魔法都市ブダルーニュ 編

12F 魔法使い達の都

 蜘蛛人族アラクネの戦闘術の構えはそれがしの戦闘法、仮称ヨタ流戦闘術の構えに近い。身を屈め前に倒し地面に指先を付けるその形。違いがあるとすれば蹴りを多用する事はなく、代わりに六本の腕を過不足なく稼働させ、また糸を用いるという点だ。


 多腕を動かす技術という点では機械人形ゴーレムを背負った際の動きとして学ぶべき点は多いが、それ以外にジャギン殿が蜘蛛人族アラクネの戦闘術として得意な弓はどうにも性に合わない。武芸十八般を嫌々やっていた時の事をどうにも思い出してしまう。


「弓の構えは悪くナイのに勿体ナイなソレガシ。ソノ分糸の扱いを教えて欲しいなどとドコで使うのダ? ソウいうプレイカ? ソレはアマリ感心できナイゾ。若い内から束縛プレイなどと」

「違うわ、なに言ってんですかな? 先輩マジ勘弁」


 魔法都市で射撃兵装を追加するにあたり、電磁蒸気砲は『カッ飛ぶ浪漫ロケットパンチ』で代用できる為、鉄腕の射撃装置部分を代わりに中にワイヤーを詰める事により、『ぷちカッ飛ぶ浪漫ロケットパンチ』とワイヤーを用いた移動に鉄腕を使う為の練習だ。投げ縄の技術はコレに応用ができる筈。


 折角多腕の動きの見本がいる為、魔法射撃兵装の為の腕を二本増設できれば、動きの幅も広がる筈だ。決め技以外の攻撃力が足りない分は手数で埋める。コレがそれがし機械人形ゴーレム改造計画第三弾。


 ずみー氏が居れば完成図を描いて貰えるのだが、いないのだから仕方ない。ずみー氏、クララ様、グレー氏は大丈夫だろうかとギャル氏と共に心配しながら、サパーン卿とジャギン殿と修行しながら獅子神の都市マザーズを出て二週間。これまで変わりなかった景色が遂に変わった。


 砂漠に落ちる波打つ影。素早く動くそれはリアル空飛ぶ絨毯が落としたもの。遠目からでもよく見える無数の玉葱型の屋根と、三日月と太陽を長短二股の先端に取り付けたような『塔』の姿。


 都市から溢れ出る魔力の所為で全体の景色まで歪んで見える巨大な都市こそ、それがしとギャル氏の友人、ダルカス=ゴールドンの故郷、魔法都市ブダルーニュ。


 それがし達を後方から抜き去り魔法都市目掛けて飛んで行く魔法の絨毯を目に、ギャル氏は目を輝かせて、被る布を地に落とすと両腕を突如振り上げる。


 バンザイによって逆巻く風。いと恐ろしや。危ねえもう慣れたわ。魔法都市が見える気配感じてからギャル氏の近くに居なくて良かった。


「やっ──────とッ‼︎ お風呂入れんじゃん‼︎ すぐ行こ‼︎ ナウしか‼︎ 乗るしかねえしこのビッグウェーブに‼︎ お風呂とお食事ちょと詰めて! 柔らかなベッドにダイブイーン‼︎」

「はいギャル氏伏せて」


 飛び出そうとするギャル氏に地に落ちた布を被せつつ砂の大海にダイブイン。魔法都市に近付いた事によって修行用の普通の布から取り替えた魔法都市製の魔力を覆い隠してくれる布。それがし達のすぐ近くを魔法の絨毯は止まる事なく飛んで行き、小さく息を吐き出しサパーン卿と目配せし小さく頷く。


「痛っ! なにすんし急に‼︎」

「ぶふぉ⁉︎」


 横からギャル氏に蹴り飛ばされ、砂煙を巻き上げながら横に滑り転がる。痛てえ⁉︎ バンザイの時離れてた意味⁉︎ 結局ダメージ受ける運命なの? ふざけろッ、そんな運命認めんぞ!


「止めるのが意味不なんだけど! 魔法都市目指してやって来たんじゃん! 行くなら今でしょ秒で!」

「危機管理脳力ぶっ壊れ中ですかな? 今が盗賊祭り中とお忘れか? あれ程の大都市、待ち伏せいるだろ常考。目立つのは控えるのが安定」

「マ? だってこれまで待ち伏せとかなかったじゃん」


 そりゃ他の都市全スルーして砂漠のど真ん中横断してたからな。道程はサパーン卿とジャギン殿に任せていたが、敢えて人通りのない道を通っていた筈だ。だからこそ道中魔物は多かったが人影を見る事はほとんどなかったし、人影を見ても参加者か住人か確認する事もなく身を潜め忍んだ。


