20F いざ行かん社交界!
「……黒騎士様に青騎士様でございますか?」
執事服を纏った、如何にもなゴールドン家の従者の言葉に滑るように前へと一歩踏み出す。
「如何にも。我が名は
ある意味嘘は言ってない。なるべく声のトーンを落とし紡ぐ
「
誰だお主? いつもみたいに髪も縛ってねえからギャル氏も面影が髪色ぐらいしかねぇッ。異世界ならいざ知らず元の世界にそんな喋り方の奴いるかぁ? ギャップが酷いッ。ダルちゃん笑い声押し殺してて返事できてねえぞッ。大丈夫? 本当に大丈夫?
「んんッ、そだね。二人が言う通り久し振りの故郷だから歩いて行きたいかな? 構わないよね?」
「社交界まで時間はまだ少しばかり御座いますが……そのお二方もご同席を?」
「無論。万が一、億が一、姫に厄事があっては困り申す。
ゴールドン家の従者は果てしなく困った顔をする。
これで最低限ゴールドン家までは行ける。歩いて向かいはするが、
打ち合わせの通り。
視界の中
奴隷達はやはり深度一桁ばかりで、炎神の眷属の姿は見られない。炎神の眷属達が、奴隷にならぬように動いているからなのかは知らないが、奴隷達が何故奴隷になっているのかは、社交界の対策会議中に聞けた。
魔法税。
そんな制度が魔法都市には存在する。魔法都市はアリムレ大陸最大規模の都市でありながら、現王都である砂漠都市の政策には反対派。つまりアリムレ大陸で合法化している窃盗、強奪が魔法都市内では普通に罪になる。
獅子神の都市でやたらやって来た
魔法都市の住人で、魔神の眷属以外の住人は毎週深度に応じて決まった金額を支払わねばならず、支払えばければ奴隷として働く以外にない。そしてこれがおかしな話で、深度が深い者より、浅い者の方が支払わねばならない魔法税が高い。
これには高深度の眷属は他神の都市に居つかない為数が少ないからであると思われるが、それにしたって理不尽だ。旅行者や冒険者も魔法都市で買い物や宿を取る際には魔法税が掛かる為、騎士達が冒険者ギルドに集まっていたり、ダルちゃんが実家に請求書をツケまくっていたのにもそんな理由がある。
中身を知れれば見方が変わる。一見弱者に優しく魔法に溢れた幻想都市でありながら、その中身は結局アリムレ大陸らしいと言える弱肉強食の都市。顔が外から見えないのをいい事に眉間に皺を刻み歩き続ける事
馬車が近付けば開くアールヌーボー調の鉄門。真っ直ぐ伸びた道の先、屋敷の入り口に初老の従者と同じ執事服を纏う若い従者が一人立っていた。薄く金色の混じった短かな黒髪を揺らす若い従者は、執事服を纏っていながら胸の膨らみを見るに女性らしい。
ダルちゃんを見れば男装の従者は満面の笑みを浮かべ、
「お嬢様! ダルカスお嬢様ッ、大変、大変お久しぶりでございます‼︎ 学院を休むとお手紙を頂いてから半年以上もお返事がなく心配しておりました……お加減の程は……」
「ん、大丈夫だよマロニー。超絶。新しい従者が二人いてくれたからね」
「……新しい?」
マロニーとダルちゃんに呼ばれた男装の従者は、笑みを引き絞ると鋭い目付きで
ギャル氏と揃ってダルちゃんの両脇で小さく頭を下げれば、マロニー殿は初老の従者を一瞥し、再び表情を和らげると屋敷の入り口である扉を開けた。
「兎に角お元気そうで何よりです。社交界に出ますのにその格好では少し……ですのでお着替えの準備をしております。どうぞお部屋へ。そのお二方は……」
「一緒でいいよ一緒でね」
マロニー殿の問いに軽く手を振り答えながら屋敷へと踏み入るダルちゃんを追って中に入る。玄関ホールに浮かぶシャンデリア。入り口から階段へと続く赤い絨毯の両脇にはメイド達が並んでおり、ダルちゃんを見れば一様に頭を下げる。
「お帰りなさいませお嬢様」
口を揃えて玄関ホールに響き渡る言葉に、思わず息を飲んだ。フェイスマスクと兜のお陰で表情見られず幸いだ。ドラマや映画でしか見た事ないような光景が見れるとは。城塞都市では脇道をコソコソ動いていたので、チャロ姫君に礼を払う従者達の姿をそこまで見られなかった事もあり余計にである。
慣れた様子でメイド達の出迎えの言葉を聞き流すようにダルちゃんは絨毯の上を歩き階段を上り、少し先を行くマロニー殿の後を迷う事なく着いて行く。
