2F 情熱の揺らぐ先 2

蒸気機関の腕ロボットアームの手、一つ三スエアは高くね?」


 ロトンドム宮殿から出て準備の為に一度ギャル氏と別れ、城塞都市トプロプリスに住む機械神の眷属、ラーザス=コバーノの工房。相も変わらず鍛治道具で普通の武器防具でなく機械人形ゴーレム用の武装を作っているらしい歯車散らばる部屋の中で、渡されたそれがし専用料金表を眺め一言。


 機械神の眷属同士割引されている筈がこの値段。冒険者ギルドで神との契約に必要な五〇スエアで小さな家なら建ち、一スエアあれば安めの宿に二週間泊まれる事を思えば、『カッ飛ぶ浪漫ロケットパンチ』一発三スエアはやばい。


「言っとくがこれでも大分安くしてんだぜ? 魔力蒸気に稲妻混ぜるなんて馬鹿みたいなおめえの注文形にするにはそれなりの材料が必要だってこった」

「……送料込みですよな?」

「機械神の眷属の騎士様がお得意様になってくれるって言うんだ。どこだろうが届けてやるぜ。送料くらいはまけてやらあ」


 それがしはお得意様になるなんて一言も言ってないのであるが、鉱石の採掘、輸出業に強い城塞都市に、製鉄技術に秀でた小人族ドワーフ機械人形ゴーレム部品製造者が居てくれるのは心強い。


 ラーザス爺は微妙にせこいが腕は確かだ。お得意様になってくれてもいいと言ってくれるのであれば、お得意様になってやらないでもなくもない。ってかお得意様にならなきゃ機械人形ゴーレムの腕が千切れたりしたらもう修理できねえよ……。


「取り敢えずは手部分以外の腕部の予備だけ貰いますかな。請求書はラビルシア王家に。アリムレ大陸の祭りで掛かる費用は持ってくれるそうですし」

「アリムレ大陸の祭りなぁ。また面倒な仕事受けたもんだぜ」

「仕方ないですぞ。ダルちゃんの為ですし、姫君の頼みですし」

「そうかい。まぁ俺としては長期間の仕事はありがてえんだけどな。前回の祭りは終わるまでに確か二二年掛かってるしよ」

「なにそれちょっと聞いてない」


 二二年? 始まってから終わるまでに二二年掛かる祭事ってなに? 内容がヒラール王家が隠した物を奪い合う争奪戦だとは聞いているが、そんな見つからないもんなの? おいおいおいッ、二二年も経ったらそれがし達全員アラフォーになっちまうよ‼︎


「仕方ねえだろ祭りの範囲はアリムレ大陸全域だぜ? 見つけたら見つけたで砂漠都市まで持ってかなきゃなんねえし、五〇年経っても見つからなくて終わった事も数回あったはずだがよ」

「はい、クソゲー祭り!」


 五〇年周期にもなるわそんなクソゲーみたいな祭り。範囲を絞れ範囲をッ、アリムレ大陸全域とか馬鹿か? 移動だけで何日掛かるんだそれは? 短命な種族お断り状態じゃねえかッ。


 やばい、やる気の萎え具合が相当にやばい事になってきた。それがしだけの時にそんな糞情報教えないでくれよ。冒険者ギルド行ったらそれがしが話さなきゃいけないの? ふざけろっ!


「他にッ! 他になんかないんですかな! それがしの知らなそうな重要そうなこと‼︎」

「そうさなぁ? アリムレ大陸仕切ってる砂漠都市の王家が元は盗賊ってんで、盗みを働いても罰せられねえとかか? 盗まれる方が悪いってんでよ。命は盗られねえよう気を付けな」

「はい、クソ大陸ッ‼︎」


 遠回しに殺しさえ容認してるって言ってないラーザス爺? よくそんなんで内部崩壊してないもんだよッ‼︎ 城塞都市に来る時は少なからず楽しみだったが、アリムレ大陸には全く行きたいと思わないんですけれど?


 何よりも、必要のない予想が頭の中を泳ぎ回り出してやばい。


 アリムレ大陸の祭事。これってあれじゃね? 炎神グラッコの神の火で多くを釣って邪魔そうな相手暗殺するのが目的だったりしない? 他の大陸の都市もそれ分かってて暗殺祭りしようとしてたりしない? ひょっとして怪盗騒動よりよっぽど命の危機じゃない?


 姫君の頼みぶっ千切って逃げたりは……無理だな。神に御目通りする方法とか祭事で勝利する以外、契約した神に会いに行くぐらいしか思い付かないが、容易に会えるとも思えない。元の世界に帰る為の切符を確実に手に入れる為に、祭事で勝利する事が最短か?


