9F 新たなる一歩

「暑っつぃ……ッ」

「ギャル氏、はい罰金」

「はぁ……っ」


 親指で弾かれ渡される一クルス銭貨をギャル氏から受け取り懐に収める。踏み出す足が感じるのは砂の感触のみ。アリムレ大陸の玄関口、獅子神の都市マザーズを出発してから二日目。


 砂漠の昼は気温四〇度以上、頭から布を纏っていても暑さは変わらず、夜は二〇度以下にまで気温が落ちる極端な気温温度差。他の祭事の参加者達からの襲撃や、魔物の襲撃と違いどうにもならない最大の敵。


 朝昼は『暑い』、夜は『寒い』が大量発生しヤバいので、NGワードに指定し口にしたら罰金の制度ワード設けた所、連戦連勝で全く困る。折角制定したルールもギャル氏には関係ないらしい。


「あーもうッ‼︎ いつまでテクれば次の街に着くわけ⁉︎ ドチャクソひまでテン上がんなくて下げみパないわ‼︎ ひまメーターがヤバ谷園‼︎ なんかないのソレガシ‼︎ 面白い話して‼︎」


 それがしは芸人か何かか? もう何度目かも分からないギャル氏の暇メーター大爆発宣言にため息しか浮かばない。周囲を見ても、初めて異世界に落ち歩いた森以上に何もない。木もなければ草も生えない。


 ジリジリ照り付ける太陽と、行けども行けども姿変わらぬ砂の大海。一日中砂の上を歩き続け、もう足の裏が口感じる砂の感触もあやふやだ。右を向いても砂の海。左を向いても砂の海。舌を向いても砂しかなく、ギャル氏が満足しそうな面白い話題など落ちていない。


「砂なら浴びても余る程ありますぞ? ギャル氏の蹴りでも放ってみては? 無限に蹴れるでしょうから飽きませんぞきっと」

「からの〜」

「はぁ、えー、砂漠と掛けまして匿名掲示板と解きますぞ」

「からの〜」

荒らしが一番の困りものですな」

「からの〜」


 もう出ねえよ何も。後から出るのは汗とため息だけだ。からの〜どころか何もかにも空っから。空っぽからは何も出ない。だから「からの〜」を連呼するな定期。まずは暇メーターとやらを空にしろ。そのメーター今は必要ないからポイで。砂漠にポイ捨て安定だろ常考。


「お前達まぁた魔力がよどんでるぜ? 心を落ち着けろ心をよ。昨日みたいに昼間でぶっ倒れても手はもう貸さねえからな。分かってんのか?」

「分かってますぅー、小言しか言えないなら口チャックしててくれるサッパリン?」

「人にものを教わってる奴の態度じゃねえ⁉︎ どうなってんだそいつはソレガシ!」

 

 それがしに聞く意味。だが、サパーン卿からの忠告の通り、ギャル氏と目配せし一度深呼吸して呼吸を落ち着ける。魔法都市生の布から何の変哲もない布に纏い変えているおかげで、サパーン卿には魔力の流れが丸見えらしい。


 眷属の紋章による魔力の生成。その強弱は感情のたかぶりによって変動してしまう。元々魔力のないそれがし達異世界人でも関係なく、刻まれた神との契約の証である紋章の使い方は、驚くべき程感覚的だ。


 そもそも紋章が生成する魔力は、それがし達が意識しなくても基本的には常時微量に生成されているらしい。


 冒険者ギルドの総本部の情報を纏めている水晶に位置情報を送る為と、見る文字を翻訳する魔法の為。基本パックのように、元から体力を魔力に変換抽出し使う為の機能が紋章の効果として刻み込まれている。逆に言えば、魔力の扱いに手慣れれば、その基本魔術式までON、OFFする事が可能。


 加えて、それがし機械人形ゴーレムを召喚したり、ギャル氏が本気で戦っている時は、より多くの魔力が生成されており、機械人形ゴーレムを稼働させている以外にも、常に魔力の膜がそれがしやギャル氏を覆っている。


 それを聞いて納得できた。ギャル氏がスライムに飲まれて溶かされようとした時や、ブル氏とそれがしの戦闘の際に多少なりとも保ったのは、眷属としての特典以外に、魔力による僅かな身体能力の上昇があればこそ。


