18F マジックゾーン 3

 困った。大変困った。昨日ロドス公と一悶着あってからギャル氏の機嫌が大変宜しくない。それと比例するかの様に嬉々として進む機械人形ゴーレムの改造。


 居心地悪いのに改造ばかり捗る矛盾。


 もう残り一日しか社交界までの時間がないのに、問題事が増えるってどうよ。


「まあ理由は分かるでございますよ? あっしに襲われながら、仲間があっしに教えを受けていたら面白くねえのでございましょう? 感情を優先し得られる技術を疎かにするなど無駄の極み。非効率でございますな! 流石脳筋。縁を切っては?」

「お主少し黙ろうか?」


 マジで勘弁してくれよ。声が大きいんだよ昨日からさぁ。護衛放り捨てたギャル氏が受付カウンターで今日も裁縫に勤しんでるのにそういう事言う? マジレスの使い所考えてよ。受付の方から大きな舌打ちが聞こえるよ?


 心だけはギャル氏の味方だが、砂漠都市で炎冠ヒートクラウンとの決戦まで控えている事を考えれば、機械人形ゴーレムの改造は何より急務。同じ眷属だけを気に掛けるのは異世界『エンジン』の住人としては正しいのかもしれないが、生憎それを正しいとは言いたくない。


 ただ、機械神の眷属最高峰なだけあり、ロドス公の知識量と技術力は素晴らしい。悔しいッ、でも教わっちゃうッ。こんな機会おそらくもうない。ギャル氏に牙を剥いた事は許せないが、それ以上にこの時間には価値がある。


「蒸気をより高圧に圧縮するならスクリュー式の圧縮機にするのがいいでございます。動かす腕部を増やすなら、高圧化は避けられないでございますから。レシプロよりタービン式で腕部は動かした方がいいでございますよ。でなければ内部が複雑になり過ぎるのでございます。部品が多ければ無駄がなくなる訳でもないでございますからね、核と内部機器を保護する為の半球状でございましょう? 言うならば盾。収納部分を増やす為に直径は大きくしなかればいけねえでしょうが、問題はカットオフでございますが」


 などなどなど────。図面の描き方から簡単にできる加工まで。同じ眷属を同胞と呼び、機械神の眷属には大変親切なロドス公のおかげで、それがしの異世界ノートは急激に増えたブレイキンBREAKIN'の情報量を、たったの一日で蒸気機関の情報量が上回った。


 充電器もタービン式にすれば、より無駄なく大きな電力を生成する事ができる。その為に必要な部品も格安で仕入れられる始末。おかげでラーザス爺に急遽頼んだ部品は予備扱いだ申し訳ない。


 ただ、我が物顔でそれがしの近くに居座り、都合よく部品も技術も与えてくれるロドス公は怪し過ぎる。親切なのは有り難いが、その親切さが胡散臭い。親切にそこまで慣れていないそれがしの思い過ごしならいいのだが、そうでないなら悩みの種だ。


 それがしに黙れと言われ馬鹿正直に口を閉ざすロドス公に目を細める。ロドス公がその気になればそれがしは吹けば飛ぶ様な相手だろうに。


「黙って貰ったところで聞いてもいいですかなロドス公殿。お主は神の火を求めてアリムレ大陸にやって来たのですよな? ジャギン先輩も言っていましたが、何故魔法都市に? それがしに手を貸す理由も疑問ですぞ」

「同胞様だからだけでは不満でございますか?」

「当たり前ですぞ常考」


 ただでさえトート姫と一時的に手を結び、魔法都市の不審な噂の真偽まで確かめねばならない問題があるのにこれ以上の問題は困る。


「狙う物が同じなら、ロドス公もライバルのはず。知恵を授けたから神の火を得るのに力を貸せと言われても無理ですぞ」


 それがし達が元の世界に帰る為に祭事の勝利は必要であり、何よりダルちゃんの進級の為に必要だ。それがしの心配を余所にロドス公は微笑むと、「そんな事は頼まないでございますよ」と迷いなく即答してくれやがる。意味不過ぎてワロエない。


「これもあっしらが神のお導き。巫女の神託のままにあっしは魔法都市に寄っただけでございますれば」

「……巫女? 機械神ヨタ様のですかな?」

「正しく。巫女様は騎士様があっしらが神の都市にお越しになるのを大変心待ちにされているのでございます。騎士は巫女を守るものでございますから。騎士様が騎士称号をお受けになった事に大変お喜びになられて。……まぁあっしとしては授けたのが城塞都市の姫ガラクタなのが気に入らないのでございますが、他神の眷属さえも機械神の眷属を認めたという事で大目に見るのでございます」


 ロドス公の好みは知った事ではないが、それがしがチャロ姫君から騎士称号を受け取ったのは結果的には機械神の都市としても良かったらしい。会った事もない巫女とやらから人気なのは良い事なのか分からないが、ひょっとして深く考えずに機械神の都市に行けば普通に神に御目通りできる? ……今は考えるのはよそう、この予想が合っていると大変悲しくなる。


「しかし神託とは如何に。魔法都市に行ってそれがしに手を貸せとでも? そんな具体的なんですかな?」

「だそうでございますよ? 『おらの推しば魔法都市さ向かってるっちゃ。面倒見てやってけろ〜、ガンバレガンバレ☆』と神からお告げがあったと」

「ちょっと待って、え? ん? ちょっと待ってぇッ‼︎」

 

