11F 新たなる一歩 3 ※三人称視点

 獅子神の都市マザーズを出て一週間が経過した。吹き荒ぶ砂煙を見つめ、ルルス=サパーンは目を細める。砕ける骨の音。砂を湿らせ舞い散る蒸気。砂漠を歩き始めて何匹目かも分からぬ魔物蛇蠍スカベンジャーを相手に立つ人族の少年少女二人組。


 きもいから触りたくないとブー垂れていた癖に、目的地を決めサパーンと一度手合わせした後、くるりと手のひらを返した梅園うめぞの桜蓮サレンの踵落としが掲げられるサソリの尾を蛇蠍スカベンジャーの背に突き落とし、それを追うように落とされた鋼鉄の拳が魔物を潰し砕く。終わればすぐに次へ。


 機械神の眷属と武神の眷属の二人組。異世界の中で組み合わせとしてもありえない組み合わせ。それが戦闘の中で意気揚々と呼吸を合わせている姿に絞り出されるため息が二つ。


 サパーンが軽く目を横に流した先、胡座で座り頬杖つく蜘蛛人族アラクネのため息を聞き付けヘロヘロ舌を泳がせる。


「……ソレガシが騎士称号を授かるとはナァ。組合でも一時噂になったガ、それがソレガシとハ。ソレガシは戦士にはならナイと思っていたのに当てがハズレタ。ワタシを蹴るとは困った後輩ダ」


 ブレイキンBREAKIN'の混ざったソレガシの底を這いずる戦闘法。機械人形ゴーレムを背負った時こそ六つ手を振るう蜘蛛人族アラクネの戦闘術に近いが。近接で足技を多用する点が大きく異なる。


 元々は攻撃をただ這いずり転がり避け、相手を引き摺る為の動きの中で、ブレイキンBREAKIN'により打撃の選択肢が増えた。冒険者として強くなりたいとソレガシからジャギンも聞いてはいたが、想像の枠から大きく外れた。


 歳若い機械神の治める都市には騎士団は存在しない。大戦が久しくない異世界で、機械神の眷属の戦士は全て組合に所属している。派遣する技術者を守る護衛団が騎士団に近いくらいだ。その中で一王都からとしても騎士称号を授かった機械神の眷属。


「異常ダナ」

「……あぁ異常だ。奴ら頭がぶっ飛んでるぜ。機械神の眷属風に言うなら、頭の大事なネジが二、三本絶対元から足りねえ」


 ジャギンに言葉を被せながら、サパーンは渇いた唇を長い舌で一度舐めた。冒険者達の出来を確認しながらの世間話……のように外からは見えるが、その実ジャギンもサパーンも独り言を言っているに近い。見ている視点が異なる為だ。それに気付いていながらも、お互いにツッコマない所為で辛うじて会話の程を成しているように見えてしまう。


炎冠ヒートクラウンをぶっ飛ばす? 一度見た後でよくそんな言葉が出て来るもんだ。ブルヅと友人だと言うなら余計に分かりそうなもんだぜ。十冠を前に勝ちを口にする奴はそういねえ」


 蛇神の都市、筆頭騎士であればこそ、何より諜報能力に長けた元暗殺部隊に居たからこそ、ルルス=サパーンは十冠との差を他の元同盟都市の筆頭騎士より理解している。


 ある程度の実力差は環境や相手、やる気によって変動する。とは言え、それでも埋まらぬ差があるのも事実。機械人形ゴーレムの拳が鉄冠カリプスクラウンの肌を凹ませられるとしても、芯を折るのは容易ではない。


 何より次の相手は、怪盗騒動の際無意識にでも手を抜き先に勝負の舞台から降りたブルヅ=バドルカットではなく、遊ぶでもなく手を抜くなら自爆するを選ぶお祭り小鬼族ゴブリンブラン=サブロー。


「異常だぜ。他の参加者達には目もくれねえか。『空神飛空団バルーンフェスタ』、『風神疾風団ローラーコースターからは名のある騎士が、夜間都市からは暗殺部隊『否死隊みなしご』の暗殺者、武神の都市から『流浪の武人』ダキニ、氷神の都市から『不動の雪崩』、十冠クラスと噂の剣神の眷属に鬼神の眷属、美神の眷属まで参戦してるっつう話なのにだ。機械神の都市からもやべえの来てんじゃなかったか?」

「……機械神の都市『パープル』の大公爵『蒐集家コレクター』カ、噂しか聞かナイガ。『神喰い』にまで深度一桁で突っ込む者達ダ。おかしくはナイ」

「いいや、おかしいね。おかしいんだよなぁ」


 一度決心したからなのか、梅園うめぞの桜蓮サレンの伸び率がおかしい。数日前に深度八になったと思えば今は深度九。このまま行けば魔法都市に辿り着く前に深度一桁の壁を越える。