ダルちゃんの父親なのか祖父なのか、壁に掛けられた大変長い髭を生やした男の肖像画を横目に見つつ廊下を歩けば、マロニー殿が足を止めてダルちゃんにの自室であるらしい部屋の扉を開けた。
「お嬢様が出て行かれた時のままでございます」
「ありがとねー。んじゃ全員入った入った」
慣れぬ空間でも、いつも通りなダルちゃんのおかげで少し安心だが、ダルちゃんはいつも通りで大丈夫なのか? 部屋に入ればマロニー殿も部屋に入り扉を閉める。
ダルちゃんの部屋。都市エトで宿泊部屋を自室に使っていた時のダルちゃんの部屋はしっちゃかめっちゃかであったが、従者が掃除しているからか小綺麗なもので、小さな暖炉が一つあり、壁の一面を天井まである本棚が埋めている。大きなベッドが一つ、ソファーも一つ。どことなく都市エトの冒険者ギルドに近い空気を感じる。
部屋の中には見慣れた面子とプラスワン。少しばかり肩の力が抜けたところで、マロニー殿が
「私はマロニー=ホルスバーン。お嬢様専属の従者でございます。お嬢様が新たな従者を従えているとは知りませんで。お名前を聞いてもよろしいかな?」
「先に名乗っていただき感謝致す。
「あーし……オーホッホッ! ごめん遊ばせ!
ボロ出るの早いなぁッ! オーホッホとかそん風に高笑いする奴本当に元の世界にいんの? 勢いで誤魔化すギャル氏をケープの中から肘で軽く小突けば、「ゆかりんを信じろし」とギャル氏が小声で告げてくる。
「正気ですかお嬢様? 痴女と……何の種族かも分からない不審者を従者になど、貴様らお嬢様を
初対面なのに敵意バリバリ過ぎない? 牙を剥くマロニー殿の言葉に合わせ、マロニー殿の頭からピンと伸びる猫の耳。加えて背後で揺れる尻尾が四本。マロニー殿の正体って
「ギャル氏痴女とか大草原!」
「ふ、不審者ッ、ソレガシ不審者だって鬼ウケる!」
「何が可笑しいッ!」
やっちまった……、マロニー殿が不意打ちで痴女とか言うからッ。ただマロニー殿も笑ってるダルちゃんを見ろ。手の爪を伸ばすマロニー殿の姿に慌てて笑い声を抑えれば、ダルちゃんが笑いながら手のひらを泳がせる。
「いいのいいの、ごめんねマロニー。従者は嘘。社交界で味方して貰おうと連れて来た冒険者だよ二人共。あたしの友達みたいな?」
「……お嬢様の?」
速攻で正体バラしてくれたがいいのかダルちゃん。とは言え、ギャル氏はもう従者のフリは限界だったらしい。
「うぃー、ダルちぃのダチコの
手のひらを返す準備運動でもしているかのように早速マロニー殿の呼び方を変え、元の口調に戻したギャル氏の痴女っぽさが何故か増した気がしないでもないが、
「
「ソレガシんで汗だくなん? きもいんだけど」
「
暑いんだよアリムレ大陸でこの格好は。全身黒づくめだぞ。太陽光バリバリ吸い込むわ。
「サレン様と……ソレガシ様……? 城塞都市で騎士称号を授けられたと言う冒険者ですか?」
「そそ。あたしとはそこそこの付き合いでさ。貧乏くじ引いた結果の腐れ縁みたいなそんな感じ」
「いけませんよ、お嬢様。お世話もできないなら拾って来ては」
「捨て犬ですかな
従者と言う割には、マロニー殿はダルちゃんに冗談言えるような間柄であるらしい。ダルちゃんが速攻で
「それじゃああたしは窮屈なドレスに着替えてくるかね。めんどくさー。二人の事よろしくねマロニー」
「あっ、ちょっとダルちゃん……」
テーブルの上に綺麗に折り畳まれ置かれているドレスを手に取ると、ダルちゃんは逃げるように廊下に繋がっている扉とは別の扉を開けて出て行ってしまう。部屋に置いてかれた
その疑問に答えてくれるかのように、ダルちゃんを見送ったマロニー殿が振り返る。
「……お嬢様が準備なされてる間、少しお話ししましょうかお客様?」
お話はいいが何故に指の爪を伸ばすのか? お話しする気があるようには見えない。化け猫の眼光に愛想笑いを返し、ダルちゃんの帰りを待つがいつになるやら。女性の支度に時間が掛かるなどという常識は砂の海にでも投げ捨てて欲しい。
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