。裏では絶えず奪還の機会をうかがっているという話ですが、この時期である理由が分かりません」


 結局それでは噂が正しいと言えそうな要因が強まるだけだ。そんな噂を否定する必要もない程に、アリムレ大陸の住人達はいつか魔法都市は砂漠都市に攻め入るとでも思っているのか。開催理由に関係なく、絶えず物騒な話をしているならただの愚痴大会で気にする必要もないのだが。


「マロニー、ちょっとドレス着るの手伝ってー」


 頭を回す中で、ダルちゃんの出て行った扉が少し開き、部屋にダルちゃんの声が滑り込んで来る。まだ着替え終わってなかったのかとそれがしが呆れるより早くマロニー殿は一礼すると扉の奥へと消えて行ってしまう。律儀の閉ざされた扉を見つめ一息吐く。


「ソレガシ徹夜でお疲れーしょん?」

「徹夜関係なく疲れますな。今はなんとも雲を掴むような話。怪しさだけが深まるばかりで真実は藪の中。戦争をしない理由がない訳でもない。社交界に出る以外の道が見当たりませんぞ」

「パーティーエンジョイしかない的な?」

「嬉しそうにしないで貰えます?」


 楽しめるなら楽しみたいが、不審な話が転がり過ぎてて地雷原で踊っているに等しい。どこに足着け掘れば安全なのか不明瞭。ギャル氏の明るさが唯一の清涼剤だ。社交界でもギャル氏に話は任せ、それがしはその裏で情報を聞き纏めていた方がいいかもしれない。そもそも機会人形ゴーレム纏った姿じゃ相手もまともに話してくれないだろう。


 深いため息を吐き出せば、それを散らすかのように開かれる扉。赤いレースの走った真っ赤なドレスに身を包むダルちゃんが、マロニー殿を従えて部屋に入って来る。思わず口笛を吹いてしまう横で聞こえるスマホのシャッター音。ギャル氏の服にはポケットないのにどうやって持って来たんだギャル氏は。胸の谷間? 本当にできるんだその収納術ッ。


「なに? ソレガシあんま胸ばっか見ないでくんない? きもみパないよ?」

「あのですなぁ、それがし常々思っているのですが、なら何故にそんな開放的な服を着るのか問い詰めたい。見せる為では? なら見るに決まってんだろ常考。パシャっても?」

「はいこっち見て、その目ポイしたいんでしょソレガシ?」


 なんだギャル氏そのピースサインは。見たらどうなんの? 目潰し? じゃあ見ないわ。代わりにダルちゃんを見よう。受付嬢姿を見慣れているから優美なドレス姿は珍しい。背中を開けた開放的な紅いドレス。ダルちゃんは見返り美人が似合うよね。背中が美人。


 一人深く頷いていると、突如飛んで来るマロニー殿のピースサインがそれがしを襲うッ。


「ファァァァァアアッ⁉︎ お主の方は見てないのにッ⁉︎ 目がッ⁉︎ 目がァァァァッ⁉︎」

「……お嬢様をいやらしい目で見るからです。天罰」


 そんな低い声絞り出さなくてもいいのにッ、しかも天からの罰でなくマロニー殿からの罰だ。マロ罰だ。酷い話ですよッ。エロい服着てる人をエロい目で見るとどうして怒られんの? 教えてエロい人ッ。


 願いが通じたのか、廊下に繋がる扉が慌しく数度叩かれる。「大丈夫ですか⁉︎」という使用人の女性であるらしい声を聞き、通じて欲しくない所に願いが通じたらしい事を悟り、慌て機会人形ゴーレムを操り背に貼り付けて、フェイスマスクを引き上げケープを纏う。


 目が痛えッ、外からは分からないだろうが目が痛えッ。それ以前に誰か近付いて来たんだから教えてくれよマロニー殿。こんな事でそれがしを見限ろうとするんじゃねえッ。


「大丈夫だよ、ちょっと変態が出て来ただけさ」

「お嬢様? それは大丈夫ではありません。駆除しなければ」

「あーしがしとくから……じゃなくて、わたくし様が調教してあげますから大丈夫ですわ!」


 第三者が来た事でギャル氏が再び演技をしだすが大丈夫? それがしまだ知り合いでもないゆかりん氏の株がそれがしの中で本人前にするより先に急降下してるけど大丈夫? ギャル氏の友達でも元の世界で遭遇したくなくなってきちまうよ。


「……ギャル氏は本当にそのキャラ社交界で貫く気ですかな?」

「ゆかりん演劇部だからオールオッケー」


 ゆかりん氏が演劇部だとしてもギャル氏は演劇部じゃないんだよ。必要なのはギャル氏の演技力であって気にするところが違えッ。オーホッホと高笑うギャル氏の笑い声に引っ張られるようにメイドの一人が扉を開け、微妙な顔でお辞儀をくれる。

 

「お嬢様の到着が少しお遅れになりましたので、もう皆様お待ちでございます。支度がお済みでしたら会場にお越し下さい」

「ん。分かったよ、それじゃあ行くとしようかね」


 目配せして来るダルちゃんに小さく頷き返し、部屋を出るダルちゃんの後に続く。第三者がいる今はそれがし達は従者。一々某それがし達に伺ったりダルちゃんはしない。会場ってゴールドン家かよと出そうになる言葉を飲み込み、しばらく歩けば見えて来る大きな木扉。


 廊下にいる時点で扉の奥から話し声が流れて来る。急激に高まる緊張に血の気が引く中、小走りに扉に寄り扉を薄く開けて中にメイドが踏み込んだところで、流れて来る話し声がピタリと止んだ。


「ダルカス=ゴールドン様のお帰りでございます!」


 その言葉と共に扉が開く。まだ明るい陽の光さえ遮るような社交界の煌びやかな灯りが廊下を包む。眩しいが目に痛い眩しさ。何よりその眩しさに隠された黒い噂を見つけなければならない舞台が幕を上げた。


 踊りに誘われてもそれがしとギャル氏はブレイキンBREAKIN'ロックLOCKしか踊れないが、ここには姿ないフロア上の女王様に怒られたくないので精々上手く踊って見せよう。

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