10F 新たなる一歩 2

 獅子神の都市マザーズを経ってから早五日。マザーズから最寄りの都市を目指し歩いていたらはずが、そこでどう姫君に雇われたのか、待っていた筈のジャギン殿が待ち切れずにやって来て逸早く合流できてしまった為、全く次の都市に辿り着かない。


 理由は単純。目的地が変わったからだ。最寄りの都市には立ち寄らず、目指すは目と鼻の先ではなくもっと先。


「都市に寄る理由など飲み水と食料の確保ぐらいダロウ? なら安心ダゾ! 機械人形ゴーレムの噴き出す蒸気で飲み水を確保シ、食料などソコらの魔物を狩ればイイ! 旅路の時間の短縮と修行にもなり一石二鳥ダナ! アッハッハ! 寝る場所? 砂の上でイイだろべつニ?」

「マ? ジャッキー頭沸いてね?」


 と、ジャギン殿の大変サバイバル的な行動方針、もとい修行方針のおかげで、ブー垂れるギャル氏と共にずっと砂の上しか歩いていない。なにこれ? だいたいそれがしの負担おかしくね? ただでさえ砂漠を長時間歩くのに体を覆う為の魔力を消費してるのに、飲み水の確保の際に機械人形ゴーレムまで稼働させるとか。


 おかげで初日、二日目より一日の移動距離が縮んでいる。理由は単純。速攻でそれがしがバテルからだ。更に加えてより魔力を消費する無駄な案件が一つ。


「いやぁ⁉︎ 何アレ鬼きもいんだけど⁉︎ ランチがアレはありえんてぃ⁉︎ ソレガシさっさと撃っちゃって‼︎ 蛇なの⁉︎ 蟲なの⁉︎ どっちでもイヤァ⁉︎」

蛇蠍へびさそり的な? ってかそれがしにまた撃てとか⁉︎ いい加減食料の確保頑張ってくれませんかな⁉︎ 電磁蒸気砲コイルガンは一日二発が精一杯‼︎ ただの蒸気砲でも四発が限度なんですけど⁉︎ 今日これ以上撃ったらまたぶっ倒れ」

「いいから撃てし‼︎」

「あっ」


 肩を強くギャル氏に叩かれ、鋼鉄の手のひらから蒸気を纏い飛び出した鉄飛礫が、蛇の頭に無数の足と尾に針を持つ蛇蠍へびさそりを穿ちバラバラに引き裂く。と、同時に倒れるそれがしの体と召喚の触媒である黒レンチに戻る機械人形ゴーレム


 新たな魔力量の指標、蒸気砲は一日に四発が限界。稲妻纏わせ魔力消費量を増やせば二発。


 お昼ご飯の確保と同時に今日の移動はもう終了。砂漠都市ナプダヴィにはいつ辿り着けるかも分からない。しかも連日続く訳分からん魔物焼き。きもいだのなんだの言いながら結局食べるんだからいい加減自分で狩れ定期。それがしこのままじゃ過労死すんぞ。サパーン卿とジャギン殿はそれがし達の修行だとばかりに全然手伝ってくれねえし!


「いい加減蛇蠍スカベンジャーも飽きたぜソレガシ。他の魔物狩れ他の魔物。俺は蛇肉意外が喰いてえ」

「……いいじゃないですかな別に。共喰い楽しそうで」

「共喰い言うなボケ。そもそも蛇神の眷属の俺は蛇系の魔物の相手は深度落ちる可能性あるしやりたくねえ」

蛇人族ラミアの話はどうでもイイがなソレガシ。もっと周りを見ロ。魔物に接近され過ぎダゾ? 機械人形ゴーレムの噴き出す蒸気にはソレガシの魔力が混じっているからコソ、形ナイ手足として周囲の状況や魔力の流れを察知できるハズダ」


 ジャギン殿の言う通り、ブル氏と喧嘩した時のように、機械人形ゴーレムの稼働中は噴き出す蒸気で周囲の状況を察知する事はできるが、噴き出す蒸気の量を増やせばそれだけ消費魔力も増える。助言をくれるのは嬉しいが。


「せめて岩陰から出ろお主ら」


 寝転がる砂の大地から顔を上げ、睨む先、大岩の影で寛いでいる先生と先輩二人。千切れ飛んだ蛇蠍スカベンジャーの肉片を生のまま貪る野蛮な教官に届いただろう文句の返事は、地に吐き出される魔物の骨と同じく空虚だ。


「俺達が手を貸したんじゃ特訓になんねえだろうが。いい加減魔物相手に出会い頭ブッパはやめて戦えよ」

「ソウだぞソレガシ。ソレガシの機械人形ゴーレムでの戦い方は蜘蛛人族アラクネに似ていてワタシは好きダ! お揃いだお揃イ! 本当なら蜘蛛人族アラクネの戦闘術を教えてやりたいトコロではアルガ」