 サパーン卿が教えてくれているのは、言わばその部分での魔力の使い方。機械人形ゴーレムを召喚せずとも、身を覆う魔力の量を増す事ができれば、身体能力は上がり環境への適応力も上がる。


 事実魔力で身を覆っている間は、砂漠のうだるような暑さも緩和され、夜の寒さも多少は凌げる。より魔力の扱いに長けた者であるのなら、魔力の強弱と密度さだけで気温の変化は完全に気にならないレベルにまで至れるだろう。


「にしてもさソレガシ、あーしら昨日よりは保ってね?」

「昨日はドタバタした後でしたからなぁ、仕方ないですぞ。事実昨日の魔力量約七千歩はとっくにもう超えましたな」

「テクった歩数が魔力量の指標はダサくね?」


 それは言うなッ。魔力量を数値として知るには、魔法技術を監督している魔法省に出向かなければいけないらしいがそんな時間はない。万歩計のように歩いた歩数が取り敢えずのそれがし達の魔力量の指標だ。


 昨日はそれがしが七二三四歩。

 ギャル氏が七八六九歩。


 歩いた所で魔力が尽きた。つまり体力を使い果たした。夜は地獄でしたねはい。サパーン卿含め三人で一枚の毛布に包まり夜を越した。鞄に収めていた異世界の書物に目を通しても文字が翻訳されないぐらいすっからかんだった。


 それが今日はそれがしもギャル氏も既に一万歩を超えている。二日目にしてやっと今の魔力量の限界が知れそうだ。


 しかし、ギャル氏の元気な事よ。それがし達にとっては、元の魔力がないだけに体力の量が魔力量。空手は止めても運動は止めなかったからか、現時点では間違いなくギャル氏の方が魔力量が多い。


 魔力量増やす為には筋トレ必須とかホワイトカラーには優しくない世界だ。この異世界はやっぱりどこかおかしい。間違いない。


「だいたいサパーン卿? それがし達魔力の流れとかそう感じられないのですが、こんな具合で大丈夫なんですよな?」

「今多いのか少ないのかも理解不能だし、なんかコツとかあんわけ?」

「お前らよくそれで……いや、まぁいいやもう。魔力を見れるだの感じられるだのは種族的な差が大きいからな。妖精族ピクシーは魔力の音が聞こえるとか言うなぁ、魔法使い族マジシャンは見えるそうだが、俺達蛇人族ラミアはピット器官つう魔力感じられる器官があんのさ」


 ピット器官ってそれ蛇が持つ赤外線探知器官じゃなかった? 魔力って赤外線探知器で見えんの? いや、多分翻訳魔法が勝手にそれっぽく日本語で翻訳しただけだな紛らわしい。サパーン卿の纏う布の内側で揺れている旅人用の携帯型翻訳魔法器を睨み付ける。誰なんだ翻訳魔法の日本語設定したの。


 余計な考え事をして気が張り魔力の量でも増えてしまったのか、サパーン卿に微妙な目を向けられるので今一度深呼吸をする。

 

「んで? お前達今はどんな感じで魔力量調整してんだ? 意識してから一日しか経ってねえが」

「んー……とりまノリで?」

「ノリで⁉︎」

「噴き出す蒸気の量で調整するイメージですかなそれがしは。機械人形ゴーレム召喚中もそんな感じですしおすし」

「聞いた俺が馬鹿だったッ。そんな魔力の調整方聞いた事ねえよ! 何よりソレガシ! お前は『不沈艦リゼブ』に鍛えられたんじゃねえのか? 順番が普通おかしいだろうが!」


 そんな事を言われましても。敢えて指摘されて気付く事があるとするなら、サパーン卿が順番がおかしいと言うように、だからこそ師匠ギルドマスターは魔力操作を省いて戦い方だけを詰めてくれたのだと思う。


 筆頭騎士級相手するのに普通魔力の操作法知らないなんて相手も思わないだろうし、あの時のそれがしの役割は隠密行動でもなかったからな。必要ないと判断しての事だろう。だが今はそれこそが必要。


「サパーン卿、普段から魔力を生成するのは意識すればそれで済む話というのは分かりましたが、そんなのは基礎中の基礎でしょう? 細かな扱い方はいつ?」

「気が早えがいいだろう。さっきの話じゃねえが、魔力を見る方法があるにはある。例えば武神の特典で身体能力向上が基本的に付いてる嬢ちゃんなら、目に魔力を集中すれば見えたりするはずだ」