 だというのにギャル氏は鼻で一度笑うとこれ見よがしに肩をすくめる。なんだそのドヤ顔は。


「はぁ、ソレガシ、珍しく頭回ってないじゃんね? 暑さで遂にやられちゃった感じ?」

「何故に?」

「開会式とかでみんな最初都市マザーズにたむろってたじゃんね? ずっと寄り道せずに歩いてたあーしらよか先に参加者いる訳なくね?」

「お主マジかっ」


 凄いドヤ顔だ。自信に満ち溢れているが、残念無念また来年。いや、また五〇年。始まりは炎冠ヒートクラウンのお陰で大混乱だったが、そもそもクソ真面目に全員が全員開会式に参加している筈もない。ギャル氏は変なところで真面目だ。流石見た目によらず高校一年時皆勤賞。


「あのですなぁギャル氏。それこそありえませんぞ」

「はぁ? んでよ?」

「考えてもみなされよ? 祭事の範囲はアリムレ大陸全域ですぞ? 例えば魔法都市の住人が参加するとして、わざわざ情報も物資も集まりやすい大都市から開会式の為だけに獅子神の都市にまで行くと思いますかな?」

「たり前じゃん。お祭りの開会式だよ? 行かなきゃ嘘じゃんね?」


 やめてッ。そんな純情無垢な顔で首傾げないでッ。それがしの心が汚れてるみたいじゃないかッ。見た目派手派手で超優等生発言は控えてッ。だが残念これが現実ッ。十中八九魔法都市には祭りが始まる前から控えている者がいる。


 それもおそらく魔法都市の住人関係なく外部からも。


 それがしにある程度権力があったなら、道中の小都市にまず参加者の人数を少しでも削る為の刺客を配置する。水と食料を求めて立ち寄るのが普通。それを省いたこの修行道中が少しおかしいのだが、ある意味そのおかげで不必要な戦闘は回避できた。


 だがそれもここまでだ。


 盗賊祭りが始まり既に二週間。炎冠ヒートクラウンが派手に暴れ、今回隠される筈だった物を炎冠ヒートクラウンが既に持っている事は誰もが知っているはず。だとするなら、参加者の多くが群がる場所は二ヶ所。


 そのまま砂漠都市を目指すか、それがし達同様に一先ずの準備と、蒸気機関車を使っての時間の短縮と砂漠都市への侵入を狙い、砂漠都市よりも獅子神の都市に近い魔法都市を目指すかだ。


 つまり魔法都市は間違いなく待ち伏せや刺客、多くの参加者が潜んでいるであろう都市。警戒するに越した事はない。とは言え警戒したところで必ず城壁を潜らなければならないだろうが。それはもう仕方ない。


「だからサパーン卿、どうしますかな?」

「あぁ警戒はするが、真正面から正々堂々と行く」

「……マジで?」

「マジだ。と言うかそれが一番安全なんだよ魔法都市に入るのはな。特にこの時期は」


 そう言いながらサパーン卿はニョロニョロ魔法都市目掛けて歩き出し、それを追い歩くジャギン殿を目にギャル氏と顔を見合わせ急ぎ後を追う。首元に下げていたフェイスマスクを口元に引き上げながら。


「盗みを正当化してる砂漠都市を魔法都市はそもそも良くは思ってねえし、この時期はより治安が乱れて魔法都市はピリピリしてんだ。下手に暴れりゃ最悪そこで処刑。魔神の都市の『魔導騎士団ミステリーサークル』まで出張ってるはずだ。情報収集も物資調達も可能だろうが、甘くはねえぞガチガチだ」


 サパーン卿の言う通り、警戒しながら進みはするも、特に何もなく魔法都市まで近付ける。近付けば他にもちらほらと布を纏った歩く者の姿。鋭い目付きからおそらく他の参加者。遠巻きに横を歩く布達に顔を向ければ。



 ───────ドゴォンッ‼︎



「えぇぇ……」


 急に爆炎を上げて布達が吹き飛ぶ。飛来する眷属魔法や攻撃魔法がなかったのを見るに、下からの攻撃? 急過ぎて間抜けな声が出てしまった。なにそれ?


「設置型の魔法か、地雷型の魔法兵器だな。都市内部での戦闘行為は目くじらを立てられるからこそ事前に仕掛けたんだろうが俺には関係ねえ。俺の後ろから外れんな」


 急におっかねえな‼︎ ひょっとして道中他にもあったりした? それがし機械人形ゴーレム出して視界借りなきゃ魔力の流れ見えないし。


 吹き飛んだ朱い布切は視界に入れないようにしつつ、魔法都市に近付けば近付く程大きく目に映る見上げるような城壁。アリムレ大陸の二大都市なだけある。と言うか城壁都市よりもデカくね? 重厚さなら城塞都市の圧勝だが、広さなら魔法都市の方があるように見える。


