18F CHANGE! 3

 ダンス部の部室中央にダンス部員が輪になって作られる円形闘技場。『サイファー』とも呼ばれる人が形成した円の中央がダンスバトルの舞台上。柔軟体操が終わり自然となったその形は、四方八方全方向からダンス部員の視線が投げられる処刑場である。少し離れ壁際に座るそれがし達はまるで村八分された村人だ。


 立っているのは二人だけ。相手のダンス部員と葡萄原ぶどうはらあられ。


 反乱軍レジスタンスでありながら小さく黄色い声が上がっているのはグレー氏の人徳の為せる技だ。最初の空気が何より大事。テメェらさっさと出てけボケと本来なら殺気立ってもおかしくない空気をグレー氏の存在が大分和らげてくれている。


「あられくん達は初心者だって聞いてるし大分緊張しちゃってるかな? 軽く腕で自分抱いちゃってるし」


 それがしの横に座るダンス部部長のつぐみ先輩がそんな事を聞いて来る。小さく己を抱いて小刻みに肩が震えているように見えるグレー氏の背中。間違えてはいけない。緊張もあるかもしれないが、決してグレー氏のは緊張からではない。


「まさかまさか。グレー氏に限ってそれはない」


 鋭く弧を描いている口元が言っている。言葉にせずとも聞こえて来るようなマゾヒスト殿の呟き。


『ぞっとする』


 周囲の者は全員敵。敗北がほぼ決定している勝ちの目が薄い勝負。背水の陣こそがグレー氏の望む舞台上。それがしの返しに何も言う事なく部長殿は頷くと、音響設備の近くに座っている副部長殿に手を上げた。


「それじゃあ始めようか。個人戦は二ラウンド。純粋にダンスで良いと思った方に拍手だよ」


 部長殿が最終通告を発し終え、その残響が消えぬ内に空気の振動が部室内を満たした。流れる音楽。何が掛かるのかは誰も知らず、曲を選ぶのはDJ役である副部長殿。



 個人戦の第一戦。ジャンルはハウスHOUSE



 流れる音楽に乗るように、先手を貰ったとばかりに円中央のフロア上に躍り出る。素早い足捌きのステップと、上下に揺れ動き音を取るというハウスHOUSEの特徴が分かりやすい動き。それがし達よりダンス歴が長いだけに動きに無駄がなく粗が少ない。


 ダンス部員が一回の踊りワンムーブを終えてグレー氏の番。ハウスHOUSEの基本の動きを繰り返し、するりと一回の踊りワンムーブ終わらせたグレー氏の姿に、それがし達は頭を抱えた。グレー氏が意外と踊れると飛ぶダンス部員達の小さな歓声はガン無視で。


「へーあられくん意外とやるね。クララちゃんが徹底的に基本教えたのかな? 音がよく聞けてる……ってなんでみんなガッカリ?」


 違うんすよ……アレはグレー氏の悪い癖なんすよ。自分の状況をもっと追い込む為にワザと一ラウンド流しやがったあの野郎ッ。これで一勝逃したらマジで戦犯やぞ。その証拠に口元の三日月が鋭さを増している。


「……あられくん後でお説教ねこれは」


 おいクララ様がお怒りだぞ。他でもないダンスで手を抜くんじゃない。ダンス部員の盛り上がりと比例してクララ様の纏う空気の熱が低下してらっしゃるから。『ずみー氏が見てる、クララ様がおかんむり』とジェスチャーを送れば、いい笑顔でVサインを返してくれる一番手の姿。その指へし折んぞボケッ!


「思ったより緊張はしてないのかな?」

「するはずないでしょうとも」


 曲が変わり二ラウンド目。先程よりも激しい曲の中再びダンス部員がフロア上に飛び出す。曲に混じってそれがしの返しは部長殿に届かなかったのか、それがしの言葉の中身を聞かれる事もない。


 GWゴールデンウィーク中に練習で繰り返されたダンスバトル中、最も自らクララ様に挑んだのはグレー氏だ。結果は惨敗。一度も勝てずとも挑み続けた。技の種類ではそれがし達はダンス部員達に及ばない。だからこそ磨いた物がある。他の誰にもない自分が持つ色を削り出す。


 ダンス部員が一回の踊りワンムーブを終え舞台から退く。開け放たれた舞台を見据えてグレー氏は動かない。そう見える。


 

