5F 黒い鉄蜘蛛と琥珀色の大狸

乾杯KPっ‼︎」


 姫君が選んだからか、少しばかり豪華な『雲舟』の船内の一室でギャル氏の音頭で打ち鳴らされるグラスの音色。華やかで洒落乙な空気は女性陣に任せ、それがしとグレー氏はブル氏に投げ渡された酒瓶を手にカチ鳴らし口へと運ぶ。


「次だぁ友よ」

「二本目キタコレっ!」

「嘘だろお前ら……早えよッ」

「おま言う」


 一本目を一口に胃に流し込み三人揃って二本目に突入。それがしとブル氏に付いて来るとはグレー氏もやりおる。


 女性陣からの冷ややかな視線を感じる中二本目を空にするそれがし達を元の世界の警察が見たら全員仲良くタイーホであるが、異世界では合法ですから。十六歳過ぎてれば無問題モーマンタイ


 女性陣の華やかさに比べてそれがし達男三人が集まると密度がやばい。壁を背に膝を折り座るブル氏に並んで床に座るそれがしとグレー氏。ずみー氏や姫君のような小さな子が居ないせいで平均身長がエライ事になっている。


 各々の自己紹介を終えて少しばかりの再会を祝した食事会。真昼間から微笑ましい事であるが、向かう先の事を思えばいささか肩は重い。


「うーん、さて冒険者達、五人に増えているとは我としては嬉しい誤算だが、パーティーとしてのリーダーは誰かな? ソレガシ、貴殿か?」

「まさかまさか、それがしに大将の器は合わないですぞ。ギャル氏で」

「マ? 聞いてないんだけど?」

「今決めましたので」


 姫君に向けられた顔を逸させるように顎でギャル氏の方を指す。異世界での行動を決定する者をリーダーと呼ぶのであれば、それがしよりギャル氏の方が相応しい。クララ様やグレー氏は異世界が初。ずみー氏と違いギャル氏は騎士称号も授かっている。対外的に見た一応の格も申し分はないだろう。


「そうか、サレン。では酔いが回ってしまう前に少し話を詰めるとしようじゃない?」

「……りょ! 出番だしソレガシ!」

「おい大将」


 早いんだよ丸投げが。ギャル氏は姫君からの依頼内容よりも食事会を純粋に楽しみたいらしく、姫君の相手を早々にぶん投げてくれる。ギャル氏の返事の内容が分かっていたと言うように姫君が顔をそれがしから動かしてくれないので、渋々立ち上がった。


 姫君はこの食事会をただ再会を喜び親交を温める為のものにはしたくないらしい。


「あら、なによソレガシその顔は。パーティーの頭脳がサボっては駄目でしょう? 首脳会談と洒落込もうじゃない」

「胃薬は出ますよな? 姫君の相手をするとなると幾らあっても足りなそうなのですが」

「よく言うわ悪食。貴殿の事だからもう色々察してはいるだろう? 我らが同行している意味もな。アリムレ大陸の今回の祭り。我らも出るぞ」

「マ⁉︎ ダルちぃ達も一緒とか鬼嬉しいんだけど!」

「いやはや、はっはっは!……胃薬ありますかな?」


 嬉しいは嬉しいが嬉しくねえよ‼︎ アリムレ大陸の祭事は間違いなく要人暗殺万歳のお祭りだぞ‼︎ 姫君も出るとか絶対姫君狙われるだろ‼︎ ギャル氏はダルちゃんの死んだ顔を見ろ‼︎

 

 祭事の内容からして、チームを組み人数が多い方が有利なのは間違いない。間違いないが、面子が問題だ。ラビルシア王族に、鉄冠カリプスクラウン、ゴールドン家、狙われるだろう可能性のある者が三人もいる。狙ってくれと言わんばかりのチームだ。


