8F 厳しさの入り口 3

「クソボケッ、ボコスカ撃ちやがって連中敵味方すら分かってねえんじゃねえか⁉︎ アリムレ大陸の祭事史上最悪の盗賊祭りの幕開けだ‼︎ 俺も災難だがお前達も災難だなこりゃ‼︎」


 降り注ぐ眷属魔法の雨の中を泳ぐように長い尾を動かし走るサパーン卿の背をギャル氏と追う。城塞都市の元同盟都市の筆頭騎士達がなぜアリムレ大陸にいるのか。だが、筆頭騎士達が友人達を保護してくれているらしいという話に少しばかり安堵し、頭の中に渦巻く不安を無理矢理脇に退ける。


「サパーン卿‼︎ 何故此処に? ロド大陸の都市同盟は崩壊したはずッ!」

「表向きはなぁ! いい加減戦争もなくて戦いの為の同盟は要らねえって解消されはしたぜ確かに‼︎ だがそりゃ城塞都市の流通の網を広げる為だ! この件に手を貸せば神石盗られた失態も帳消しってなもんで受けはしたが姫様やってくれんぜくそッ」


 納得。チャロ姫君の差し金か。それがし達以外の協力者に元同盟都市の筆頭騎士を揃えるとは大胆不敵な事で。同盟を崩したのも『同盟』という名の重石を排除し他に都市が遠慮なく城塞都市と取引できるようにする布石とは。相変わらず姫君は腹黒い。自作自演が凄まじいな!


 「ちくしょう!」と長い舌を泳がせながら、サパーン卿はゆらりゆらりと落ちて来る眷属魔法を躱しながら、道を塞ぐ他の参加者の一撃を受け流し斬り払う。城塞都市の一夜から三ヶ月。まるで衰えていないサパーン卿の技量。ブル氏と共闘し乱戦の中一度は勝てたが真正面からもう一度勝てる気がしない。


 その頼もしい背中にホルスターに小太刀と黒レンチを突っ込みながら感心の目を向けていると、おっかない顔でサパーン卿が振り返った。ただでさえ顔が怖いのに二割増しだ。


「お前ら魔力抑えろ‼︎ ダダ漏れててお陰で標的になってんだよ‼︎」

「抑えろと言われてもどうやって⁉︎ だいたいそれがし達魔力ダダ漏れてますかな⁉︎ 何もしれないのに⁉︎」

「感情昂らせてるからだ‼︎ 心落ち着けろ‼︎ 眷属の紋章は魔力ねえ奴の為に魔力生成する装置みてえなもんだぞ‼︎ お前達だって知ってんだろ‼︎」


 知ってはいる。知ってはいるが、それって眷属魔法使用時だけじゃないのか? 理解不能とギャル氏と目配せし首を傾げれば、長い舌をひらひら泳がせてサパーン卿は目を吊り上げた。そのまま長い尾でそれがし達を巻き取るように掴むと路地の奥に引き摺り込む。


「ちぃッ、なるほどなぁ。姫様からお前達の面倒見ろと言われたが理解したぜ。お前達戦えるには戦えても眷属としての戦い方素人だな? 魔力の使い方がなっちゃいねえ」

「冒険者としての戦い方は知っていますぞ? ただ魔力の使い方なんて……」

「ドチャクソ意味不って感じ?」

「まじかぁ⁉︎ ソレガシお前まじかぁ⁉︎ それに負けた俺もまじかぁ⁉︎ 自信なくすわぁ……」


 今はなくすな常考ッ⁉︎ 足を止め尻尾と肩を落とすサパーン卿目掛けて降って来る魔力の輝きから逃げる為、サパーン卿の両腕をギャル氏と共に片方づつ掴み路地から脱する。


 砂埃渦巻く視界を明瞭とするように目元を腕で拭い、何処へ向かえばいいのやら、やたらめったら走っていると、復活したらしいサパーン卿が取り出して二枚の布をそれがしとギャル氏に被せてきた。


「魔法都市製の布だぜ。魔力が外に漏れるのを防いでくれる。取り敢えずそれを被っときな。影に潜んで脱するぜ」

「夜間都市製の黒布といい、特別そうな物に詳しいですな」

「俺は元暗殺部隊の出だ。行くぞ着いて来な」


 ため息と共に身を翻し、サパーン卿は再び路地の中へと身を進める。魔法都市製の布を纏い進むうちに、砂埃が煙幕の代わりを果たしてくれているのか、降って来る眷属魔法の量が格段に減った。


 砂埃の中で的確に眷属魔法がそれがし達目掛けて降って来たのも、他の参加者ギャル氏待ち受けたりしていたのも、サパーン卿の言う通り魔力がダダ漏れていたかららしい。それがし達は荒屋か? 纏う布はまるでオムツ代わりだ。