 タタンッ‼︎ タタンッ‼︎



 舞台を叩くグレー氏の足先の音。タップを踏むかのように小刻みに、流れるリズムを踏み叩くように足を動かし緩やかに体が上下に振られる。曲に合わせて小さく次第に大きく体の揺れと床を踏む音が大きくなり、伸びた音に合わせて床を滑るスケーティングからのステップターン。


 滑りながら小さな音を拾うように隙間を塗って突き落とされる鋭い脚。シャッフルされる高速の足捌き。小さくカチ鳴るリングピアスの音色。



 タンッ‼︎ タタンッ‼︎ タンッタンッ‼︎


 

 グレー氏が足を踏む度に鼓動が跳ねる。冷ややかな熱が血管の中を走り抜ける。薄く鳥肌の立つ腕を撫ぜる。



 ──────



 音楽のリズムと鼓動のリズム。二つがグレー氏の足裏に掌握されているかのようで。


「あられくん……」


 隣から溢されるクララ様の熱っぽい声に小さく息を吐き出し────、


「……なぜ最初からやらないの?」


 その熱を吹き飛ばす冷ややかな声に、クララ様が視界に入らぬようにそっぽを向く。クララ様のお気には召しても、ダンスの女王様はお気に召さなかったらしい。怖い。グレー氏のダンスよりぞっとする。



 つぃ──────カッ……ツンッ。



 足先で床を擦るように脚を流し落とされる小さな足音を最後に踊りは終わり、少しして拍手が巻き起こる。どちらが勝者か聞かずとも勝敗は決した。人気者が人気をダンスを押し上げ押し勝った。


 勝利を手にし輪から外れたグレー氏が、クララ様の顔を見た瞬間笑顔を消す。自業自得だ。それがしにグレー氏の目が流されるが知った事ではない。巻き込もうとするんじゃない。


 代わりにギャル氏が立ち上がり、グレー氏が表情を和らげるが、それは蜘蛛の糸すくいのてにあらず、ギャル氏はグレー氏を手招きすると、クララ様の隣に座らせる。ご愁傷様です。が、取り敢えず一勝。


「んじゃ次あーしの番ね! ソレガシ、次アンタだから、ちゃんと見てろし! あーしがテン爆上げてやんよ!」

「一応助言を……蹴っちゃダメですぞ」

「……蹴んないし、バカじゃね?」


 じゃあなんだ今の間は。ダンスバトルの練習中にテンション上げ過ぎて何度それがしを蹴ったと思ってやがる。ダンスの練習のはずなのにそれがし痣だらけだぞ。


 意気揚々と円の中心へと飛び込んで行くギャル氏の背を見送り、曲が始まれば先手を相手に譲る事もなくギャル氏が前に跳び出し跳ねる。



 個人戦の第二戦、ジャンルはロックLOCK



 ──────ヒュガッ‼︎



 蹴り出されるギャル氏の脚が空気を裂く。跳ねるギャル氏を追ってサイドポニーが柔らかく跳ね。青い閃光を空に引きながら、曲に合わせて鍵を掛けるかのように突き出される足先が空気を弾く。


 ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ。


 一つ一つ逃げ場を失くすかのように繰り出される多彩な足技。それを前に見るダンス部員の顔色が、ギャル氏の髪色と同じ色に染まってゆく。


 蹴り出される一撃が、空を引き裂く蹴り音が、苛烈を緩める微笑みが、対戦相手の心を削る。蹴り技の嵐の中心に居座るのは苛烈とは真逆の可憐な乙女ギャル


 一回の踊りワンムーブを終えてサイドポニーを手で払い身を翻すギャル氏を追う者は居らず。フロアに足を出すダンス部員の顔から笑顔が消えて歪んでいる。


 ギャル氏の奴ッ、力技で勝利もぎ取りやがったッ!


 気圧され、まともに踊れないダンス部員に流石に勝利の拍手を送る訳にもいくまい。ひでえっ。空手の色を見せるギャル氏のダンス。上手いは上手いが相手からしたら恐怖以外の何物でもないだろう。心をへし折ったギャル氏は気迫勝ちとでも言えばいいのか?


「あの子……凄いね。ダンスバトルの分野ならある意味逸材じゃない?」

「『バトル』と付いているからですかな? これはそれがしも予想外」


 部長殿まで顔痙攣ひきつらせてんぞ。勝敗を聞く部長殿の弱々しい声に合わせて、パチパチと元気ない拍手がギャル氏に贈られる。いいのかそれで?


