3F 情熱の揺らぐ先 3

「アリムレ大陸の祭りね。また面倒な仕事受けたわねソレガシ」


 果てしなくデジャビュを感じる。外で落とした荷物を冒険者ギルドの中に引っ張り込み、痛む体を摩りながら受付カウンターの椅子に座れば、ラーザス爺と全く同じ事をベビィ殿に言い放たれる。


 誰しも彼しも面倒、面倒と。ダルちゃんが居なくなって皆ダルちゃんの真似でもしてんの? これじゃあアリムレ大陸に行きたくなくなっちまうよ。


 受付カウンターに座す異世界からの来訪者であるそれがし達五人に目を流しながら、絵を描くずみー氏、項垂れるクララ様、暖炉を見つめるグレー氏、サイドポニーの毛先を弄っているギャル氏を順番に眺め、それがしを見るとベビィ殿は悪戯っぽく笑いカウンターの上に肘をつく。


 そうしてカウンターの上に広げられる世界地図。何も言わずに微笑を浮かべたまま地図上のアリムレ大陸を指でなぞるベビィ殿の背後で、指の動きを追うように尻尾が空を泳いでいる。


「ただ冒険者冥利には尽きるでしょ? このお祭りは今じゃ数少ない冒険者達の稼ぎ期だ。世界中から塵芥や雑務こなしてる冒険者じゃない、数少ない熟練の冒険者達も集う」

「あっ? あー……そうでしょうなぁ確かにッ。あれれぇ? おかしいですぞ? 話を聞けば聞くほど詰んでる未来しか見えない⁉︎」

「……ソレガシ?」


 こっち見んなギャル氏ッ。ラーザス爺に続きベビィ殿が世間話とばかりに口にする情報が一々それがしに致命傷を与えて来やがるッ!暗殺大歓迎のようなお祭りで、都市の重鎮が自ら率先して参加する訳がねえよッ、よく考えるとッ‼︎


 自都市の騎士か、そうでなければ外部戦力としてオワコン状態の冒険者を消費するのが何よりこの祭りには理に適っている。都市どころか少数の金持ちさえも冒険者に依頼して炎神の火を求めていても不思議ではない。


 おもむろに立ち上がり依頼書ボードの前に立ち貼られている依頼書を眺めて見れば、アリムレ大陸の祭りに参加し炎神の火を取って来て的な依頼書が一枚、二枚、三枚……途中で数えるのを止めて椅子へと戻る。カウンターの天板に額を落とす。それがしの反応を楽しむかのようなベビィ殿の笑い声が降り注ぐ。


 笑うとか悪魔かよベビィ殿。そりゃそうだ悪魔族デビルだもん。本物の悪魔だったわ……。


「あーんと、ソレガシ? なんかやたらグロッキーだけど、蹴りの当たり所悪かった感じ? でもあれセクハラ案件で自業自得だかんね?」

「違いますぞ、悪いのは依頼内容と言いますか……」


 クララ様やグレー氏にどう説明するべきか。どころか、ギャル氏やずみー氏にもどう説明するべきか。


 姫君の依頼を遂行するのが元の世界に戻り為には最短の道。でありながら、その道は死出の旅路と変わりない。行きはよいよいでもなく、帰れるかも怪しい。


 長期間の仕事になるかもしれないアリムレ大陸の祭事。到る所に転がっていそうな死の可能性。どれだけの思惑が絡んでいるやら把握もできない。


 顔を上げて世界地図を見る。続けて顔を上げれば微笑んでいるベビィ殿が。ゆっくり手を伸ばして地図上のアリムレ大陸を小突き身を起こす。


「ずみー氏、クララ様、グレー氏……この世界の話、どこまで聞きましたかな?」

「まだほとんどだぜ? ソレガシに聞くのが一番だろうって入柿さんが言ってたし。俺達が聞いてるのは、帰る方法は分かってるってこと。なんだろ? その為には神と契約するのが早いって言うんでそれだけは済ませたけどさ」

「まぁ間違いではないですな」

「なによきみ、歯切れ悪いわね。きみが帰れるって言うなら帰れるんだろうし、ずみーやレンレンが全く驚いてない以上私も信じるけど。その様子だと良い知らせはないみたいね」


