13F 魔法使い達の都 2

「ダルちぃ‼︎ なんでいんわけ⁉︎ チャロンとブルっちは? ドチャクソお久って感じじゃんね!」

「今別行動中ー、あたしは野暮用でって痛い痛い痛い⁉︎ じゃりじゃりすんだけど⁉︎ おたくやって来てから砂払ってないでしょ⁉︎ 放してくれる? 営業妨害だー!」

「はははっ、此奴め。冒険者ギルドがまともに営業してるはずありませんぞ」

「目を背けても現実はそこにあるんだよねソレガシ、残念だけど。サレンはいい加減座ってくれる? 頬擦りやめて」


 抱き付きじゃりじゃり音を上げて頬擦りしているギャル氏の頭をダルちゃんが小さく叩けば、渋々とダルちゃんから離れギャル氏はカウンター前の椅子に座る。


 現実はそこにあると言われた通り、何度見ても冒険者ギルド内に居る人々の姿は消えず、談笑の声に冒険者ギルドの中は包まれている。何故これ程大盛況なのかは深く考えなくても分かる。


 大部分が盗賊祭りの参加者。


 ベビィ殿が冒険者にとっての稼ぎ期と言っていた通り、魔法都市だけでなく、世界中から集まっている冒険者の群れ。そう思えばこそ、誰しもが猛者に見えてくる。特に師匠ギルドマスターの教えの通り、外から見て眷属の紋章が見えないようにしている者達は危険だ。


 ギャル氏に続き、なるべく他の者達に視線を向けないよう注意しながらそれがしも椅子に座る。少し遅れてサパーン卿とジャギン殿が。二人は口を閉じ他の参加者を観察してくれているようなので、世界都市で再会してからろくに話せなかった分、情報交換も兼ねてダルちゃんの相手を存分にさせて貰おう。


「大盛況な冒険者ギルドは一先ず置いといて、野暮用と言っていましたが何故ダルちゃんは冒険者ギルドに? 実家が魔法都市にあるのでは?」

「察してよソレガシ。あたしが実家と仲良い訳ないじゃん。学院の進級ピンチで一度顔見せろとは言われてるけどさ……」


 進級の危機で顔見せろって、留年目前の大学生みたいな理由だなおい……。魔法都市の生まれでありながら炎神の眷属であるダルちゃんが実家と不仲なのは予想できたが、だから受付嬢の服なんて着て冒険者ギルドに逃げてんの? 受付嬢の服の方がそれがし達は見慣れてるけど。


 ダルちゃんが何も言わないのならそれで構わないが、適当に相槌を打っていると、「それよりも」と口にしてダルちゃんは受付カウンターの天板に肘を乗せて顔を寄せて来る。


「もう少し周囲に気を払った方がいいよ? 魔法都市に今集まっている面子は超絶めんどくさい。『魔導騎士団ミステリーサークル』が見回りしてても関係なく小競り合いがここ最近続いてる。ソレガシ達はなんで魔法都市に来たのさ?」

「修行の為と、準備を終えたら蒸気機関車で砂漠都市に向かおうかと」


 そう言えば、ダルちゃんの顔が途轍もなく気怠げに歪んでゆく。そんな顔から吐き出される言葉は聞きたくない。睨めっこするように顔を歪めれば、それがしとダルちゃんの顔を見比べたギャル氏から送られる馬鹿を見る目。「何をしてイル?」とジャギン殿にまで呆れられ、堪らずダルちゃんと二人揃って肩を落とす。


「……あのさ、蒸気機関車は今動いてないんだよね」


 そら来た。よくないお知らせが。


「えぇぇ……何故に?」

「いや、あれ自体砂漠都市が超絶嫌がらせで魔法都市まで線路引いて設置したやつだし、便利だからって結局は魔法都市の住民も使ってるけど、盗賊祭り始まって落ち着くまでの間は動かないよ。間違いなく破損しそうな問題があるのに動かす訳ないって」