 逆に考えろっ。それがし達の事情を知っている姫君の頼みである以上、短期間で勝つ方法を姫君が考えている可能性があるとっ‼︎ そうであれッ‼︎


「……ラーザス爺、腕部の予備パーツを」

「なんだ坊主もう行くのか?」

「ここで考えても仕方なさそうですし、冒険者ギルドに行きますぞ。だいたい『雲舟』の出発時間も迫ってますし」

「おう、まあ頑張りな。機械神の眷属の騎士様よ!」


 腕部の予備パーツをラーザス爺から受け取って鞄へと突っ込み、三味線と鞄を背負って工房を後にする。


 気が重い。


 それがしとギャル氏とずみー氏だけならばそこまで悩まないが、今はクララ様にグレー氏まで一緒だ。神に合う為には、共にアリムレ大陸の祭事に参加し勝ちを目指す以外に道はない。後はご勝手にと置いていこうとすれば、間違いなくクララ様に踏まれる。


 怪盗騒動から大分落ち着き、騎士の姿が大分減った大通りを冒険者ギルド目指して歩く。鉄打つ音と、立ち上る竈門の煙と蒸気。数多の鉄の入り混じった匂いの中を歩けば城塞都市に帰って来たと嫌でも感じる。


 ブル氏の家に続く通路の先を一瞥するが足は止めず、通り過ぎ様に見回り中の騎士が足を止め会釈してくれるので会釈を返す。


 『鉄神騎士団トイ=オーダー』の騎士達には、それがしとギャル氏がチャロ姫君から騎士称号が授けられた話がしっかり通っているらしく、街を歩けばこの有様。


 後で知ったが『鉄神騎士団トイ=オーダー』だからと言って全員が騎士称号を持っている訳ではないらしい。姫君マジでやってくれたよ。


 脇目も振らずにしばらく歩き続ければ、元の世界に戻る前には城塞都市の中何度も見た冒険者ギルドの入り口である鉄扉が──────。


「……ギャル氏?」


 はたと足を止める。止まってしまう。薄く開けられた鉄扉横の壁に背を付いて、ギャル氏が力なく手足を投げ出し座っている。いつもなら何だかんだと挨拶してくれるギャル氏が微塵も動かない。


「ぎゃ、ギャル氏⁉︎ 一体何がッ⁉︎」


 走り寄りギャル氏の前に屈み込めば、怪我をした様子はないが顔色が酷く悪い。ギャル氏の髪色と同じく真っ青だ。それがしが来たと気付くと、弱々しくそれがしの肩を叩いて指差す先は冒険者ギルドの中。


 僅かに開いている鉄扉を開けば、受付カウンターの椅子に座る三つの影。クララ様が頭を抱えてカウンターの上に突っ伏しており、グレー氏は腕を組んで動かず、ずみー氏は忙しくスケッチブックにペンを走らせている。


「……ソレガシっ、ソレガシなの?」

それがしが来ましたぞ! ギャル氏、お気を確かにっ! どうしたんですかな一体?」


 それがしの肩に置いた手に力を込め、身を乗り出したギャル氏の額がそれがしの肩を小突く。そのまま肩の上を滑るようにギャル氏は顔を上げ、それがしの耳元でゆっくり唇を動かした。


「しず……ぽよが……」

「クララ様が?」

「……しずぽよが、風神の眷属で……グレーが、雷神の眷属……だって」

「……ふぁ?」


 膝から力が抜け崩れ落ちる。背負っていた荷物を大地に落とす。それがし達が来る前にもう契約しちゃったの? 待って待って、ラビルシア王家の経費で落ちるよね? 一応これも準備だし? って待て、なんの神の眷属だって?


「風神の眷属の特典は風を読めるようになる事で……雷神の眷属の特典は反応速度の……上昇だってッ」

「……嘘だッ‼︎」

「本当だって……っ、割引券でもなければっ、決闘挑まれることもないんだって……ッ」

「嘘だ……ウゾダドンドコドォォォォンッッッ‼︎」

「うるさいんだけど‼︎」


 受付カウンターから飛んでく来たマッチ箱が頭に当たる。クララ様からの一撃に体を支えていた何か大事なモノがへし折られ、それがしに寄り掛かかるギャル氏を支えられず、そのまま背後にギャル氏と共に倒れ込んだ。


「……お空が青いですぞ」

「……それな」


 この世は不公平だ。後からやって来た者達が素知らぬ顔でそれがし達を抜き去って行く。


 ずみー氏といい、クララ様といい、グレー氏といい、空神に? 風神に? 雷神の眷属? それがし達は機械神と武神なのに? バグかな? リセットボタンはどこだろうか?


 普通そういう分かりやすいのって異世界に初めやって来たそれがしやギャル氏なんじゃないの? どんな神様でもいるなら普通ずみー氏達も絵画の神とか芸術の神とかダンスの神だろ普通よぉッ‼︎ この世界はおかしいッ、そうだ、ここに病院を建てよう。


「セイレーンに同志、どうかしたの?」


 どうかしてるのはそっちなんだよ‼︎ 無邪気な顔で目をまたたくずみー氏を瞳だけを動かし見上げ、首筋に刻まれている空神の紋章の姿に小さく目を見開く。見比べるクララ様とグレー氏のどこにも一見紋章の姿は見えない。ならばまだ救いはあるッ‼︎


