17F マジックゾーン 2
魔法都市にやって来て一日が経った。最初の買い物珍道中以外全く外に出ていない引き篭り万歳なこの有り様。異世界の写真機をバラした結果、中に入っていたのは魔法式が刻まれていた小さな水晶が二つ。
魔力を流し込み、水晶に映る刹那を映像として切り取る魔法と、それを保存しておく水晶。写真機とか言いながら、重要なのはその二つの水晶のみ、写真機の外装ただの木箱だよクソ要らねえ。
後は兜的な形状に整えてやり、要至急と城塞都市のラーザス爺に頼んだ部品さえ来れば事足りる。細い蒸気パイプで刹那を映像として切り取る魔法式が刻まれた水晶達と繋げてやればいい。ただ遅々として改造が進まないクソどうでもいい問題が一つ。
「クソダサりーむー却下だし、デザインし直して。マジないからそれ。フェイスマスクとも合わなさ過ぎ」
「これは大草原」
もう何度目かも分からない
ない知恵絞って武者の兜っぽくしても駄目、西洋甲冑真似ても駄目とかどうすりゃいいんだよ。近未来ぽいデザインにしようものなら
「あのですなギャル氏、見た目は問題じゃないんですぞこの際」
「問題だから。あーしの隣にこんなの被ってんのいたら映えないでしょうが」
「写真映り気にする意味⁉︎ 寧ろ
「こんなの被ってんのに撮られたらテン下がんから。ガチしょんぼり沈殿丸だから。海の
暖炉の火の中に投げ込まれる試作図の燃える音を聞きながら、護衛のはずが審査員と化している青髪の乙女に肩しか落ちない。最初は
このままでは改造二日目も試作図作製で終わり兼ねない状況。深度も深まらず草も生えない。現状を打破する為に、これ見よがしに手を挙げる。
「はい先生、
民族的な紋様の刻まれたフェイスマスクに合う兜なんて作れねえよ。
怒られるかと思いもしたが、流石のギャル氏にも思うところがあったらしく、口端を歪めながらも渋々頷いた。賛同するぐらいなら最初に言ってよ。無駄な努力過ぎる。
「そう思って暇たんだったからあーしも別のフェイスマスク縫っちゃった的な? どよこれ?」
そう言ってギャル氏から渡されたバンダナのフェイスマスクを受け取り、にっこり笑って渡し返す。なんだその不満顔は。おいおいおいッ、デザインよく見ろ未来のデザイナー殿よ‼︎
「機械神の紋章柄に縫うとかフェイスマスクの意味なし‼︎ ブラフにしても酷過ぎるッ⁉︎ 機械神の紋章柄のフェイスマスクの下にはおやまぁ機械神の紋章がとかコントですぞ最早‼︎」
「冗談だって! おこたんなの? それは普通にハンカチとしてでも使ってくれればいいから! こっちが本命!」
最初からそっち渡せ定期。新しく渡された黒いバンダナ。口を覆った時に見えるだろう白い牙を描いているような柄。厳つさが増した……。柄が牙だから合わせやすくはあるけど新たなレッテルを貼られる予感。
「しかもそれ魔法の糸だかなんかで口覆って喋ると柄も動くんだよね。これはエモい‼︎ あーしの自信作‼︎」
技術の無駄遣いはやめろ‼︎ ドヤらせるな顔を‼︎ 文句言いづらいし、少し嬉しい自分が悔しいッ。ギャル氏へ自分の隣にこんな不良っぽいのが立っててもいいのか? ギャル氏の趣味厳つくね?
「ちなあーしのセーラー服のアリムレ大陸仕様の改造案がコレね。ソレガシもコレを参考にするようにだし! はいイメージしてー、コレの隣に立つ自分を! パシャった時に映えなきゃ駄目だから」
ずみー氏程じゃないが無駄に絵が上手くて面白くない。
ため息を吐きつつ、新たな試作図を書こうと白紙に向き合えば、暖炉の薪の弾ける音に合わせて寄って来る足音が一つ。ダルちゃんにしては足音に気怠さが感じられず、サパーン卿なら這いずる音だ。誰だと伸びて来る影に目を向けて首を傾げる。その先には。
「お困りみてえじゃねえでございますか同胞よ? あっしで良ければ相談に応じますよん? 同胞達は皆家族でございまさあね?」
「いや、誰?」
ガラガラとしてた女性と思わしき声を響かせるフードを被った背の高い誰か。フードの暗闇の奥で蒸気を噴き出し、愉快そうに身を左右に小さく振る姿は幽霊のようにも見える。控えめに言って不審者。眉を
「ほっほーう? 見たとこ
「……悪くないですな」
「でしょでしょ? 必要な部材があるならお売りするのでございますよ割引で! あっしは珍しいモノに目がないのでございます。機械神の騎士様になら」
「いや、アンタ誰だし?」
「……機械神の騎士様にならあっしが格別のご配慮を! サービスも充実、質も高い部品をご提供致しますとも!あぁ自己紹介が」
「聞いてんのあーしの話?」
「うるさいのでございますよ脳筋が」
歯車のカチカチとして音が響く。噴き出す蒸気を追うようにフードの中から伸ばされた誰かの腕。機械仕掛けの細腕を目に、思わず足を蹴り上げ腕を弾くと同時。
ゴゥンッ‼︎
耳痛い音を奏でて冒険者ギルドの天井に穴が開く。間違いなく
「あわわわっ、どうしたのでございますか騎士様? 脳筋の前に立つなど危ないでございますよ!」
「危ないのはそっちでしょうが!」
「は? ガラクタには喋ってねえんでございますよ小娘。そんなに喋りてえのなら穴増やして差し上げましょう」
フードの奥から歯車の音に合わせて銃身らしき八つの鉄筒が伸びて来る。目を細め、手を伸ばすのは腰のホルスター。他の参加者の目があると迷っている時間はない。誰か知らないがフードの女はギャル氏を殺す気だ。
「
上に軽く放った黒レンチが機械神の紋章を刻み、飛び出すのは半球状の機械人形。噴き出す蒸気に合わせて鋼鉄の腕を伸ばしながら、横に薙いだ腕がフードの女を壁に弾く。ひしゃげる木壁の音を聞きながら
「キキキキッ! それが機械神の眷属でありながら己が身を巻き込み近接戦を選んだ姿でございますね!
「ギャル氏は
滑らかな女性らしい肢体の節々から飛び出ている歯車と細い蒸気パイプ。全身漏れなく機械であるにも関わらず、顔だけは人族と変わらぬ形をしている。所々肌の見える頭に残った髪は幾つもの三つ編みに編まれて蒸気パイプで先が結われており、
何より恐るべきは額の右に刻まれている機械神の紋章。丸の上に走る凹凸。歯車のような丸の中に渦巻く黄金螺旋の数は二二。深度二〇を超えた機械神の眷属の姿に口の端が引き攣った。
「お主何奴⁉︎」
「これは大変な失礼を。自己紹介が遅れました騎士様。機械神の騎士様程珍しくもございませんよ。あっしはロドス。騎士様と同じただの機械神の眷属でございます」
「正確には世界で最初の機械神の眷属の一人ダ。『
「おやおやこれはこれは」
「ジャギン先輩‼︎」
「ジャギン=ダス=ジャギン様。組合の仕事しかしない同胞様が珍しい。こんな砂ばかりの場所で砂遊びでございますか?」
「……ワタシの問題を気にするナ。ロドス大公こそこんな砂ばかりの場所に遊びに来たのカ? 我が後輩に手を出す気なら許さんゾ」
「家族と争いたくはねえでございますなぁ。眷属同士同胞とは仲良くでございますよ。あっしは神の炎を貰いに、あっしの方が
「なら場所が違うダロウ。ココは魔法都市ダ。さっさと砂漠都市に行ケ」
「神のお導きで折角機械神の騎士様に会えたのに勿体ねえでございましょう? あっしはその頭脳が弾き出す答えを見たい。整備ばかりの同胞が相手になると? 見れるまで引くなど勿体ねえでございます」
ゆっくりとロドス公へ口の端を持ち上げ、ジャギン殿が腰袋に刺さっているレンチへと腕を伸ばす。
冒険者ギルド内に居る騎士達に立ち上がる素振りはなく、受付カウンターの方から聞こえる小さな舌打ち。鼓動が速く脈打ち出す。誰もが察している。ロドス公が暴れ出したらただでは済まないが故の事態に備えての静観。
深度二二。おそらく機械神の眷属としては最高峰。
いや、そもそも穴の開いた冒険者ギルドを見るにもう手遅れでは?