「イエーイ! ソレガシ! しずぽよ! これで二勝目王手だし!」

「お主一回黙ろうか」


 言うなそういう事! ほらぁダンス部員達の目が座って来てるよ! 過去は振り返らないのか知らないが一度後ろを振り返れ! それがしを見る目がやべえよ! 二勝しちゃった以上相手勝利くれねえよこれ!テンション爆上げるどころかテンション爆下げてんじゃねえか‼︎


 嬉しそうに手を伸ばして来るギャル氏と手を叩き合わせ、渋々立ち上がる。が、立ち上がり切れず途中で動きが止められてしまった。学ランの裾を掴むクララ様の手。鉄仮面はどこかに消え失せ何とも言えない表情を浮かべている。


「…… それがしは『絶対』負けませんとも」

「……ソレガシ、、やっていいから」

「本当にいいんですかな? あれは評価が絶対割れるから抑えろと」

「私が許す。かましてやってよ絡繰人形」

「ではそのように。プシィ──────ッ、しっしッ!」


 黒マスクを引き上げ笑うそれがしに、クララ様が苦笑を返す。理屈っぽさを突き詰めた機械的な動きが解禁された。きもいからやめろとクララ様やギャル氏には言われてきたが、それがしにとっては辿り着いた最も動きやすい動き。


 擦れ違い様今一度ギャル氏とハイタッチを交わし、戦いへと頭を切り替える。口から鋭く息を吐き出す。


 円の中に立つのは賀東がとうとグレー氏が呼んでいた女子生徒。名前の割には甘くなさそうで、目尻を鋭く細めている。グレー氏やギャル氏と異なりそれがしに向けられるのは余所者を見るような視線。


 その方がいい。それがしにとっては慣れた場所だ。戦いに来ているのであればこそ、その方が遠慮せずに済む。元の世界だろうと異世界だろうと、得られる物は変わらない。勝利か敗北か二つに一つ。


「……前の二人には驚いたけど、あんたは別でしょ? 調子乗ってない? 人気ある人達と一緒にいれて人気者になったとか勘違いしてない? 踊れるのブレイキンBREAKIN'とか? 立場弁えなよあんた」

「ん? んー……単純に調子乗れるような性格なら寧ろ良かったのでしょうがなぁ。生憎とそれがしは捻くれ者の理屈屋のようでしてなぁ。それに……人気者と一緒に居るのにそれがしまで人気者である必要はないのですよなぁ……。だってそれは、きっと面白くないですから」

「なにそれ? きもっ」

「よく言われますなぁそれ。別に何言ってもいいですが、せめて楽しませて欲しいですな。それがしはそれが欲しいようで」


 楽しくない人生など嘘だ。一度しかない人生、楽しい事を見つめて生きていたい。『絶対』を追う事が何より楽しい。友人を追う事が何より楽しい。変わる物もあれば変わらない物もある。きっと根本は変わらない。それでも変えられる変えたいモノは塗り変えてしまえばいい。その為に必要なモノが何かはもう知っている。



 個人戦の第三戦。ジャンルはブレイキンBREAKIN'



 音楽が流れる。頭を回す。先手を譲ると言うように顎をしゃくる。戦闘姿勢を整えるかのように賀東殿が纏うパーカーのフードを被り、舞台の上へ足を踏み出す。


 『立ち踊りエントリー』から、『足捌きフットワーク』。『大技パワームーブ』から『停止技フリーズ』。


 流れるような一連の動き。跳ね馬のように荒い動きなれど、決して音から外れない。舞台を削るように足を回し、踏まれるステップから見える努力の跡。それがしよりもずっと長く踊ってきただろう動きに目を細め、細長い吐息を吐き出した。


 それがしではダンスに落とし込めなかった動きがそこにある。本気で勝ちを目指し大会に出たくはないという話だが、二敗したからか、もう負けたくないというような矛盾ある動き。