 図星。良い知らせがあるとすれば、帰る為の道だけは用意されているだろう事だけ。その道に生えてる荊棘いばらのおかげで草も生えない状況だ。どこで大怪我するか分かったものではない。クソゲー祭りを勧めなければならないとか炎上不可避。


「良い知らせはずみー氏の言う通り帰る方法は分かっていて、もうその手段は手の内にあるという事ですが」

「本当に? やるじゃんきみ!」

「ですがっ……ですがッ!死ぬかもしれないですのよなぁって」

「は?」「ん?」「マ?」


 三人の視線が突き刺さり、一様に首を傾げられる。ずみー氏まで手を止めて顔を上げて来る始末。おかげで突き刺さる視線が四つに増えた。ベビィ殿が水の入ったグラスをそれがしの前に置いてくれ、渇いた口内を潤す為に煽る。


「ぶッ⁉︎」

「ちょ⁉︎ なんだしソレガシ⁉︎ 急に吹き出して汚い‼︎」


 これ水じゃなくて酒じゃねえか‼︎ 変な悪戯仕込むなベビィ殿ッ‼︎ 悪魔かッ⁉︎ 悪魔だ……ッ。


 若干それがしから距離を取るギャル氏には目もくれず、こうなったら勢いで乗り切ろうと酒を飲み干して地図上のアリムレ大陸に手のひらを落とす。


「城塞都市トプロプリスを治めるラビルシア王家の姫君からの依頼、遂行できれば元の世界に帰れるでしょうが、問題山積みで大草原‼︎ 祭事は争奪戦、範囲は大陸全域、開催期間は砂漠都市ナプダヴィを治めるヒラール王家が隠した物を見つけ届けるまでの間‼︎ 去年は終わるまでに二二年‼︎ 最長は五〇年経っても隠された物が見つからず終了‼︎ しかもしかもっ、アリムレ大陸は盗み大歓迎の殺し万歳の罪には問われない殺伐とした祭りに仕上がってますぞはい‼︎」


 一息に得られた情報を吐き出し、深く椅子にもたれ込む。これが嘘ではないから大爆笑。静寂の中で一人笑っていると、横合いから伸びて来たクララ様の手に肩を掴まれる。鉄仮面を被ったらしい無表情のクララ様と見つめ合いしばらく。


「……それは、実質帰れないってこと?」


 吐き出される問いを受け、少しばかり考える。帰れるか帰れないか。元の世界への帰還率は決して高くはない。高くはないが、ゼロでもない。故に。


「帰れはしますとも『絶対』に」


 姫君からの依頼であるだけに、必ず勝算はあるはずだ。博打好きだからこそ、姫君は勝てない勝負はしないはず。だからこそ、残された問題はそれがし達の問題だ。


 チャロ姫君の小さな手のひらの上で踊り切るのは容易ではない。一歩間違えれば死ぬ。それでも、それしか道がないのなら『絶対』を誓うしかない。どんな過程を辿る事になろうとも。


 クララ様がそれがしの肩から手を離す。クララ様が立ち上がる。


「なら……問題ナッシング。やるしかないでしょ。きみが『絶対』って言うんなら」

「いやあの死ぬかもしれないのですけど? 冗談でなく」

「おう、ちょっとぞっとしたぜ。現実味ないけど」

「えぇぇ……そんな軽い感じ? 実際異世界でそれがしとギャル氏は雑魚らしいスライム相手でさえ一度」

「分かってるって、梅園さんとソレガシがやたら勝負事の肝座ってるのは、やばい経験した事あったからなんだろ? ダンス部対抗戦の時も、ダンス勝負以上にソレガシは勝負に目を向けてたからな。どこか異常だと思ってたけど納得した」


 異常だと思ってたのかよ。なにそれ、ずっとそれがしとギャル氏のこと精神異常者だと思ってグレー氏は接してた訳? 知りたくなかったよそんな事実。ぞっとするのが好きとか言ってそれがしの作戦に安々乗って来たグレー氏も相当だからね?


