4F 世界の中心
城塞都市から出立し、一夜を越えた。早朝の『雲舟』の船上の前方に腰を下ろし、新聞を時折眺めながら、
死刑は御免被るので、早起きし久々に丹念に整備をする。ついでに新聞を覗くのは、冒険者としての頭の体操。並ぶ不審な見出しに目を細めていると、足音が聞こえ
ギャル氏かずみー氏か、おはようと口遊み目は向けずに歯車を磨いていると、挨拶もなく横に人影が座った。視界の端に泳ぐ茶色い長髪を目に少しばかり手を止める。が、すぐに整備に戻る。
「……早いですなクララ様。よく眠れましたかな?」
「……まさか、冗談でしょ。信じるとは言ったけど、全部飲み込めるわけないでしょうが」
夜の間に
零されるクララ様のため息はすぐに風に流され消えてしまう。膝を抱えて
「それ、レンレンの為なんだって?」
「ぶふッ」っと
「誰が言ってたんですかなそれ?」
「レンレンが嬉しそうに寝室で言ってたけど? あーしの為にソレガシが頑張ってくれててウケるって」
ウケてんじゃねえか。サイドポニーの毛先を弄りながら笑っていただろうギャル氏の姿を幻視してため息を吐くが、
「……これは
「はぁ、はいはい、別にそれでもいいけどね。きみはあれ、レンレンのことが好きなわけ?」
「
「そうは言わないけど、なんかこう見てて歯痒いのよ。治りかけの
「おま言う」
自分を棚に上げ過ぎじゃね? 要らぬ三角形を描いている癖に必要のないお節介だ。矢印を伸ばすにしても
誰が好きだの、まともに友人さえいなかった
整備の手を止めぬ
「あられくんてさぁ、ずみーのこと好きでしょ?」
「ブッフォッ⁉︎」
完全に吹き出し整備の手が止まる。ギチギチ錆びた歯車のように首を動かしクララ様に顔を向ければ、風に茶髪を乗せ揺らしながら薄っすら笑みを浮かべるクララ様。ハメられた? 一瞬頭を過ぎる危険な予想を否定するようにクララ様は小さく息を吐く。『知っている』と言うように。
「見れば分かるって、鈍感じゃないし私そこまで。ダンス部対抗戦の時にずみーが応援しに来てくれて喜んでたし」
「……
「なってたなってた! 笑うわぁ、それに凹むわぁ……」
朝からなんという話を
神に願っても頬の紋章はピクリとも反応してくれない。想い人が自分の友人を好きなんすよぉ〜とか地獄だ地獄。クララ様の心中は察したくないが、王様の耳がロバの耳だと知った理髪師のように、
「知りたくないこともあるけどさ、知っちゃったらどうにかするしかないじゃん? ずみーは良い子だけど、あられくんのこと好きなんだもん」
「……何故それを
「きみしか言う相手いないから! 察し良さそうなきみならどうせ知ってると思ったし、きみはほら、話す相手とかいなそうだし」
「やめてっ、そのマジレスは
いやマジで。話す相手いないからって秘密を
整備の手を再開し、だが、そういう事ならと敢えてクララ様に聞く。グレー氏のどこが好きなのか。
わざわざ言うという事は聞かれたいのだろう。そして逸らしたいのだ。異世界にいるという現実から目を。一休みする為に。異世界への不安を吐き出す為に別の不安を口に出す。きっとそれがクララ様の処世術。
「あられくんてなんだかんだ頼み聞いてくれるじゃん? 楽しそうにさ。合宿の時も一番私に挑んで来てくれて、もっと好きになっちゃった。
「挑戦者というよりマゾヒスト殿ですけどな。とは言えイケメソですし、ライバルは多そうですぞ」
「それ! 見たでしょダンス部対抗戦の個人戦第一戦! ダンス部の子達からだけであの人気よ? 去年のバレンタインとか、競争率激しくて私のチョコも埋れに埋れたし」
「泣きたくなってきたんでちょっとやめて貰えます?」
バレンタインとか知らない子ですね。何そのイベント。
「それであられくんの本命はずみーだよ? ずみーの本命が誰かは知らないけど。あの子そういう話しないし。あぁ負けたくなーいっ、どうすればいいと思う?」
「……絵でも描いてみてわ?」
「私の完敗じゃないそれじゃ。私めっちゃ絵下手だからね?」
「それは知らんわ」
「冷たー。私ばっかり喋ってて、きみはないの何か? 気になる相手とか気になることとか」
なんでや。勝手に喋り出した友人に合わせて何で
順番制じゃないんだよこういうのは。そういうとこだぞ修羅の住人。細められてゆくクララ様の目が怖いので喋ってしまう