天井を見上げれば空いている穴。ただ、ぎちぎちと音を上げて勝手に塞がり始めている。
頭を回せ。深度二〇以上の本気など、準備もなしにまだ相手など不可能。騎士達を巻き込んだところで乱戦は必須。どうなるか分かったものではない。
ジャギン殿とロドス公を見比べ、背後から肩に置かれるギャル氏の手に目を落とす。
「……ロドス公殿、
「オイソレガシ⁉︎」
「本当でございますか‼︎ 見せていただけましたら是非に‼︎ 引きますでございますよ‼︎」
嬉しそうに小躍りするロドス公には目もくれず、ロドス公とジャギン殿の間に落ちている白紙の前に座る。今はまだ無理だ。今は勝てない。ただ、気に入らない。他でもないギャル氏に銃口を向けられたのが。
ただ、今は感情を噛み殺せ。勇敢と不可能は別だ。状況を情報としてただ処理しろ。
燃えるような頬の熱を噛みしめながら白紙にペンを走らせる。見つめて来るジャギン殿を見つめ返し、その奥に座るギャル氏を一瞥して紙に描いたその形。ジャギン殿の複眼を写し取ったかのような半球状の兜。試作図を掲げロドス公に投げ渡す。
「あまり先輩やギャル氏に喧嘩売らないで貰えますかな? それじゃあこれでお引き取りを」
「うーん、脳筋を気に掛けるなど変わった騎士様でございますね。約束は守りましょうとも。ただこの図案、鼻を覆う小さな
「ム。見せろワタシにモ」
ちょっと待とうか。なんでさっきまで睨み合ってたのに急に
「ちょっとぉ⁉︎ こんな書き足されても材料ないですから‼︎ ってかお主ギャル氏に銃口向けた癖に何を意気揚々と書き足してんですかなマジで⁉︎」
「分かりました、分かりましたでございますよ。向けなければいいのでしょうもう。今はこれが最優先でございますから。材料なら格安であっしが提供するでございますよ。この兜、
「……いや、魔法変換器を用いた魔法射撃装置も組み込む予定ですぞ。指向性を付ける為に筒状の腕を二本増設しようかと。問題は強度ですけどな。鉄腕には射撃装置を取っ払う代わりに腕を飛ばし巻き取れるワイヤーを増設する予定ですぞ」
「糸カ、フム。魔法都市ならばアレがアルかもナ。必ずしも鉄線でアル必要はナイ。
「…………ちょっとソレガシ?」
「ギャル氏ちょっとタイム」
くそぉロドス公流石機械神の眷属最高峰なだけある。いずれぶっ飛ばそうと思っていたが、詳細な図面を引く手がめっちゃ早い。ジャギン殿もそれは同じ。複眼風の兜のレンズの一つを映像記録用の水晶脱着用にすりゃいい訳か。
「鋼鉄の腕の先も繋ぐ糸の先をフック状にして繋げば糸が無駄にならず済むのでは? この腕飛ばす機能付いてるので多分本気の勢いには負けますぞ」
「ソレガシそんな機能を付けていたのカ⁉︎ 教えろ先ニ! ワタシは是非とも見たいゾ‼︎ 腕が飛ぶとは面妖ダナ‼︎」
「騎士様よ、騎士様はまだ少し蒸気機関の基礎が足りねえと思うのでございます。機械神の眷属初の騎士。宜しければあっしが手解きを。きっと家族達の為になるのでございます」
「それは……むぅ背に腹は変えられませんかな。ギャル氏にごめんなさいしてくれればお受けしますぞその話」
「ごめんなさいギャル氏様。じゃあそういう事で」
「……アンタはギャル氏って呼ばないで。ソレガシちょっとお話しよっか?」
「あれぇ?」
ギャル氏に引き摺られジャギン殿とロドス公が遠去かる。ロドス公には
受付カウンターの前まで引き摺られ、ギャル氏に強引に椅子に座らされる。不機嫌に腕を組み横に腰を下ろしたギャル氏はそっぽを向いて唇を尖らせた。
「……なにソレガシアレは? あんなのに付き合う必要なくね? アンタの趣味は知らないけど、アレに一目惚れでもしたわけ?」
「そんな話でしたっけッ⁉︎」
思ってたのと怒られる内容が違う……
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