6F 厳しさの入り口

 舞う砂埃すなぼこりに目元を歪めて咳払いを一つ。


 それがしとブル氏が暴れ風通しのよくなった『雲舟』で一夜を明かし、辿り着いた獅子神の都市であるアリムレ大陸の玄関口に当たる都市の喫茶店に着きしばらく。


 祭りの開始地点は砂漠都市ナプダヴィではなく、玄関口の都市『マザーズ』。


 と言うか、祭りの開催関係なく、アリムレ大陸に訪れる者達のほとんどは湾岸部に位置するマザーズまでにしか来ないらしい。理由は単純。マザーズより先の大陸内は慣れていない者には厳し過ぎるからだ。


 時間を潰す為に喫茶店で座っている椅子もテーブルも、木製でありながら照り付ける太陽の熱のおかげで大変熱い。


 ICEで注文した紅茶みたいな物がもうHOTに顔色を変えている。踏み締める大地は砂に塗れ、風が吹けば砂が舞う。緑色少ない景色の中を過ぎる多くの種族に目を流しながら舌を打てば、共にテーブルを囲っているグレー氏がため息を吐いた。


「機嫌悪そうだな兄弟ブラザー。良い情報はなしか?」

「えぇ昨日の夜からずっと。チップを渡せば軽い情報はくれますが、詳しい情報はくれませんからな。手慣れてますぞ誰しもが」


 観光客相手と言うより、アリムレ大陸の物品の輸出と、諸大陸の物品に輸入をまかなっている都市なだけあって、街行く住人誰もが初対面の相手から毟る術を心得ているらしい。


 加えて昨日襲い掛かって来た襲撃者。鉄冠カリプスクラウンが相手とわかっていただろうにやって来た相手。裏に誰かいるだろうと思い聞いてみたが喋る筈もなく、それがしには尋問や拷問の心得などないのでそれっきり。その後姫君やブル氏と『お話』した襲撃者達が何を口にしたかは謎だ。


 姫君の顔色を見る限りいい情報は得られなかったようだが。


「難しい顔はそのくらいにしなよ同志。見なって景色をさ〜! アラビアンな空気に酔いしれないと勿体ないぜ〜!」


 そう言ってスケッチブックを手にずみー氏が空を見上げた先。イスラム教の礼拝所モスクのような丸屋根が軒を連ねるその上を、絨毯のような物が数多く飛んでいる。リアル空飛ぶ絨毯とかワロえない。


 魔法技術に富んだ大陸。空に混ざる独特な香の匂い。空飛ぶ絨毯のみならず、蒸気機関以上に街に溢れる魔法道具。機械神の眷属お断りのような砂の大海広がる大陸。


 絵本の中のアラビアンナイトを引っ張り出したような街並みに感動を覗かせたのも束の間、ギャル氏とクララ様は襲撃の空気を霧散させるかのように街へと突っ走り、姫君達も影に溶けるかのように何処かへ向かった。おかげでずみー氏のスケッチを眺めがらそれがし達三人お留守番状態。ふざけろっ!


冒険者そっちモードの兄弟ブラザーはおっかないな。入柿さんの言うように少し落ち着けよソレガシ」

「城塞都市から出て今日で三日目。お祭りの開始も今日からですぞ? 開会式が昼頃とは聞いてますがな、気を抜けませんとも……それにッ」


 椅子に座るそれがし達の近くをわざわざ通り掛かる人狼族ワーウルフの子供の手を掴む。手の伸びる先はそれがしの腰のホルスター。黒レンチを盗ろうとするんじゃないッ!


 顔を歪めれば人狼族ワーウルフの子供はサムズアップをくれ、笑顔ですぐに去って行く。マザーズに着いてからもう五回目。手癖が悪過ぎんだよアリムレ大陸の住民のさあ。盗みが許可されてるからって遠慮しろ。抜け目許されぬ日常がアリムレ大陸の住人のしたたかさを鍛えているらしい。


 学校で教室の隅を根城にしてきたそれがしの観察眼を舐めるな‼︎


「この有様。気を抜けなど無茶ですぞ。大陸の景色同様草も生えない」

「まあな。住人の多くも殺気立って見えるしな。十中八九衣装の違う連中の所為だろうけどよ。それは俺達もだけども」

「描き甲斐はあるけどな〜。特に眷属の紋章隠してる連中は参加者でめちゃんこ間違いないって感じでしょ? 同志はどうすんだほっぺの紋章」

「異世界用のマスクはブル氏に壊されそれっきりですし、ギャル氏に観光がてら見繕みつくろって貰うよう頼みましたぞ。ただ……はぁ」


 グレー氏とずみー氏が共に居てくれているからいいものの、ただ座っているだけでは周りの者達が全員敵に見えてきてやばい。人狼族ワーウルフ妖精族ピクシー蛇人族ラミア、見慣れた種族から、鳥人族ハルピュイア樹人族トレント魔法使い族マジシャン