「だいたいさぁ、私だけ協力して貰って、私が協力しないなんてゴミ屑以下でしょ。留守番とか言ったら踏むよ? それともなに? 私やあられくんが喚き散らして、きみやレンレンやずみーに当たると思ってたわけ?」


 笑って誤魔化せばクララ様に一度肩を叩かれる。だって思ってたんだもん。クララ様は異世界にもし来るような事があったら怒るだろうってずみー氏から聞いてたし。それがしがクララ様とグレー氏を甘く見ていただけだ。マジごめん。


 冷ややかなクララ様とグレー氏の視線が心痛い。が、その痛みはきっと期待から来る痛み。帰れるとそれがしが口にした事を、クララ様もグレー氏も信じてくれている。


 クララ様が鬼軍曹のようにダンスを教えてくれたように、異世界に来た以上は、先達であるそれがしが今度は返す番だ。仮眠室で一眠りして起き早々に冒険者仕様に着替えた腰のホルスターから黒レンチを引き抜く。


起動アライブ


 放り投げた黒レンチが宙に機械神の紋章を刻み、穴から飛び出す半球状の機械人形ゴーレムを背負う。噴き出す蒸気の音色と歯車の音に合わせて収納されていた鋼鉄の腕が伸び、鉄の爪を擦り合わせ小さく耳痛い音を奏でる。目を丸くするクララ様とグレー氏を見据えて小さく笑った。


それがしは機械神の眷属にして冒険者。道中兎に角それがしの知る冒険者の心得を叩き込みましょうぞ。ギャル氏」

「はいはい、あーしも前に出ますよっと! 異世界の奴らマジ甘くないかんね。きもみパないのもいるし、萎えんこと多いけど、しずぽよにグレーもいんなら我儘言ってられないっしょ」

「できれば我が師匠ギルドマスターに頼むのが一番なのでしょうが」


 暖炉の前の椅子に座す毛布の山がいびきで返事をくれる。全く起きる気配ねえや。英雄『不沈艦リゼブ』が夢の世界に沈してるんですけど? 久し振りの弟子に対してお優しくなさ過ぎる。


 ずみー氏、クララ様、グレー氏と、今回の依頼内容的に、それがしとギャル氏で守りながら戦うなどという高等な動きができるとも思えない。全員に戦って貰うしかない。だがきっと大丈夫だ。ダンス部対抗戦を乗り切ったこの五人ならきっと。


 鋼鉄の拳を握り締め、口端を持ち上げるそれがしの肩が小突かれる。ベビィ殿の尻尾に。悪魔の受付嬢へと顔を向ければ、指差される掛時計。カチカチ冷たい音を奏でながら休まず時計の針は動いている。


「気合い入れてるとこ悪いけど、もう『雲舟』出るんじゃない? 世界都市でチャロ姫様が待ってるらしいのに遅れたら死刑? ちょっと面白いわよね」

「全然面白くないわ」


 そういう情報こそ先に教えてよっ。世界都市で姫君待ってるとか逃げ場ないじゃん。すっぽかしたら即バレじゃん。蒸気機関の腕ロボットアームの腕を伸ばし、ずみー氏を掴み上げ、入り口の鉄扉を叩き開けた。


「お土産よろしくねソレガシ」

「いやベビィ殿っ、そんな暇多分ないですから⁉︎ この遅刻は許されない⁉︎」

「それな‼︎ てゆうかチャロンも居んならダルちぃも居んじゃね? ダッシュでゴー‼︎ しずぽよにあーしのダチコ達紹介すんからね!」

「きっとそれがしの友も‼︎」

「はぁ……そういう話だけ欲しいわねまったく‼︎」

「異世界の友達がお姫様とか……怖いなおいおいっ!」

「ブーンっ! あちき今飛んでるぜ〜‼︎」

「ファァァッ⁉︎ ずみー氏⁉︎ 体軽くするな定期⁉︎ 持ちづらいですから⁉︎」


 元の世界から持って来た鞄や荷物を手に取り、鉄の道の上を走りながら『雲舟』が浮かぶ港を目指す。身の内が熱く、鉄の街の冷たさは感じられない。向かうべき先に迷いはない。


 が、今思えばもう少し考えておくべきだった。異世界の本当の厳しさをそれがし達はこの祭りで知る事になる。

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