 ギャル氏を抱き起こし、二人で肩を組んでヨロヨロと冒険者ギルドの中に入り扉を閉めて向かうのは受付カウンター。受付の椅子に座っているベビィ=コルバドフ殿に会釈しながら、息も絶え絶えに受付カウンターにギャル氏と共に手を付いた。


「……クララ様、グレー氏、眷属の紋章見せて貰えますかな?」

「……は? なんでよ?」

兄弟ブラザー、それはちょっと意味が分からないんだけども」

「いいでしょうが別に契約した神に嘘がないならぁ‼︎ それがし見てないし! ギャル氏だって見てないんじゃないですかな⁉︎ そこんとこどうですかな、ずみー氏‼︎」

「あちき? いや、絵描くのに夢中で、ブードゥーのはまだ見てないけど……」

「はいキタコレ‼︎ はい申告してぇ‼︎ 契約した神が本当に風神雷神なら別に問題ないはずですぞ‼︎ それがしとかほっぺだからね‼︎ 歩きながら申告してるからね‼︎ はいクララ様からちょっと紋章見せてみ?……って痛てぇッ⁉︎ なぜビンタ⁉︎」


 鋭く薙がれたクララ様の手のひらがそれがしの紋章が刻まれている頬を叩く。ビンタの鋭さで風を読んでるとか言わないだろうな⁉︎ 頬を摩りながら目を細めるそれがしの目に映るのは、暖炉の火や天井に吊るされた洋燈ランプの灯りに染められ尚、より赤面しているクララ様が。


「見せるわけないでしょうが変態ッ‼︎ ちょっとあられくんもなんとか言ってやって‼︎」

「見せるわけないだろうが変態ッッッ‼︎」

「ファッ⁉︎ やらせんぞ‼︎」


 ビンタしようとしてくるグレー氏の腕を掴めば、グレー氏もそれがしの腕を掴んでくる。それがしはキリスト教徒でもないんで片方の頬を弾かれても、もう片方の頬は弾かせません‼︎ 機械神の眷属ですから‼︎


「変態とは穏やかじゃないですな‼︎ いいでしょうが紋章見せるぐらい‼︎」

「いいわけないから言ってるのよ馬鹿ッ‼︎ 紋章み、見せろとかッ、見せられるわけないっての! エロッ‼︎ ゴミ屑ッ‼︎ リサイクル不能‼︎ その目玉ゴミの日にでも捨てて来て‼︎」

「まさかまさか‼︎ 紋章ぐらいどこに付いてようが見せられるでしょうが常考‼︎ ベビィ殿!紋章見せて‼︎」

「ん? ほい」


 ベビィ殿が服のスカートを大きくたくし上げる。見える黒い下着……と、掲げられた左脚の太腿ふとももに刻まれている風神の眷属の紋章。同じ風神の眷属なら、クララ様にもベビィ殿と同じ紋章が刻まれているはずだ。


「ぼらぁ‼︎」

「何やってるのよそのお姉さんはッ⁉︎ 常識的にそんな場所に刻まれてたら見せないでしょ⁉︎ ぼらぁじゃないソレガシッ‼︎ 鼻血拭え‼︎」

「じゃあクララ様もせめて紋章刻まれた場所ぐらい教えてくれてもいいでしょうが‼︎」


 鼻血を垂らすグレー氏と掴み合ったまま、クララ様に詰め寄れば、それがしとグレー氏を見比べ……グレー氏を二度見して歯を擦り合わせるとそっぽを向く。唇を畝らせながら尖らせて、クララ様が告げるのはたったの一言。


「…………お尻」

「見たい」

「「死ねソレガシ‼︎」」


 ───────ドゴンッ‼︎


 ギャル氏とクララ様の蹴りがグレー氏を巻き込みそれがしを入り口の鉄扉に叩き付ける。頭の中で震える鉄扉の唸り声が響く中、グレー氏とよろよろ身をお越し、鉄扉に二人仲良く背を付けた。


「分かった……ソレガシ、俺のは……見せてやるッ」

「目が腐りそうなんでいらないですな……」


 クララ様はお尻でグレー氏はどこに刻まれているのか知らないが、なるほど異世界は誰にも公平だ。この世界の神はやっぱりろくでなししかいない。ソースはそれがし達。ため息を吐いたずみー氏が、手に持つスケッチブックを数枚めくり、描かれた絵を向けてくる。


「鏡じゃ見づらいって、シーズーに頼まれて描いたけどこんな感じだったよ?」

「同志……ッ‼︎ お主が神か……ッ‼︎」


 はいはい、正面から見てお尻の右側ね。絶対忘れないわ。ってかクララ様って大分過激な下着を────。


 クララ様がずみー氏を掴み上げるとそれがし達の方にぶん投げる。大きく腕を広げてグレー氏が受け止めるべく飛び出すも受け止め切れず、三人纏めて鉄扉をぶち開け外へと転がった。


「……お空が青いですぞ」


 振るえる指先で鼻血を拭い、弱々しく差し出されるずみー氏のスケッチブック、クララ様のお尻の絵の横に血文字でクララ様の名を刻む。


 誰か通報を頼む。それがし達をぶち転がした犯人は此奴です。

 

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