16F マジックゾーン

「魔法都市の社交界とは、また面倒な話が転がり込んで来やがったな」


 忌々しそうに呻くようなサパーン卿の声が部屋に染み渡る。


 魔法都市の案内と言う名の買い物珍道中を終え、冒険者ギルドに帰ってみれば薄氷のように張っていた緊張感は割れずに済んだらしく、クールダウンは終えていた。買った物達の塔を冒険者ギルドの宿泊部屋まで移動し押し込んで今がある。


 冒険者全盛期の頃に各ギルド施設の多くは建てられただけあり、都市エトの冒険者ギルドとは異なり、魔法都市の冒険者ギルドは中にいる人数に応じて宿泊部屋が増えるというオワコンには似つかわしくない全盛期仕様のまま。おかげで他の参加者と一緒の部屋で泊まらず済む。


「ソレガシ、魔法都市の概要は聞いたか?」

「ダルちゃんに多少は」

「おう、そうか。お前の事だから察してるとは思うが、魔法都市の社交界となると貴族に王族まで出席するだろう。言いたい事は分かんな?」

「……魔神以外の眷属にとっては大変居心地悪そうですな」


 実家に帰らず、一応は受付嬢として今は動いているらしい部屋の中には居ない受付でぐうたらしているだろうダルちゃんの顔を思い出しながら肩をすくめる。


 魔神の眷属にとっての研究の一つが、他の神の眷属魔法や種族魔法の解明という予想の通りであるならば、社交界に出れば魔神の眷属以外の眷属は絶対目を付けられる。


 おそらくダルちゃんが実家を嫌う理由や、お供が欲しい理由もそこにある。魔法使い族マジシャンの名門に生まれながら、魔法都市が嫌う砂漠都市を治める炎神の眷属。それがしが思う以上に多くの面倒事が転がっていそうだ。


 何より盗賊祭り中の社交界というのが具合悪過ぎる。


「サパーン卿、それがし達はどうするべきですかな? ダルちゃんからの頼み。できれば力になりたくはありますが」

「おうソレガシ、お前はダルカス嬢と一緒に出ても問題ねえ、機械神の眷属は魔神の眷属達にとってはハズレだろうから気にされねえはずだ」

「眷属魔法が一つだけだからですかな?」

「違うなソレガシ、ソレだけが理由ではナイのダ。一見便利そうな魔神の眷属の特典を用いてモ、機械人形ゴーレムは我々機械神の眷属にしか召喚できナイ」


 微笑を覗かせるジャギン殿の言葉に少しばかり考え込み、導き出した答えに小さく頷く。なるほど。機械人形ゴーレムは確か機械神ヨタ様が生み出した子供という話。召喚の為の詠唱を口にしても、眷属以外の相手にはヨタ様の方で拒むのであろう。珍しく神対応だなヨタ様。頼むからいつもそうでいて。


 つまり魔神の眷属からすればそれがしからは何の魔法知識も得られない塵芥と同じ。良い知らせなのか悪い知らせなのか判断に困るが。


「だからと言う訳じゃねえが、ソレガシにゃできれば社交界に出て貰いてえ。その間にできれば眷属の深度も深めて貰いてえんだが」


 無理を言っている事が分かっているからか、微妙な表情をサパーン卿は浮かべる。深度一桁というのが多分良くない。眷属魔法を使える事が魔法都市で自慢のならずとも、深度は眷属にとってある程度の指標ではある。舐められない為には深度を深めるのが一番。できるなら二桁が理想か。無理ゲー感が半端ない。


「また三日で深度三つ分深めろとでも? こう言っては何ですけれど、どのタイミングで深度深まるかは神の気分ですよな? ダルちゃんに早急に城塞都市から部品送ってくれるように頼みはしましたが、三日ではよくてカメラ機能組み込んだ部品製作でいっぱいかと」

「いや、俺の考えじゃ多分それでも上手くいく」


 それがしの心配を余所に、どこか確信めいた言葉を口にしながら、サパーン卿の瞳がギャル氏を射抜く。正確には紋章が刻まれている左肩。魔法都市に来る間に深度十に到達した武神の眷属を。


「人族は数が少ねえだけに深度の深まり方もよくは分かってねえが、お前達は神に気に入られてると俺は見た。機械人形ゴーレムの改造だかしながらお願いしてみろ、意外といけるかもしれねえ」