 顔を苦くすれば、笑う姫君。これ見よがしにVサインを向けて来るが、それはVサインにあらず。


「勿論チームは二つに分ける。この意味が分かるだろう貴殿なら」

「……囮ですかな? この勝負それがし達に賭けるとでも?」

「いやいや、賭けだよこれは。我らと貴殿達どちらが早いかのね。どう? 楽しくなってきたでしょう?」

「ははっ、ワロス! 胃が痛くなってきましたとも。勝つ自信がそれでもお有りとは」

「ちょっとソレガシ? 私達にはなんの話かさっぱりなんだけど?」

「それな‼︎ ソレガシ説明!」


 クララ様とギャル氏に睨まれる。説明とか言われても、色々察しているだろう近くに居るずみー氏かダルちゃんに聞いて欲しいのだが、仕方ない。


 アリムレ大陸の祭事は、そのお祭りの内容的に、祭事に勝利するよりも、報酬に釣られて群がって来た要人を暗殺する事も目的とされている可能性が高い。それが分かっていて尚、祭事が今も止められず続いているのは、気付いていてもお偉いさん方は好機だと揃いも揃って黙認しているからだろう。


 アリムレ大陸の法律と同じ、奪われてしまう方が悪。


 そんな中で分けられる二つのチーム。間違いなくそれがし達冒険者と姫君達三人。注目を浴び囮になってやるからそれがし達は好きに動けと暗に姫君は言っている。その上でそれがし達より早く祭事に勝利すると。


 そう説明して渇いた口を湿らせる為に酒瓶を空にし、新たにブル氏から投げ渡される酒瓶を手に掴む。ブル氏がいるからと殺されない自信でもあるのか。だいたいそれでも勝つなどと、


「姫君は既にヒラール王家が隠した物が何で何処に隠したか算段でもお有りですかな? クソ大陸のクソゲー祭りに勝つ算段が。ならその自信も頷けますぞ」

「少しばかり話は聞いている。だがクソ大陸はいただけないぞソレガシ。アリムレ大陸はダルカスの故郷だ」

「アリムレ大陸は素晴らしい大陸ですなぁダルちゃん‼︎ それがし早く行ってみたい‼︎」


 マジかよ、ダルちゃんの故郷とかッ! そういう情報は先にくれよ‼︎ よく考えればダルちゃんは炎神の眷属だしありえない話でもない。またダルちゃんに喧嘩売っちまったッ。買わないでッ、取り下げるからッ!


 ダルちゃんの故郷という事は、ゴールドン家はアリムレ大陸に居る訳か。ただでさえ危険万歳な祭事なのに、なんだか色々気を遣いそうな話になってきた。胃薬くれよ。それがしの胃は始まる前からボロボロだよ。


 取り下げは有効らしく、ダルちゃんはグラスを口に傾けて角を生やす事はない。それだけが救いだ。『雲舟』燃やされでもしたら堪んねえ。


「気にしなくていいよ別に。実家は砂漠都市にある訳じゃないし、魔神の都市の方にあるから」

「そんな都市までアリムレ大陸に? それがしも王都は調べましたけどな。細かな事は」

「なら少しばかり歴史の勉強といこうか? アリムレ大陸の大都市は二つしかない。魔神の治める魔法都市と炎神の治める砂漠都市。この二つが昔からアリムレ大陸の覇権を争っている。数百年前は魔法都市が王都と呼ばれた事もあったそうだが、一五〇年前の最後の大戦を機に砂漠都市にその座を奪われたの。他の小都市は二つの都市のどちらかの下に付いている」

「それは……」


 また面倒くさそうな話だなッ。ってかひょっとしてダルちゃんて時代が時代ならお姫様だったかもとか? 待てよッ、そもそも魔法都市の貴族に生まれたダルちゃんが炎神の眷属とか色々問題があるんじゃ? 胃薬くれよ胃薬ッ。


「だからこそソレガシ、貴殿にはアリムレ大陸は少しキツイかも知れんな」

「……何がだから?」

「アリムレ大陸は蒸気機関よりも魔法に重きを置いている。砂漠都市が推奨する強奪と魔法都市が誇る魔法技術に染まった砂に覆われた大陸。他の大陸とは多少勝手が違う。それはどの大陸にも言える事だが。加えてだ。ソレガシ、新聞は読んだか?」

「……勿論ですぞ」


 それがし達のいなかった三ヶ月の情報を集める為に当然目を通している。紙面を彩っていた物騒な見出しの数々を飲み込むのに時間が掛かったが、鋭く細められた姫君の顔を見た事で、ストンと喉元を通り抜けてくれた。「新聞?」と首を傾げるギャル氏を目に、鞄から『八界新聞』を取り出し机に放る。