 お祭りがあるからか集まる種族が多様に過ぎる。元の世界では人族だけでも数集まれば疲れてしまうのに疲労感が倍増だ。加えて見慣れた眷属の紋章や、見た事のない眷属の紋章まで多種多様。今いる世界が異世界であると嫌でも理解する。


 そんな中を楽しそうに多くの紙袋手に歩いているギャル氏とクララ様を見つけて顔を手で覆った。多種族蔓延はびこる街中でも一発で気付ける青い髪よ。寄って来るサイドポニーから目を背けていると、急に口元を何かで覆われる。


「リムってんじゃねえしソレガシ! アリムレ大陸バイブスの上がりようパないんだけど! アラビアン的な制服の改造の為に爆買い案件! 経費で落ちんとか3150サイコーだし! ソレガシの制服も改造してやんから! とりまバンダナのフェイスマスク買いみたいな!」

「おうソレガシ、俺それ見た事あるよテレビで。中東のテロリストがそんな感じの付けてた」

「不良レベル通り越して犯罪者は草ァッ‼︎ これ常備しろと⁉︎」

「元の世界でも使えんし、洒落乙でいいじゃん。あーしも口布フェイスベール買っちゃった! しずぽよとずみーの分もね!」


 カラコンの色に合わせたのか、紫色の薄手の布をずみー氏にギャル氏が手渡す。それを口元にずみー氏が付ければ、確かに見た事ある風貌。踊り子や占い師がよく付けている口元の薄く透けて見える布。漫画やアニメとかでしか見た事ないけども。


 そしてそれがしの口元を覆う布に手を掛けずり下げ目を落とせば、なんだか民族的な文様が描かれた黒布が。確かにテレビで見た事ある。中東のテロリストが似たような感じの付けてたわ。これは不毛な大地に草生える。


「しずぽよの制服は踊り子仕様安定だろうし、ずみーはどうする?」

「あちきは民族衣装風に改造安定! 同志とセイレーンもそんな感じだろ~?ブードゥーはどんな感じ~?」


 それは知らないが、おいグレー氏、ずみー氏に聞かれてるのに見惚れてないで返事しろ。それに隣でこれ見よがしに口布フェイスベール付けてるクララ様を見てやれ。駄目だ返事がない。屍でもないのに。ため息を吐いても砂しか舞わない。


「んで? チャロン達は? まだ観光中?」

「おそらく情報収集中。それがし達とここから先もう行動を共にするか分かりませんぞ?」

「はぁ⁉︎ 聞いてないんだけど⁉︎」


 いや昨日『雲舟』でもう言ったでしょうがブル氏が。お祭りは既に始まっていると。お祭り開催前に襲撃者に襲われたように、再び今誰かに襲われても文句は言えない。絶賛観光気分のギャル氏をたしなめようと口を開けば。


「嘘だろ炎冠ヒートクラウンがかッ⁉︎」


 風と砂に乗って流れて来た誰かさんの驚愕の声を聞きつけ口を閉じた。横目で声のして来た方を見れば、慌てて口を押さえて去って行く二人組。紋章がどこぞに刻まれた肌を多く隠す布纏う姿を見るに祭事の参加者。


 有り難くない偶然に口端を歪める。


「『炎冠ヒートクラウン』てなんだっけ? 確かきみ言ってたよね? 十冠がどうのこうの」

「……炎神の眷属最強にして異世界最強十人の一人にして序列七位…………店員殿、少し宜しいですかな?」


 クララ様の視線が突き刺さる中、近くを通り掛かった熊人族ワーグリズリーの喫茶店の従業員を呼び止め一ドライを握らせる。頼んだ紅茶よりも高額なチップ。聞く内容にも寄るだろうが、核心に触れるような質問でははぐらかされる事請け合いだ。故に聞くのは。


「店員殿、炎冠ヒートクラウンってどんな方なんでしょうな?」


 そう聞けば、少しばかり従業員は首を傾げ、熊人族ワーグリズリーらしい毛深い大きな手で頭を掻く。知っているのかいないのか、教える気があるのかないのか、頭を掻きながら片方の耳に蓋をするように渡した一ドライ銭貨を嵌め込むふざけた店員に舌打ち交じりにもう一ドライ投げ渡す。