 ただ分かる。きっと賀東殿はもっと動ける。なぜならダンスに怖さがない。種類は違うが、まだ小人族ドワーフの騎士見習いの方が怖い。


 本気でないから。それがしを舐めているから。


 舐めてくれとは思ったが、舐める物がナニであるか教えたつもりはない。


 それならいい。それがしも一ラウンド目は流す。音からは外れないように、基本の動きをただ繰り出す。本気になってくれねば本気になれない。そうでなければ嵌らない。


 一ラウンドが終わり曲が変わる。賀東殿と再び向き合う。フードの奥で眉を畝らせる賀東殿と。


「……少しは踊れるみたいじゃん。意外だけど」

「そうですかな? 賀東殿は想像以下と言いますか…… それがし達クララ様を除いて本気のダンス歴一週間とちょっと足らず。思ったより勝てそうだなぁっと」

「は? お前今なんて言った?」

「勝てそうだなぁっと。ダンス部員にダンスで」

「お前……後で〆るっ」

「今〆てくださいなダンスで。べんべん」


 口元の黒マスクを剥ぎ取り捨て舌を出す。悪役上等。はみ出し者で嫌われ者の使い所。だから本気を出してくれ。じゃないと面白くはない。欲しい歯車が嵌らない。賀東殿が目尻を吊り上げそれがしを突き飛ばす勢いで舞台の上に飛び込んで来る。


 慌てて避けるその先で、舞台の中心に渦巻く大車輪。それがしにも、クララ様にもない賀東殿の色。激しくもしなやかな跳ね馬のダンス。


 カチッ、カチリッ。


 嵌まれや嵌まれ。嵌らなければ回ってくれない。


 賀東殿が踊り終え、どうだとばかりに握り拳から伸ばした中指を突き立てて来る。


 ガチリッ。プシィ──────ッ!


「べんべん」


 嵌った。


 両膝が舞台の上に力なく落ちる。引き摺るように体を持ち上がりまた落としては立ち上がる。



 キリキリキリキリッ‼︎ キリキリキリキリッ‼︎



 歯車が回る。弦が引かれる。音楽のリズムに弾かれる。



 トテトテトッ、トテトテトッ、ガチリッ、ガチリッ、プシィ──────ッ、プシィチリッ、チリチリリッ‼︎



 音に引っ張られ四肢が跳ね、音に落とされ這いずり回る。ぐるぐるぐるぐる蒸気を噴き出すように足を振り回し、重低音に合わせて身をお越し胸を跳ねさせ頭を振る。


 リズムに手繰られた絡繰人形。頑固頭をカチ割る人形。曲に合わせて動きを止める。大地を天に空を地に。踊り疲れて宙に腰掛けるように。


 停止デッド


「……あっ……えっと、それじゃあ良かったと思う方に拍手を」


 部長殿の声を聞き流しながら輪から外れる。拍手の音はしなかった。


 それがしの時も、賀東殿の時も。


 音楽だけが支配する部室の中で、グレー氏とギャル氏は笑顔をくれた。


「ぞっとしたよソレガシ」

「きも過ぎて逆にエモかったんじゃね?」


 褒めてんのかそうじゃないのか分かんないんだよお主達は。ハグしてくれるずみー氏を見習え。肩に手を置いてくれる笑顔のクララ様を見習えマジで。もっと労うべきだろここは常識的に考えて。


「ソレガシきみさぁ……なぜ最初からそれをやらないの?」


 あっ、はい。これ全然労ってくれてないわ。それがしちゃっかりグレー氏と同じ轍踏んでるわ。一ラウンド捨ててるわ。喜びの笑みじゃなくて怒りの笑みだわ。痛ッ⁉︎ 頬叩かれたわ⁉︎ それがしの方が被害でけえの納得いかねえ‼︎


「きみ達ねぇ……見てなさいよしっかりと。……魅せられた分、魅せるから。絶対見ててっ、私のダンス。きみ達の拍手だけは貰えるように踊るからっ」



 個人戦の第四戦。ジャンルはヒップホップHIPHOP



 結果は見なくたって分かってしまうが、目を離す事は叶わない。


 どの瞬間を切り取っても雑誌の表紙を飾れるような途切れる事のない名画の連続。


 崩れ去った鉄仮面の奥に隠れていた大輪が笑顔を咲かせる。


 踊りが終わった後に鳴り響いた拍手が紙吹雪のように志津栗しずくりクララに降り注ぐ。揺らがない『絶対』の色には前評判や色眼鏡は関係ない。


 結果は出た。


 が、今は四人で踊りたい。動かないダンス部員達の輪を掻き分け舞台に上がる。


 クララ様が部長に向かい頷けば、部長が手を挙げ合図をし、GWゴールデンウィーク中唯一何度も聞いた音楽が始まる。


 三味線の音とギターの音。英語の歌詞に乗せて踏み鳴らされるグレー氏の足音と風を切るギャル氏の蹴り音。弾かれる弦の音に膝を崩し落とし、クララ様のダンスに手繰られるかのように身を引き上げる。


 色が変わる。何度でも。幾らでも。



 Change.



 ダンス部室を満たす曲名と同じく。


 

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