「気になることと言われましても……ここは異世界なのに何故元々人族がいるのとか? 翻訳魔法が日本語に対応している訳とか? 元の世界でも神との繋がりが途絶えぬ訳とか?」
「つまんなー」
「……ずみー氏は喜んでノってくれますぞ?」
「なんでだろうねー? 気になるわー」
口を苦くし肩を落とせば、「ごめんて」と肩を小突かれる。少しばかり元気を取り戻したらしいクララ様に笑みを向け、整備を終えた
「
「楽しいって? 好きな人が友達のこと好きなのに? それはちょっと……」
「なぜ? ずみー氏よりクララ様の方が大変スタイルが良いでしょう? ずみー氏の方が絵は上手でしょうが。恋は戦争と聞きますぞ? これも勝負。本気でやるから面白い。でしょうが?」
「……じゃあさ、きみはもし、レンレンにめっちゃアタックしてくる子がいたらどうする? 譲る? ありえるよきっと。学校で人気だもんレンレン」
「
愛だの恋だの、経験値が足りなさ過ぎて
「その時は、せいぜい楽しんで冒険するとしましょうぞ。クララ様に言ったでしょう? 冒険者の三原則の一つ。『絶対』今を楽しむこと。だからほら、異世界もそう悪い場所じゃないですとも」
クララ様を手招きして船首の方に呼ぶ。おずおずと立ち上がったクララ様が朝日に照らされた景色を目に感嘆の吐息を漏らした。
早朝にも関わらず、鳥の群れのように朝陽の中を泳いでいる『雲舟』の群れ。それが向かうのは地平線を隠す数多の高層建築物。無数の色に彩られた摩天楼達が壁のように
その姿は質量を感じる虹の根元。異世界『エンジン』の世界の中心。全てが集まるガルタ大陸、世界都市の玄関口。
クララ様の肩を軽く小突き、シャッターを切るようなジェスチャーをすれば、クララ様が改造セーラー服のポケットからスマホを取り出し掲げる。
寝坊助達に自慢する為、今この瞬間を切り取る為に。
船首に立ち、背後に都市を従えるクララ様の写真は、ポスターにしても違和感ない。共に映る
「はい死刑‼︎」
「ですよねー」
クララ様と撮った写真を自慢したら普通にギャル氏にキレられた。理不尽ッ。寝ていた方が悪いのだ。早起きは三文の徳なんだよ。『雲舟』がもう世界都市の港に着こうという頃に起きて来た者に文句は言われたくない。
「酷いぜ同志ッ! あちきも叩き起こしちゃってくれよ! この写真いいなぁ〜……あちきも描きたかったッ。シーズーの薄情者〜!」
「お寝坊さんの遠吠えが目覚まし代わりになって丁度いいわねー。これから何度だって勝負よずみー! ずみーの絵より私の写真の方が映えて見せるから! あられくんも見ててよね!」
「おうそりゃ楽しみだな! なぁ
「……知らぬが仏ですなぁ」
「そういう事だから頼んだよカメラマン!
「ふざけんなよお主」
ギャル氏の頼みで充電器の次はクララ様の頼みでカメラ機能付けろって? 充電器から難易度跳ね上がり過ぎだろ常考‼︎ だいたいその機能糞要らねえ‼︎
でもきっと改造しなきゃ怒られんだろうな……。修羅の住人は我儘で困る。そんな期待でもちょっと嬉しく思ってしまう
肩を落とす中静かに『雲舟』は港に着港し、落ちた
「久しぶりだなぁ我が友よ‼︎」
離れていても聞こえる低い声。朱い三つ編みが朝陽射し込む港の先で揺れている。その隣に揺れる長い金髪と、学院に戻っても相変わらず髪を梳かす気はないらしい畝った赤い癖毛を風に流す気怠い魔人の姿。
騎士正装を纏う大きな
「待っていたぞ冒険者達! んー? はっはっは! 数を増やしたのね二人!面白い!さぁ隣の舟に乗りなさいな! このままアリムレ大陸に出発するぞ‼︎」
「なんでや、感動を返せ」
何それは? 再会を喜ぶ時間も、観光さえ許されないの? だいたい姫君声が大きいんだよ周りの目を気にしろ定期。ブル氏もいるし糞目立つわ。ほら写真機掲げてる奴とかいるよ? 『八界新聞』の奴じゃないの? ちょっとこれまでの記事含め文句言って来る。
しかし、ブル氏に引き摺られ文句を言う事叶わず。さっさとアリムレ大陸行きの『雲舟』に押し込められた。世界都市に到着し五分と経たず世界都市を発つ。
世界の中心は近くて遠いなおいっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます