19F 社交界対策会議

 Q 社交界とは?

 A 王族や貴族、上流階級の名家などの人々が集い交流する場の事である。


 本来ならば爵位や称号、それ相応の地位なくして踏み入る事の許されぬ場。洗練された会話や立ち振る舞いが求められ、世間話として高度な交渉、政治経済の事が話され合う民衆立ち入るべからずの処刑場に等しい。


 有難迷惑な事に騎士称号を持つそれがしとギャル氏も、ダルちゃんにお呼ばれしたという体で参加可能。ではあるのだが、大草原不可避、ガン映え鬼パシャなどとそれがしとギャル氏が言った途端出禁必死である。


 必要なのは社交界で求められる立ち振る舞いの情報と、それがし達の明確な立ち位置。それを社交界に赴く迄にはっきりさせておかなければ死ねるッ。


「故に準備はいいですかな皆の衆ッ! それがしは何とか間に合わせましたぞ!」

「めんどくさー」


 ダルちゃんが気怠げに返事をくれる。それ以外にないってどうよ。社交界当日の朝。ダルちゃんの休憩時間を使って三日ぶりにしっかり顔を合わせられる唯一の機会なのに、サパーン卿は眠そうだし、ギャル氏はそっぽ向いてるし、ジャギン殿は上の空だし、トート姫は窓辺に腰掛け外向いてばかり。


 協調性が微塵もねえな‼︎ 今日は結構大事な日だろ‼︎ 砂漠都市向かう前に確かめなければならなそうな大事な情報の宝庫やぞ‼︎


「ふわぁ〜あ、悪いが俺は社交界にはでねえしな」

「空を飛ぶ拳を見たかっタ……」

「ボクも出ないし〜? 暗殺怖いのよね〜」

「……ソレガシはアレと仲良くしてりゃいいじゃん」


 全員漏れなくやる気ねえな‼︎ 方針それがしが決めていいとは何だったのか‼︎ ギャル氏はいつまで拗ねてんだよ! ロドス公はこの話全く関係ねえよ‼︎


 叫びたい気持ちを抑えつつ、分かった順番に話を聞こう。仕方がないのでそれがしが進行役になります。はいまずはサパーン卿から。徹夜したそれがしやジャギン殿以上に眠そうだからさっさと聞こう。寝落ちは許さんぞ、


「この三日騎士達の動向を探ってたがはっきりしねえ。ただ分かってんのは、今回の社交界とやらは魔法都市の貴族王族連中しか出ねえってこった。全員乗り込む訳にも行かねえだろ? 社交界中央俺は外で騎士達を見張ってんよ」

「サパーン卿マジ感謝」


 それがし機械人形ゴーレムの改造に忙しい間やる事やっててくれて本当にありがとうございます。魔法都市にやって来て初日に出会った騎士達も昼間はどこ行ってんだが姿ないし気になってはいた。動きがないのは嵐の前の静けさのようで不気味ではあるが、核心を突くような明確な動きをされても困る。


「社交界中はワタシもサパーン卿と行動を共にスル。人数少ナイ方がソレガシ達も動き易いダロウ?」


 確かに気にする人数が減る方が心労は減るが、藪を突っつきに行くのに戦力に少し不安が残る。戦闘を進んでする気はないが、話を聞かれたからにはとか物騒なお約束を投げ付けられないとも限らない。そうなると、ダルちゃん以外の参加者はそれがしとギャル氏。


 トート姫の動きが気になるが、暗殺が怖いと言う通り、砂漠都市の姫様が魔法都市の貴族王族しか出ないらしい社交界に出るのは自ら首にギロチンの刃を落とすようなものだろう。とは言え、噂が真実ならばだが。


「トート姫、こう言ってはアレですがトート姫が出る事で魔法都市への牽制にはなりませんかな? よくない噂が立っている所に砂漠都市の姫君が来れば驚くはず。トート姫もその噂の真偽を確かめる為に来たのでしょう?」

「まあそうだけど、ボクに最悪人質になりそうな場へ出ろと? ありえないわよね? 何の為に手を組んだと思ってるのよ」

「そうでしょうが、なら情報と交換に約束して欲しいものですな。例えばそう、砂漠都市へ踏み入るまでは裏切りはなしとか」


 参加者達を牽制する意味での形ない共闘に、ある程度の約束事が欲しい。裏切りは大前提。ただ問題はタイミング。魔法都市の噂が真実で、盗賊祭りどころの事態でなくなるかもしれないにしても、それがし達に必要なのは盗賊祭りでの勝利。