「アリムレ大陸は砂漠が大部分を占めル。厳しさ故に住人の七割は魔法都市、砂漠都市、玄関口でアル獅子神の都市にイル。魔法都市はソノ中で一番の大所帯ダ。ワタシはそう好きくナイ場所だがナ。入ってまずどうスル?」

「冒険者がいんだから冒険者ギルドが取り敢えずはいいだろうぜ。下手に宿取るよか安全だ」


 ジャギン殿とサパーン卿の不審な会話を入れつつ、城壁の門まで差し掛かったが、軽く門の警備兵に二、三質問されただけで中に入る事はできた。盗賊祭りの参加者だと告げたら凄い勢いで舌は打たれたが、殴られたりしてないし別にいい。そんな反応慣れてるし。


「……わぉ」

「エモいわー鬼映え」


 そうして踏み入った魔法都市ブダルーニュ。城壁の中は獅子神の都市以上に魔法器具に溢れており、魔法使い族マジシャンを筆頭とした魔神の眷属の都市であるだけに、如何にもな魔法使いの格好をした者が点在している。


 鼻先を掠める混沌とした薬っぽい匂いは魔法薬でも煮ているのか、蒸気の白煙以上に色付いた不気味な煙が至る所から伸びていた。そんな宙を埋める魔法の器具や浮いた看板に空飛ぶ絨毯。


「ちょ、ちょっとソレガシ」


 ギャル氏に小突かれ目を向ければ、魔法使いっぽい住人に混じって街の中で動いている鎖の伸びる鉄輪を首と手首足首に付けている者達。見るからに奴隷といった風貌。ブル氏が冗談で『奴隷』の存在を口にしていただけに、いるとは思っていたが、実物を見ると感じ方は想像とは異なる。思ったよりは小綺麗な格好をしている。


 特に感想を述べる事もなく奴隷達から目を外し街を見渡すが、普通に入る事ができたが緊張感が異常だ。盗賊祭り始まって間もないからか、稲妻模様の傷跡が疼くほどに魔法都市の中は張り詰めて感じる。ギャル氏もそれを察してか、パシャったりせず、シャワーだ風呂だと言わずに口数が減る程に。


 何よりも、周囲から感じる見られているような視線。多種族の四人組が珍しいのか。それとも別の理由か。住人からの視線なのか、他の参加者からの視線なのかも定かではない。


 サパーン卿に先導され、しばらく居心地悪いマジカルでアラビアンな道を歩き続ければ、ボロ屋敷としか言いようのない小さな屋敷の前でサパーン卿は止まる。今にも崩れ落ちそうな扉の上に掲げられた冒険者ギルドの看板。


 知ってた。オワコンだもん冒険者ギルド。


 立派な建物など期待していなかったが、冒険者ギルド以上最悪の外観だよ。見た目お化け屋敷だもんよ。見ろよギャル氏の顔を。マネキンより無表情だぞ。お風呂ともシャワーとも唇動いてねえぞ。


 生気消え失せ、氷像より関節が凍結したらしいギャル氏を引っ張りながら、全く外観をものともせずに中に踏み入るサパーン卿とジャギン殿を追い中に入った途端、ギャル氏の時は再び動き出し、逆にそれがしの時は止まった。


 中に大鍋が置かれている暖炉。うねった木製カウンターに木や硝子ガラスでできた調度品。宙に浮いている洋燈ランプに質の良さそうな絨毯。何より空間でも弄っているのか外観以上に中が広い。


 加えて中に溢れる多種族、多種族、多種族。


 異世界にいる種族がほとんど集まっているのではないかという程の大盛況。おいオワコンどうした? 冒険者ってこんなに存在してたの? 嘘ぉ……嘘だよ。幻覚? これ幻覚? それとも別の異世界に迷い込んだの?


 よろよろ受付カウンターに背を付け寄り掛かれば、横から伸びて来た手が水の注がれたグラスを置いてくれる。視界の端に見える受付嬢の服の袖に礼を言いながら口元のフェイスマスクをズラして口に運び。


「ブッフォッ⁉︎」


 勢いよく噴き出した。口に含んだグラスの中の水だと思った物に目を落とし、ゆっくりとカウンターの上にグラスを戻し口元を拭う。


「水じゃなくて酒ですぞこれ! おいぃ冒険者ギルドッ!城塞都市の冒険者ギルドといい受付嬢の中で流行ってるんじゃあるまいな‼︎ 許されませんぞ許されませんぞッ‼︎」


 振り返った先で癖の入った赤毛が揺れていた。見慣れた服に身を包んだ見慣れた少女。眠た気な目元が細められる。それがしの横で青い髪が揺れ受付嬢に抱き付いた。


 次に聞く事になるだろう言葉は予想どころか予告できる。


「めんどくさー」


 受付嬢の言葉を奪い先に口にしてしまえば、声には出さず受付嬢は唇だけを動かした。声を出すのも怠がるんじゃない。

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