「いけたらいけたでヨタ様チョロ過ぎでは? それにこう言っては何ですが、社交界はあまり……」

「はぁ? んでよソレガシ? パーティーだよパーティー!行くしかなくね? もう今からテン爆上がりやば谷園だわ! 行かないとかなし茶漬け‼︎」


 お主の所為だよ‼︎ 聞いてた? 魔神以外の眷属が行くのは良くなさそうだってのに、武神の眷属が一番行きたがってるとか少しもちつけ。ギャル氏だけなら最悪何があっても大脱走できそうではあるが、行くなって言っても怒られるだろうし、お茶漬けすすって帰るように速攻で帰れば平気か? 社交界のルールが分からん。


「気持ちは分かるができれば出てくれ。お前達がいない間に他の参加者とある程度の情報交換は終えたんだが、少し気になる事があってな。最悪盗賊祭りどころじゃなくなんぞ」


 サパーン卿もそれがし達がいない間にやる事やっててくれたらしいが、言う事がどうにも不審だ。その中身を聞きたいところではあるが、その前に大変気になる事が一つある。


「……トート姫はいつまでそれがし達と居る気ですかな? 買い物もうオワタよ? 参加者同士ライバルなのにおかしいだろ定期」


 無理矢理場を乱すだけ乱してそれがし巻き込み退散した癖に、いつまで引っ付いている気なのか。不必要な寄生虫過ぎる。


 トート姫はそれがしの話を聞いているのかいないのか、窓辺に腰掛けたまま外に向けていた顔をそれがしに向けると悪戯っぽく微笑んだ。


「あらいいの? ボクにそんな事言って? 一緒に居た方が貴方達には好都合だと思うけど?」

「好都合? なにがですかな?」

「分からないのチャロの機械人形? 分からないならしょうがないわね」


 吐く言葉が嫌らしい。トート姫が何を考えてるのか知らないが、何も考えていないのか、それともそれがしを試しているのか、部屋の中なので口元をフェイスマスクで覆っていない事をいい事に親指の爪を噛み頭を回す。


 トート姫と一緒にいる事でのメリットがあるとすれば、勝利者の賭け予想第一位であり、砂漠都市の姫君である事も考慮すれば、他の参加者に襲われる可能性が下がるといったところか。


 間違いなくトート姫にも、近くに姿見えないが仲間がいる。それを考えれば容易に手は出しづらく、こっちもチャロ姫君の勢力。一緒にいれば協力体制を敷いているように見えなくもない。


 デメリットがあるとすれば、それでも尚襲われる可能性がある事。この場合、相手がトート姫とチャロ姫君の勢力と分かっているからこそ、それ相応の相手になるだろう。それ以外にもデメリットは勿論あるが。


「裏切り合うの前提で手を結ぼうとでも? その結果襲って来る相手を炙り出す気ですかな? 敢えて冒険者ギルドに集った者を煽ったのもそれが理由だと?」

「チャロが連れて来ただけあってただの馬鹿じゃないようね。父がサブローに物を預けた理由を考えれば分かるんじゃない?」

「やはりアレはそういう事ですか」


 開会式で落とされた炎神の太陽。城塞都市の怪盗騒動、並びに巫女や高深度の眷属を攫っているだろう者を一網打尽に潰す気だったか。炎冠ヒートクラウンにわざわざ祭事の勝利に必要な物を持たせて、敢えて誰が持っているか教えたのも、正体分からぬ強奪者への宣戦布告。


 神の火を求める以上に、各王都の騎士団が参加しているのもそれを追っての可能性が高い。第一目標と第二目標はおそらくその二つ。神の火を狙う輩の目標をへし折る為に、ある程度の戦力で固まろうという事か。


 どちらかが裏切るその時まで。

 

 ギャル氏、ジャギン殿、サパーン卿へと目を流したところで、サパーン卿に小さく左右に首を振られる。


「ソレガシに任せるぜ。社交界に出るかも、砂漠都市の姫様と手を組むかもな。怪盗騒動の時は、色んな要素がひしめき合ってたが、その中でどうあろうが勝ったのはお前達だ。眷属として以上にその部分をチャロ姫様も買ってんだろ。このパーティーの行動方針はお前に任せる」


 サパーン卿の言葉に奥歯を噛む。頼られるのは嬉しいが少し心苦しい。獅子神の都市で一度それがし炎冠ヒートクラウンにしてやられている。結果誰も死なずに済んだが、それこそ結果論だ。過程は最悪。