 『雲舟』を降りる前に姫君から渡された軍資金。ギャル氏とクララ様は早速散財したらしいが、それがしは無駄遣いしたくない。


 熊人族ワーグリズリーの従業員は両耳に一ドライ銭貨を嵌め込むと、それがし達に獰猛な顔を寄せて牙の立ち並ぶ口を小さく開く。響く野太い声と同時に聞こえるクララ様の息を飲む音。


 何も言うまい。習うより慣れろだ。それがしやギャル氏は十分人狼族ワーウルフで獣人族との接し方は鍛え終えた。気圧されたら下に見られる。


「さっきの話だろ? お兄さん達が知りたいのは、聞いた話じゃ祭りの開会の為に、この都市に炎冠ヒートクラウンが来てるって話だ」

「サービスですよなそれ?」


 それがしの聞いた事と違う情報喋りやがって。追加でチップは払わんぞせこい。表情筋をなんとか動かさないようにして口元にフェイスマスクを引き上げ腕を組むそれがしを見つめ、熊人族ワーグリズリーの従業員は残念そうに肩を竦める。


炎冠ヒートクラウンはまぁアレだな。小鬼族ゴブリン史上最強の騎士って噂だ。名前は」

「ブラン=サブロー様がやって来たぜテメェらぁぁぁぁああああッ!!!!」


 熊人族ワーグリズリーの従業員の話し声を掻き消して、砂を振るわせる大声が獅子神の都市マザーズを包み込む。あまりの喧しさに顔を顰めて声をする方へ顔を向ける先は『塔』の上。小さな人影が一つ立っている。


レディーready? 民衆‼︎ 開会まで時間は早いが関係ねえ‼︎ 奪い奪われアリムレ大陸伝統行事‼︎ 盗賊祭りが始まるってなもんで、開会の宣言を俺様が任されたわけだァ‼︎ 俺様の話を聞きてえか? なら静かに聞けよなエブリバディ‼︎ ヒラール王家の隠した物がどこにあるって? 今俺様が持ってるぜ‼︎ 欲しけりゃ俺様から奪ってみろよ!首に掛けてる笛が証拠!音色が本物リアル偽物フェイクか見分ける証だYO‼︎」


 人影が手に持つ鉄パイプのようなもので『塔』の頭を叩きながら炎冠ヒートクラウンがリズム良く言葉を紡ぐ。アリムレ大陸の住人達は慣れた様子で炎冠ヒートクラウンの言葉に合わせ手拍子を始め、『塔』付近から始まった手拍子が次第に広がり街を包んだ。


「ブラン? 三郎? なにそれ芸名っぽ、ダサみエグたん。てゆうか日本的?」

「いや待たれよっ、名前以前にヒラール王家の隠した物持ってるって隠してねえじゃねえか⁉︎」

「HEY‼︎ そこの人族の兄ちゃんノリいいぜ‼︎ そのツッコミを待ってたぜ‼︎ 俺様の好きにしていいって聞いてるからYO!奪われるぐらいなら奪われる前に殺っちまうのが俺様流‼︎」


 地獄耳か‼︎ 鉄パイプっぽいので『塔』の上から炎冠ヒートクラウンに指される。それがしからは豆粒ぐらいの大きさにしか見えないのにどんな視力と聴力だ⁉︎ 鉄パイプで『塔』を叩きながら気分良さげに『塔』の上で踊る緑っぽい影は、鉄パイプを振るい回す手を止めず、そのまま盗賊祭開始の合図を告げる。


「折角の祭りだ派手にいこうや‼︎ 泥酔した蛇の骨‼︎ 喉を掻き毟り肉を剥げ‼︎ 渇きぃ! 渇くぅ! 虚空を呑み込み癒えぬ飢えを潤すは隙間風のフランベ‼︎ 眷属魔法チェイン深度十ドロップ=テン、『我に落ちる者はなしサイドワインダー』ッ‼︎ さあ始まりの花火を撃ち落とすYO‼︎ 仲良く踊りな盗人共」


 馬鹿か⁉︎ 開会宣言と同時に完全詠唱で深度十の眷属魔法ブッパだと⁉︎


 掲げられた鉄パイプの切っ先から昇り立つ十の炎の蛇が己達を喰らい合い空に登る太陽とは別に二つ目の太陽を浮かべ落とす。犬神の都市で見たダルちゃんと同じ眷属魔法でありながら規模がまるで違う。都市一つ焼き溶かし穴を開けるような極大の熱球。


 熱狂は絶叫へ。祭りが始まる。何もない砂の大会で奪われて奪い合い盗賊の祭りが。炎神の太陽に照らされて、炎冠ヒートクラウンの深い笑みが影法師のように脳裏に刻まれた。


 やっぱりこの祭りクソゲーだわ。


 

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