 そりゃそうだ。ただ落ち着くまでって遠回しに参加者達が諦めるまでって言ってない? 参加条件など特にない祭事。今回は物の場所も分かっているだけに、諦めるか続けるのかすぐに参加者は二つに分かれる筈。今残っている者は祭事の継続を決めた者達。


 祭事の内容の通り、誰が炎冠ヒートクラウンから物を奪えるかの争奪戦だ。


 兎に角、蒸気機関車の問題は一旦脇に置き、修行以外で魔法都市に居る内にやっておかねばならない事があるとすれば、大都市にやって来てようやくできる現状把握と情報収集。


 これがメインだ。


 フェイスマスクが邪魔で親指の爪が噛めないので指を擦り合わせ頭を回す。その横で、ギャル氏が盗賊祭り以外でそれがし達が今一番気に掛かっている事をダルちゃんに聞く。


「……ダルちぃ、ずみー達がどこに居んか分かる? エンドってはないと思うんだけど、獅子神の都市でハグれちゃってさ」


 言外に死んではいないはずと、軽くダルちゃんから視線を外してのギャル氏の問いに、ダルちゃんは「あー」と小さく呻き面倒くさそうに頭を掻いた。それがしは何も言わず、ギャル氏も言葉は続けはしない。細い煙管パイプを取り出し噛み、赤い紫煙をダルちゃんは一度噴き出すと、カウンターの下から取り出して雑誌をカウンターの上に軽く放る。


「ふぁ?」


 週刊誌らしい雑誌。思わず二度見する。あれれぇ? おかしいぞ? 表紙のモデルなんか見た事ある。めっちゃ見た事ある。


「しずぽよじゃぁん‼︎ なになにしずぽよこっちでも読モ⁉︎ 言ってよもー! もー! 秒でお祝いメール送信‼︎」


 いやここ圏外です。じゃねえわ‼︎ 何やってんのクララ様⁉︎ 盗賊祭り中にモデルの仕事やるか普通⁉︎ 誰だクララ様と行動一緒にしてる筆頭騎士は‼︎ 問題ですよこれは‼︎ だいたいこの雑誌なんの雑誌⁉︎ ファッション雑誌⁉︎ それがし読まねえから知らんわあ‼︎


「噂だと二週間後に砂漠都市で開かれる盗賊祭り運営委員会主催のミスコンに出るとか出ないとか。アリムレ大陸にやって来てる美神の眷属がライバル視してるとかしてないとか、ほらこっちの雑誌にはその眷属と一緒に表紙飾ってる」


 そう言いダルちゃんが取り出す別の雑誌。アリムレ大陸にやって来て二週間で大人気か⁉︎ 『盗賊祭りに参加している華麗なる乙女達』ってどんな特集? しっかりとクララ=シズクリって名前書いてあるし、一緒に写ってる人も相当美人だが、クララ様のプロポーションやっぱエグいな。


 白と黄色が混ざったような艶やかな羽毛を光らせる美神の眷属、鳥人族ハルピュイアのベルベラフ=ベルベラフ。


 鳥人族ハルピュイアの種の特徴で、名は基本繰り返しで家名がないらしいが、覚え易くて助かる。ってか美神の眷属の紋章丸の中に星らしいが数が半端ない。


 ベルベラフ殿の右腰に刻まれている紋章内の星の数二十一? 十冠クラスじゃないの此奴。炎冠ヒートクラウン以外にも参加者やべえじゃねえか。ようやく知れたわ。クララ様こんなのとミスコンやんの?


 雑誌をパラパラ捲れば種族関係なくスタイルの良い女性の眷属達の姿が出るわ出るわ。高深度の眷属の顔くらいは覚えていた方がいいだろう。そうして雑誌を捲り続けていた手が不意に止まる。チャロ姫様まで載ってんじゃん草生える。そして次のページを捲り勢いよく雑誌を閉じ頭を抱えた。


 ギャル氏まで載ってんじゃねえか誰だ写真撮った奴は⁉︎ 砂漠のど真ん中歩いて来たのに誰だ撮ったの⁉︎ 提供は? 八界新聞社? 八界新聞マジで嫌いだわなんなの此奴ら⁉︎ パパラッチ神の眷属とかなの⁉︎