「いいかお前達よく聞けよ? このまま俺達は三人で都市マザーズを脱し、点在する都市を渡りながら砂漠都市を目指すぜ」

「ちょ⁉︎ ありえんてぃ⁉︎ ずみー達は⁉︎」

「気にしてられるかこんな状況で⁉︎ 他の騎士達にお守りは任せた‼︎ 目指す先はどうせ同じだ‼︎ 別の道辿って行くだろどうせよ‼︎」

「それはッ⁉︎ ……それはッ」


 悔しい。悔しいが、サパーン卿の言う通り。他の者達の安否など気にしていられる状況ではなく、ましてや城塞都市の怪盗騒動以上の混戦の中を生き抜ける程の自信はない。何より目的はこのバトルロワイアルを勝ち抜く事ではなく、盗賊祭りに勝利する事ッ。


 ただッ。


「サパーン卿……街からの脱出には賛同しますともッ。だがッ」


 この盗賊祭り。勝利する姿を思い浮かべられない。盗るべき物を持っているのは炎冠ヒートクラウン。未だなも知らぬ強者であろう参加者も蠢いているだろう。加えて渦巻く多くの思惑。それらを擦り抜け勝利を得られる気がしないッ。


「サパーン卿ッ、それがしはっ」


 このままでは何も結果は変わらない。敗北が決まっていると告げられたダンス部の対抗戦以上に勝ちの目が見えない。炎冠ヒートクラウンに軽く遊ばれただけで理解してしまった。


 炎冠ヒートクラウンとの差。ブル氏との差。


 これまでは幸運がこれでもかと輝いていただけだ。それがしの手で掴めたものは、小さな小さな結果だけ。その結果の旅路で通用したものは数少ない。築き上げたと思っていたものは、未だ欲する高さに達していなかった。


 言葉の先を紡ぐ前に、足を止めたサパーン卿の背にぶつかる。ゆっくり振り返るサパーン卿の鋭い双眸に射抜かれ息を飲んだ。


「分かってんだよ。あぁ? ソレガシお前なぁ、俺達がそこまでお前達に期待してると思ってるのか? 馬鹿が、お前達二人深度一桁だろうが! 怪盗騒動の時と言い、ひよっこに盛大に期待ふっかける姫様の頭がおかしいんであって、普通は深度一桁なんてこの祭りで勝ち目指す器じゃねえんだよ!」


 少しばかりムッとギャル氏が口を引き結ぶ横で、それがしは大きく肩を落とす。マジレスが一番心に痛い。掛けられる期待が嬉しくて、身の丈以上を望んだ結果が今。ずみー氏達友人とは散り散りに、大きな力の差に打ちのめされ、自分にできない、踏み込めない、考えが及ばない多くの事柄が降り注いで来る始末。


 何も言えない。何も返せない。ただ拳を握るだけ。そんなそれがしの顔をサパーン卿は覗き込む。


「悔しいか? 怒ったか? なら言うべき事があんだろうが? なんで姫様が俺達を呼んだと思ってやがる? 先を見ろよ。今『勝て』なんて誰も言ってねえだろうが? 『勝ち』はまだ先にあるぜ」


 緩やかに弧を描く剣をサパーン卿が一度振り、払い除けられた砂埃の先に広がる砂の大海。決戦の舞台はブル氏が告げた砂漠都市ナプダヴィ。『勝ち』を得る為の場所は此処ではない。先も見えぬ砂漠の向こう。


「ここから先は別世界だぜ? 今決めろ。行くなら俺が眷属としての戦いのいろはを教えてやるぜ。だが俺も足手まといは要らねえなぁ? 俺を退かして砂の海を踏んで見せな。お前達にそれだけの度胸があるか? 何の為に先に進むよ?」


 あぁくそなるほどッ。チャロ姫君め、この祭事ただ勝利を目指すだけでなく、それがし達使い勝手の良い外部戦力を叩き上げる為の舞台としても使う気だ。手合わせできる相手は数多く、先生は元同盟都市の筆頭騎士と。至れり尽くせりで涙が出てくる。ッ、マジで出て来た。目に砂がッ。


 サパーン卿の言う通り、砂漠都市を目指すとするならその道中、着いてからも終わるまで地獄は続くだろう。元の世界に帰る為の手立ても盗賊祭りに勝つ事以外にも探せばある。必ずしも待つ苦難を受け入れる必要はない。


 そこまでして進む必要があるか? 元の世界では必要のない戦闘技術を磨くような旅をする必要が? 元々は最低限旅をする為に鍛えていたようなもの、ギャル氏の横に立つのに必要以上の力もいらない。


 だがこの先は、より大きな力を必要とされる修羅の道。高深度の眷属、炎冠ヒートクラウン、それが相手と分かって進まなければならない。


 力を上げればそれだけ世界を見据えて動いている姫君からの無茶振りも増えるだろう。既に怪盗騒動の一件で、怪しげな話に足を突っ込んでいる。やるならば楽しむ以外に道はないが、果たしてそれをそれがしは楽しめるか?