 その為には、砂漠都市に辿り着いても、砂漠都市の中に入り炎冠ヒートクラウンの前まで行かなければどうにもならない。情報の為に砂漠都市がもし閉ざされていても通行証が欲しい。


 それがしの話にトート姫は言葉なく頷いてくれるが、最低でも欲しいのは口約束。耳に手を当て差し向ければ、「分かったわ」と渋々返事をくれる。


「砂漠都市への入場券と外への目はどうにかなりそうですな。後はそれがし達の動きですぞダルちゃん。補足事項とかないですかな?」

「そだねー……この社交界はあたしが帰って来たから急遽開かれるのが決まったみたいって話ぐらいかな。あたしも実家に顔出してないから詳しい話は知らないや」

「少なくとも進級ピンチのお叱りではなさそうですな」

「だろうね。寧ろ噂が本当なら、炎神の眷属であるあたしから炎神の眷属魔法とかの情報引き出したいんじゃない? 深度上げる努力しなかったのが功を成すとは皮肉なもんさ」


 悪い方にばかり考えてしまうが、楽観視するよりはマシだ。この社交界。噂の真偽以前に、噂は正しいと思い動いた方が多分いい。最悪へのリスクを減らす為に。新たにギャル氏が塗ってくれた首元に巻いているフェイスマスクに目を落とし、親指の爪を噛みながら答えを弾く。


「ならば、それがしとギャル氏は騎士としてダルちゃんにお呼ばれしたから参加する。などという形は取らぬ方がいいでしょうな。魔法都市の貴族王族しか参加しない中に、城塞都市のラビルシア王家から騎士称号を貰った者が参加するというのは要らぬ噂が立ちそうですぞ」

「ならどうするのさ。言っちゃアレだけど城塞都市での話は珍事。学院でも他神の眷属に騎士称号やったって一時噂になったからね。諸都市の王族貴族にはソレガシ達の顔まず割れてると思った方がいいと思うけど?」

「それには考えがありますぞ」


 首を傾げるダルちゃんに笑みを返し、腰の黒レンチを引き抜き「起動アライブ」の詠唱と共に機械人形ゴーレムを召喚する。直径八〇センチに広がり盾としての役割を強めた半球状より平らになった機械人形ゴーレムの姿。


 脱着式になった背の接合部に機械人形ゴーレムを接続し、本体の上側に付いている半球状のレンズが三六〇度等間隔に上から下に並んでいる半球状の複眼のような兜の首を伸ばし頭に被る。そうして口元のフェイスマスクを引き上げれば、目元まで覆う兜と合わせて顔など外から分からない。


「これならバレぬでしょうよ。顔を見せないのが不敬とでも言われれば、火傷だの何だの理由付けて見せられぬとでも言えば済みますぞ」

「んぐっ、ふふっ、それで? 顔隠してどうするのさ?」

それがしとギャル氏はダルちゃんに招待されたからではなく、ダルちゃんが学院を休学していた間に見つけた従者という立ち位置で参加しましょうぞ。ってか今笑いませんでした?」

「そ、ソレガシやばいっ、エグいっ、なんかの悪役にしか見えねえしっ、改造人間ウケるっ。パシャっていい?」


 ギャル氏爆笑してんじゃねえか‼︎ このフェイスマスクくれたのお主だからね‼︎ きもいと言われないだけ、ギャル氏の好みからは外れなかったようだが、今は鏡を見たくない。朝完成したばかりだからこれが初装着で初お披露目。ジャギン殿が目を輝かせる横で、サパーン卿が小さく頷いてくれる。


「威圧的な風貌だが、従者としてならアリだ。ただ背中のは盾に見えなくもねえが剥き出しはまずいぜ。腕を収納したままだろうが、これ見よがしに武器持ってんのはよくねえ。上からせめてなんか羽織って隠せ」

「隠せと言われても、砂漠道中羽織ってた布を被ったところで社交界の会場の中では脱げと言われるのでは? 魔力の反応などは被ったまま機械人形ゴーレムを稼働停止状態にでもするば気にされないでしょうが」