 広げずとも目に映る見出し。


『行方不明者増加、犯人は誰?』。


「近頃、高深度の眷属や神と意思疎通のできる巫女がこぞって行方不明になっている。高深度の眷属の所在不明。各都市も隠したかっただろうが、『八界新聞』の記者の根性は凄まじいものね」

「なるほど……このお祭り……誰かの仕業ならより増えそうですな」

「誰の仕業だと貴殿は思う?」


 高深度の眷属、神と意思疎通できる巫女。どちらも共通するのは、神と繋がりが深い事。神の何かを狙う者にはそれがしもブル氏も一度会っている。城塞都市に来た侵入者。正体不明の黒布。


 偶然にしては関わりが見え過ぎる。此度の祭りへの姫君達の参加は、やはりそれも気にしての事か。キナ臭いにも程がある。クソゲーにクソゲーを掛けたところで神ゲーにはならんぞッ。クソゲーを全力で攻略しなければならない状況。草も生えない。


「……姫君、先に確認したいのですが、此度の報酬は」

「必要か? 帰る為の切符がもう控えているでしょう?」

「貰い過ぎは怖いですし構いませんがなそれがしは。経費だけは完全に持ってくれるという事で?」

「問題ないわ。他には?」


 親指の爪を噛み頭を回す。クララ様とグレー氏の契約の経費やそれがしの部品代等々掛かる経費はラビルシア王家が持つ故に報酬は帰りの切符だけ。それは別に問題ない。問題はこのお祭り、やはりタダでは終わりそうにないという事だ。


 他の参加者の情報はまだ一切なく、必要な情報はおそらくアリムレ大陸に着いてから残る一日で掻き集めるしかないだろう。チャロ姫様の権力や情報網を用いても、他の貴族や王族も参加している可能性を考慮するなら逆に情報を十全に集められるかは怪しい。


 それを踏まえて聞く事があるとすれば。


「……他の味方は誰でしょうな? この祭事中の味方が全部で何人か聞きたいのですが?」

「ふふっ、そうね、我ら含めて二十人よりは少ないわよ? 大所帯だと目立ち過ぎるのでね?」

「あー……ソレガシ?」

「味方はここにいる八人だけではないという事ですとも」


 間違いなく。誰か姫君に聞いても教えてくれはしないらしいが、この祭事、勝利を確実にする為にはより多くの人員を投入した方が勝率は当然高い。心強いが、想像以上ではない。二十人より少ないという事は、十人よりは多いという事。最低でも二人、顔が分からぬ味方がいる。


 それで十分と姫君が判断したという事は、相当な手練れ。他の参加者もそれぐらいの規模のチームなのか。姫君が王族である事を思えば他の参加者のチームはもっと人員が少ないのか。


 いずれにしてもこの祭事、それがしが思う以上に規模が大きい。しかも、ダルちゃんの進級の為以上の思惑が絡んでいる。祭事の勝利はおそらく二の次。


 思案する中で、それがしの意識を引き上げたのは、誰かの呟きでもなく、それがしを呼ぶ声でもなく、部屋の扉が叩かれる音。周囲の顔色を伺う中、扉が音を立てずに開く。


「お頼みされました追加のお酒をお持ち致しました」


 開いた扉の先で立っている『雲舟』の従業員らしい悪魔族デビルの男。頭から伸びている一本の捻れた角を目に口から親指を外し一言。


起動アライブ


 ホルスターから引き抜いた黒レンチが描く紋章から機械人形ゴーレムが飛び出しそれがしの背に飛び付くと同時。噴き出す蒸気を追うように鉄腕を伸ばし、上から悪魔族デビルの男に叩き付ける。