 だからこそ、まだそれでもそれがしに任せてくれると言うのであれば、次の失敗は許されない。下手を踏めば、次は誰かが死ぬかもしれない。状況は決してよくはない。


 力は足りず、情報も足りず、自信もない。


「ソレガシ?」


 無意識にギャル氏を見つめていたらしく、名を呼ばれて慌てて顔を背けた。もしギャル氏に不安を吐いたなら、大丈夫だの、なんとかなるだのそれがしが欲しい言葉をくれるのだろう。


 それにすがってはいけない。欲しい言葉を欲しがってはならない。やると決めたならそれがしの口から言うしかない。


 一度失敗したが次が来てくれた。であればこそ、足りないと分かっているのなら今はそれを掻き集める時。最悪を否定する為には、それだけの何かが必要だ。


 親指の爪をガジガジ噛む口端から小さな笑い声が勝手に漏れ出る。


 やばい時程、無理だと思った時程、小狡くなれ、今を楽しめ、良い事も悪い事も思慮におぼrれただ情報として処理をしろ。


 嘆く者より楽しんだ者にきっと勝利の女神は微笑んでくれる。


 ないなら築け、組み上げろ。力も自信も。必要な色を塗り重ねろ。それを成す為の両手は既にある。


「……組みましょうかトート姫。その方が面白そうだ。社交界にも出ましょうぞ。虎穴に入らずんば虎子を得ず。それでサパーン卿、不審な話とは?」


 トート姫に笑みを返し、ギャル氏に叩かれる肩を摩る。サパーン卿は少しばかり目を細め、へろへろ舌を空に泳がせトート姫を一瞥してから口を開く。


「……魔法都市に集まってる各王都の騎士達。他の参加者もそうだがな、ただ砂漠都市への中継所として集まってるだけじゃねえらしい。噂でな、盗賊祭り始まって間もない今を狙って魔法都市が砂漠都市に攻め入るかもってな。その戦力を募ってるって噂だ」

「マ? やばくね? だってそれって」

「まだ噂だ」


 だがはなはだ危険な噂だ。おいおい。奪う事が罪でないなら、この機に大陸の覇権も奪おうって? そんな事すれば砂漠都市は獅子神の都市以上の地獄だぞ。友人達をそんな事に巻き込みたくはない。


 トート姫を横目に見れば笑ったまま。トート姫め、多分だが、ただダルちゃんの顔見に来ただけじゃねえな? つまり、サパーン卿は社交界に出てその噂の真偽を確かめろと言っている訳か。


「プシィ──────ッ、しっしっ、困りましたな。確かにその噂が真実なら盗賊祭りどころじゃぁないですぞ。……どうやらクララ様に頼まれたカメラ機能を至急形にした方がいい様子。社交界で使う機会があるかもしれませんし、深度の為にも。久々に機械人形ゴーレムの改造と洒落込みましょうぞ。ただ……」


 買い物袋や箱の積まれた部屋を見回す。機械人形ゴーレム広げる場所がねえんだけど? 買った物達がなくてもベッド達が邪魔で無理だわ。


「これどこで改造しろと?」

「いつもみたいにギルドの暖炉の前でいんじゃね?」


 他の騎士達や参加者いる所で改造しろとか正気の沙汰じゃねえ! 核奪われでもしたらそれがし死ぬわ‼︎ ここで召喚して核抜き取って外装だけ持って行くしかないか? いや……後付けで作製した物を取り付ければそれで済むか。


「ギャル氏護衛してくれますかな? 時間が足りない。騎士らしく、カメラ機能を組み込んだ兜でもこさえてみましょうか」

「りょ! ふふっ、やる気じゃんねソレガシ! ソレガシはやっぱそうでなきゃ! んじゃなきゃただきもいだけだしね!」

「きもいは余計ですぞマジで‼︎」


 買ったばかりの魔法具の写真機と、腕部の予備パーツの詰まった鞄を手に部屋を出る。ようやく砂漠歩き切り大都市に着いたのだ。元の世界にギャル氏達を帰す為にこれまでの遅れを取り返し、どんな問題も紐解いて祭りに勝利してくれる。その為にそれがし達はここにいるのだ。


 ここからはずっとそれがしのターン‼︎ に、なぁれ‼︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る