「ならそれを先に」

「駄目だそりゃ。先にもっと魔力の扱い方をお前達は上手くなれ。置いてかれてんぞソレガシ。あの嬢ちゃんはもう深度八に上がったぞ」


 岩陰に歩いて行くギャル氏をサパーン卿が顎で差す。ギャル氏は五日で深度が一つ上がった。人族は眷属としての成長速度が速いのは知っているし、その理由ももう分かっている。


 神の持つ力は分割できる量に限りがある。故に、短命種と早く深度を深めようが、だいたい人族なら百年も経たずに死ぬ為、割いた分の力を回収できるのも早いから深度が深まるのが早い。後はおそらく神の気分。神が気に入った相手はより早く深く深度が深まる。


 それがしの深度が変わらないのは、おそらく魔力の扱い方ばかりに打ち込み機械人形ゴーレムの現状に何の変化もないからだ。城塞都市の怪盗騒動の際に機械人形ゴーレムを改造しその戦闘法を磨いていた時は三日で深度が一づつ深まった。ヨタ様の気紛れには困る。


 這いずりながら岩陰に入り大きく一息。


「深度の件はそれがしにも考えはありますが、だいたい今は何処にいるのですかな? それぐらいは教えてくれても」


 修行も大事ではあるが、今はアリムレ大陸の盗賊祭り真っ最中。ブル氏がある程度遊べば今回の祭事勝利の為の物を持っている炎冠ヒートクラウンが砂漠都市に篭るだろうと言うのを間に受けるなら、獅子神の都市を離れ五日、他の参加者達も砂漠都市ナプダヴィを目指し動いている可能性は高い。


 そんな中でそれがしもギャル氏も現在位置すら不明である。


 それがしが聞けばサパーン卿は懐から地図を出すと広げた。アリムレ大陸の詳細な地図。その中で、獅子神の都市から少し離れた砂漠の上に人差し指を置く。


「砂漠都市ナプダヴィはアリムレ大陸の中央、東寄りにある。このペースだとここから歩いてだいたい三ヶ月ってとこかね?」

「三ヶ月ぅ⁉︎ 無理無理ありえないからマジで⁉︎ 三ヶ月も経ったら元の世界じゃえーっと……ソレガシ何日‼︎」

「……だいたい二週間ですかな?」

「はいダメぇ! ぜぇったいそれはナシ!出席日数ドチャクソピンチになんから! せめて一週間! それでよろ!」

「となるとこっちでは一ヶ月半?」

「そりゃ厳しいだろ今のペースじゃよ」

「ならペース上げんし!」

「待たれよギャル氏」


 先へ進もうとぐいぐい服を引っ張って来るギャル氏の手を叩く。言うのは簡単だが実際厳しい。だいたい祭事の勝利まで三ヶ月ではない。辿り着くまで三ヶ月だ。炎冠ヒートクラウンから物を盗れるかは別で、今のまま辿り着いたところで勝ちの目も見えない。加えて仲間達と集合場所は決めているが、全員揃うまで何日掛かるのかも不明。


 故に地図を見ながら親指の爪を噛み頭を回す。必要なのは戦力の強化がまず一つ、全然揃う日取りが分からずとも、砂漠都市にはなるたけ早く着いた方がいい。機械人形ゴーレムを次の必要な形に改造する為には、それなりの都市の中の方がいい。できるなら、冒険者ギルドがあるような都市が理想。


 地図の上に指を這わせ、一つの都市を指差す。アリムレ大陸の中で砂漠都市と対を成す大都市。


「魔法都市ブダルーニュ? ダルちぃの実家があるらしいとこじゃん。それがどしたん?」

それがしは魔法都市を目指したいですな。ここからでもペース上げて歩けば十日もあれば着けそうですし」

「あーしもベッドとかは恋しいけど、んで魔法都市?」


 ギャル氏の疑問の声を受け、地図上の都市から指を動かし、魔法都市ブダルーニュから伸び、砂漠都市ナプダヴィに繋がっている黒い線をなぞる。横に砂漠急行と書かれている黒線を。


「蒸気機関車を使う気か? 確かにそれなら歩くよか早く着くが、そりゃ悪手だ。ナプダヴィ行きの蒸気機関車なんて他の参加者達も使うだろうし、狙われる的。ましてや魔法都市は砂漠都市をよくは思ってねえ。アリムレ大陸全域巻き込んでる盗賊祭りもよく思ってねえ連中の巣窟だぜ? 魔法を上手く扱えない奴を下に見る都市でもある。安全に修行しながら砂漠都市目指した方が」

「もうこの祭事はただ勝利を目指す祭事ではありませんぞ。それ以外の目標が既にある。この五日で既にそれがしに足りないものは分かりましたからな。それがしは何より早くそれを埋めたい」