「……あーしさぁ、ソレガシ。デザイナーになりたいんだよね」

「……ギャル氏?」

「制服の改造してんのもその練習みたいなもんでさ? あーしの夢。初めて誰かに言ったわ。それさ。叶えたいんだ。元の世界でさ。帰る為に必要ならやるしかなくね? ソレガシは夢とかないの?」


 急に己が夢を口にするギャル氏に肘で小突かれ、眷属魔法の破壊音が響く中口を閉じる。夢。己が人生の未来。今を見るのに忙しく、そんな事それがしは考えた事もない。


 全ては侍道から逃げる為、逃げた後の事を深く考えた事などなかった。ギャル氏はデザイナーになりたいと。ずみー氏は画家に、クララ様はモデルに、それぞれ夢を持っている。グレー氏の夢は知らないが、きっと持っているのだろう。だからッ。


「分かりましたぞ。眩しい理由……」


 逃げているだけのそれがしと違い、ギャル氏達には立ち向かっているモノがある。元の世界で目指しているモノが。だから目が離せない。だから眩しい。それがしにない輝かしいモノ。


「夢……ですか。生憎とまだ見つかりませんなぁ……ぷししししッ、笑えるッ。今この瞬間に夢の話とはッ」


 ギャル氏に返せる夢があったならどんなに良かったか、生憎とそれがしの夢はまだ透明なままだ。地に足が着いていない。立ち向かう道の上にまだ立っていないから。


「うっさいソレガシ! あーしは言ったんだから言いなって! ないならないで絞り出してナウしか‼︎」

「今絞り出しても夢じゃなくね? そうですなぁ、ならば絞り出せるようになる為と取り敢えずはしましょうか。夢を見つける為に前に進む」


 きっと同じ問いをずみー氏達が受けたなら、己が夢の為に進むだろう。喚いても結局は前に進む道を選ぶはずだ。此処に居らず姿なくても、それだけは十分に知っている。


 度胸はあるか? 器じゃない? ならばその度胸を身につけ器を広げるしか道はない。軽く足先付けて異世界に翻弄されるぐらいなら、どっぷり浸かろう。沈んでやる。今決めた。


 少なくとも異世界にいる内は、それがしは夢を持つギャル氏達を絶対に元の世界に戻す為に全力を出す。そしていつかそれがしも、ギャル氏達に足並みを揃えて見せるとも。その為に全てを楽しもう。


 笑顔を浮かべたそれがしにギャル氏は笑みを返してくれ、突然足を振ると静かにそれがし達の会話を聞いていたサパーン卿を砂の海に蹴り転がす。……何してんの?


「それにさぁ……舐められたままムカつかね? あのハゲ小鬼族ゴブリンぶっ飛ばすの目標で。後他のも。ドチャクソ苛つくわぁ。やれんよねソレガシ?」


 ギャル氏の待っている言葉を察し、口元のギャル氏が巻いてくれたバンダナのフェイスマスクを掴み引き下げる。不安、恐怖、悔しさ。ギャル氏が待つ言葉の中身は無色透明で自信などない。だが、卵が先か鶏が先か。ないならないで嘘を本当に塗り変えればいい。


 取り敢えず一つ目のそれがしの夢。『絶対』の夢。ギャル氏に言う言葉は嘘でも真に変えて見せる。ギャル氏にも、誰にも告げないそれがしだけの夢。


「大丈夫ですとも。万事上手くいきますぞ。何故ならそれがしがやる気になりましたからな。目に見える差を全て埋め立て工事安定。取り敢えずの目標をギャル氏に誓いましょうぞ。必要以上の強さが必要でも掴んで見せる。それがしは……機械神の眷属最強を目指す」


 異世界を渡るのにもっと力が必要と言うなら、その力を育もう。誰が相手でも戦えるようになったらきっと、それだけで選択肢は増える。まずは悔しさだけを握り締める弱いそれがしに勝つ。これはその一歩だ。


 先を塞ぐサパーン卿の消えた砂の大海へとギャル氏と共に足を踏み出す。誰の思惑も関係ない。それがし達の思惑を通す為に、使えるモノは全て使い潰し、人生を楽しいで彩ってやる。


 浮ついていた異世界の自分を形作る。これが夢への行進だ。


「お前らな……俺を置いて行くんじゃねぇ」

「「あっ」」


 不意打ち気味にギャル氏の蹴りをくらい転がっているサパーン卿を完全に忘れていた。そんなだからこの世界の強さの基準測りづらいんだよ先生。サパーン卿を引き摺りながら、砂埃湧き立つ都市マザーズを発つ。


 アリムレ大陸のクソゲー祭り。こうなったら骨の髄まで楽しんでくれる。

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