「マ? うわガチじゃん! ソレガシ薄ぼんやり光っててウケる! きもい!」


 ウケるのかきもいとかどっちかにしろ! だいたい魔力を見るってそんな簡単にできるの? 即席麺にお湯注ぐ勢いでやっちゃってんだけどこのギャル。サパーン卿を見る限り……普通はできなさそうだなおい、サパーン卿口開いてるよ? 砂入らない? 入ったらしくサパーン卿が口内の砂を地に吐き捨てる。


「ソレガシ……お前はできたり」

「しませんな」

「だよなー! 武神の眷属だからだよなー!」


 急に安心した顔するんじゃねえぞ‼︎ 気に食わんわぁ!ぶつよ? だからそれがしの肩を叩くんじゃない‼︎ 機械人形ゴーレムの視界に意識を移せばそれがしもできるような気はしないでもないが、今はそれはいい。魔力が見えるかどうか以前に、今一番聞きたい事を聞く。


「サパーン卿、それがしが聞きたいのは戦闘への応用ですぞ。身体能力の底上げ以外にも使い方はあるのでしょう? それがしは早急にそれが知りたい」

「分かってるつうの。だけどそりゃ少し待て。次の街に着くまでな。機械神の眷属の戦い方なんて、俺も他の眷属も詳しい訳ねえからな。今向かってる街にお前用の先生がいるぜ? そっから本格的に始める」

それがし用の……? それは……」


 姫君が時前に用意していたチームはそれがし達や姫君達、筆頭騎士四人含めて一二人なのかと思っていたが、まだいるのか? しかもそれがし用ときた。


 準備よくて笑えてくるなクソがッ! 盗賊祭り以前に最初かと鍛える気満々か?


 機械神の眷属ははみ出し者で、機械神の眷属同士くらいしかお互いの事は詳しくないが……誰だ?


「あっ……?」


 首を傾げるそれがしの横でギャル氏が声を上げ立ち止まる。固定されたギャル氏の視線の先を追ってみるが砂の海以外に何もなく、目をしかめていると、突如ギャル氏に肘で弾かれ砂の海にダイブした。


「ファぶッ⁉︎ ちょっ」


 ──────ヒュッ‼︎


 それがしの文句が形になる前に、それがしの目前を何かが通り抜け砂の大地に小さな音を立てて突き刺さった。目を向ければ砂の海から伸びている一本の矢。固まるそれがしの思考と視線を、ギャル氏のそれがしを呼ぶ声が解く。


「……アリムレ大陸は長い時を掛けて砂に多種多様な魔力が混じっているのダ。熱に浮かされ目には形ない幻影が浮かブ。惑わされナイ為には魔力の流れを感じ見る力が必要不可欠。旅する自力を鍛えるナラ、修行の地としたらアリムレ大陸は最適だぞソレガシ」


 背後から流れて来る女性の声。視界の端に魔法都市製だろう布の端が見えると同時、背後から伸びて来た腕がそれがしを捉える。一本、二本合わせて六本。抱き締められる顔の横でパサリと音を立て襲撃者の顔に掛けられていた布が落ちた。


 伸びる二本の触覚と、みどり色の複眼が陽の光を反射しキラリと光る。サパーン卿は先生などと言ったが、ここに居るのはなどではない。それがしが機械神の眷属になってから、初めて色々機械神の眷属の事を教えてくれたの一人。


「ジャギン先輩‼︎」

「ソレガシぃ‼︎ 待ち切れなくて先に会いに来てしまったゾ! 挨拶もナシに都市エトから帰るなどとコイツめ! ワタシもクフもショックだったのダゾ! 手紙では足りナイゾ! その分再会の抱擁ダ‼︎」

「ジャギン先輩……ッ、痛たたたたたッ⁉︎ 背骨がッ⁉︎ 背骨がっがっが⁉︎ いやこれもうダメぽッ⁉︎ 再会と同時に地獄行きですぞこれじゃ⁉︎」


 ジャギン殿からの力いっぱいの抱擁は、人族の耐久力ではいささか厳しいらしく、ミシミシ軋む背骨の音が響く中、紐で縛られたボンレスハムの気持ちを味わえた。それと魔力による身体強化のコツ。こんな事で知りたくなかったよ……。


 


 

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