 それがしの弱点。大きくは二つ。決め技はあってもそれをろくに使えない。蒸気砲でさえ四発が限度。魔力量を増やすには、体力を底上げするか深度を深める以外にない。


 二つ目は遠距離に対する手の薄さ。普通なら機械神の眷属の戦士は遠隔操作での射撃特化の機械人形ゴーレムの運用をするとブル氏が言う通り、それがしとは違い近接ではなく射撃武装の改造を第一にするべきなのだろうが、威力を上げるしかしてこなかったツケが今来ている。


 威力は高かろうが電磁蒸気砲コイルガンは二発が限度。つまり『カッ飛ぶ浪漫ロケットパンチ』も同じ事。牽制で使える別の射撃兵装が必要だ。


 その二つある弱点を補う為には、何より機械人形ゴーレムの改造が先決。深度を深める為にも、戦闘能力の底上げを図る為にもそれが必須。


「だからこそ、魔法都市にこそおそらくそれがしの欲する物がある」

「ナンだソレはソレガシ?」

「蒸気機関の射撃装置ではなく、魔力を消費して使える魔法射撃装置。魔法都市でそれがしはそれを機械人形ゴーレムに組み込む」


 元々鋼鉄の腕以外に別で射撃装置は必要だと思っていた。魔法都市程の大都市なら間違いなく廃れていようが冒険者ギルドはあるはずだ。冒険者ギルドがあればギルドを通じて城塞都市にいるラザース爺に必要な部品も送って貰える。後は魔法を撃ち出す砲身さえ作れれば、魔力を扱う訓練をしている以上、撃ち出す魔法の強弱は蒸気砲を扱うより簡単なはずだ。


「魔法都市に辿り着ければ、情報収集、加えて魔物は気にせず戦闘訓練もできる。それがしはそれ以外に魔法射撃装置を作る為の魔法の扱いに長けた職人も探さねばならないでしょうがな。それに、砂漠都市に行くまでに時間を掛ければいいという問題でもないでしょう?」


 時間を掛ければ掛けるだけ、それがし達だけでなく他の参加者達にも準備に時間を掛けるだけの時間が生まれる。開催から五〇年時間があったとしても、この祭事、既に物が何処にあるか分かっている以上、実際に勝ちを目指すなら時間を掛けるだけ不利だ。炎冠ヒートクラウンにも準備をするだけの時間が生まれる。


 炎冠ヒートクラウンが一声掛ければ砂漠都市の警備体制を強化できたりするとすれば、直通で砂漠都市内部に侵入できる蒸気機関車を利用するのが最善。


「例え悪手だとしても、その悪手、握り潰せぬような実力なら炎冠ヒートクラウンから物など盗れないのでは?」


 それだけは間違いない。聞けば小鬼族ゴブリン史上最強の騎士。他の参加者達からの襲撃ぐらい全て去なせないようでは、勝負にすらならないだろう。黙って腕を組み舌を泳がせていたサパーン卿は小さく頷くと、広げていた地図を折り畳み懐に仕舞う。


「間違いじゃねえ、間違いじゃねえが地獄行きの道が好きだなお前は。そりゃいいがお前達の実力がそれまでに追い付くと思うか?」

「やるしかないならやるだけじゃね? あーしもソレガシも実戦タイプだから。いい加減テクって魔物狩ってんだけじゃひまたんだし、そろそろ相手してよサッパリン。いい加減ストレスパないわ」


 ちょっと待とう。笑みを深めるギャル氏を茫然と見つめ手のひらを差し伸ばし制しようと試みるが、全くこっちを見てくれませんねはい。何よりそれがしは思考タイプで実戦タイプじゃないです。しかもそれがしまだヘロヘロ。今戦闘訓練は死ねる。


 そんなそれがしを横目にサパーン卿は小さく頷いてくれた。サパーン卿さん!


「ソレガシも手を挙げて賛成か。ま……なら仕方ねえ。嬢ちゃんの相手は俺がやる。ソレガシは蜘蛛人族アラクネの戦い方知りてえらしいし、そっちの嬢ちゃんに相手して貰いな。今日から修行の日程も道程同様短縮して詰めんぞ」

「ム。ソレガシは相変わらず無茶が好きダナ。ウム、だが先輩として胸を貸ソウ。コレでもワタシも百年以上機械神の眷属の組合に籍を置き世界中を回ってキタ。ソコらの冒険者よりも腕は立つゾ? 蜘蛛人族アラクネの戦闘術。ワタシが叩き込んでヤル‼︎」

「サパーン卿お主謀りおったなぁ⁉︎」


 クソ腐れ蛇卿ォォォォッ⁉︎ 何も察してねえじゃねえか‼︎ ジャギン殿がなんか凄いやる気になっちゃってるよ⁉︎ それがしは今はもう無理だってっ、無理だってッ‼︎ 機械人形ゴーレムも出せねえのにどうしろってんだ⁉︎


 六つの拳がそれがしに迫り、ゴロゴロ砂漠の大地を転がった。サパーン卿に絶対この道中一発拳を入れる。新たな目標を胸に砂の大海に沈む。あいるびーばっくッ。


 

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