 何より魔力の扱い方の練度がバグっている。獅子神の都市マザーズから出た時には素人レベルであったにも関わらず、一週間でただ砂漠の中歩くだけなら既に一日保つ。必要最低限の魔力消費。新しく覚えたと言うよりも、思い出したに近い。まるで錆び付いていた動きの無駄を削ぎ落とすかのよう。


 さしてサパーン達が助言しなくても、相棒である機械神の眷属は己で己を調律し武神の眷属の後を追う。梅園うめぞの桜蓮サレンの感覚的な説明を勝手に咀嚼し理屈に理屈を重ねて情報を飲み込む姿は見ていて気味が悪い。


 急にやって来ては消える異世界からの来訪者。鍛えれば鍛えた分立ち止まらずに強くなる。己が契約した神に愛されているとさえ言える才能と資質。


「偶にいるんだあんなのが。怪物。怪童。誰もが知る二つ名、忌み名持つよう奴らはだいたいそうだぜ。惜しいよなぁ」


 五〇年周期に開催されるアリムレ大陸の祭事、世間に潜む諸事情の所為で参加を余儀なくされたが、そんな必要なく時間を掛ければ勝手に強くなるだろう原石。それが磨き終わらぬ所為で失われるかもしれない可能性。


 二つ名を持たず、長年暗殺部隊に身を置き筆頭騎士まで上り詰めたルルス=サパーンであるからこそ、己にはない眩しさに目を細める。手にした地位も所詮は一大陸の一地方、中規模都市最強の地位。軍を相手にできる十冠クラスと違い、サパーンは己が限界を知っている。


「だから蜘蛛人族アラクネの嬢ちゃんも気に入ってんのか? ジャギンて蟲人族の中でも蜘蛛人族アラクネの中では王族の名の一つだろ? ロドネー卿がいたら目を剥くぜ? 確か百年以上も前に勝手に他の神と契約して破門になった王族の奴がいるって話だが?」

「……昔々の話ダ。ソイツは死んだヨ。森ではなく都市に憧れてナ。文献にさえ残されてイナイ噂をよく知ってル。ソレにワタシがソレガシを気に入っているのは才能がアルからじゃナイ」


 眉をひそめ、会話っぽいものの中で初めてジャギン=ダス=ジャギンはみどり色の複眼を蛇人族ラミアの騎士に向ける。戦闘能力など問題ではなく、才能の是非も必要ない。蟲人族でも関係なく先輩と呼ぶ人族を嫌う理由はジャギンの中に存在しない。


「ワタシは先輩デ、ソレガシは浪漫ロマンが分かる男ダ。ワタシの夢ダ。知っているカ? 人族は元々外からやって来た種族だソウダ。ドコから来たのカ、コノ世界の外に何がアル? ソレガシはそれを探求してイル。ワタシの夢追人仲間ダ」

「はい終わりー! あーもぅシャワー浴びたーい! せめて水浴びしたいんだけど‼︎ どうにかしろしソレガシ‼︎」

「どうにもならない定期。蒸気に塗れますかな? スチームサウナ的な?」

「サウナは最早日常だし! アンタの横であーしに裸になれっての⁉︎」

「ハッ⁉︎ こんな時にクララ様に頼まれたカメラ機能があればッ‼︎ クソッ‼︎ カメラ機能は必要でしたな‼︎ 次の改造で実現せねば‼︎」

「はい死刑‼︎ マジないんだけど‼︎ 脱ぐわけねーから‼︎ バカじゃないのきもいソレガシ! ソレガシッ! ソレガシッ‼︎」

それがしの蔑称を連呼やめれ‼︎ そんなに涼みたいならギャル氏の青黴生えた髪でも眺めれば涼しくッ、ファァァァッ⁉︎」


 梅園うめぞの桜蓮サレンからの蹴りをリンボーダンスのように滑り避け、蒸気の尾を引き鋼鉄の腕を動かしソレガシは逃げる。それを追う青髪の乙女の「動きがきもい⁉︎」の叫び声を耳にしながら、ルルス=サパーンは口の端を持ち上げて渋々岩陰の中から出た。


「運動不足なら戦闘訓練といこうかね。一対一ならまだ俺の方が強えしな。あの嬢ちゃんの底引き出してやる。蜘蛛人族アラクネの嬢ちゃんはどうすんだ? 出さねえのか機械人形ゴーレムを」

「ワタシは……」


 腰の道具袋に刺さっているレンチを一度撫ぜるもののジャギンはそれを掴む事なく、手を伸ばすのは岩に立て掛けられている弓と矢筒。それを冒険者達に構えるジャギンを一瞥し、サパーン卿は視線を外した。


 「めんどくさー」とどこぞの怠惰魔人お得意の文句を口にしつつ、原石を磨く為にニョロニョロ足を伸ばす。磨けば磨くだけ光る原石の中身を覗く為に。

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