 そんなそれがしの前にギャル氏の手が伸ばされる。握られたギャル氏が見ていたファッション雑誌の捲られたページ。映っているのは白い落書きストの笑顔。


「あぁぁぁ‼︎ ソレガシ! ファッション雑誌の方にずみーまで載ってんよ‼︎ セーラー服改造したんだー! 民族衣装着てる妖精族ピクシーと一緒に載ってんし! 可愛たん過ぎぃ‼︎ お祝いメール秒で送信安定ね‼︎」


 だから圏外です。ってかイチョウ卿何やってんだ観光気分か‼︎ 盗賊祭りの最中にホイホイ雑誌に載ってんじゃねえぞ‼︎ べ、別にそれがしが載ってないからって拗ねてる訳じゃねえし! グレー氏だって雑誌載ってない仲間だし!


「おっ、男性特集にグレー発見!」

「はい敵発見ッ‼︎ 生存報告をファッション雑誌でするんじゃねえ‼︎ これじゃあそれがしだけ死んだみたいじゃねえか‼︎ ないのか何処かにそれがしの載ってる雑誌は‼︎ ないんですか⁉︎ 助けてッ、助けてくださーいッ‼︎」

「うっさいソレガシっ、あっ、ほらソレガシ載ってんよこの新聞一面に大きく。やったじゃん!」


 日付が二週間前に近い新聞。『盗賊祭り波乱の幕開け』と題された見出しの下に大きく貼られている写真。向き合う炎冠ヒートクラウン鉄冠カリプスクラウン。ブル氏の背後で見切れているそれがし


 うん、それ獅子神の都市離れる前の写真だから関係ないね。下手したらそれそれがしの遺影だよマジで。死んでると思われてたら遺影だよ? 異世界で撮られたそれがしの写真達にだけ悪意を感じる。


「とりまこれで決まったっしょソレガシ!」

「……何がですかな?」

「二週間後に砂漠都市へゴートゥー‼︎ これ決定事項ね‼︎」


 別にいいけど蒸気機関車も動いてないのにどう行けと? スタンドバイミー宜しく線路歩くの? だいたいそれ炎冠ヒートクラウンから物奪いに行くんだよね? 決して砂漠都市で開催されるミスコン見に行く為じゃないよね? 趣旨変わってない? 観光客になってない? 目の輝き方が観光客のそれなんだけど?


「ま、あれさ。全員無事で良かったね。うん。他にもこんな雑誌あるよ? 誰が盗賊祭りで勝つかの賭け予想とか。実はこれにソレガシ載ってちゃったり」


 なんでや。ってマジだわ。ブル氏二番人気だ凄え。それがしトップ三〇の三〇番目にマジで載ってる。怪盗騒動ブル氏と一緒に解決した事になってるから期待値高い的な? これひょっとして狙われね? しかもこんだけ雑誌に載ってたら紋章隠す意味薄れねえ? いや、待て、そりよりも言える事がただ一つ。


それがしも雑誌に載ってましたぞ。これで生存報告完了ですな」

「ボロクソ書かれてんけどね。トップ三〇唯一の深度一桁。今回の大穴。散財したければお試しあれ。寧ろいつ死ぬかの賭けランキングでソレガシ上位じゃんウケる!」

「お主は悪魔か?」


 ぺんぺん草も生えねえわ。この賭け雑誌はゴミ箱に捨てておこう目に毒だ。なんにせよ、盗賊祭りの注目度は世界的にも高いらしい。賞品が賞品だからと言うよりも、炎冠ヒートクラウンが勝利の為の品を持ち、鉄冠カリプスクラウンまでもが参加しているから。


 事実十冠はこの二人だけで、最高戦力を他の王都は送って来ていないらしい。ただ気になるのは、勝者レースでブル氏を差し置いて一番人気になっていた者。名前は一度見ただけでも忘れない。