「んならあーしに良い考えあるし。買い物ん時買っといてよかったし。どよこれ? 従者って言うならこれ合うんじゃね?」


 ギャル氏は機嫌治ったの? 未だツボっているようで弧を描く口元を隠せていないが、拗ねられているよりはいい。部屋の隅に積まれている買い物箱の一つをギャル氏が掴み取り中身を破いて差し出して来るのは、折り目正しい黒い布。魔法都市製であるらしいフードのない漆黒のケープ。


 首に回し羽織ってみた途端、ギャル氏が再び爆笑の渦中に落っこちた。


「し、執事っ!不審者にしか見えない執事がいるっ!絶対やばい奴だってッ、通報案件ッ、見た目は強そうだけど中身ソレガシとかッ! やばいっ、お腹痛いっ、ふくくくっ!」

「……鋼鉄の腕でそれがしと握手‼︎」

「や、やめてっ、ケープの中から機械の腕だけ出すのは反則だってッ! あはははッ! そ、ソレガシっ、パシャったから見て見て! ヒーロー映画の悪役のコスプレ的な? 絶対コレ悪い奴っ!」

それがしの面影がねえ……ぷしし! 世界の半分をお主にやろう!」

「言いそう言いそう!」


 ギャル氏が嬉しそうで良かった。笑ってくれていた方がそれがしも嬉しい。改造中なんとかギャル氏の好みに合うようになるたけ意識したが、この分なら大丈夫そうだ。目元に涙まで溜めて笑うギャル氏から見えない事をいい事に口の端を小さく持ち上げ、これでいいならとケープの中で手を叩く。


「後はギャル氏の変装と喋り方ですな。それがしは……」

「時代劇観まくってたんならソレガシは侍風でいんじゃね? できるっしょ? やば、格好とのギャップでまた笑いそうっ」

それがしに侍街道に足乗せろと?……致し方ない。ダルカス姫、此れよりそれがししばしの間姫様にお仕えする次第でそうろう。絡繰執事の……偽名どうしましょう?」

「急に素になんなしっ! お腹がっ、お腹痛いっ。あーしツボだわそれドチャクソ好きみッ!ねえ学校でもやってやって!」


 笑い過ぎだわ流石に! 学校でやったら流石に警察のお世話だわ! それがしの問題は後は偽名だけで一番の問題はギャル氏の変装と喋り方なんだよ! それがしだけ笑うとか許されんぞ!


「笑ってばかりいないで後はギャル氏ですぞ。ギャル氏の方が新聞に雑誌に顔乗ってるんですからな? 髪型を変えるのは当たり前として、どうするのかお決まりですかな?」

「ん。ソレガシがゴーちん改造してた間にあーしも縫い終わったからねおニューの服。本当はセーラー服に合わせるつもりだったけど、口布フェイスベールとアリムレ大陸の民族衣装合わせて占い師風で勝負っしょ!」

「……絡繰執事サイボーグ呪い師ジプシーがあたしのお供ね。んじゃ偽名考えるのもめんどくさいから、ハッタリ効かせようかあたしの騎士達?」


 ダルちゃんの笑みを前に、ギャル氏と顔を見合わせて首を傾げる。










「お久しぶりでございますダルカスお嬢様。お迎えに参りました。お元気そうな顔を見れて大変嬉しく思います…………それでその……後ろのお二方は?」

「あたしの新しい従者さ。その昔、空の向こうから降って来た昇降機の双騎士エレベータヤンキース。名を口にするのもはばかられる黒騎士タランチュラ青騎士オライオンさね」


 受付嬢の服を身に纏うダルちゃんの背後に立つ、黒尽くめで口元のフェイスマスクに映る白い牙を畝らせ被る複眼を輝かせるそれがしと、口布フェイスベールで口元を隠し、布少なく、絞られた肢体を曝け出し紺碧こんぺき色の柔らかな細長い布一枚を巻き付け身に纏うギャル氏を前に、冒険者ギルドの前まで迎えに来たゴールドン家の従者は口の端をひん曲げる。


 眷属の紋章さえ隠し、ろくに顔も見せないそれがしとギャル氏。


 昇降機の双騎士エレベータヤンキースなるハッタリがどこまで通用するかは知らないが、今のそれがし達はダルカス=ゴールドンに忠誠を誓う黒騎士タランチュラ青騎士オライオン


 さあ、バレてはならないロールプレイの時間だ。


 


 

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