「ウッソだろッ⁉︎ てめッ⁉︎」



 ──────ドゴンッ‼︎



 悪魔族デビルの男が上に掲げた腕の骨のへし折れる音事木製の床に男を埋め込む。床を砕きめり込む男に目を落とし、「プシィ」と鋭い息を一つ吐く。


「ちょちょッ⁉︎ ソレガシアンタ何してんし⁉︎ もう酔っちゃったわけ⁉︎」

「ぷししししっ、まさか。この席の酒は全て姫君が事前に持ち込んでいた物。酒の追加? 頼むわけないですなぁ、べんべん。誰が何を仕込んだか分からぬ物など。つまりっ」

「もう始まってるって事だぜぇ姉ちゃん。参加者の蹴落とし合いがなぁ。どぉれ友よ、腕が鈍ってなくて安心したってなぁ!」


 座ったままブル氏が背後の壁に拳を突き立て砕き、その先に居た襲撃者を窓の外にぶん投げる。空の上から紐なしバンジーとは、襲撃者の勇敢さに感服だ。


 酒瓶の中身を飲み干しながら壁に立て掛けられていた歪な卍型の剣を手に取るブル氏に合わせてそれがしも酒瓶の中身を飲み干し、鋼鉄の拳を握り締める。


「鈍るどころかそれがしは多少更新アップデートしましたぞ我が友よ。次の改造案も決まってますしな」

「ほぅほぅ? 聞かせろよ。次は何を増やすってぇ?」

「カメラ機能」

「…………へぇ」

「途端に興味なくすのやめろや!」


 呆れ肩を竦めるブル氏と隣り合い、にわかに騒がしくなり出した廊下と向き合う。やはりと言うか、姫君は大変大人気であるらしい。鉄冠カリプスクラウンとか普通参加して欲しくないもんな。だがこれは悪手だ。


「ずみー氏とクララ様はいざとう時の為に待機を! ギャル氏、グレー氏、守りは任せますぞ! それがしとブル氏は打って出る!」

「気を付けてね〜同志!」

「た、待機って⁉︎ 何の為によ⁉︎」


 ずみー氏とクララ様から真逆の返事を貰い、弾いた答えをクララ様に告げる。最悪を退ける為の答え。


「襲撃者が最後の手段で『雲舟』を浮かせ動かしてる従業員をとっちめた時の為の場合ですとも! 風神と空神の眷属魔法を使える者がいるのなら、最悪どうにかなりますぞ‼︎」

「わ、私まだ眷属魔法の使い方とか知らないんだけど⁉︎ だいたいきみはなんで笑ってるわけ⁉︎」


 クララ様に指摘され、慌てて弧を描く口元を撫ぜ落とす。一度ならず勝利の味を知ってしまったから、もう辞める事は叶わないだろうといつかダルちゃんに言われた通り。友が隣におり、全力で磨いた力を振るっても許される状況。どうにも楽しくなってしまう。


 だいたい眷属魔法はノリで使えるってギャル氏が言ってたよ?


「ほら楽しんでクララ様」

「いや、まだ無理だから⁉︎ どう楽しめって言うのよこれを⁉︎」

「あー、んー姫君? このお祭り、ヒラール王家の隠した物をそれがし達と姫君達、どちらが見つけ届けるのが早いかの賭け。勝者はなにを?」

「何がいいかしらねー? 我の婚約など賭けても貴殿は要らぬと言うでしょうし、我への借金二五スエア。帳消しでどうだ?」

「悪くないですなぁそれは。それにしても姫君、良い指輪ですなそれ……虹色に光ってて」

「気付いた? 怪盗がくれたのよ我に。指にぴったり」


 この姫君め、神石ブルトープを指輪に加工しやがったッ。隣に立つブル氏を見上げ肘で小突けば、手のひらで強く背を叩かれる。痛ってえ⁉︎ 機械人形ゴーレム越しに振動が凄いッ! 照れ隠しにしても酷過ぎるッ!


「派手な姉ちゃんに髪結い紐贈った奴に言われたくねえなぁ」

「だからその風習の中身を教えろ定期‼︎ どっちが多く襲撃者を片付けたか賭けましょうぞ!それがしが勝ったらッ」

「あぁ教えてやろうかなぁ! オレに勝てたら! 行こうか友よッ!」

「壁を壊して行くな常考⁉︎」


 突撃し防御力に身を任せて壁を砕きながら襲撃者を轢き潰し走るブル氏を追う。祭りの開催を待たずしてもう祭りは始まっている。喰うか喰われるか、命を賭けたお祭りが。それでも楽しむ以外に道はない。


 ちなみにそれがしとブル氏の賭けはそれがしの負けに終わった。『雲舟』の修理費用度外視して剣振り回すとかふざけてやがるッ。兎に角始まる前に名も知らぬ参加チームが一つ脱落した。乙。

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