 『トート=ヒラール』。


「……ダルちゃん、ヒラール王家からも参加者が?」

「ん? あぁ……ヒラール王家からしたら盗賊祭りって一人前と認められる為の儀式みたいなもんなのさ。トート=ヒラールは現ヒラール王の末娘。盗賊族シーフの姫、学院でも掏摸すりの常習犯でめんどくさい奴なんだよね」

「ダルちぃのクラスメイトなん? んなら雑誌に」


 それがしの前に閉じ置かれている『盗賊祭りに参加している華麗なる乙女達』と特集組まれている情報誌を手に取りパラパラと捲る。


 その紙擦りの音に合わせるかのように冒険者ギルドの扉が開く、入って来た足音がそれがし達の背後で止まる。伸びる影を追って目を向ければ、「あった」と声を上げ手を止めたギャル氏の持つ雑誌に載った少女の写真と瓜二つの少女が立っている。


 尖った耳からぶら下がる丸いピアスが揺れる。纏う服の布はヘソが見える程少なく、見える砂漠の陽に焼かれたらしい褐色の肌とぼやけた焦げ茶色の短かな頭髪。盗賊族シーフ森妖人族エルフの別種族。


 盗賊の末裔である姫君『トート=ヒラール』。


「久しぶりじゃなぁい? ゴールドン家の不良品、里帰りしてるらしいと聞いたからボクの方から挨拶に来てあげたわよん? 進級がやばいからって盗賊祭りに手を出すなんて、お尻に火が点いてようやくやる気になっちゃった?」

「それでソレガシ、おたく情報収集の為だけに来た訳じゃないんでしょ? 他に用事あるならあたしが魔法都市案内してあげるさ。冒険者達は宿代わりに冒険者ギルド使ってるだけでどうせ受付の仕事ないからさ」


 トート姫ガン無視してそれがしにダルちゃんは話し掛けてくれるがそれでいいのか? 相手姫君じゃないの? 姫君もそんなホイホイやって来ていいの? 冒険者ギルドの中が静かになっちゃってるよ? ダルちゃんはぐいぐいそれがしとギャル氏の袖引っ張って逃げようとしてんじゃねえ。


「む、無視するなよ友達でしょ?」


 おぉいッ、トート姫様の声がなんか震えてるよ⁉︎ 最初の強気な発言はなんだったんだよ面倒くさいッ。


 あぁ……だからか。ダルちゃんの顔を見れば気怠そうな面持ちが天元突破している。それがしの中でこれまで姫君の基準はチャロ姫君だったからアレだったが、あんな琥珀色の大狸を姫の基準になどしてはいけない。かまってちゃんなのか知らないが、歳若いだろう少女としてはきっとトート姫の方が年相応……。


「あのさトート、嘘泣きとか要らないから。二枚舌と真面目に話す訳ないよね。ここ冒険者ギルドだから、どこで話聞き付けたのか知らないけど、お帰りはあっちだからヒラール王家のスクラップ」

「なによつまんねー。炎神の眷属が喧嘩売ってちゃ世話ないわー。買ってやろうかその喧嘩? いんやぁ? ボクが売ってるんだから貴女が買いなさいよダルカス=ゴールドン」

「なにさそれ。魔神の眷属の癖に炎神の眷属の真似?売られた喧嘩は買っちゃうけどさ。めんどくさー。超絶。チャロと言いおたくと言い、姫って人種は我儘で困るよね。帰らないなら叩き出すけど?」


 全然年相応ではないらしい。ダルちゃんの受付嬢の服の袖がチリチリと火の粉をまたたき、トート姫がべっと出した舌に刻まれた紋章。丸の中、指を絡めるかのように左右から線が伸び交差している魔神の眷属の紋章が輝く。


 魔法都市生まれのダルちゃんが炎神の眷属で、炎神の都市の王族であるトート姫が魔神の眷属ね。


 なにそれこわい。それに挟まれてる現状よ。背中を伝う冷や汗がやべえよ。


 取り敢えずダルちゃんに悪戯で出された酒の波打つグラスの中身を一気に口の中へと傾ける。それがしはただの冒険者なので気にしないで下さいね。

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