 それがヨタ様の言葉なのか巫女殿の言葉なのか、どちらにしても問題だ。そんななまった神託なの? そんな子供っぽい口調なの? 頑張る気が寧ろ失せるわ。


 ヨタ様マジでふざけんなよ‼︎ 威厳もクソもねえ‼︎ そんな神様と魂の色が同じらしいそれがしはどうすればいいの? 受付カウンターの方から噴き出す笑い声が聞こえやがる……。機嫌悪いのにしっかり盗み聞いてんじゃない。


「巫女とは神と最も魂の形が近い者だそうでございますから間違いないかと」

「さらっと重要そうな事言わないでくれますかな?」


 やべえよ、巫女殿にもヨタ様にも会いたくなくなってきた。草生やせねえよ、だって生やす場所がないんだもん。そんな神から推し宣言とか嫌がらせだろ。サパーン卿の言う通りお気に入りかよッ。何もしてない奴を推すな定期。


 ただ……くっそふざけてやがるが、初めて異世界の神の言葉とやらは聞けた。それがし達が元の世界に帰るのに神が関わっているのと同様。それがし達の現状には間違いなく神が関わっていると思って良さそうだ。


 嫌な予感ばかりが当たる。ふざけろッ。


「ただあっしとしても魔法都市に来た意味はあったのでございますよ。まさか蒸気機関に稲妻を組み込む眷属が他にもいるとは。騎士様も物好きでございますね」


 肩を落とすそれがしとは対照的に、口の端を吊り上げるロドス公の言葉にふと機械人形ゴーレムを弄っていた手を止める。


「今何と?」

「ロド大陸に少し前まであった探求の都市同様に蒸気機関に稲妻を組み込むなんてと」

「それは……前に実験に失敗し吹き飛んだと云う?」

「そうでございます。我が都市の筆頭技術者の一人も関わってたそうでございますが、住人諸共全て吹き飛び消えてございますね」

「都市の名は……」

「求神の都市『ウトピア』。どこの都市とも組まない偏屈な都市でございましたから気にしなくても宜しいかと」


 いや気になる。機械神の眷属誰もが魔力蒸気に稲妻混ぜるのは馬鹿という中で、実際やって都市一つ消滅させた実験。そもそも何の実験でそうなった? 初めて聞いた時は魔力蒸気に稲妻混ぜる危険な例としてだけだったからドン引くだけで気にしなかったが、機械神の眷属最高峰のロドス公まで忌避する様な話なら話が変わる。


 何より、異世界で蒸気機関の本はそこそこ読んでいるが、そんな危険な事例であるのにロドス公に今聞くまで都市ウトピアの話はどの本にも出て来なかった。


 秘匿されるような実験だったとしたら、何の為の実験だ? より大きな動力を得る為? ただ異世界を見る限り、蒸気機関で賄え戦争のないのに必要だとも思えない。探求の都市とロドス公が言った通り、ただの好奇心ならどうでもいい。だがそうでないなら……嫌な予感がする。


「……それって何の実験だったか聞いても?」

「さぁ? ウトピアは内向的な都市でございましたからねぇ。あっしもそこまで詳しくは。ただ件の技術者曰く新天地へ行く為の実験だと」

「新天地ですか……」


 漠然としてるなおい。都市が消滅した以上ウトピアに行く事もできないが、消滅したウトピアがロド大陸にあり、それがしとギャル氏が異世界に初めて落ちた大陸もロド大陸。偶然か?


「気になるので?」

「かなり」


 この嫌な予感が的中したとして、既に消滅している都市。その実験の所為でそれがし達がもし異世界に落ちたのだとしても、八つ当たりできる相手さえもういない。が、それがし達の現状解明になりそうな話をようやく聞けた。


「騎士様が気にするのございましたら、あっしも少し調べるのでございますよ。これも神のお導き。ただ今は機械人形ゴーレムの改造が最優先でございます」

「……そうですな」


 確かな情報がない中で考えても、分からない事は分からない。今大事なのは目先の事だ。異世界に落ちた原因が分かったとしても、それは後でもいい。今は元の世界に帰る為の手段を得るのが大事だ。


 再び機械人形ゴーレムの改造へと意識を向ければ、冒険者ギルドの扉が開く音が聞こえ、ギャル氏がジャギン殿の名を呼ぶ声が聞こえる。振り返れば、大量の小さな糸車と糸を手に持った先輩の姿。蜘蛛人族アラクネが紡ぐと云う魔力で伸縮する魔法糸。これで全ての材料と部品が揃った。


 後はそれがしの改造が間に合うかどうかだが、その心配はジャギン殿とロドス公が居るおかげで杞憂に終わった。随分助言をくれる先輩二人のおかげで、徹夜し三日目の朝陽を拝まずに済んだ。「起動アライブ」と口遊み、新たな機械人形ゴーレムの外装に核を嵌め込み小さく頷く。


「さて」

「後は腕を飛ばして見せてくれるダケダナ!」

「楽しみでございますね!」

「いやそんな時間ない定期。朝っぱらから騒音被害で腹切り案件不可避ですぞ」


 徹夜で手伝ってくれた二人には申し訳ないが、まだ準備が残っている。社交界に行くまでの間に色々と話を詰めなければならない。バンザーイと両手を上げ固まる二人を視界に入れつつ、「停止デッド」と口にし油塗れの手で黒レンチを掴み取った。


 よし、社交界対策会議の前にまずは風呂だ。トート姫も対策会議には参加するのに、油臭いとか言われたら泣ける。


 だから先輩と大公は挙げた手でそれがしの服を掴むのはやめろ‼︎ それがしは風呂に行くんだよ! フロリダ‼︎



 

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